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                   解密文本:     《源氏物语》   (日)
紫式部 原著      (现代日语译文:与谢野晶子)   
 

 

源氏物语
                                                 ——
紫式部 (Murasaki Shikibu)  

第1-5章   |   第6-10章   |   第11-15章  |   第16-20章 |   第21-25章  |   第26-30章  |   第31-35章 |   第36-40章 |   第41-45章  |   第46-50章  |   第51-55章

        
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第1章  桐壺

どの天皇様の御代みよであったか、女御にょごとか更衣こういとかいわれる後宮こうきゅうがおおぜいいた中に、最上の貴族出身ではないが深い御愛寵あいちょうを得ている人があった。最初から自分こそはという自信と、親兄弟の勢力にたのむ所があって宮中にはいった女御たちからは失敬な女としてねたまれた。その人と同等、もしくはそれより地位の低い更衣たちはまして嫉妬しっとほのおを燃やさないわけもなかった。夜の御殿おとど宿直所とのいどころから退さがる朝、続いてその人ばかりが召される夜、目に見耳に聞いて口惜くちおしがらせた恨みのせいもあったかからだが弱くなって、心細くなった更衣は多く実家へ下がっていがちということになると、いよいよみかどはこの人にばかり心をお引かれになるという御様子で、人が何と批評をしようともそれに御遠慮などというものがおできにならない。御聖徳を伝える歴史の上にも暗い影の一所残るようなことにもなりかねない状態になった。高官たちも殿上役人たちも困って、御覚醒かくせいになるのを期しながら、当分は見ぬ顔をしていたいという態度をとるほどの御寵愛ちょうあいぶりであった。唐の国でもこの種類の寵姫ちょうき楊家ようかじょの出現によって乱がかもされたなどとかげではいわれる。今やこの女性が一天下のわざわいだとされるに至った。馬嵬ばかいの駅がいつ再現されるかもしれぬ。その人にとっては堪えがたいような苦しい雰囲気ふんいきの中でも、ただ深い御愛情だけをたよりにして暮らしていた。父の大納言だいなごんはもう故人であった。母の未亡人が生まれのよい見識のある女で、わが娘を現代に勢力のある派手はでな家の娘たちにひけをとらせないよき保護者たりえた。それでも大官の後援者を持たぬ更衣は、何かの場合にいつも心細い思いをするようだった。
 前生ぜんしょうの縁が深かったか、またもないような美しい皇子までがこの人からお生まれになった。寵姫を母とした御子みこを早く御覧になりたい思召おぼしめしから、正規の日数が立つとすぐに更衣母子おやこを宮中へお招きになった。小皇子しょうおうじはいかなる美なるものよりも美しいお顔をしておいでになった。帝の第一皇子は右大臣の娘の女御からお生まれになって、重い外戚がいせきが背景になっていて、疑いもない未来の皇太子として世の人は尊敬をささげているが、第二の皇子の美貌びぼうにならぶことがおできにならぬため、それは皇家おうけの長子として大事にあそばされ、これは御自身の愛子あいしとして非常に大事がっておいでになった。更衣は初めから普通の朝廷の女官として奉仕するほどの軽い身分ではなかった。ただお愛しになるあまりに、その人自身は最高の貴女きじょと言ってよいほどのりっぱな女ではあったが、始終おそばへお置きになろうとして、殿上で音楽その他のお催し事をあそばす際には、だれよりもまず先にこの人を常の御殿へお呼びになり、またある時はお引き留めになって更衣が夜の御殿から朝の退出ができずそのまま昼も侍しているようなことになったりして、やや軽いふうにも見られたのが、皇子のお生まれになって以後目に立って重々しくお扱いになったから、東宮にもどうかすればこの皇子をお立てになるかもしれぬと、第一の皇子の御生母の女御は疑いを持っていた。この人は帝の最もお若い時に入内じゅだいした最初の女御であった。この女御がする批難と恨み言だけは無関心にしておいでになれなかった。この女御へ済まないという気も十分に持っておいでになった。帝の深い愛を信じながらも、悪く言う者と、何かの欠点を捜し出そうとする者ばかりの宮中に、病身な、そして無力な家を背景としている心細い更衣は、愛されれば愛されるほど苦しみがふえるふうであった。
 住んでいる御殿ごてんは御所の中の東北のすみのような桐壺きりつぼであった。幾つかの女御や更衣たちの御殿のろうを通いみちにして帝がしばしばそこへおいでになり、宿直とのいをする更衣が上がり下がりして行く桐壺であったから、始終ながめていねばならぬ御殿の住人たちの恨みがかさんでいくのも道理と言わねばならない。召されることがあまり続くころは、打ち橋とか通い廊下のある戸口とかに意地の悪い仕掛けがされて、送り迎えをする女房たちの着物のすそが一度でいたんでしまうようなことがあったりする。またある時はどうしてもそこを通らねばならぬ廊下の戸に錠がさされてあったり、そこが通れねばこちらを行くはずの御殿の人どうしが言い合わせて、桐壺の更衣の通りみちをなくしてはずかしめるようなことなどもしばしばあった。数え切れぬほどの苦しみを受けて、更衣が心をめいらせているのを御覧になると帝はいっそうあわれを多くお加えになって、清涼殿せいりょうでんに続いた後涼殿こうりょうでんに住んでいた更衣をほかへお移しになって桐壺の更衣へ休息室としてお与えになった。移された人の恨みはどの後宮こうきゅうよりもまた深くなった。
 第二の皇子が三歳におなりになった時に袴着はかまぎの式が行なわれた。前にあった第一の皇子のその式に劣らぬような派手はでな準備の費用が宮廷から支出された。それにつけても世間はいろいろに批評をしたが、成長されるこの皇子の美貌びぼう聡明そうめいさとが類のないものであったから、だれも皇子を悪く思うことはできなかった。有識者はこの天才的な美しい小皇子を見て、こんな人も人間世界に生まれてくるものかと皆驚いていた。その年の夏のことである。御息所みやすどころ――皇子女おうじじょの生母になった更衣はこう呼ばれるのである――はちょっとした病気になって、実家へさがろうとしたが帝はお許しにならなかった。どこかからだが悪いということはこの人の常のことになっていたから、帝はそれほどお驚きにならずに、
「もうしばらく御所で養生をしてみてからにするがよい」
 と言っておいでになるうちにしだいに悪くなって、そうなってからほんの五、六日のうちに病は重体になった。母の未亡人は泣く泣くお暇を願って帰宅させることにした。こんな場合にはまたどんな呪詛じゅそが行なわれるかもしれない、皇子にまでわざわいを及ぼしてはとの心づかいから、皇子だけを宮中にとどめて、目だたぬように御息所だけが退出するのであった。この上留めることは不可能であると帝は思召して、更衣が出かけて行くところを見送ることのできぬ御尊貴の御身の物足りなさを堪えがたく悲しんでおいでになった。
 はなやかな顔だちの美人が非常にせてしまって、心の中には帝とお別れして行く無限の悲しみがあったが口へは何も出して言うことのできないのがこの人の性質である。あるかないかに弱っているのを御覧になると帝は過去も未来も真暗まっくらになった気があそばすのであった。泣く泣くいろいろな頼もしい将来の約束をあそばされても更衣はお返辞もできないのである。目つきもよほどだるそうで、平生からなよなよとした人がいっそう弱々しいふうになって寝ているのであったから、これはどうなることであろうという不安が大御心おおみこころを襲うた。更衣が宮中から輦車れんしゃで出てよい御許可の宣旨せんじを役人へお下しになったりあそばされても、また病室へお帰りになると今行くということをお許しにならない。
「死の旅にも同時に出るのがわれわれ二人であるとあなたも約束したのだから、私を置いてうちへ行ってしまうことはできないはずだ」
 と、帝がお言いになると、そのお心持ちのよくわかる女も、非常に悲しそうにお顔を見て、

「限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり


 死がそれほど私に迫って来ておりませんのでしたら」
 これだけのことを息も絶え絶えに言って、なお帝にお言いしたいことがありそうであるが、まったく気力はなくなってしまった。死ぬのであったらこのまま自分のそばで死なせたいと帝は思召おぼしめしたが、今日から始めるはずの祈祷きとうも高僧たちが承っていて、それもぜひ今夜から始めねばなりませぬというようなことも申し上げて方々から更衣の退出を促すので、別れがたく思召しながらお帰しになった。
 帝はお胸が悲しみでいっぱいになってお眠りになることが困難であった。帰った更衣の家へお出しになる尋ねの使いはすぐ帰って来るはずであるが、それすら返辞を聞くことが待ち遠しいであろうと仰せられた帝であるのに、お使いは、
「夜半過ぎにお卒去かくれになりました」
 と言って、故大納言家の人たちの泣き騒いでいるのを見ると力が落ちてそのまま御所へ帰って来た。
 更衣の死をお聞きになった帝のお悲しみは非常で、そのまま引きこもっておいでになった。その中でも忘れがたみの皇子はそばへ置いておきたく思召したが、母の忌服きふく中の皇子が、けがれのやかましい宮中においでになる例などはないので、更衣の実家へ退出されることになった。皇子はどんな大事があったともお知りにならず、侍女たちが泣き騒ぎ、帝のお顔にも涙が流れてばかりいるのだけを不思議にお思いになるふうであった。父子の別れというようなことはなんでもない場合でも悲しいものであるから、この時の帝のお心持ちほどお気の毒なものはなかった。
 どんなに惜しい人でも遺骸いがいは遺骸として扱われねばならぬ、葬儀が行なわれることになって、母の未亡人は遺骸と同時に火葬の煙になりたいと泣きこがれていた。そして葬送の女房の車にしいて望んでいっしょに乗って愛宕おたぎの野にいかめしく設けられた式場へ着いた時の未亡人の心はどんなに悲しかったであろう。
「死んだ人を見ながら、やはり生きている人のように思われてならない私の迷いをさますために行く必要があります」
 と賢そうに言っていたが、車から落ちてしまいそうに泣くので、こんなことになるのを恐れていたと女房たちは思った。
 宮中からお使いが葬場へ来た。更衣に三位さんみを贈られたのである。勅使がその宣命せんみょうを読んだ時ほど未亡人にとって悲しいことはなかった。三位は女御にょごに相当する位階である。生きていた日に女御とも言わせなかったことがみかどには残り多く思召されて贈位を賜わったのである。こんなことででも後宮のある人々は反感を持った。同情のある人は故人の美しさ、性格のなだらかさなどで憎むことのできなかった人であると、今になって桐壺の更衣こういの真価を思い出していた。あまりにひどい御殊寵しゅちょうぶりであったからその当時は嫉妬しっとを感じたのであるとそれらの人は以前のことを思っていた。優しい同情深い女性であったのを、帝付きの女官たちは皆恋しがっていた。「なくてぞ人は恋しかりける」とはこうした場合のことであろうと見えた。時は人の悲しみにかかわりもなく過ぎて七日七日の仏事が次々に行なわれる、そのたびに帝からはお弔いの品々が下された。
 愛人の死んだのちの日がたっていくにしたがってどうしようもない寂しさばかりを帝はお覚えになるのであって、女御、更衣を宿直とのいに召されることも絶えてしまった。ただ涙の中の御朝夕であって、拝見する人までがしめっぽい心になる秋であった。
「死んでからまでも人の気を悪くさせる御寵愛ぶりね」
 などと言って、右大臣の娘の弘徽殿こきでん女御にょごなどは今さえも嫉妬を捨てなかった。帝は一の皇子を御覧になっても更衣の忘れがたみの皇子の恋しさばかりをお覚えになって、親しい女官や、御自身のお乳母めのとなどをその家へおつかわしになって若宮の様子を報告させておいでになった。
 野分のわきふうに風が出て肌寒はださむの覚えられる日の夕方に、平生よりもいっそう故人がお思われになって、靫負ゆげい命婦みょうぶという人を使いとしてお出しになった。夕月夜の美しい時刻に命婦を出かけさせて、そのまま深い物思いをしておいでになった。以前にこうした月夜は音楽の遊びが行なわれて、更衣はその一人に加わってすぐれた音楽者の素質を見せた。またそんな夜にむ歌なども平凡ではなかった。彼女の幻は帝のお目に立ち添って少しも消えない。しかしながらどんなに濃い幻でも瞬間の現実の価値はないのである。
 命婦は故大納言だいなごん家に着いて車が門から中へ引き入れられた刹那せつなからもう言いようのない寂しさが味わわれた。未亡人の家であるが、一人娘のために住居すまいの外見などにもみすぼらしさがないようにと、りっぱな体裁を保って暮らしていたのであるが、子を失った女主人おんなあるじ無明むみょうの日が続くようになってからは、しばらくのうちに庭の雑草が行儀悪く高くなった。またこのごろの野分の風でいっそう邸内が荒れた気のするのであったが、月光だけは伸びた草にもさわらずさし込んだその南向きの座敷に命婦を招じて出て来た女主人はすぐにもものが言えないほどまたも悲しみに胸をいっぱいにしていた。
「娘を死なせました母親がよくも生きていられたものというように、運命がただ恨めしゅうございますのに、こうしたお使いがあばら屋へおいでくださるとまたいっそう自分が恥ずかしくてなりません」
 と言って、実際堪えられないだろうと思われるほど泣く。
「こちらへ上がりますと、またいっそうお気の毒になりまして、魂も消えるようでございますと、先日典侍ないしのすけは陛下へ申し上げていらっしゃいましたが、私のようなあさはかな人間でもほんとうに悲しさが身にしみます」
 と言ってから、しばらくして命婦は帝の仰せを伝えた。
「当分夢ではないであろうかというようにばかり思われましたが、ようやく落ち着くとともに、どうしようもない悲しみを感じるようになりました。こんな時はどうすればよいのか、せめて話し合う人があればいいのですがそれもありません。目だたぬようにして時々御所へ来られてはどうですか。若宮を長く見ずにいて気がかりでならないし、また若宮も悲しんでおられる人ばかりの中にいてかわいそうですから、彼を早く宮中へ入れることにして、あなたもいっしょにおいでなさい」
「こういうお言葉ですが、涙にむせ返っておいでになって、しかも人に弱さを見せまいと御遠慮をなさらないでもない御様子がお気の毒で、ただおおよそだけを承っただけでまいりました」
 と言って、また帝のおことづてのほかの御消息を渡した。
「涙でこのごろは目も暗くなっておりますが、過分なかたじけない仰せを光明にいたしまして」
 未亡人はおふみを拝見するのであった。

時がたてば少しは寂しさも紛れるであろうかと、そんなことを頼みにして日を送っていても、日がたてばたつほど悲しみの深くなるのは困ったことである。どうしているかとばかり思いやっている小児こどもも、そろった両親に育てられる幸福を失ったものであるから、子を失ったあなたに、せめてその子の代わりとして面倒めんどうを見てやってくれることを頼む。

 などこまごまと書いておありになった。

宮城野みやぎのの露吹き結ぶ風のおと小萩こはぎが上を思ひこそやれ


 という御歌もあったが、未亡人はわき出す涙が妨げて明らかには拝見することができなかった。
「長生きをするからこうした悲しい目にもあうのだと、それが世間の人の前に私をきまり悪くさせることなのでございますから、まして御所へ時々上がることなどは思いもよらぬことでございます。もったいない仰せを伺っているのですが、私が伺候いたしますことは今後も実行はできないでございましょう。若宮様は、やはり御父子の情というものが本能にありますものと見えて、御所へ早くおはいりになりたい御様子をお見せになりますから、私はごもっともだとおかわいそうに思っておりますということなどは、表向きの奏上でなしに何かのおついでに申し上げてくださいませ。良人おっとも早くくしますし、娘も死なせてしまいましたような不幸ずくめの私が御いっしょにおりますことは、若宮のために縁起のよろしくないことと恐れ入っております」
 などと言った。そのうち若宮ももうおやすみになった。
「またお目ざめになりますのをお待ちして、若宮にお目にかかりまして、くわしく御様子も陛下へ御報告したいのでございますが、使いの私の帰りますのをお待ちかねでもいらっしゃいますでしょうから、それではあまりおそくなるでございましょう」
 と言って命婦は帰りを急いだ。
「子をなくしました母親の心の、悲しい暗さがせめて一部分でも晴れますほどの話をさせていただきたいのですから、公のお使いでなく、気楽なお気持ちでお休みがてらまたお立ち寄りください。以前はうれしいことでよくお使いにおいでくださいましたのでしたが、こんな悲しい勅使であなたをお迎えするとは何ということでしょう。返す返す運命が私に長生きさせるのが苦しゅうございます。故人のことを申せば、生まれました時から親たちに輝かしい未来の望みを持たせました子で、父の大納言だいなごんはいよいよ危篤になりますまで、この人を宮中へ差し上げようと自分の思ったことをぜひ実現させてくれ、自分が死んだからといって今までの考えを捨てるようなことをしてはならないと、何度も何度も遺言いたしましたが、確かな後援者なしの宮仕えは、かえって娘を不幸にするようなものではないだろうかとも思いながら、私にいたしましてはただ遺言を守りたいばかりに陛下へ差し上げましたが、過分な御寵愛を受けまして、そのお光でみすぼらしさも隠していただいて、娘はお仕えしていたのでしょうが、皆さんの御嫉妬の積もっていくのが重荷になりまして、寿命で死んだとは思えませんような死に方をいたしましたのですから、陛下のあまりに深い御愛情がかえって恨めしいように、盲目的な母の愛から私は思いもいたします」
 こんな話をまだ全部も言わないで未亡人は涙でむせ返ってしまったりしているうちにますます深更になった。
「それは陛下も仰せになります。自分の心でありながらあまりに穏やかでないほどの愛しようをしたのも前生ぜんしょうの約束で長くはいっしょにおられぬ二人であることを意識せずに感じていたのだ。自分らは恨めしい因縁でつながれていたのだ、自分は即位そくいしてから、だれのためにも苦痛を与えるようなことはしなかったという自信を持っていたが、あの人によって負ってならぬ女の恨みを負い、ついには何よりもたいせつなものを失って、悲しみにくれて以前よりももっと愚劣な者になっているのを思うと、自分らの前生の約束はどんなものであったか知りたいとお話しになって湿っぽい御様子ばかりをお見せになっています」
 どちらも話すことにきりがない。命婦みょうぶは泣く泣く、
「もう非常におそいようですから、復命は今晩のうちにいたしたいと存じますから」
 と言って、帰る仕度したくをした。落ちぎわに近い月夜の空が澄み切った中を涼しい風が吹き、人の悲しみを促すような虫の声がするのであるから帰りにくい。

鈴虫の声の限りを尽くしても長き夜飽かず降る涙かな


 車に乗ろうとして命婦はこんな歌を口ずさんだ。

「いとどしく虫のしげき浅茅生あさぢふに露置き添ふる雲の上人うへびと
 かえって御訪問が恨めしいと申し上げたいほどです」
 と未亡人は女房に言わせた。意匠を凝らせた贈り物などする場合でなかったから、故人の形見ということにして、唐衣からぎぬ一揃ひとそろえに、髪上げの用具のはいった箱を添えて贈った。
 若い女房たちの更衣の死を悲しむのはむろんであるが、宮中住まいをしなれていて、寂しく物足らず思われることが多く、お優しいみかどの御様子を思ったりして、若宮が早く御所へお帰りになるようにと促すのであるが、不幸な自分がごいっしょに上がっていることも、また世間に批難の材料を与えるようなものであろうし、またそれかといって若宮とお別れしている苦痛にもえきれる自信がないと未亡人は思うので、結局若宮の宮中入りは実行性に乏しかった。
 御所へ帰った命婦は、まだよいのままで御寝室へはいっておいでにならない帝を気の毒に思った。中庭の秋の花の盛りなのを愛していらっしゃるふうをあそばして凡庸でない女房四、五人をおそばに置いて話をしておいでになるのであった。このごろ始終帝の御覧になるものは、玄宗げんそう皇帝と楊貴妃ようきひの恋を題材にした白楽天の長恨歌ちょうごんかを、亭子院ていしいんが絵にあそばして、伊勢いせ貫之つらゆきに歌をおませになった巻き物で、そのほか日本文学でも、支那しなのでも、愛人に別れた人の悲しみが歌われたものばかりを帝はお読みになった。帝は命婦にこまごまと大納言だいなごん家の様子をお聞きになった。身にしむ思いを得て来たことを命婦は外へ声をはばかりながら申し上げた。未亡人の御返事を帝は御覧になる。

もったいなさをどう始末いたしてよろしゅうございますやら。こうした仰せを承りましても愚か者はただ悲しい悲しいとばかり思われるのでございます。

荒き風防ぎしかげの枯れしより小萩こはぎが上ぞしづ心無き


 というような、歌の価値の疑わしいようなものも書かれてあるが、悲しみのために落ち着かない心でんでいるのであるからと寛大に御覧になった。帝はある程度まではおさえていねばならぬ悲しみであると思召すが、それが御困難であるらしい。はじめて桐壺きりつぼ更衣こういの上がって来たころのことなどまでがお心の表面に浮かび上がってきてはいっそう暗い悲しみに帝をお誘いした。その当時しばらく別れているということさえも自分にはつらかったのに、こうして一人でも生きていられるものであると思うと自分は偽り者のような気がするとも帝はお思いになった。
「死んだ大納言の遺言を苦労して実行した未亡人へのむくいは、更衣を後宮の一段高い位置にすえることだ、そうしたいと自分はいつも思っていたが、何もかも皆夢になった」
 とお言いになって、未亡人に限りない同情をしておいでになった。
「しかし、あの人はいなくても若宮が天子にでもなる日が来れば、故人にきさきの位を贈ることもできる。それまで生きていたいとあの夫人は思っているだろう」
 などという仰せがあった。命婦みょうぶは贈られた物を御前おまえへ並べた。これがからの幻術師が他界の楊貴妃ようきひって得て来た玉のかざしであったらと、帝はかいないこともお思いになった。

尋ね行くまぼろしもがなつてにてもたまのありかをそこと知るべく


 絵で見る楊貴妃はどんなに名手のいたものでも、絵における表現は限りがあって、それほどのすぐれた顔も持っていない。太液たいえきの池の蓮花れんげにも、未央宮びおうきゅうの柳の趣にもその人は似ていたであろうが、またからの服装は華美ではあったであろうが、更衣の持った柔らかい美、えんな姿態をそれに思い比べて御覧になると、これは花の色にも鳥の声にもたとえられぬ最上のものであった。お二人の間はいつも、天にっては比翼の鳥、地に生まれれば連理の枝という言葉で永久の愛を誓っておいでになったが、運命はその一人に早く死を与えてしまった。秋風のにも虫の声にも帝が悲しみを覚えておいでになる時、弘徽殿こきでん女御にょごはもう久しく夜の御殿おとど宿直とのいにもお上がりせずにいて、今夜の月明にけるまでその御殿で音楽の合奏をさせているのを帝は不愉快に思召した。このころの帝のお心持ちをよく知っている殿上役人や帝付きの女房なども皆弘徽殿の楽音に反感を持った。負けぎらいな性質の人で更衣の死などは眼中にないというふうをわざと見せているのであった。
 月も落ちてしまった。

雲の上も涙にくるる秋の月いかですむらん浅茅生あさぢふの宿


 命婦が御報告した故人の家のことをなお帝は想像あそばしながら起きておいでになった。
 右近衛府うこんえふの士官が宿直者の名を披露ひろうするのをもってすれば午前二時になったのであろう。人目をおはばかりになって御寝室へおはいりになってからも安眠を得たもうことはできなかった。
 朝のお目ざめにもまた、夜明けも知らずに語り合った昔の御追憶がお心を占めて、寵姫ちょうきった日もいのちも朝の政務はお怠りになることになる。お食欲もない。簡単な御朝食はしるしだけお取りになるが、帝王の御朝餐ちょうさんとして用意される大床子だいしょうじのお料理などは召し上がらないものになっていた。それには殿上役人のお給仕がつくのであるが、それらの人は皆この状態をなげいていた。すべて側近する人は男女の別なしに困ったことであると歎いた。よくよく深い前生の御縁で、その当時は世の批難も後宮の恨みの声もお耳には留まらず、その人に関することだけは正しい判断を失っておしまいになり、また死んだあとではこうして悲しみに沈んでおいでになって政務も何もお顧みにならない、国家のためによろしくないことであるといって、支那しなの歴朝の例までも引き出して言う人もあった。
 幾月かののちに第二の皇子が宮中へおはいりになった。ごくお小さい時ですらこの世のものとはお見えにならぬ御美貌の備わった方であったが、今はまたいっそう輝くほどのものに見えた。その翌年立太子のことがあった。帝の思召おぼしめしは第二の皇子にあったが、だれという後見の人がなく、まただれもが肯定しないことであるのを悟っておいでになって、かえってその地位は若宮の前途を危険にするものであるとお思いになって、御心中をだれにもおらしにならなかった。東宮におなりになったのは第一親王である。この結果を見て、あれほどの御愛子でもやはり太子にはおできにならないのだと世間も言い、弘徽殿こきでん女御にょごも安心した。その時から宮の外祖母の未亡人は落胆して更衣のいる世界へ行くことのほかには希望もないと言って一心に御仏みほとけ来迎らいごうを求めて、とうとうくなった。帝はまた若宮が祖母を失われたことでお悲しみになった。これは皇子が六歳の時のことであるから、今度は母の更衣の死にった時とは違い、皇子は祖母の死を知ってお悲しみになった。今まで始終お世話を申していた宮とお別れするのが悲しいということばかりを未亡人は言って死んだ。
 それから若宮はもう宮中にばかりおいでになることになった。七歳の時に書初ふみはじめの式が行なわれて学問をお始めになったが、皇子の類のない聡明そうめいさに帝はお驚きになることが多かった。
「もうこの子をだれも憎むことができないでしょう。母親のないという点だけででもかわいがっておやりなさい」
 と帝はお言いになって、弘徽殿へ昼間おいでになる時もいっしょにおつれになったりしてそのまま御簾みすの中にまでもお入れになった。どんな強さ一方の武士だっても仇敵きゅうてきだってもこの人を見てはみが自然にわくであろうと思われる美しい少童しょうどうでおありになったから、女御も愛を覚えずにはいられなかった。この女御は東宮のほかに姫宮をお二人お生みしていたが、その方々よりも第二の皇子のほうがおきれいであった。姫宮がたもお隠れにならないで賢い遊び相手としてお扱いになった。学問はもとより音楽の才も豊かであった。言えば不自然に聞こえるほどの天才児であった。
 その時分に高麗人こまうどが来朝した中に、上手じょうずな人相見の者が混じっていた。帝はそれをお聞きになったが、宮中へお呼びになることは亭子院のおいましめがあっておできにならず、だれにも秘密にして皇子のお世話役のようになっている右大弁うだいべんの子のように思わせて、皇子を外人の旅宿する鴻臚館こうろかんへおやりになった。
 相人は不審そうにこうべをたびたび傾けた。
「国の親になって最上の位を得る人相であって、さてそれでよいかと拝見すると、そうなることはこの人の幸福な道でない。国家の柱石になって帝王の輔佐をする人として見てもまた違うようです」
 と言った。弁も漢学のよくできる官人であったから、筆紙をもってする高麗人との問答にはおもしろいものがあった。詩の贈答もして高麗人はもう日本の旅が終わろうとするに臨んで珍しい高貴の相を持つ人にったことは、今さらにこの国を離れがたくすることであるというような意味の作をした。若宮も送別の意味を詩にお作りになったが、その詩を非常にほめていろいろなその国の贈り物をしたりした。
 朝廷からも高麗こまの相人へ多くの下賜品があった。その評判から東宮の外戚の右大臣などは第二の皇子と高麗の相人との関係に疑いを持った。好遇された点がに落ちないのである。聡明そうめいな帝は高麗人の言葉以前に皇子の将来を見通して、幸福な道を選ぼうとしておいでになった。それでほとんど同じことを占った相人に価値をお認めになったのである。四品しほん以下の無品むほん親王などで、心細い皇族としてこの子を置きたくない、自分の代もいつ終わるかしれぬのであるから、将来に最も頼もしい位置をこの子に設けて置いてやらねばならぬ、臣下の列に入れて国家の柱石たらしめることがいちばんよいと、こうお決めになって、以前にもましていろいろの勉強をおさせになった。大きな天才らしい点の現われてくるのを御覧になると人臣にするのが惜しいというお心になるのであったが、親王にすれば天子に変わろうとする野心を持つような疑いを当然受けそうにお思われになった。上手な運命占いをする者にお尋ねになっても同じような答申をするので、元服後は源姓を賜わって源氏のなにがしとしようとお決めになった。
 年月がたっても帝は桐壺の更衣との死別の悲しみをお忘れになることができなかった。慰みになるかと思召して美しい評判のある人などを後宮へ召されることもあったが、結果はこの世界には故更衣の美に準ずるだけの人もないのであるという失望をお味わいになっただけである。そうしたころ、先帝――みかど従兄いとこあるいは叔父君おじぎみ――の第四の内親王でお美しいことをだれも言う方で、母君のおきさきが大事にしておいでになる方のことを、帝のおそばに奉仕している典侍ないしのすけは先帝の宮廷にいた人で、后の宮へも親しく出入りしていて、内親王の御幼少時代をも知り、現在でもほのかにお顔を拝見する機会を多く得ていたから、帝へお話しした。
「おかくれになりました御息所みやすどころの御容貌ようぼうに似た方を、三代も宮廷におりました私すらまだ見たことがございませんでしたのに、后の宮様の内親王様だけがあの方に似ていらっしゃいますことにはじめて気がつきました。非常にお美しい方でございます」
 もしそんなことがあったらと大御心おおみこころが動いて、先帝の后の宮へ姫宮の御入内ごじゅだいのことを懇切にお申し入れになった。お后は、そんな恐ろしいこと、東宮のお母様の女御にょごが並みはずれな強い性格で、桐壺の更衣こういが露骨ないじめ方をされた例もあるのに、と思召して話はそのままになっていた。そのうちお后もおかくれになった。姫宮がお一人で暮らしておいでになるのを帝はお聞きになって、
「女御というよりも自分の娘たちの内親王と同じように思って世話がしたい」
 となおも熱心に入内をお勧めになった。こうしておいでになって、母宮のことばかりを思っておいでになるよりは、宮中の御生活にお帰りになったら若いお心の慰みにもなろうと、お付きの女房やお世話係の者が言い、兄君の兵部卿ひょうぶきょう親王もその説に御賛成になって、それで先帝の第四の内親王は当帝の女御におなりになった。御殿は藤壺ふじつぼである。典侍の話のとおりに、姫宮の容貌も身のおとりなしも不思議なまで、桐壺の更衣に似ておいでになった。この方は御身分にの打ち所がない。すべてごりっぱなものであって、だれもおとしめる言葉を知らなかった。桐壺の更衣は身分と御愛寵とに比例の取れぬところがあった。お傷手いたでが新女御の宮でいやされたともいえないであろうが、自然に昔は昔として忘れられていくようになり、帝にまた楽しい御生活がかえってきた。あれほどのこともやはり永久不変でありえない人間の恋であったのであろう。
 源氏の君――まだ源姓にはなっておられない皇子であるが、やがてそうおなりになる方であるから筆者はこう書く。――はいつも帝のおそばをお離れしないのであるから、自然どの女御の御殿へも従って行く。帝がことにしばしばおいでになる御殿は藤壺ふじつぼであって、お供して源氏のしばしば行く御殿は藤壺である。宮もおれになって隠れてばかりはおいでにならなかった。どの後宮でも容貌の自信がなくて入内した者はないのであるから、皆それぞれの美を備えた人たちであったが、もう皆だいぶ年がいっていた。その中へ若いお美しい藤壺の宮が出現されてその方は非常に恥ずかしがってなるべく顔を見せぬようにとなすっても、自然に源氏の君が見ることになる場合もあった。母の更衣は面影も覚えていないが、よく似ておいでになると典侍が言ったので、子供心に母に似た人として恋しく、いつも藤壺へ行きたくなって、あの方と親しくなりたいという望みが心にあった。帝には二人とも最愛の妃であり、最愛の御子であった。
「彼を愛しておやりなさい。不思議なほどあなたとこの子の母とは似ているのです。失礼だと思わずにかわいがってやってください。この子の目つき顔つきがまたよく母に似ていますから、この子とあなたとを母と子と見てもよい気がします」
 など帝がおとりなしになると、子供心にも花や紅葉もみじの美しい枝は、まずこの宮へ差し上げたい、自分の好意を受けていただきたいというこんな態度をとるようになった。現在の弘徽殿の女御の嫉妬しっとの対象は藤壺の宮であったからそちらへ好意を寄せる源氏に、一時忘れられていた旧怨きゅうえんも再燃して憎しみを持つことになった。女御が自慢にし、ほめられてもおいでになる幼内親王方の美を遠くこえた源氏の美貌びぼうを世間の人は言い現わすためにひかるきみと言った。女御として藤壺の宮の御寵愛ちょうあいが並びないものであったから対句のように作って、輝く日の宮と一方を申していた。
 源氏の君の美しい童形どうぎょうをいつまでも変えたくないように帝は思召したのであったが、いよいよ十二のとしに元服をおさせになることになった。その式の準備も何も帝御自身でお指図さしずになった。前に東宮の御元服の式を紫宸殿ししんでんであげられた時の派手はでやかさに落とさず、その日官人たちが各階級別々にさずかる饗宴きょうえん仕度したく内蔵寮くらりょう、穀倉院などでするのはつまり公式の仕度で、それでは十分でないと思召して、特に仰せがあって、それらも華麗をきわめたものにされた。
 清涼殿は東面しているが、お庭の前のお座敷に玉座の椅子いすがすえられ、元服される皇子の席、加冠役の大臣の席がそのお前にできていた。午後四時に源氏の君が参った。上で二つに分けて耳の所で輪にした童形の礼髪を結った源氏の顔つき、少年の美、これを永久に保存しておくことが不可能なのであろうかと惜しまれた。理髪の役は大蔵卿おおくらきょうである。美しい髪を短く切るのを惜しく思うふうであった。帝は御息所みやすどころがこの式を見たならばと、昔をお思い出しになることによって堪えがたくなる悲しみをおさえておいでになった。加冠が終わって、いったん休息所きゅうそくじょに下がり、そこで源氏は服を変えて庭上の拝をした。参列の諸員は皆小さい大宮人の美に感激の涙をこぼしていた。帝はまして御自制なされがたい御感情があった。藤壺の宮をお得になって以来、紛れておいでになることもあった昔の哀愁が今一度にお胸へかえって来たのである。まだ小さくて大人おとなの頭の形になることは、その人の美を損じさせはしないかという御懸念もおありになったのであるが、源氏の君には今驚かれるほどの新彩が加わって見えた。加冠の大臣には夫人の内親王との間に生まれた令嬢があった。東宮から後宮にとお望みになったのをお受けせずにお返辞へんじ躊躇ちゅうちょしていたのは、初めから源氏の君の配偶者に擬していたからである。大臣は帝の御意向をも伺った。
「それでは元服したのちの彼を世話する人もいることであるから、その人をいっしょにさせればよい」
 という仰せであったから、大臣はその実現を期していた。
 今日の侍所さむらいどころになっている座敷で開かれた酒宴に、親王方の次の席へ源氏は着いた。娘の件を大臣がほのめかしても、きわめて若い源氏は何とも返辞をすることができないのであった。帝のお居間のほうから仰せによって内侍ないしが大臣を呼びに来たので、大臣はすぐに御前へ行った。加冠役としての下賜品はおそばの命婦が取り次いだ。白い大袿おおうちぎに帝のお召し料のお服が一襲ひとかさねで、これは昔から定まった品である。酒杯を賜わる時に、次の歌を仰せられた。

いときなき初元結ひに長き世を契る心は結びこめつや


 大臣のむすめとの結婚にまでお言い及ぼしになった御製は大臣を驚かした。

結びつる心も深き元結ひに濃き紫の色しあせずば


 と返歌を奏上してから大臣は、清涼殿せいりょうでんの正面の階段きざはしを下がって拝礼をした。左馬寮さまりょうの御馬と蔵人所くろうどどころたかをその時に賜わった。そのあとで諸員が階前に出て、官等に従ってそれぞれの下賜品を得た。この日の御饗宴きょうえんの席の折り詰めのお料理、かご詰めの菓子などは皆右大弁うだいべんが御命令によって作った物であった。一般の官吏に賜う弁当の数、一般に下賜される絹を入れた箱の多かったことは、東宮の御元服の時以上であった。
 その夜源氏の君は左大臣家へ婿になって行った。この儀式にも善美は尽くされたのである。高貴な美少年の婿を大臣はかわいく思った。姫君のほうが少し年上であったから、年下の少年に配されたことを、不似合いに恥ずかしいことに思っていた。この大臣は大きい勢力を持った上に、姫君の母の夫人は帝の御同胞であったから、あくまでもはなやかな家である所へ、今度また帝の御愛子の源氏を婿に迎えたのであるから、東宮の外祖父で未来の関白と思われている右大臣の勢力は比較にならぬほど気押けおされていた。左大臣は何人かの妻妾さいしょうから生まれた子供を幾人も持っていた。内親王腹のは今蔵人くろうど少将であって年少の美しい貴公子であるのを左右大臣の仲はよくないのであるが、その蔵人少将をよその者に見ていることができず、大事にしている四女の婿にした。これも左大臣が源氏の君をたいせつがるのに劣らず右大臣から大事な婿君としてかしずかれていたのはよい一対のうるわしいことであった。
 源氏の君は帝がおそばを離しにくくあそばすので、ゆっくりと妻の家に行っていることもできなかった。源氏の心には藤壺ふじつぼの宮の美が最上のものに思われてあのような人を自分も妻にしたい、宮のような女性はもう一人とないであろう、左大臣の令嬢は大事にされて育った美しい貴族の娘とだけはうなずかれるがと、こんなふうに思われて単純な少年の心には藤壺の宮のことばかりが恋しくて苦しいほどであった。元服後の源氏はもう藤壺の御殿の御簾みすの中へは入れていただけなかった。琴や笛のの中にその方がおきになる物の声を求めるとか、今はもう物越しにより聞かれないほのかなお声を聞くとかが、せめてもの慰めになって宮中の宿直とのいばかりが好きだった。五、六日御所にいて、二、三日大臣家へ行くなど絶え絶えの通い方を、まだ少年期であるからと見て大臣はとがめようとも思わず、相も変わらず婿君のかしずき騒ぎをしていた。新夫婦付きの女房はことにすぐれた者をもってしたり、気に入りそうな遊びを催したり、一所懸命である。御所では母の更衣のもとの桐壺を源氏の宿直所にお与えになって、御息所みやすどころに侍していた女房をそのまま使わせておいでになった。更衣の家のほうは修理しゅりの役所、内匠寮たくみりょうなどへ帝がお命じになって、非常なりっぱなものに改築されたのである。もとから築山つきやまのあるよい庭のついた家であったが、池なども今度はずっと広くされた。二条の院はこれである。源氏はこんな気に入った家に自分の理想どおりの妻と暮らすことができたらと思って始終歎息たんそくをしていた。
 ひかるの君という名は前に鴻臚館こうろかんへ来た高麗人こまうどが、源氏の美貌びぼうと天才をほめてつけた名だとそのころ言われたそうである。

 

第2章 帚木

 光源氏ひかるげんじ、すばらしい名で、青春を盛り上げてできたような人が思われる。自然奔放な好色生活が想像される。しかし実際はそれよりずっと質素じみな心持ちの青年であった。その上恋愛という一つのことで後世へ自分が誤って伝えられるようになってはと、異性との交渉をずいぶん内輪にしていたのであるが、ここに書く話のような事が伝わっているのは世間がおしゃべりであるからなのだ。自重してまじめなふうの源氏は恋愛風流などには遠かった。好色小説の中の交野かたのの少将などには笑われていたであろうと思われる。
 中将時代にはおもに宮中の宿直所とのいどころに暮らして、時たまにしかしゅうとの左大臣家へ行かないので、別に恋人を持っているかのような疑いを受けていたが、この人は世間にざらにあるような好色男の生活はきらいであった。まれには風変わりな恋をして、たやすい相手でない人に心を打ち込んだりする欠点はあった。
 梅雨つゆのころ、みかどの御謹慎日が幾日かあって、近臣は家へも帰らずに皆宿直とのいする、こんな日が続いて、例のとおりに源氏の御所住まいが長くなった。大臣家ではこうして途絶えの多い婿君を恨めしくは思っていたが、やはり衣服その他贅沢ぜいたくを尽くした新調品を御所の桐壺きりつぼへ運ぶのにむことを知らなんだ。左大臣の子息たちは宮中の御用をするよりも、源氏の宿直所への勤めのほうが大事なふうだった。そのうちでも宮様腹の中将は最も源氏と親しくなっていて、遊戯をするにも何をするにも他の者の及ばない親交ぶりを見せた。大事がる舅の右大臣家へ行くことはこの人もきらいで、恋の遊びのほうが好きだった。結婚した男はだれも妻の家で生活するが、この人はまだ親の家のほうにりっぱに飾った居間や書斎を持っていて、源氏が行く時には必ずついて行って、夜も、昼も、学問をするのも、遊ぶのもいっしょにしていた。謙遜もせず、敬意を表することも忘れるほどぴったりと仲よしになっていた。
 五月雨さみだれがその日も朝から降っていた夕方、殿上役人の詰め所もあまり人影がなく、源氏の桐壺も平生より静かな気のする時に、を近くともしていろいろな書物を見ていると、その本を取り出した置きだなにあった、それぞれ違った色の紙に書かれた手紙のからの内容を頭中将とうのちゅうじょうは見たがった。
「無難なのを少しは見せてもいい。見苦しいのがありますから」
 と源氏は言っていた。
「見苦しくないかと気になさるのを見せていただきたいのですよ。平凡な女の手紙なら、私には私相当に書いてよこされるのがありますからいいんです。特色のある手紙ですね、怨みを言っているとか、ある夕方に来てほしそうに書いて来る手紙、そんなのを拝見できたらおもしろいだろうと思うのです」
 と恨まれて、初めからほんとうに秘密な大事の手紙などは、だれが盗んで行くか知れない棚などに置くわけもない、これはそれほどの物でないのであるから、源氏は見てもよいと許した。中将は少しずつ読んで見て言う。
「いろんなのがありますね」
 自身の想像だけで、だれとか彼とか筆者を当てようとするのであった。上手じょうずに言い当てるのもある、全然見当違いのことを、それであろうと深く追究したりするのもある。そんな時に源氏はおかしく思いながらあまり相手にならぬようにして、そして上手に皆を中将から取り返してしまった。
「あなたこそ女の手紙はたくさん持っているでしょう。少し見せてほしいものだ。そのあとなら棚のを全部見せてもいい」
「あなたの御覧になる価値のある物はないでしょうよ」
 こんな事から頭中将は女についての感想を言い出した。
「これならば完全だ、欠点がないという女は少ないものであると私は今やっと気がつきました。ただうわっつらな感情で達者な手紙を書いたり、こちらの言うことに理解を持っているような利巧りこうらしい人はずいぶんあるでしょうが、しかもそこを長所として取ろうとすれば、きっと合格点にはいるという者はなかなかありません。自分が少し知っていることで得意になって、ほかの人を軽蔑けいべつすることのできる厭味いやみな女が多いんですよ。親がついていて、大事にして、深窓に育っているうちは、その人の片端だけを知って男は自分の想像で十分補って恋をすることになるというようなこともあるのですね。顔がきれいで、娘らしくおおようで、そしてほかに用がないのですから、そんな娘には一つくらいの芸の上達が望めないこともありませんからね。それができると、仲に立った人間がいいことだけを話して、欠点は隠して言わないものですから、そんな時にそれはうそだなどと、こちらも空で断定することは不可能でしょう、真実だろうと思って結婚したあとで、だんだんあらが出てこないわけはありません」
 中将がこう言って歎息たんそくした時に、そんなありきたりの結婚失敗者ではない源氏も、何か心にうなずかれることがあるか微笑をしていた。
「あなたが今言った、一つくらいの芸ができるというほどのとりえね、それもできない人があるだろうか」
「そんな所へは初めからだれもだまされて行きませんよ、何もとりえのないのと、すべて完全であるのとは同じほどに少ないものでしょう。上流に生まれた人は大事にされて、欠点も目だたないで済みますから、その階級は別ですよ。中の階級の女によってはじめてわれわれはあざやかな、個性を見せてもらうことができるのだと思います。またそれから一段下の階級にはどんな女がいるのだか、まあ私にはあまり興味が持てない」
 こう言って、つうを振りまく中将に、源氏はもう少しその観察を語らせたく思った。
「その階級の別はどんなふうにつけるのですか。上、中、下を何で決めるのですか。よい家柄でもその娘の父は不遇で、みじめな役人で貧しいのと、並み並みの身分から高官に成り上がっていて、それが得意で贅沢ぜいたくな生活をして、初めからの貴族に負けないふうでいる家の娘と、そんなのはどちらへ属させたらいいのだろう」
 こんな質問をしている所へ、左馬頭さまのかみ藤式部丞とうしきぶのじょうとが、源氏の謹慎日を共にしようとして出て来た。風流男という名が通っているような人であったから、中将は喜んで左馬頭を問題の中へ引き入れた。不謹慎な言葉もそれから多く出た。
「いくら出世しても、もとの家柄が家柄だから世間の思わくだってやはり違う。またもとはいいうちでも逆境に落ちて、何の昔の面影もないことになってみれば、貴族的な品のいいやり方で押し通せるものではなし、見苦しいことも人から見られるわけだから、それはどちらも中の品ですよ。受領ずりょうといって地方の政治にばかり関係している連中の中にもまたいろいろ階級がありましてね、いわゆる中の品として恥ずかしくないのがありますよ。また高官の部類へやっとはいれたくらいの家よりも、参議にならない四位の役人で、世間からも認められていて、もとの家柄もよく、富んでのんきな生活のできている所などはかえって朗らかなものですよ。不足のない暮らしができるのですから、倹約もせず、そんな空気の家に育った娘に軽蔑けいべつのできないものがたくさんあるでしょう。宮仕えをして思いがけない幸福のもとを作ったりする例も多いのですよ」
 左馬頭がこう言う。
「それではまあ何でも金持ちでなければならないんだね」
 と源氏は笑っていた。
「あなたらしくないことをおっしゃるものじゃありませんよ」
 中将はたしなめるように言った。左馬頭はなお話し続けた。
「家柄も現在の境遇も一致している高貴な家のお嬢さんが凡庸であった場合、どうしてこんな人ができたのかと情けないことだろうと思います。そうじゃなくて地位に相応なすぐれたお嬢さんであったら、それはたいして驚きませんね。当然ですもの。私らにはよくわからない社会のことですから上の品は省くことにしましょう。こんなこともあります。世間からはそんな家のあることなども無視されているような寂しい家に、思いがけない娘が育てられていたとしたら、発見者は非常にうれしいでしょう。意外であったということは十分に男の心を引く力になります。父親がもういいかげん年寄りで、醜くふとった男で、風采ふうさいのよくない兄を見ても、娘は知れたものだと軽蔑している家庭に、思い上がった娘がいて、歌も上手であったりなどしたら、それは本格的なものではないにしても、ずいぶん興味が持てるでしょう。完全な女の選にははいりにくいでしょうがね」
 と言いながら、同意を促すように式部丞のほうを見ると、自身の妹たちが若い男の中で相当な評判になっていることを思って、それを暗に言っているのだと取って、式部丞は何も言わなかった。そんなに男の心を引く女がいるであろうか、上の品にはいるものらしい女の中にだって、そんな女はなかなか少ないものだと自分にはわかっているがと源氏は思っているらしい。柔らかい白い着物を重ねた上に、はかまは着けずに直衣のうしだけをおおように掛けて、からだを横にしている源氏は平生よりもまた美しくて、女性であったらどんなにきれいな人だろうと思われた。この人の相手には上の上の品の中から選んでも飽き足りないことであろうと見えた。
「ただ世間の人として見れば無難でも、実際自分の妻にしようとすると、合格するものは見つからないものですよ。男だって官吏になって、お役所のお勤めというところまでは、だれもできますが、実際適所へ適材が行くということはむずかしいものですからね。しかしどんなに聡明そうめいな人でも一人や二人で政治はできないのですから、上官は下僚に助けられ、下僚は上に従って、多数の力で役所の仕事は済みますが、一家の主婦にする人を選ぶのには、ぜひ備えさせねばならぬ資格がいろいろと幾つも必要なのです。これがよくてもそれには適しない。少しは譲歩してもまだなかなか思うような人はない。世間の多数の男も、いろいろな女の関係を作るのが趣味ではなくても、生涯しょうがいの妻を捜す心で、できるなら一所懸命になって自分で妻の教育のやり直しをしたりなどする必要のない女はないかとだれも思うのでしょう。必ずしも理想に近い女ではなくても、結ばれた縁に引かれて、それと一生を共にする、そんなのはまじめな男に見え、また捨てられない女も世間体がよいことになります。しかし世間を見ると、そう都合よくはいっていませんよ。お二方のような貴公子にはまして対象になる女があるものですか。私などの気楽な階級の者の中にでも、これと打ち込んでいいのはありませんからね。見苦しくもない娘で、それ相応な自重心を持っていて、手紙を書く時には蘆手あしでのような簡単な文章を上手に書き、墨色のほのかな文字で相手を引きつけて置いて、もっと確かな手紙を書かせたいと男をあせらせて、声が聞かれる程度に接近して行って話そうとしても、息よりも低い声で少ししかものを言わないというようなのが、男の正しい判断を誤らせるのですよ。なよなよとしていて優し味のある女だと思うと、あまりに柔順すぎたりして、またそれが才気を見せれば多情でないかと不安になります。そんなことは選定の最初の関門ですよ。妻に必要な資格は家庭を預かることですから、文学趣味とかおもしろい才気などはなくてもいいようなものですが、まじめ一方で、なりふりもかまわないで、額髪ひたいがみをうるさがって耳の後ろへはさんでばかりいる、ただ物質的な世話だけを一所懸命にやいてくれる、そんなのではね。お勤めに出れば出る、帰れば帰るで、役所のこと、友人や先輩のことなどで話したいことがたくさんあるんですから、それは他人には言えません。理解のある妻に話さないではつまりません。この話を早く聞かせたい、妻の意見も聞いて見たい、こんなことを思っているとそとででも独笑ひとりえみが出ますし、一人で涙ぐまれもします。また自分のことでないことに公憤を起こしまして、自分の心にだけ置いておくことに我慢のできぬような時、けれども自分の妻はこんなことのわかる女でないのだと思うと、横を向いて一人で思い出し笑いをしたり、かわいそうなものだなどと独言ひとりごとを言うようになります。そんな時に何なんですかと突っ慳貪けんどんに言って自分の顔を見る細君などはたまらないではありませんか。ただ一概に子供らしくておとなしい妻を持った男はだれでもよく仕込むことに苦心するものです。たよりなくは見えても次第に養成されていく妻に多少の満足を感じるものです。一緒いっしょにいる時は可憐さが不足を補って、それでも済むでしょうが、家を離れている時に用事を言ってやりましても何ができましょう。遊戯も風流も主婦としてすることも自発的には何もできない、教えられただけの芸を見せるにすぎないような女に、妻としての信頼を持つことはできません。ですからそんなのもまただめです。平生はしっくりといかぬ夫婦仲で、淡い憎しみも持たれる女で、何かの場合によい妻であることが痛感されるのもあります」
 こんなふうなつうな左馬頭にも決定的なことは言えないと見えて、深い歎息ためいきをした。
「ですからもう階級も何も言いません。容貌きりょうもどうでもいいとします。片よった性質でさえなければ、まじめで素直な人を妻にすべきだと思います。その上に少し見識でもあれば、満足して少しの欠点はあってもよいことにするのですね。安心のできる点が多ければ、趣味の教育などはあとからできるものですよ。上品ぶって、恨みを言わなければならぬ時も知らぬ顔で済ませて、表面は賢女らしくしていても、そんな人は苦しくなってしまうと、凄文句すごもんくや身にしませる歌などを書いて、思い出してもらえる材料にそれを残して、遠い郊外とか、まったく世間と離れた海岸とかへ行ってしまいます。子供の時に女房などが小説を読んでいるのを聞いて、そんなふうの女主人公に同情したものでしてね、りっぱな態度だと涙までもこぼしたものです。今思うとそんな女のやり方は軽佻けいちょうで、わざとらしい。自分を愛していた男を捨てて置いて、その際にちょっとした恨めしいことがあっても、男の愛を信じないように家を出たりなどして、無用の心配をかけて、そうして男をためそうとしているうちに取り返しのならぬはめに至ります。いやなことです。りっぱな態度だなどとほめたてられると、図に乗ってどうかすると尼なんかにもなります。その時はきたない未練は持たずに、すっかり恋愛を清算した気でいますが、まあ悲しい、こんなにまであきらめておしまいになってなどと、知った人が訪問して言い、真底から憎くはなっていない男が、それを聞いて泣いたという話などが聞こえてくると、召使や古い女房などが、殿様はあんなにあなたを思っていらっしゃいますのに、若いおからだを尼になどしておしまいになって惜しい。こんなことを言われる時、短くして後ろきにしてしまった額髪に手が行って、心細い気になると自然に物思いをするようになります。忍んでももう涙を一度流せばあとは始終泣くことになります。御弟子みでしになった上でこんなことでは仏様も未練をお憎みになるでしょう。俗であった時よりもそんな罪は深くて、かえって地獄へも落ちるように思われます。また夫婦の縁が切れずに、尼にはならずに、良人おっとに連れもどされて来ても、自分を捨てて家出をした妻であることを良人に忘れてもらうことはむずかしいでしょう。悪くてもよくてもいっしょにいて、どんな時もこんな時も許し合って暮らすのがほんとうの夫婦でしょう。一度そんなことがあったあとでは真実の夫婦愛がかえってこないものです。また男の愛がほんとうにさめている場合に家出をしたりすることは愚かですよ。恋はなくなっていても妻であるからと思っていっしょにいてくれた男から、これを機会に離縁を断行されることにもなります。なんでも穏やかに見て、男にほかの恋人ができた時にも、全然知らぬ顔はせずに感情を傷つけない程度のうらみを見せれば、それでまた愛を取り返すことにもなるものです。浮気うわきな習慣は妻次第でなおっていくものです。あまりに男に自由を与えすぎる女も、男にとっては気楽で、その細君の心がけがかわいく思われそうでありますが、しかしそれもですね、ほんとうは感心のできかねる妻の態度です。つながれない船は浮き歩くということになるじゃありませんか、ねえ」
 中将はうなずいた。
「現在の恋人で、深い愛着を覚えていながらその女の愛に信用が持てないということはよくない。自身の愛さえ深ければ女のあやふやな心持ちも直して見せることができるはずだが、どうだろうかね。方法はほかにありませんよ。長い心で見ていくだけですね」
 と頭中将とうのちゅうじょうは言って、自分の妹と源氏の中はこれに当たっているはずだと思うのに、源氏が目を閉じたままで何も言わぬのを、物足らずも口惜くちおしくも思った。左馬頭さまのかみは女の品定めの審判者であるというような得意な顔をしていた。中将は左馬頭にもっと語らせたい心があってしきりに相槌あいづちを打っているのであった。
「まあほかのことにして考えてごらんなさい。指物師さしものしがいろいろな製作をしましても、一時的な飾り物で、決まった形式を必要としないものは、しゃれた形をこしらえたものなどに、これはおもしろいと思わせられて、いろいろなものが、次から次へ新しい物がいいように思われますが、ほんとうにそれがなければならない道具というような物を上手じょうずにこしらえ上げるのは名人でなければできないことです。また絵所えどころに幾人も画家がいますが、席上の絵のき手に選ばれておおぜいで出ます時は、どれがよいのか悪いのかちょっとわかりませんが、非写実的な蓬莱山ほうらいさんとか、荒海の大魚とか、からにしかいない恐ろしい獣の形とかを描く人は、勝手ほうだいに誇張したもので人を驚かせて、それは実際に遠くてもそれで通ります。普通の山の姿とか、水の流れとか、自分たちが日常見ている美しい家や何かの図を写生的におもしろく混ぜて描き、われわれの近くにあるあまり高くない山を描き、木をたくさん描き、静寂な趣を出したり、あるいは人の住むやしきの中を忠実に描くような時に上手じょうず下手へたの差がよくわかるものです。字でもそうです。深味がなくて、あちこちの線を長く引いたりするのに技巧を用いたものは、ちょっと見がおもしろいようでも、それと比べてまじめに丁寧に書いた字で見栄みばえのせぬものも、二度目によく比べて見れば技巧だけで書いた字よりもよく見えるものです。ちょっとしたことでもそうなんです、まして人間の問題ですから、技巧でおもしろく思わせるような人には永久の愛が持てないと私は決めています。好色がましい多情な男にお思いになるかもしれませんが、以前のことを少しお話しいたしましょう」
 と言って、左馬頭はひざを進めた。源氏も目をさまして聞いていた。中将は左馬頭の見方を尊重するというふうを見せて、頬杖ほおづえをついて正面から相手を見ていた。坊様が過去未来の道理を説法する席のようで、おかしくないこともないのであるが、この機会に各自の恋の秘密を持ち出されることになった。
「ずっと前で、まだつまらぬ役をしていた時です。私に一人の愛人がございました。容貌ようぼうなどはとても悪い女でしたから、若い浮気うわきな心には、この人とだけで一生を暮らそうとは思わなかったのです。妻とは思っていましたが物足りなくて外に情人も持っていました。それでとても嫉妬しっとをするものですから、いやで、こんなふうでなく穏やかに見ていてくれればよいのにと思いながらも、あまりにやかましく言われますと、自分のような者をどうしてそんなにまで思うのだろうとあわれむような気になる時もあって、自然身持ちが修まっていくようでした。この女というのは、自身にできぬものでも、この人のためにはと努力してかかるのです。教養の足りなさも自身でつとめて補って、恥のないようにと心がけるたちで、どんなにも行き届いた世話をしてくれまして、私の機嫌きげんをそこねまいとする心から勝ち気もあまり表面に出さなくなり、私だけには柔順な女になって、醜い容貌きりょうなんぞも私にきらわれまいとして化粧に骨を折りますし、この顔で他人にっては、良人おっとの不名誉になると思っては、遠慮して来客にも近づきませんし、とにかく賢妻にできていましたから、同棲どうせいしているうちに利巧りこうさに心が引かれてもいきましたが、ただ一つの嫉妬しっと癖、それだけは彼女自身すらどうすることもできない厄介やっかいなものでした。当時私はこう思ったのです。とにかくみじめなほど私に参っている女なんだから、懲らすような仕打ちに出ておどして嫉妬やきもちやきを改造してやろう、もうその嫉妬ぶりに堪えられない、いやでならないという態度に出たら、これほど自分を愛している女なら、うまく自分の計画は成功するだろうと、そんな気で、ある時にわざと冷酷に出まして、例のとおり女がおこり出している時、『こんなあさましいことを言うあなたなら、どんな深い縁で結ばれた夫婦の中でも私は別れる決心をする。この関係を破壊してよいのなら、今のような邪推でも何でももっとするがいい。将来まで夫婦でありたいなら、少々つらいことはあっても忍んで、気にかけないようにして、そして嫉妬のない女になったら、私はまたどんなにあなたを愛するかしれない、人並みに出世してひとかどの官吏になる時分にはあなたがりっぱな私の正夫人でありうるわけだ』などと、うまいものだと自分で思いながら利己的な主張をしたものですね。女は少し笑って、『あなたの貧弱な時代を我慢して、そのうち出世もできるだろうと待っていることは、それは待ち遠しいことであっても、私は苦痛とも思いません。あなたの多情さを辛抱しんぼうして、よい良人になってくださるのを待つことは堪えられないことだと思いますから、そんなことをお言いになることになったのは別れる時になったわけです』そう口惜くちおしそうに言ってこちらを憤慨させるのです。女も自制のできない性質で、私の手を引き寄せて一本の指にかみついてしまいました。私は『痛い痛い』とたいそうに言って、『こんな傷までもつけられた私は社会へ出られない。あなたに侮辱された小役人はそんなことではいよいよ人並みに上がってゆくことはできない。私は坊主にでもなることにするだろう』などとおどして、『じゃあこれがいよいよ別れだ』と言って、指を痛そうに曲げてその家を出て来たのです。

『手を折りて相見しことを数ふればこれ一つやは君がうきふし

 言いぶんはないでしょう』と言うと、さすがに泣き出して、

『うき節を心一つに数へきてこや君が手を別るべきをり』

 反抗的に言ったりもしましたが、本心ではわれわれの関係が解消されるものでないことをよく承知しながら、幾日も幾日も手紙一つやらずに私は勝手かってな生活をしていたのです。加茂かもの臨時祭りの調楽ちょうがくが御所であって、けて、それはみぞれが降る夜なのです。皆が退散する時に、自分の帰って行く家庭というものを考えるとその女の所よりないのです。御所の宿直室で寝るのもみじめだし、また恋を風流遊戯にしているつぼねの女房をたずねて行くことも寒いことだろうと思われるものですから、どう思っているのだろうと様子も見がてらに雪の中を、少しきまりが悪いのですが、こんな晩に行ってやる志で女の恨みは消えてしまうわけだと思って、はいって行くと、暗いを壁のほうに向けてえ、暖かそうな柔らかい、綿のたくさんはいった着物を大きなあぶかごに掛けて、私が寝室へはいる時に上げる几帳きちょうのきれも上げて、こんな夜にはきっと来るだろうと待っていたふうが見えます。そう思っていたのだと私は得意になりましたが、妻自身はいません。何人かの女房だけが留守るすをしていまして、父親の家へちょうどこの晩移って行ったというのです。えんな歌もんで置かず、気のきいた言葉も残さずに、じみにすっと行ってしまったのですから、つまらない気がして、やかましく嫉妬をしたのも私にきらわせるためだったのかもしれないなどと、むしゃくしゃするものですからありうべくもないことまで忖度そんたくしましたものです。しかし考えてみると用意してあった着物なども平生以上によくできていますし、そういう点では実にありがたい親切が見えるのです。自分と別れた後のことまでも世話していったのですからね、彼女がどうして別れうるものかと私は慢心して、それからのち手紙で交渉を始めましたが、私へ帰る気がないでもないようだし、まったく知れない所へ隠れてしまおうともしませんし、あくまで反抗的態度を取ろうともせず、『前のようなふうでは我慢ができない、すっかり生活の態度を変えて、一夫一婦の道を取ろうとお言いになるのなら』と言っているのです。そんなことを言っても負けて来るだろうという自信を持って、しばらく懲らしてやる気で、一婦主義になるとも言わず、話を長引かせていますうちに、非常に精神的に苦しんで死んでしまいましたから、私は自分が責められてなりません。家の妻というものは、あれほどの者でなければならないと今でもその女が思い出されます。風流ごとにも、まじめな問題にも話し相手にすることができましたし、また家庭の仕事はどんなことにも通じておりました。染め物の立田たつた姫にもなれたし、七夕たなばたの織姫にもなれたわけです」
 と語った左馬頭は、いかにもき妻が恋しそうであった。
「技術上の織姫でなく、永久の夫婦の道を行っている七夕姫だったらよかったですね。立田姫もわれわれには必要な神様だからね。男にまずい服装をさせておく細君はだめですよ。そんな人が早く死ぬんだから、いよいよ良妻は得がたいということになる」
 中将は指をかんだ女をほめちぎった。
「その時分にまたもう一人の情人がありましてね、身分もそれは少しいいし、才女らしく歌をんだり、達者に手紙を書いたりしますし、音楽のほうも相当なものだったようです。感じの悪い容貌きりょうでもありませんでしたから、やきもち焼きのほうを世話女房にして置いて、そこへはおりおり通って行ったころにはおもしろい相手でしたよ。あの女が亡くなりましたあとでは、いくら今さら愛惜しても死んだものはしかたがなくて、たびたびもう一人の女の所へ行くようになりますと、なんだか体裁屋で、風流女を標榜ひょうぼうしている点が気に入らなくて、一生の妻にしてもよいという気はなくなりました。あまり通わなくなったころに、もうほかに恋愛の相手ができたらしいのですね、十一月ごろのよい月の晩に、私が御所から帰ろうとすると、ある殿上役人が来て私の車へいっしょに乗りました。私はその晩は父の大納言だいなごんの家へ行って泊まろうと思っていたのです。途中でその人が、『今夜私を待っている女の家があって、そこへちょっと寄って行ってやらないでは気が済みませんから』と言うのです。私の女の家は道筋に当たっているのですが、こわれた土塀どべいから池が見えて、庭に月のさしているのを見ると、私も寄って行ってやっていいという気になって、その男の降りた所で私も降りたものです。その男のはいって行くのはすなわち私の行こうとしている家なのです。初めから今日の約束があったのでしょう。男は夢中のようで、のぼせ上がったふうで、門から近いろうの室の縁側に腰を掛けて、気どったふうに月を見上げているんですね。それは実際白菊が紫をぼかした庭へ、風で紅葉もみじがたくさん降ってくるのですから、身にしむように思うのも無理はないのです。男は懐中から笛を出して吹きながら合い間に『飛鳥井あすかゐに宿りはすべしかげもよし』などと歌うと、中ではいい音のする倭琴やまとごとをきれいにいて合わせるのです。相当なものなんですね。律の調子は女の柔らかに弾くのが御簾みすの中から聞こえるのもはなやかな気のするものですから、明るい月夜にはしっくり合っています。男はたいへんおもしろがって、琴を弾いている所の前へ行って、『紅葉の積もり方を見るとだれもおいでになった様子はありませんね。あなたの恋人はなかなか冷淡なようですね』などといやがらせを言っています。菊を折って行って、『琴の音も菊もえならぬ宿ながらつれなき人を引きやとめける。だめですね』などと言ってまた『いい聞き手のおいでになった時にはもっとうんと弾いてお聞かせなさい』こんな嫌味いやみなことを言うと、女は作り声をして『こがらしに吹きあはすめる笛の音を引きとどむべき言の葉ぞなき』などと言ってふざけ合っているのです。私がのぞいていて憎らしがっているのも知らないで、今度は十三げん派手はでに弾き出しました。才女でないことはありませんがきざな気がしました。遊戯的の恋愛をしている時は、宮中の女房たちとおもしろおかしく交際していて、それだけでいいのですが、時々にもせよ愛人として通って行く女がそんなふうではおもしろくないと思いまして、その晩のことを口実にして別れましたがね。この二人の女を比べて考えますと、若い時でさえもあとの風流女のほうは信頼のできないものだと知っていました。もう相当な年配になっている私は、これからはまたそのころ以上にそうした浮華なものがきらいになるでしょう。いたいたしいはぎの露や、落ちそうなささの上のあられなどにたとえていいようなえんな恋人を持つのがいいように今あなたがたはお思いになるでしょうが、私の年齢まで、まあ七年もすればよくおわかりになりますよ、私が申し上げておきますが、風流好みな多情な女には気をおつけなさい。三角関係を発見した時に良人おっと嫉妬しっとで問題を起こしたりするものです」
 左馬頭は二人の貴公子に忠言を呈した。例のように中将はうなずく。少しほほえんだ源氏も左馬頭の言葉に真理がありそうだと思うらしい。あるいは二つともばかばかしい話であると笑っていたのかもしれない。
「私もばか者の話を一つしよう」
 中将は前置きをして語り出した。
「私がひそかに情人にした女というのは、見捨てずに置かれる程度のものでね、長い関係になろうとも思わずにかかった人だったのですが、れていくとよい所ができて心がかれていった。たまにしか行かないのだけれど、とにかく女も私を信頼するようになった。愛しておれば恨めしさの起こるわけのこちらの態度だがと、自分のことだけれど気のとがめる時があっても、その女は何も言わない。久しく間を置いてっても始終来る人といるようにするので、気の毒で、私も将来のことでいろんな約束をした。父親もない人だったから、私だけに頼らなければと思っている様子が何かの場合に見えて可憐かれんな女でした。こんなふうに穏やかなものだから、久しくたずねて行かなかった時分に、ひどいことを私の妻の家のほうから、ちょうどまたそのほうへも出入りする女の知人を介して言わせたのです。私はあとで聞いたことなんだ。そんなかわいそうなことがあったとも知らず、心の中では忘れないでいながら手紙も書かず、長く行きもしないでいると、女はずいぶん心細がって、私との間に小さな子なんかもあったもんですから、煩悶はんもんした結果、撫子なでしこの花を使いに持たせてよこしましたよ」
 中将は涙ぐんでいた。
「どんな手紙」
 と源氏が聞いた。
「なに、平凡なものですよ。『山がつのかきは荒るともをりをりに哀れはかけよ撫子の露』ってね。私はそれで行く気になって、行って見ると、例のとおり穏やかなものなんですが、少し物思いのある顔をして、秋の荒れた庭をながめながら、そのころの虫の声と同じような力のないふうでいるのが、なんだか小説のようでしたよ。『咲きまじる花はいづれとわかねどもなほ常夏とこなつにしくものぞなき』子供のことは言わずに、まず母親の機嫌きげんを取ったのですよ。『打ち払ふそでも露けき常夏にあらし吹き添ふ秋も来にけり』こんな歌をはかなそうに言って、正面から私を恨むふうもありません。うっかり涙をこぼしても恥ずかしそうに紛らしてしまうのです。恨めしい理由をみずから追究して考えていくことが苦痛らしかったから、私は安心して帰って来て、またしばらく途絶えているうちに消えたようにいなくなってしまったのです。まだ生きておれば相当に苦労をしているでしょう。私も愛していたのだから、もう少し私をしっかり離さずにつかんでいてくれたなら、そうしたみじめな目にいはしなかったのです。長く途絶えて行かないというようなこともせず、妻の一人として待遇のしようもあったのです。撫子の花と母親の言った子もかわいい子でしたから、どうかして捜し出したいと思っていますが、今に手がかりがありません。これはさっきの話のたよりない性質の女にあたるでしょう。素知らぬ顔をしていて、心で恨めしく思っていたのに気もつかず、私のほうではあくまでも愛していたというのも、いわば一種の片恋と言えますね。もうぼつぼつ今は忘れかけていますが、あちらではまだ忘れられずに、今でも時々はつらい悲しい思いをしているだろうと思われます。これなどは男に永久性の愛を求めようとせぬ態度に出るもので、確かに完全な妻にはなれませんね。だからよく考えれば、左馬頭のお話の嫉妬しっと深い女も、思い出としてはいいでしょうが、今いっしょにいる妻であってはたまらない。どうかすれば断然いやになってしまうでしょう。琴の上手じょうずな才女というのも浮気うわきの罪がありますね。私の話した女も、よく本心の見せられない点に欠陥があります。どれがいちばんよいとも言えないことは、人生の何のこともそうですがこれも同じです。何人かの女からよいところを取って、悪いところの省かれたような、そんな女はどこにもあるものですか。吉祥天女きちじょうてんにょを恋人にしようと思うと、それでは仏法くさくなって困るということになるだろうからしかたがない」
 中将がこう言ったので皆笑った。
「式部の所にはおもしろい話があるだろう、少しずつでも聞きたいものだね」
 と中将が言い出した。
「私どもは下の下の階級なんですよ。おもしろくお思いになるようなことがどうしてございますものですか」
 式部丞しきぶのじょうは話をことわっていたが、頭中将とうのちゅうじょうが本気になって、早く早くと話を責めるので、
「どんな話をいたしましてよろしいか考えましたが、こんなことがございます。まだ文章生もんじょうせい時代のことですが、私はある賢女の良人おっとになりました。さっきの左馬頭さまのかみのお話のように、役所の仕事の相談相手にもなりますし、私の処世の方法なんかについても役だつことを教えていてくれました。学問などはちょっとした博士はかせなどは恥ずかしいほどのもので、私なんかは学問のことなどでは、前で口がきけるものじゃありませんでした。それはある博士の家へ弟子でしになって通っておりました時分に、先生に娘がおおぜいあることを聞いていたものですから、ちょっとした機会をとらえて接近してしまったのです。親の博士が二人の関係を知るとすぐに杯を持ち出して白楽天の結婚の詩などを歌ってくれましたが、実は私はあまり気が進みませんでした。ただ先生への遠慮でその関係はつながっておりました。先方では私をたいへんに愛して、よく世話をしまして、夜分やすんでいる時にも、私に学問のつくような話をしたり、官吏としての心得方などを言ってくれたりいたすのです。手紙は皆きれいな字の漢文です。仮名かななんか一字だって混じっておりません。よい文章などをよこされるものですから別れかねて通っていたのでございます。今でも師匠の恩というようなものをその女に感じますが、そんな細君を持つのは、学問の浅い人間や、まちがいだらけの生活をしている者にはたまらないことだとその当時思っておりました。またお二方のようなえらい貴公子方にはそんなずうずうしい先生細君なんかの必要はございません。私どもにしましても、そんなのとは反対に歯がゆいような女でも、気に入っておればそれでいいのですし、前生の縁というものもありますから、男から言えばあるがままの女でいいのでございます」
 これで式部丞しきぶのじょうが口をつぐもうとしたのを見て、頭中将は今の話の続きをさせようとして、
「とてもおもしろい女じゃないか」
 と言うと、その気持ちがわかっていながら式部丞は、自身をばかにしたふうで話す。
「そういたしまして、その女の所へずっと長く参らないでいました時分に、その近辺に用のございましたついでに、寄って見ますと、平生の居間の中へは入れないのです。物越しに席を作ってすわらせます。嫌味いやみを言おうと思っているのか、ばかばかしい、そんなことでもすれば別れるのにいい機会がとらえられるというものだと私は思っていましたが、賢女ですもの、軽々しく嫉妬しっとなどをするものではありません。人情にもよく通じていて恨んだりなんかもしやしません。しかも高い声で言うのです。『月来げつらい風病ふうびょう重きに堪えかね極熱ごくねつの草薬を服しました。それで私はくさいのでようお目にかかりません。物越しででも何か御用があれば承りましょう』ってもっともらしいのです。ばかばかしくて返辞ができるものですか、私はただ『承知いたしました』と言って帰ろうとしました。でも物足らず思ったのですか『このにおいのなくなるころ、お立ち寄りください』とまた大きな声で言いますから、返辞をしないで来るのは気の毒ですが、ぐずぐずもしていられません。なぜかというと草薬のひるなるものの臭気がいっぱいなんですから、私は逃げて出る方角を考えながら、『ささがにの振舞ふるまひしるき夕暮れにひるま過ぐせと言ふがあやなき。何の口実なんだか』と言うか言わないうちに走って来ますと、あとから人を追いかけさせて返歌をくれました。『ふことの夜をし隔てぬ中ならばひるまも何かまばゆからまし』というのです。歌などは早くできる女なんでございます」
 式部丞の話はしずしずと終わった。貴公子たちはあきれて、
「うそだろう」
 と爪弾つまはじきをして見せて、式部をいじめた。
「もう少しよい話をしたまえ」
「これ以上珍しい話があるものですか」
 式部丞は退さがって行った。
「総体、男でも女でも、生かじりの者はそのわずかな知識を残らず人に見せようとするから困るんですよ。三史五経の学問を始終引き出されてはたまりませんよ。女も人間である以上、社会百般のことについてまったくの無知識なものはないわけです。わざわざ学問はしなくても、少し才のある人なら、耳からでも目からでもいろいろなことは覚えられていきます。自然男の知識に近い所へまでいっている女はつい漢字をたくさん書くことになって、女どうしで書く手紙にも半分以上漢字が混じっているのを見ると、いやなことだ、あの人にこの欠点がなければという気がします。書いた当人はそれほどの気で書いたのではなくても、読む時に音が強くて、言葉の舌ざわりがなめらかでなく嫌味いやみになるものです。これは貴婦人もするまちがった趣味です。歌みだといわれている人が、あまりに歌にとらわれて、むずかしい故事なんかを歌の中へ入れておいて、そんな相手になっている暇のない時などにみかけてよこされるのはいやになってしまうことです、返歌をせねば礼儀でなし、またようしないでいては恥だし困ってしまいますね。宮中の節会せちえの日なんぞ、急いで家を出る時は歌も何もあったものではありません。そんな時に菖蒲しょうぶに寄せた歌が贈られる、九月の菊の宴に作詩のことを思って一所懸命になっている時に、菊の歌。こんな思いやりのないことをしないでも場合さえよければ、真価が買ってもらえる歌を、今贈っては目にも留めてくれないということがわからないでよこしたりされると、ついその人が軽蔑けいべつされるようになります。何にでも時と場合があるのに、それに気がつかないほどの人間は風流ぶらないのが無難ですね。知っていることでも知らぬ顔をして、言いたいことがあっても機会を一、二度ははずして、そのあとで言えばよいだろうと思いますね」
 こんなことがまた左馬頭さまのかみによって言われている間にも、源氏は心の中でただ一人の恋しい方のことを思い続けていた。藤壺ふじつぼの宮は足りない点もなく、才気の見えすぎる方でもないりっぱな貴女きじょであるとうなずきながらも、その人を思うと例のとおりに胸が苦しみでいっぱいになった。いずれがよいのか決められずに、ついには筋の立たぬものになって朝まで話し続けた。
 やっと今日は天気が直った。源氏はこんなふうに宮中にばかりいることも左大臣家の人に気の毒になってそこへ行った。一糸の乱れも見えぬというような家であるから、こんなのがまじめということを第一の条件にしていた、昨夜の談話者たちには気に入るところだろうと源氏は思いながらも、今も初めどおりに行儀をくずさぬ、打ち解けぬ夫人であるのを物足らず思って、中納言の君、中務なかつかさなどという若いよい女房たちと冗談じょうだんを言いながら、暑さに部屋着だけになっている源氏を、その人たちは美しいと思い、こうした接触が得られる幸福を覚えていた。大臣も娘のいるほうへ出かけて来た。部屋着になっているのを知って、几帳きちょうを隔てた席について話そうとするのを、
「暑いのに」
 と源氏が顔をしかめて見せると、女房たちは笑った。
「静かに」
 と言って、脇息きょうそくに寄りかかった様子にも品のよさが見えた。
 暗くなってきたころに、
「今夜は中神のお通りみちになっておりまして、御所からすぐにここへ来ておやすみになってはよろしくございません」
 という、源氏の家従たちのしらせがあった。
「そう、いつも中神は避けることになっているのだ。しかし二条の院も同じ方角だから、どこへ行ってよいかわからない。私はもう疲れていて寝てしまいたいのに」
 そして源氏は寝室にはいった。
「このままになすってはよろしくございません」
 また家従が言って来る。紀伊守きいのかみで、家従の一人である男の家のことが上申される。
「中川辺でございますがこのごろ新築いたしまして、水などを庭へ引き込んでございまして、そこならばお涼しかろうと思います」
「それは非常によい。からだが大儀だから、車のままではいれる所にしたい」
 と源氏は言っていた。隠れた恋人の家は幾つもあるはずであるが、久しぶりに帰ってきて、方角けにほかの女の所へ行っては夫人に済まぬと思っているらしい。呼び出して泊まりに行くことを紀伊守に言うと、承知はして行ったが、同輩のいる所へ行って、
「父の伊予守――伊予は太守の国で、官名はすけになっているが事実上の長官である――の家のほうにこのごろさわりがありまして、家族たちが私の家へ移って来ているのです。もとから狭い家なんですから失礼がないかと心配です」と迷惑げに言ったことがまた源氏の耳にはいると、
「そんなふうに人がたくさんいる家がうれしいのだよ、女の人の居所が遠いような所は夜がこわいよ。伊予守の家族のいる部屋の几帳きちょうの後ろでいいのだからね」
 冗談じょうだん混じりにまたこう言わせたものである。

「よいお泊まり所になればよろしいが」
 と言って、紀伊守は召使を家へ走らせた。源氏は微行しのびで移りたかったので、まもなく出かけるのに大臣へも告げず、親しい家従だけをつれて行った。あまりに急だと言って紀伊守がこぼすのを他の家従たちは耳に入れないで、寝殿しんでんの東向きの座敷を掃除そうじさせて主人へ提供させ、そこに宿泊の仕度したくができた。庭に通した水の流れなどが地方官級の家としてはってできた住宅である。わざと田舎いなかの家らしい柴垣しばがきが作ってあったりして、庭の植え込みなどもよくできていた。涼しい風が吹いて、どこでともなく虫が鳴き、ほたるがたくさん飛んでいた。源氏の従者たちは渡殿わたどのの下をくぐって出て来る水の流れに臨んで酒を飲んでいた。紀伊守が主人をよりよく待遇するために奔走している時、一人でいた源氏は、家の中をながめて、前夜の人たちが階級を三つに分けたそのちゅうの品の列にはいる家であろうと思い、その話を思い出していた。思い上がった娘だという評判の伊予守の娘、すなわち紀伊守の妹であったから、源氏は初めからそれに興味を持っていて、どの辺の座敷にいるのであろうと物音に耳を立てていると、この座敷の西に続いた部屋で女の衣摺きぬずれが聞こえ、若々しい、なまめかしい声で、しかもさすがに声をひそめてものを言ったりしているのに気がついた。わざとらしいが悪い感じもしなかった。初めその前の縁の格子こうしが上げたままになっていたのを、不用意だといって紀伊守がしかって、今は皆戸がおろされてしまったので、その室の灯影ほかげが、襖子からかみ隙間すきまから赤くこちらへさしていた。源氏は静かにそこへ寄って行って中が見えるかと思ったが、それほどの隙間はない。しばらく立って聞いていると、それは襖子の向こうの中央の間に集まってしているらしい低いさざめきは、源氏自身が話題にされているらしい。
「まじめらしく早く奥様をお持ちになったのですからお寂しいわけですわね。でもずいぶん隠れてお通いになる所があるんですって」
 こんな言葉にも源氏ははっとした。自分の作っているあるまじい恋を人が知って、こうした場合に何とか言われていたらどうだろうと思ったのである。でも話はただ事ばかりであったから皆を聞こうとするほどの興味が起こらなかった。式部卿しきぶきょうの宮の姫君に朝顔を贈った時の歌などを、だれかが得意そうに語ってもいた。行儀がなくて、会話の中に節をつけて歌を入れたがる人たちだ、中の品がおもしろいといっても自分には我慢のできぬこともあるだろうと源氏は思った。
 紀伊守が出て来て、灯籠とうろうの数をふやさせたり、座敷のを明るくしたりしてから、主人には遠慮をして菓子だけを献じた。
「わが家はとばりちょうをも掛けたればって歌ね、大君来ませ婿にせんってね、そこへ気がつかないでは主人の手落ちかもしれない」
「通人でない主人でございまして、どうも」
 紀伊守は縁側でかしこまっていた。源氏は縁に近い寝床で、仮臥かりねのように横になっていた。随行者たちももう寝たようである。紀伊守は愛らしい子供を幾人も持っていた。御所の侍童を勤めて源氏の知った顔もある。縁側などを往来ゆききする中には伊予守の子もあった。何人かの中に特別に上品な十二、三の子もある。どれが子で、どれが弟かなどと源氏は尋ねていた。
「ただ今通りました子は、くなりました衛門督えもんのかみの末の息子むすこで、かわいがられていたのですが、小さいうちに父親に別れまして、姉の縁でこうして私の家にいるのでございます。将来のためにもなりますから、御所の侍童を勤めさせたいようですが、それも姉の手だけでははかばかしく運ばないのでございましょう」
 と紀伊守が説明した。
「あの子の姉さんが君の継母なんだね」
「そうでございます」
「似つかわしくないお母さんを持ったものだね。その人のことは陛下もお聞きになっていらっしって、宮仕えに出したいと衛門督が申していたが、その娘はどうなったのだろうって、いつかお言葉があった。人生はだれがどうなるかわからないものだね」
 老成者らしい口ぶりである。
「不意にそうなったのでございます。まあ人というものは昔も今も意外なふうにも変わってゆくものですが、その中でも女の運命ほどはかないものはございません」
 などと紀伊守は言っていた。
「伊予介は大事にするだろう。主君のように思うだろうな」
「さあ。まあ私生活の主君でございますかな。好色すぎると私はじめ兄弟はにがにがしがっております」
「だって君などのような当世男に伊予介は譲ってくれないだろう。あれはなかなか年は寄ってもりっぱな風采ふうさいを持っているのだからね」
 などと話しながら、
「その人どちらにいるの」
「皆下屋しもやのほうへやってしまったのですが、間にあいませんで一部分だけは残っているかもしれません」
 と紀伊守は言った。
 深く酔った家従たちは皆夏の夜を板敷で仮寝してしまったのであるが、源氏は眠れない、一人をしていると思うと目がさめがちであった。この室の北側の襖子からかみの向こうに人のいるらしい音のする所は紀伊守の話した女のそっとしている室であろうと源氏は思った。かわいそうな女だとその時から思っていたのであったから、静かに起きて行って襖子越しに物声を聞き出そうとした。その弟の声で、
「ちょいと、どこにいらっしゃるの」
 と言う。少しれたきれいな声である。
「私はここでやすんでいるの。お客様はお寝みになったの。ここと近くてどんなに困るかと思っていたけれど、まあ安心した」
 と、寝床から言う声もよく似ているので姉弟であることがわかった。
ひさしの室でお寝みになりましたよ。評判のお顔を見ましたよ。ほんとうにお美しい方だった」
 一段声を低くして言っている。
「昼だったら私ものぞくのだけれど」
 むそうに言って、その顔は蒲団ふとんの中へ引き入れたらしい。もう少し熱心に聞けばよいのにと源氏は物足りない。
「私は縁の近くのほうへ行って寝ます。暗いなあ」
 子供は燈心をき立てたりするものらしかった。女は襖子の所からすぐすじかいにあたる辺で寝ているらしい。
「中将はどこへ行ったの。今夜は人がそばにいてくれないと何だか心細い気がする」
 低い下の室のほうから、女房が、
「あの人ちょうどお湯にはいりに参りまして、すぐ参ると申しました」
 と言っていた。源氏はその女房たちも皆寝静まったころに、掛鉄かけがねをはずして引いてみると襖子はさっとあいた。向こう側には掛鉄がなかったわけである。そのきわに几帳きちょうが立ててあった。ほのかなの明りで衣服箱などがごたごたと置かれてあるのが見える。源氏はその中を分けるようにして歩いて行った。
 小さな形で女が一人寝ていた。やましく思いながら顔をおおうた着物を源氏が手で引きのけるまで女は、さっき呼んだ女房の中将が来たのだと思っていた。
「あなたが中将を呼んでいらっしゃったから、私の思いが通じたのだと思って」
 と源氏の宰相中将さいしょうのちゅうじょうは言いかけたが、女は恐ろしがって、夢に襲われているようなふうである。「や」と言うつもりがあるが、顔に夜着がさわって声にはならなかった。
「出来心のようにあなたは思うでしょう。もっともだけれど、私はそうじゃないのですよ。ずっと前からあなたを思っていたのです。それを聞いていただきたいのでこんな機会を待っていたのです。だからすべて皆前生ぜんしょうの縁が導くのだと思ってください」
 柔らかい調子である。神様だってこの人には寛大であらねばならぬだろうと思われる美しさで近づいているのであるから、露骨に、
「知らぬ人がこんな所へ」
 ともののしることができない。しかも女は情けなくてならないのである。
「人まちがえでいらっしゃるのでしょう」
 やっと、息よりも低い声で言った。当惑しきった様子が柔らかい感じであり、可憐かれんでもあった。
「違うわけがないじゃありませんか。恋する人の直覚であなただと思って来たのに、あなたは知らぬ顔をなさるのだ。普通の好色者がするような失礼を私はしません。少しだけ私の心を聞いていただけばそれでよいのです」
 と言って、小柄な人であったから、片手で抱いて以前の襖子からかみの所へ出て来ると、さっき呼ばれていた中将らしい女房が向こうから来た。
「ちょいと」
 と源氏が言ったので、不思議がって探り寄って来る時に、き込めた源氏の衣服の香が顔に吹き寄ってきた。中将は、これがだれであるかも、何であるかもわかった。情けなくて、どうなることかと心配でならないが、何とも異論のはさみようがない。並み並みの男であったならできるだけの力の抵抗もしてみるはずであるが、しかもそれだって荒だてて多数の人に知らせることは夫人の不名誉になることであって、しないほうがよいのかもしれない。こう思って胸をとどろかせながら従ってきたが、源氏の中将はこの中将をまったく無視していた。初めの座敷へ抱いて行って女をおろして、それから襖子をしめて、
「夜明けにお迎えに来るがいい」
 と言った。中将はどう思うであろうと、女はそれを聞いただけでも死ぬほどの苦痛を味わった。流れるほどの汗になって悩ましそうな女に同情は覚えながら、女に対する例の誠実な調子で、女の心が当然動くはずだと思われるほどに言っても、女は人間のおきてに許されていない恋に共鳴してこない。
「こんな御無理を承ることが現実のことであろうとは思われません。卑しい私ですが、軽蔑けいべつしてもよいものだというあなたのお心持ちを私は深くお恨みに思います。私たちの階級とあなた様たちの階級とは、遠く離れて別々のものなのです」
 こう言って、強さで自分を征服しようとしている男を憎いと思う様子は、源氏を十分に反省さす力があった。
「私はまだ女性に階級のあることも何も知らない。はじめての経験なんです。普通の多情な男のようにお取り扱いになるのを恨めしく思います。あなたの耳にも自然はいっているでしょう、むやみな恋の冒険などを私はしたこともありません。それにもかかわらず前生の因縁は大きな力があって、私をあなたに近づけて、そしてあなたからこんなにはずかしめられています。ごもっともだとあなたになって考えれば考えられますが、そんなことをするまでに私はこの恋に盲目になっています」
 まじめになっていろいろと源氏は説くが、女の冷ややかな態度は変わっていくけしきもない。女は、一世の美男であればあるほど、この人の恋人になって安んじている自分にはなれない、冷血的な女だと思われてやむのが望みであると考えて、きわめて弱い人が強さをしいてつけているのは弱竹なよたけのようで、さすがに折ることはできなかった。真からあさましいことだと思うふうに泣く様子などが可憐かれんであった。気の毒ではあるがこのままで別れたらのちのちまでも後悔が自分を苦しめるであろうと源氏は思ったのであった。
 もうどんなに勝手な考え方をしても救われない過失をしてしまったと、女の悲しんでいるのを見て、
「なぜそんなに私が憎くばかり思われるのですか。お嬢さんか何かのようにあなたの悲しむのが恨めしい」
 と、源氏が言うと、
「私の運命がまだ私を人妻にしません時、親の家の娘でございました時に、こうしたあなたの熱情で思われましたのなら、それは私の迷いであっても、他日に光明のあるようなことも思ったでございましょうが、もう何もだめでございます。私には恋も何もいりません。ですからせめてなかったことだと思ってしまってください」
 と言う。悲しみに沈んでいる女を源氏ももっともだと思った。真心から慰めの言葉を発しているのであった。
 とりの声がしてきた。家従たちも起きて、
「寝坊をしたものだ。早くお車の用意をせい」
 そんな命令も下していた。
「女の家へ方違かたたがえにおいでになった場合とは違いますよ。早くお帰りになる必要は少しもないじゃありませんか」
 と言っているのは紀伊守であった。
 源氏はもうまたこんな機会が作り出せそうでないことと、今後どうして文通をすればよいか、どうもそれが不可能らしいことで胸を痛くしていた。女を行かせようとしてもまた引き留める源氏であった。
「どうしてあなたと通信をしたらいいでしょう。あくまで冷淡なあなたへの恨みも、恋も、一通りでない私が、今夜のことだけをいつまでも泣いて思っていなければならないのですか」
 泣いている源氏が非常にえんに見えた。何度もとりが鳴いた。

つれなさを恨みもはてぬしののめにとりあへぬまで驚かすらん


 あわただしい心持ちで源氏はこうささやいた。女はおのれを省みると、不似合いという晴がましさを感ぜずにいられない源氏からどんなに熱情的に思われても、これをうれしいこととすることができないのである。それに自分としては愛情の持てない良人おっとのいる伊予の国が思われて、こんな夢を見てはいないだろうかと考えると恐ろしかった。

身のさをなげくにあかで明くる夜はとり重ねてもぞ泣かれける


 と言った。ずんずん明るくなってゆく。女は襖子からかみの所へまで送って行った。奥のほうの人も、こちらの縁のほうの人も起き出して来たんでざわついた。襖子をしめてもとの席へ帰って行く源氏は、一重の襖子が越えがたい隔ての関のように思われた。
 直衣のうしなどを着て、姿を整えた源氏が縁側の高欄こうらんによりかかっているのが、隣室の縁低い衝立ついたての上のほうから見えるのをのぞいて、源氏の美の放つ光が身の中へしみ通るように思っている女房もあった。残月のあるころで落ち着いた空の明かりが物をさわやかに照らしていた。変わったおもしろい夏のあけぼのである。だれも知らぬ物思いを、心に抱いた源氏であるから、主観的にひどく身にしむ夜明けの風景だと思った。ことづて一つする便宜がないではないかと思って顧みがちに去った。
 家へ帰ってからも源氏はすぐに眠ることができなかった。再会の至難である悲しみだけを自分はしているが、自由な男でない人妻のあの人はこのほかにもいろいろな煩悶はんもんがあるはずであると思いやっていた。すぐれた女ではないが、感じのよさを十分に備えた中の品だ。だから多くの経験を持った男の言うことには敬服される点があると、品定めの夜の話を思い出していた。
 このごろはずっと左大臣家に源氏はいた。あれきり何とも言ってやらないことは、女の身にとってどんなに苦しいことだろうと中川の女のことがあわれまれて、始終心にかかって苦しいはてに源氏は紀伊守を招いた。
「自分の手もとへ、この間見た中納言の子供をよこしてくれないか。かわいい子だったからそばで使おうと思う。御所へ出すことも私からしてやろう」
 と言うのであった。
「結構なことでございます。あの子の姉に相談してみましょう」
 その人が思わず引き合いに出されたことだけででも源氏の胸は鳴った。
「その姉さんは君の弟を生んでいるの」
「そうでもございません。この二年ほど前から父の妻になっていますが、死んだ父親が望んでいたことでないような結婚をしたと思うのでしょう。不満らしいということでございます」
「かわいそうだね、評判の娘だったが、ほんとうに美しいのか」
「さあ、悪くもないのでございましょう。年のいった息子むすこと若い継母は親しくせぬものだと申しますから、私はその習慣に従っておりまして何も詳しいことは存じません」
 と紀伊守きいのかみは答えていた。
 紀伊守は五、六日してからその子供をつれて来た。整った顔というのではないが、えん風采ふうさいを備えていて、貴族の子らしいところがあった。そばへ呼んで源氏は打ち解けて話してやった。子供心に美しい源氏の君の恩顧を受けうる人になれたことを喜んでいた。姉のことも詳しく源氏は聞いた。返辞のできることだけは返辞をして、つつしみ深くしている子供に、源氏は秘密を打ちあけにくかった。けれども上手じょうずうそまじりに話して聞かせると、そんなことがあったのかと、子供心におぼろげにわかればわかるほど意外であったが、子供は深い穿鑿せんさくをしようともしない。
 源氏の手紙を弟が持って来た。女はあきれて涙さえもこぼれてきた。弟がどんな想像をするだろうと苦しんだが、さすがに手紙は読むつもりらしくて、きまりの悪いのを隠すように顔の上でひろげた。さっきからからだは横にしていたのである。手紙は長かった。終わりに、

見し夢をふ夜ありやとなげく間に目さへあはでぞころも経にける

安眠のできる夜がないのですから、夢が見られないわけです。

 とあった。目もくらむほどの美しい字で書かれてある。涙で目が曇って、しまいには何も読めなくなって、苦しい思いの新しく加えられた運命を思い続けた。

翌日源氏の所から小君こぎみが召された。出かける時に小君は姉に返事をくれと言った。
「ああしたお手紙をいただくはずの人がありませんと申し上げればいい」
 と姉が言った。
「まちがわないように言っていらっしったのにそんなお返辞はできない」
 そう言うのからせば秘密はすっかり弟に打ち明けられたものらしい、こう思うと女は源氏が恨めしくてならない。
「そんなことを言うものじゃない。大人の言うようなことを子供が言ってはいけない。お断わりができなければおやしきへ行かなければいい」
 無理なことを言われて、弟は、
「呼びにおよこしになったのですもの、伺わないでは」
 と言って、そのまま行った。好色な紀伊守はこの継母が父の妻であることを惜しがって、取り入りたい心から小君にも優しくしてつれて歩きもするのだった。小君が来たというので源氏は居間へ呼んだ。
昨日きのうも一日おまえを待っていたのに出て来なかったね。私だけがおまえを愛していても、おまえは私に冷淡なんだね」
 恨みを言われて、小君は顔を赤くしていた。
「返事はどこ」
 小君はありのままに告げるほかにすべはなかった。
「おまえは姉さんに無力なんだね、返事をくれないなんて」
 そう言ったあとで、また源氏から新しい手紙が小君に渡された。
「おまえは知らないだろうね、伊予の老人よりも私はさきに姉さんの恋人だったのだ。くびの細い貧弱な男だからといって、姉さんはあの不恰好ぶかっこうな老人を良人おっとに持って、今だって知らないなどと言って私を軽蔑けいべつしているのだ。けれどもおまえは私の子になっておれ。姉さんがたよりにしている人はさきが短いよ」
 と源氏がでたらめを言うと、小君はそんなこともあったのか、済まないことをする姉さんだと思う様子をかわいく源氏は思った。小君は始終源氏のそばに置かれて、御所へもいっしょに連れられて行ったりした。源氏は自家の衣裳係いしょうがかりに命じて、小君の衣服を新調させたりして、言葉どおり親代わりらしく世話をしていた。女は始終源氏から手紙をもらった。けれども弟は子供であって、不用意に自分の書いた手紙を落とすようなことをしたら、もとから不運な自分がまた正しくもない恋の名を取って泣かねばならないことになるのはあまりに自分がみじめであるという考えが根底になっていて、恋を得るということも、こちらにその人の対象になれる自信のある場合にだけあることで、自分などは光源氏の相手になれる者ではないと思う心から返事をしないのであった。ほのかに見た美しい源氏を思い出さないわけではなかったのである。真実の感情を源氏に知らせてもさて何にもなるものでないと、苦しい反省をみずから強いている女であった。源氏はしばらくの間もその人が忘られなかった。気の毒にも思い恋しくも思った。女が自分とした過失に苦しんでいる様子が目から消えない。本能のおもむくままに忍んであいに行くことも、人目の多い家であるからそのことが知れては困ることになる、自分のためにも、女のためにもと思っては煩悶はんもんをしていた。
 例のようにまたずっと御所にいた頃、源氏は方角のさわりになる日を選んで、御所から来る途中でにわかに気がついたふうをして紀伊守の家へ来た。紀伊守は驚きながら、
前栽せんざいの水の名誉でございます」
 こんな挨拶あいさつをしていた。小君こぎみの所へは昼のうちからこんな手はずにすると源氏は言ってやってあって、約束ができていたのである。
 始終そばへ置いている小君であったから、源氏はさっそく呼び出した。女のほうへも手紙は行っていた。自身に逢おうとして払われる苦心は女の身にうれしいことではあったが、そうかといって、源氏の言うままになって、自己が何であるかを知らないように恋人として逢う気にはならないのである。夢であったと思うこともできる過失を、また繰り返すことになってはならぬとも思った。妄想もうそうで源氏の恋人気どりになって待っていることは自分にできないと女は決めて、小君が源氏の座敷のほうへ出て行くとすぐに、
「あまりお客様の座敷に近いから失礼な気がする。私は少しからだが苦しくて、腰でもたたいてほしいのだから、遠い所のほうが都合がよい」
 と言って、渡殿わたどのに持っている中将という女房の部屋へやへ移って行った。初めから計画的に来た源氏であるから、家従たちを早く寝させて、女へ都合を聞かせに小君をやった。小君に姉の居所がわからなかった。やっと渡殿の部屋を捜しあてて来て、源氏への冷酷な姉の態度を恨んだ。
「こんなことをして、姉さん。どんなに私が無力な子供だと思われるでしょう」
 もう泣き出しそうになっている。
「なぜおまえは子供のくせによくない役なんかするの、子供がそんなことを頼まれてするのはとてもいけないことなのだよ」
 としかって、
「気分が悪くて、女房たちをそばへ呼んで介抱かいほうをしてもらっていますって申せばいいだろう。皆が怪しがりますよ、こんな所へまで来てそんなことを言っていて」
 取りつくしまもないように姉は言うのであったが、心の中では、こんなふうに運命が決まらないころ、父が生きていたころの自分の家へ、たまさかでも源氏を迎えることができたら自分は幸福だったであろう。しいて作るこの冷淡さを、源氏はどんなにわが身知らずの女だとお思いになることだろうと思って、自身の意志でしていることであるが胸が痛いようにさすがに思われた。どうしてもこうしても人妻という束縛は解かれないのであるから、どこまでも冷ややかな態度を押し通して変えまいという気に女はなっていた。
 源氏はどんなふうに計らってくるだろうと、頼みにする者が少年であることを気がかりに思いながら寝ているところへ、だめであるというしらせを小君が持って来た。女のあさましいほどの冷淡さを知って源氏は言った。
「私はもう自分が恥ずかしくってならなくなった」
 気の毒なふうであった。それきりしばらくは何も言わない。そして苦しそうに吐息といきをしてからまた女を恨んだ。

帚木ははきぎの心を知らでその原の道にあやなくまどひぬるかな


 今夜のこの心持ちはどう言っていいかわからない、と小君に言ってやった。女もさすがに眠れないでもだえていたのである。それで、

数ならぬ伏屋ふせやにおふる身のうさにあるにもあらず消ゆる帚木


 という歌を弟に言わせた。小君は源氏に同情して、眠がらずにったり来たりしているのを、女は人が怪しまないかと気にしていた。
 いつものように酔った従者たちはよく眠っていたが、源氏一人はあさましくて寝入れない。普通の女と変わった意志の強さのますます明確になってくる相手が恨めしくて、もうどうでもよいとちょっとの間は思うがすぐにまた恋しさがかえってくる。
「どうだろう、隠れている場所へ私をつれて行ってくれないか」
「なかなかきそうにもなく戸じまりがされていますし、女房もたくさんおります。そんな所へ、もったいないことだと思います」
 と小君が言った。源氏が気の毒でたまらないと小君は思っていた。
「じゃあもういい。おまえだけでも私を愛してくれ」
 と言って、源氏は小君をそばに寝させた。若い美しい源氏の君の横に寝ていることが子供心に非常にうれしいらしいので、この少年のほうが無情な恋人よりもかわいいと源氏は思った。

第3章 空蝉

 眠れない源氏は、
「私はこんなにまで人から冷淡にされたことはこれまでないのだから、今晩はじめて人生は悲しいものだと教えられた。恥ずかしくて生きていられない気がする」
 などと言うのを小君こぎみは聞いて涙さえもこぼしていた。非常にかわいく源氏は思った。思いなしか手あたりの小柄なからだ、そう長くは感じなかったあの人の髪もこれに似ているように思われてなつかしい気がした。この上しいて女を動かそうとすることも見苦しいことに思われたし、また真から恨めしくもなっている心から、それきりことづてをすることもやめて、翌朝早く帰って行ったのを、小君は気の毒な物足りないことに思った。女も非常にすまないと思っていたが、それからはもう手紙も来なかった。おおこりになったのだと思うとともに、このまま自分が忘れられてしまうのは悲しいという気がした。それかといって無理な道をしいてあの方が通ろうとなさることの続くのはいやである。それを思うとこれで結末になってもよいのであると思って、理性では是認しながら物思いをしていた。
 源氏は、ひどい人であると思いながら、このまま成り行きにまかせておくことはできないような焦慮を覚えた。
「あんな無情な恨めしい人はないと私は思って、忘れようとしても自分の心が自分の思うようにならないから苦しんでいるのだよ。もう一度えるようないい機会をおまえが作ってくれ」
 こんなことを始終小君は言われていた。困りながらこんなことででも自分を源氏が必要な人物にしてくれるのがうれしかった。子供心に機会をねらっていたが、そのうちに紀伊守きいのかみが任地へ立ったりして、残っているのは女の家族だけになったころのある日、夕方の物の見分けのまぎれやすい時間に、自身の車に源氏を同乗させて家へ来た。なんといっても案内者は子供なのであるからと源氏は不安な気はしたが、慎重になどしてかかれることでもなかった。目だたぬ服装をして紀伊守家の門のしめられないうちにと急いだのである。少年のことであるから家の侍などが追従して出迎えたりはしないのでまずよかった。東側の妻戸つまどの外に源氏を立たせて、小君自身は縁を一回りしてから、南のすみの座敷の外から元気よくたたいて戸を上げさせて中へはいった。女房が、
「そんなにしては人がお座敷を見ます」
 と小言こごとを言っている。
「どうしたの、こんなに今日は暑いのに早く格子こうしをおろしたの」
「お昼から西のたい――寝殿しんでんの左右にある対の屋の一つ――のお嬢様が来ていらっしって碁を打っていらっしゃるのです」
 と女房は言った。
 源氏は恋人とその継娘ままむすめが碁盤を中にしてむかい合っているのをのぞいて見ようと思って開いた口からはいって、妻戸と御簾みすの間へ立った。小君の上げさせた格子がまだそのままになっていて、外から夕明かりがさしているから、西向きにずっと向こうの座敷までが見えた。こちらの室の御簾のそばに立てた屏風びょうぶも端のほうが都合よく畳まれているのである。普通ならば目ざわりになるはずの几帳きちょうなども今日の暑さのせいで垂れは上げてさおにかけられている。が人の座に近く置かれていた。中央の室の中柱に寄り添ってすわったのが恋しい人であろうかと、まずそれに目が行った。紫の濃いあや単衣襲ひとえがさねの上に何かの上着をかけて、頭の恰好かっこうのほっそりとした小柄な女である。顔などは正面にすわった人からも全部が見られないように注意をしているふうだった。せっぽちの手はほんの少しよりそでから出ていない。もう一人は顔を東向きにしていたからすっかり見えた。白い薄衣うすものの単衣襲に淡藍うすあい色の小袿こうちぎらしいものを引きかけて、あかはかまひもの結び目の所までも着物のえりがはだけて胸が出ていた。きわめて行儀のよくないふうである。色が白くて、よく肥えていて頭の形と、髪のかかった額つきが美しい。目つきと口もとに愛嬌あいきょうがあって派手はでな顔である。髪は多くて、長くはないが、二つに分けて顔から肩へかかったあたりがきれいで、全体が朗らかな美人と見えた。源氏は、だから親が自慢にしているのだと興味がそそられた。静かな性質を少し添えてやりたいとちょっとそんな気がした。才走ったところはあるらしい。碁が終わって駄目石だめいしを入れる時など、いかにも利巧りこうに見えて、そして蓮葉はすっぱに騒ぐのである。奥のほうの人は静かにそれをおさえるようにして、
「まあお待ちなさい。そこは両方ともいっしょの数でしょう。それからここにもあなたのほうの目がありますよ」
 などと言うが、
「いいえ、今度は負けましたよ。そうそう、この隅の所を勘定しなくては」
 指を折って、十、二十、三十、四十と数えるのを見ていると、無数だという伊予の温泉の湯桁ゆげたの数もこの人にはすぐわかるだろうと思われる。少し下品である。袖で十二分に口のあたりをおおうて隙見男すきみおとこに顔をよく見せないが、その今一人に目をじっとつけていると次第によくわかってきた。少しれぼったい目のようで、鼻などもよく筋が通っているとは見えない。はなやかなところはどこもなくて、一つずついえば醜いほうの顔であるが、姿態がいかにもよくて、美しい今一人よりも人の注意を多く引く価値があった。派手はで愛嬌あいきょうのある顔を性格からあふれる誇りに輝かせて笑うほうの女は、普通の見方をもってすれば確かに美人である。軽佻けいちょうだと思いながらも若い源氏はそれにも関心が持てた。源氏のこれまで知っていたのは、皆正しく行儀よく、つつましく装った女性だけであった。こうしただらしなくしている女の姿を隙見したりしたことははじめての経験であったから、隙見男のいることを知らない女はかわいそうでも、もう少し立っていたく思った時に、小君が縁側へ出て来そうになったので静かにそこを退いた。そして妻戸の向かいになった渡殿わたどのの入り口のほうに立っていると小君が来た。済まないような表情をしている。
「平生いない人が来ていまして、姉のそばへ行かれないのです」
「そして今晩のうちに帰すのだろうか。逢えなくてはつまらない」
「そんなことはないでしょう。あの人が行ってしまいましたら私がよくいたします」
 と言った。さも成功の自信があるようなことを言う、子供だけれど目はしがよくくのだからよくいくかもしれないと源氏は思っていた。碁の勝負がいよいよ終わったのか、人が分かれ分かれに立って行くような音がした。
「若様はどこにいらっしゃいますか。このお格子はしめてしまいますよ」
 と言って格子をことことと中から鳴らした。
「もう皆寝るのだろう、じゃあはいって行って上手にやれ」
 と源氏は言った。小君もきまじめな姉の心は動かせそうではないのを知って相談はせずに、そばに人の少ない時に寝室へ源氏を導いて行こうと思っているのである。
「紀伊守の妹もこちらにいるのか。私に隙見すきみさせてくれ」
「そんなこと、格子には几帳きちょうが添えて立ててあるのですから」
 と小君が言う。そのとおりだ、しかし、そうだけれどと源氏はおかしく思ったが、見たとは知らすまい、かわいそうだと考えて、ただ夜ふけまで待つ苦痛を言っていた。小君は、今度は横の妻戸をあけさせてはいって行った。
 女房たちは皆寝てしまった。
「この敷居の前で私は寝る。よく風が通るから」
 と言って、小君は板間いたま上敷うわしきをひろげて寝た。女房たちは東南のすみの室に皆はいって寝たようである。小君のために妻戸をあけに出て来た童女もそこへはいって寝た。しばらく空寝入りをして見せたあとで、小君はその隅の室からさしているの明りのほうを、ひろげた屏風びょうぶで隔ててこちらは暗くなった妻戸の前の室へ源氏を引き入れた。人目について恥をかきそうな不安を覚えながら、源氏は導かれるままに中央の母屋もやの几帳の垂絹たれをはねて中へはいろうとした。
 それはきわめて細心に行なっていることであったが、家の中が寝静まった時間には、柔らかな源氏の衣摺きぬずれの音も耳立った。女は近ごろ源氏の手紙の来なくなったのを、安心のできることに思おうとするのであったが、今も夢のようなあの夜の思い出をなつかしがって、毎夜安眠もできなくなっているころであった。

人知れぬ恋は昼は終日物思いをして、夜は寝ざめがちな女にこの人をしていた。碁の相手の娘は、今夜はこちらで泊まるといって若々しい屈託のない話をしながら寝てしまった。無邪気に娘はよくねむっていたが、源氏がこの室へ寄って来て、衣服の持つ薫物たきものの香が流れてきた時に気づいて女は顔を上げた。夏の薄い几帳越しに人のみじろぐのが暗い中にもよく感じられるのであった。静かに起きて、薄衣うすもの単衣ひとえを一つ着ただけでそっと寝室を抜けて出た。
 はいって来た源氏は、外にだれもいず一人で女が寝ていたのに安心した。帳台から下の所に二人ほど女房が寝ていた。上にかずいた着物をのけて寄って行った時に、あの時の女よりも大きい気がしてもまだ源氏は恋人だとばかり思っていた。あまりによく眠っていることなどに不審が起こってきて、やっと源氏にその人でないことがわかった。あきれるとともにくやしくてならぬ心になったが、人違いであるといってここから出て行くことも怪しがられることで困ったと源氏は思った。その人の隠れた場所へ行っても、これほどに自分から逃げようとするのに一心である人は快く自分にうはずもなくて、ただ侮蔑ぶべつされるだけであろうという気がして、これがあの美人であったら今夜の情人にこれをしておいてもよいという心になった。これでつれない人への源氏の恋も何ほどの深さかと疑われる。
 やっと目がさめた女はあさましい成り行きにただ驚いているだけで、真から気の毒なような感情が源氏に起こってこない。娘であった割合には蓮葉はすっぱな生意気なこの人はあわてもしない。源氏は自身でないようにしてしまいたかったが、どうしてこんなことがあったかと、あとで女を考えてみる時に、それは自分のためにはどうでもよいことであるが、自分の恋しい冷ややかな人が、世間をあんなにはばかっていたのであるから、このことで秘密を暴露させることになってはかわいそうであると思った。それでたびたび方違かたたがえにこの家を選んだのはあなたに接近したいためだったと告げた。少し考えてみる人には継母との関係がわかるであろうが、若い娘心はこんな生意気な人ではあってもそれに思い至らなかった。憎くはなくても心のかれる点のない気がして、この時でさえ源氏の心は無情な人の恋しさでいっぱいだった。どこの隅にはいって自分の思い詰め方を笑っているのだろう、こんな真実心というものはざらにあるものでもないのにと、あざける気になってみても真底はやはりその人が恋しくてならないのである。
 しかし何の疑いも持たない新しい情人も可憐かれんに思われる点があって、源氏は言葉上手ことばじょうずにのちのちの約束をしたりしていた。
「公然の関係よりもこうした忍んだ中のほうが恋を深くするものだと昔から皆言ってます。あなたも私を愛してくださいよ。私は世間への遠慮がないでもないのだから、思ったとおりの行為はできないのです。あなたの側でも父や兄がこの関係に好意を持ってくれそうなことを私は今から心配している。忘れずにまた逢いに来る私を待っていてください」
 などと、安っぽい浮気うわき男の口ぶりでものを言っていた。
「人にこの秘密を知らせたくありませんから、私は手紙もようあげません」
 女は素直すなおに言っていた。
「皆に怪しがられるようにしてはいけないが、この家の小さい殿上人てんじょうびとね、あれに託して私も手紙をあげよう。気をつけなくてはいけませんよ、秘密をだれにも知らせないように」
 と言い置いて、源氏は恋人がさっき脱いで行ったらしい一枚の薄衣うすものを手に持って出た。
 隣の室に寝ていた小君こぎみを起こすと、源氏のことを気がかりに思いながら寝ていたので、すぐに目をさました。小君が妻戸を静かにあけると、年の寄った女の声で、
「だれですか」
 おおげさに言った。めんどうだと思いながら小君は、
「私だ」
 と言う。
「こんな夜中にどこへおいでになるんですか」
 小賢こざかしい老女がこちらへ歩いて来るふうである。小君は憎らしく思って、
「ちょっと外へ出るだけだよ」
 と言いながら源氏を戸口から押し出した。夜明けに近い時刻の明るい月光が外にあって、ふと人影を老女は見た。
「もう一人の方はどなた」
 と言った老女が、また、
民部みんぶさんでしょう。すばらしく背の高い人だね」
 と言う。朋輩ほうばいの背高女のことをいうのであろう。老女は小君と民部がいっしょに行くのだと思っていた。
「今にあなたも負けない背丈せたけになりますよ」
 と言いながら源氏たちの出た妻戸から老女も外へ出て来た。困りながらも老女を戸口へ押し返すこともできずに、向かい側の渡殿わたどのの入り口に添って立っていると、源氏のそばへ老女が寄って来た。
「あんた、今夜はお居間に行っていたの。私はおなか具合ぐあいが悪くて部屋へやのほうで休んでいたのですがね。不用心だから来いと言って呼び出されたもんですよ。どうも苦しくて我慢ができませんよ」
 こぼして聞かせるのである。
「痛い、ああ痛い。またあとで」
 と言って行ってしまった。やっと源氏はそこを離れることができた。冒険はできないと源氏は懲りた。
 小君を車のあとに乗せて、源氏は二条の院へ帰った。その人に逃げられてしまった今夜の始末を源氏は話して、おまえは子供だ、やはりだめだと言い、その姉の態度があくまで恨めしいふうに語った。気の毒で小君は何とも返辞をすることができなかった。
「姉さんは私をよほどきらっているらしいから、そんなにきらわれる自分がいやになった。そうじゃないか、せめて話すことぐらいはしてくれてもよさそうじゃないか。私は伊予介よりつまらない男に違いない」
 恨めしい心から、こんなことを言った。そして持って来た薄い着物を寝床の中へ入れて寝た。小君をすぐ前に寝させて、恨めしく思うことも、恋しい心持ちも言っていた。
「おまえはかわいいけれど、恨めしい人の弟だから、いつまでも私の心がおまえを愛しうるかどうか」
 まじめそうに源氏がこう言うのを聞いて小君はしおれていた。しばらく目を閉じていたが源氏は寝られなかった。起きるとすぐにすずりを取り寄せて手紙らしい手紙でなく無駄むだ書きのようにして書いた。

空蝉うつせみの身をかへてけるのもとになほ人がらのなつかしきかな


 この歌を渡された小君はふところの中へよくしまった。あの娘へも何か言ってやらねばと源氏は思ったが、いろいろ考えた末に手紙を書いて小君に託することはやめた。
 あの薄衣うすもの小袿こうちぎだった。なつかしい気のするにおいが深くついているのを源氏は自身のそばから離そうとしなかった。
 小君が姉のところへ行った。空蝉は待っていたようにきびしい小言こごとを言った。
「ほんとうに驚かされてしまった。私は隠れてしまったけれど、だれがどんなことを想像するかもしれないじゃないの。あさはかなことばかりするあなたを、あちらではかえって軽蔑けいべつなさらないかと心配する」
 源氏と姉の中に立って、どちらからも受ける小言の多いことを小君は苦しく思いながらことづかった歌を出した。さすがに中をあけて空蝉は読んだ。抜けがらにして源氏に取られた小袿が、見苦しい着古しになっていなかったろうかなどと思いながらもその人の愛が身にんだ。空蝉のしている煩悶はんもんは複雑だった。
 西の対の人も今朝けさは恥ずかしい気持ちで帰って行ったのである。一人の女房すらも気のつかなかった事件であったから、ただ一人で物思いをしていた。小君が家の中を往来ゆききする影を見ても胸をおどらせることが多いにもかかわらず手紙はもらえなかった。これを男の冷淡さからとはまだ考えることができないのであるが、蓮葉はすっぱな心にもうれいを覚える日があったであろう。
 冷静を装っていながら空蝉も、源氏の真実が感ぜられるにつけて、娘の時代であったならとかえらぬ運命が悲しくばかりなって、源氏から来た歌の紙の端に、

   うつせみのに置く露の隠れて忍び忍びにるるそでかな

 こんな歌を書いていた。


第4章 夕顔

源氏が六条に恋人を持っていたころ、御所からそこへ通う途中で、だいぶ重い病気をし尼になった大弐だいに乳母めのとたずねようとして、五条辺のその家へ来た。乗ったままで車を入れる大門がしめてあったので、従者に呼び出させた乳母の息子むすこ惟光これみつの来るまで、源氏はりっぱでないその辺の町を車からながめていた。惟光の家の隣に、新しい檜垣ひがきを外囲いにして、建物の前のほうは上げ格子こうしを四、五間ずっと上げ渡した高窓式になっていて、新しく白いすだれを掛け、そこからは若いきれいな感じのする額を並べて、何人かの女が外をのぞいている家があった。高い窓に顔が当たっているその人たちは非常に背の高いもののように思われてならない。どんな身分の者の集まっている所だろう。風変わりな家だと源氏には思われた。今日は車も簡素なのにして目だたせない用意がしてあって、前駆の者にも人払いの声を立てさせなかったから、源氏は自分のだれであるかに町の人も気はつくまいという気楽な心持ちで、その家を少し深くのぞこうとした。門の戸も蔀風しとみふうになっていて上げられてある下から家の全部が見えるほどの簡単なものである。哀れに思ったが、ただ仮の世の相であるから宮も藁屋わらやも同じことという歌が思われて、われわれの住居すまいだって一所いっしょだとも思えた。端隠しのような物に青々とした蔓草つるくさが勢いよくかかっていて、それの白い花だけがその辺で見る何よりもうれしそうな顔で笑っていた。そこに白く咲いているのは何の花かという歌を口ずさんでいると、中将の源氏につけられた近衛このえ随身ずいしんが車の前にひざをかがめて言った。
「あの白い花を夕顔と申します。人間のような名でございまして、こうした卑しい家の垣根かきねに咲くものでございます」
 その言葉どおりで、貧しげな小家がちのこの通りのあちら、こちら、あるものは倒れそうになった家の軒などにもこの花が咲いていた。
「気の毒な運命の花だね。一枝折ってこい」
 と源氏が言うと、蔀風しとみふうの門のある中へはいって随身は花を折った。ちょっとしゃれた作りになっている横戸の口に、黄色の生絹すずしはかまを長めにはいた愛らしい童女が出て来て随身を招いて、白い扇を色のつくほど薫物たきものくゆらしたのを渡した。
「これへ載せておあげなさいまし。手でげては不恰好ぶかっこうな花ですもの」
 随身は、夕顔の花をちょうどこの時門をあけさせて出て来た惟光の手から源氏へ渡してもらった。
かぎの置き所がわかりませんでして、たいへん失礼をいたしました。よいも悪いも見分けられない人の住む界わいではございましても、見苦しい通りにお待たせいたしまして」
 と惟光は恐縮していた。車を引き入れさせて源氏の乳母めのとの家へりた。惟光の兄の阿闍梨あじゃり、乳母の婿の三河守みかわのかみ、娘などが皆このごろはここに来ていて、こんなふうに源氏自身で見舞いに来てくれたことを非常にありがたがっていた。尼も起き上がっていた。
「もう私は死んでもよいと見られる人間なんでございますが、少しこの世に未練を持っておりましたのはこうしてあなた様にお目にかかるということがあの世ではできませんからでございます。尼になりました功徳くどくで病気が楽になりまして、こうしてあなた様の御前へも出られたのですから、もうこれで阿弥陀あみだ様のお迎えも快くお待ちすることができるでしょう」
 などと言って弱々しく泣いた。
「長い間恢復かいふくしないあなたの病気を心配しているうちに、こんなふうに尼になってしまわれたから残念です。長生きをして私の出世する時を見てください。そのあとで死ねば九品蓮台くぼんれんだいの最上位にだって生まれることができるでしょう。この世に少しでも飽き足りない心を残すのはよくないということだから」
 源氏は涙ぐんで言っていた。欠点のある人でも、乳母というような関係でその人を愛している者には、それが非常にりっぱな完全なものに見えるのであるから、まして養君やしないぎみがこの世のだれよりもすぐれた源氏の君であっては、自身までも普通の者でないような誇りを覚えている彼女であったから、源氏からこんな言葉を聞いてはただうれし泣きをするばかりであった。息子むすこや娘は母の態度を飽き足りない歯がゆいもののように思って、尼になっていながらこの世への未練をお見せするようなものである、俗縁のあった方に惜しんで泣いていただくのはともかくもだがというような意味を、ひじを突いたり、目くばせをしたりして兄弟どうしで示し合っていた。源氏は乳母をあわれんでいた。
「母や祖母を早くくした私のために、世話する役人などは多数にあっても、私の最も親しく思われた人はあなただったのだ。大人おとなになってからは少年時代のように、いつもいっしょにいることができず、思い立つ時にすぐにたずねて来るようなこともできないのですが、今でもまだあなたと長くわないでいると心細い気がするほどなんだから、生死の別れというものがなければよいと昔の人が言ったようなことを私も思う」
 しみじみと話して、そでで涙をいている美しい源氏を見ては、この方の乳母でありえたわが母もよい前生ぜんしょうの縁を持った人に違いないという気がして、さっきから批難がましくしていた兄弟たちも、しんみりとした同情を母へ持つようになった。源氏が引き受けて、もっと祈祷きとうを頼むことなどを命じてから、帰ろうとする時に惟光これみつ蝋燭ろうそくともさせて、さっき夕顔の花の載せられて来た扇を見た。よく使い込んであって、よい薫物たきものの香のする扇に、きれいな字で歌が書かれてある。

心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花


 散らし書きの字が上品に見えた。少し意外だった源氏は、風流遊戯をしかけた女性に好感を覚えた。惟光に、
「この隣の家にはだれが住んでいるのか、聞いたことがあるか」
 と言うと、惟光は主人の例の好色癖が出てきたと思った。
「この五、六日母の家におりますが、病人の世話をしておりますので、隣のことはまだ聞いておりません」
 惟光これみつが冷淡に答えると、源氏は、
「こんなことを聞いたのでおもしろく思わないんだね。でもこの扇が私の興味をひくのだ。この辺のことに詳しい人を呼んで聞いてごらん」
 と言った。はいって行って隣の番人と逢って来た惟光は、
「地方庁のすけの名だけをいただいている人の家でございました。主人は田舎いなかへ行っているそうで、若い風流好きな細君がいて、女房勤めをしているその姉妹たちがよく出入りすると申します。詳しいことは下人げにんで、よくわからないのでございましょう」
 と報告した。ではその女房をしているという女たちなのであろうと源氏は解釈して、いい気になって、物馴ものなれた戯れをしかけたものだと思い、下の品であろうが、自分を光源氏と見てんだ歌をよこされたのに対して、何か言わねばならぬという気がした。というのは女性にはほだされやすい性格だからである。懐紙ふところがみに、別人のような字体で書いた。

寄りてこそそれかとも見め黄昏たそがれにほのぼの見つる花の夕顔


 花を折りに行った随身に持たせてやった。夕顔の花の家の人は源氏を知らなかったが、隣の家の主人筋らしい貴人はそれらしく思われて贈った歌に、返事のないのにきまり悪さを感じていたところへ、わざわざ使いに返歌を持たせてよこされたので、またこれに対して何か言わねばならぬなどと皆で言い合ったであろうが、身分をわきまえないしかただと反感を持っていた随身は、渡す物を渡しただけですぐに帰って来た。
 前駆の者が馬上で掲げて行く松明たいまつの明りがほのかにしか光らないで源氏の車は行った。高窓はもう戸がおろしてあった。その隙間すきまからほたる以上にかすかなの光が見えた。
 源氏の恋人の六条貴女きじょやしきは大きかった。広い美しい庭があって、家の中は気高けだか上手じょうずに住みらしてあった。まだまったく源氏の物とも思わせない、打ち解けぬ貴女を扱うのに心を奪われて、もう源氏は夕顔の花を思い出す余裕を持っていなかったのである。早朝の帰りが少しおくれて、日のさしそめたころに出かける源氏の姿には、世間から大騒ぎされるだけの美は十分に備わっていた。
 今朝けさも五条の蔀風しとみふうの門の前を通った。以前からの通りみちではあるが、あのちょっとしたことに興味を持ってからは、行き来のたびにその家が源氏の目についた。幾日かして惟光が出て来た。
「病人がまだひどく衰弱しているものでございますから、どうしてもそのほうの手が離せませんで、失礼いたしました」
 こんな挨拶あいさつをしたあとで、少し源氏の君の近くへひざを進めて惟光朝臣これみつあそんは言った。
「お話がございましたあとで、隣のことによく通じております者を呼び寄せまして、聞かせたのでございますが、よくは話さないのでございます。この五月ごろからそっと来て同居している人があるようですが、どなたなのか、家の者にもわからせないようにしていますと申すのです。時々私の家との間の垣根かきねから私はのぞいて見るのですが、いかにもあの家には若い女の人たちがいるらしい影がすだれから見えます。主人がいなければつけないを言いわけほどにでも女たちがつけておりますから、主人である女が一人いるに違いございません。昨日きのう夕日がすっかり家の中へさし込んでいました時に、すわって手紙を書いている女の顔が非常にきれいでした。物思いがあるふうでございましたよ。女房の中には泣いている者も確かにおりました」
 源氏はほほえんでいたが、もっと詳しく知りたいと思うふうである。自重をなさらなければならない身分は身分でも、この若さと、この美の備わった方が、恋愛に興味をお持ちにならないでは、第三者が見ていても物足らないことである。恋愛をする資格がないように思われているわれわれでさえもずいぶん女のことでは好奇心が動くのであるからと惟光これみつは主人をながめていた。
「そんなことから隣の家の内の秘密がわからないものでもないと思いまして、ちょっとした機会をとらえて隣の女へ手紙をやってみました。するとすぐに書きれた達者な字で返事がまいりました、相当によい若い女房もいるらしいのです」
「おまえは、なおどしどし恋の手紙を送ってやるのだね。それがよい。その人の正体が知れないではなんだか安心ができない」
 と源氏が言った。家はに属するものと品定しなさだめの人たちに言われるはずの所でも、そんな所から意外な趣のある女を見つけ出すことがあればうれしいに違いないと源氏は思うのである。
 源氏は空蝉うつせみの極端な冷淡さをこの世の女の心とは思われないと考えると、あの女が言うままになる女であったなら、気の毒な過失をさせたということだけで、もう過去へ葬ってしまったかもしれないが、強い態度を取り続けられるために、負けたくないと反抗心が起こるのであるとこんなふうに思われて、その人を忘れている時は少ないのである。これまでは空蝉うつせみ階級の女が源氏の心を引くようなこともなかったが、あの雨夜の品定めを聞いて以来好奇心はあらゆるものに動いて行った。何の疑いも持たずに一夜の男を思っているもう一人の女をあわれまないのではないが、冷静にしている空蝉にそれが知れるのを、恥ずかしく思って、いよいよ望みのないことのわかる日まではと思ってそれきりにしてあるのであったが、そこへ伊予介いよのすけが上京して来た。そして真先まっさきに源氏の所へ伺候した。長い旅をして来たせいで、色が黒くなりやつれた伊予の長官は見栄みえも何もなかった。しかし家柄もいいものであったし、顔だちなどに老いてもなお整ったところがあって、どこか上品なところのある地方官とは見えた。任地の話などをしだすので、湯のこおりの温泉話も聞きたい気はあったが、何ゆえとなしにこの人を見るときまりが悪くなって、源氏の心に浮かんでくることは数々の罪の思い出であった。まじめな生一本きいっぽんの男とむかっていて、やましい暗い心を抱くとはけしからぬことである。人妻に恋をして三角関係を作る男の愚かさを左馬頭さまのかみの言ったのは真理であると思うと、源氏は自分に対して空蝉の冷淡なのは恨めしいが、この良人おっとのためには尊敬すべき態度であると思うようになった。
 伊予介が娘を結婚させて、今度は細君を同伴して行くといううわさは、二つとも源氏が無関心で聞いていられないことだった。恋人が遠国へつれられて行くと聞いては、再会を気長に待っていられなくなって、もう一度だけうことはできぬかと、小君こぎみを味方にして空蝉に接近する策を講じたが、そんな機会を作るということは相手の女も同じ目的を持っている場合だっても困難なのであるのに、空蝉のほうでは源氏と恋をすることの不似合いを、思い過ぎるほどに思っていたのであるから、この上罪を重ねようとはしないのであって、とうてい源氏の思うようにはならないのである。空蝉はそれでも自分が全然源氏から忘れられるのも非常に悲しいことだと思って、おりおりの手紙の返事などに優しい心を見せていた。なんでもなく書く簡単な文字の中に可憐かれんな心が混じっていたり、芸術的な文章を書いたりして源氏の心をくものがあったから、冷淡な恨めしい人であって、しかも忘れられない女になっていた。もう一人の女は他人と結婚をしても思いどおりに動かしうる女だと思っていたから、いろいろな噂を聞いても源氏は何とも思わなかった。秋になった。このごろの源氏はある発展を遂げた初恋のその続きの苦悶くもんの中にいて、自然左大臣家へ通うことも途絶えがちになって恨めしがられていた。六条の貴女きじょとの関係も、その恋を得る以前ほどの熱をまた持つことのできない悩みがあった。自分の態度によって女の名誉が傷つくことになってはならないと思うが、夢中になるほどその人の恋しかった心と今の心とは、多少懸隔へだたりのあるものだった。六条の貴女はあまりにものを思い込む性質だった。源氏よりは八歳やっつ上の二十五であったから、不似合いな相手と恋にちて、すぐにまた愛されぬ物思いに沈む運命なのだろうかと、待ち明かしてしまう夜などには煩悶はんもんすることが多かった。
 霧の濃くおりた朝、帰りをそそのかされて、むそうなふうで歎息たんそくをしながら源氏が出て行くのを、貴女の女房の中将が格子こうしを一間だけ上げて、女主人おんなあるじに見送らせるために几帳きちょうを横へ引いてしまった。それで貴女は頭を上げて外をながめていた。いろいろに咲いた植え込みの花に心が引かれるようで、立ち止まりがちに源氏は歩いて行く。非常に美しい。廊のほうへ行くのに中将が供をして行った。この時節にふさわしい淡紫うすむらさきの薄物のをきれいに結びつけた中将の腰つきがえんであった。源氏は振り返って曲がりかどの高欄の所へしばらく中将を引きえた。なお主従の礼をくずさない態度も額髪ひたいがみのかかりぎわのあざやかさもすぐれて優美な中将だった。

「咲く花に移るてふ名はつつめども折らで過ぎうき今朝けさの朝顔


 どうすればいい」
 こう言って源氏は女の手を取った。物馴ものなれたふうで、すぐに、

朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る


 と言う。源氏の焦点をはずして主人の侍女としての挨拶をしたのである。美しい童侍わらわざむらい恰好かっこうのよい姿をした子が、指貫さしぬきはかまを露でらしながら、草花の中へはいって行って朝顔の花を持って来たりもするのである、この秋の庭は絵にしたいほどの趣があった。源氏を遠くから知っているほどの人でもその美を敬愛しない者はない、情趣を解しない山の男でも、休み場所には桜のかげを選ぶようなわけで、その身分身分によって愛している娘を源氏の女房にさせたいと思ったり、相当な女であると思う妹を持った兄が、ぜひ源氏の出入りする家の召使にさせたいとか皆思った。まして何かの場合には優しい言葉を源氏からかけられる女房、この中将のような女はおろそかにこの幸福を思っていない。情人になろうなどとは思いも寄らぬことで、女主人の所へ毎日おいでになればどんなにうれしいであろうと思っているのであった。
 それから、あの惟光これみつの受け持ちの五条の女の家を探る件、それについて惟光はいろいろな材料を得てきた。
「まだだれであるかは私にわからない人でございます。隠れていることの知れないようにとずいぶん苦心する様子です。閑暇ひまなものですから、南のほうの高い窓のある建物のほうへ行って、車の音がすると若い女房などは外をのぞくようですが、その主人らしい人も時にはそちらへ行っていることがございます。その人は、よくは見ませんがずいぶん美人らしゅうございます。この間先払いの声を立てさせて通る車がございましたが、それをのぞいてわらわが後ろの建物のほうへ来て、『右近うこんさん、早くのぞいてごらんなさい、中将さんが通りをいらっしゃいます』と言いますと相当な女房が出て来まして、『まあ静かになさいよ』と手でおさえるようにしながら、『まあどうしてそれがわかったの、私がのぞいて見ましょう』と言って前の家のほうへ行くのですね、細い渡り板が通路なんですから、急いで行く人は着物のすそを引っかけて倒れたりして、橋から落ちそうになって、『まあいやだ』などと大騒ぎで、もうのぞきに出る気もなくなりそうなんですね。車の人は直衣のうし姿で、随身たちもおりました。だれだれも、だれだれもと数えている名は頭中将とうのちゅうじょうの随身や少年侍の名でございました」
 などと言った。
「確かにその車の主が知りたいものだ」
 もしかすればそれは頭中将が忘られないように話した常夏とこなつの歌の女ではないかと思った源氏の、も少しよく探りたいらしい顔色を見た惟光これみつは、
「われわれ仲間の恋と見せかけておきまして、実はその上に御主人のいらっしゃることもこちらは承知しているのですが、女房相手の安価な恋のやっこになりすましております。向こうでは上手じょうずに隠せていると思いまして私が訪ねて行ってる時などに、女のわらわなどがうっかり言葉をすべらしたりいたしますと、いろいろに言い紛らしまして、自分たちだけだというふうを作ろうといたします」
 と言って笑った。
「おまえの所へ尼さんを見舞いに行った時に隣をのぞかせてくれ」
 と源氏は言っていた。たとえ仮住まいであってもあの五条の家にいる人なのだから、下の品の女であろうが、そうした中におもしろい女が発見できればと思うのである。源氏の機嫌きげんを取ろうと一所懸命の惟光であったし、彼自身も好色者で他の恋愛にさえも興味を持つほうであったから、いろいろと苦心をした末に源氏を隣の女の所へ通わせるようにした。
 女のだれであるかをぜひ知ろうともしないとともに、源氏は自身の名もあらわさずに、思いきり質素なふうをして多くは車にも乗らずに通った。深く愛しておらねばできぬことだと惟光は解釈して、自身の乗る馬に源氏を乗せて、自身は徒歩で供をした。
「私から申し込みを受けたあすこの女はこのていを見たら驚くでしょう」
 などとこぼしてみせたりしたが、このほかには最初夕顔の花を折りに行った随身と、それから源氏の召使であるともあまり顔を知られていない小侍だけを供にして行った。それから知れることになってはとの気づかいから、隣の家へ寄るようなこともしない。女のほうでも不思議でならない気がした。手紙の使いが来るとそっと人をつけてやったり、男の夜明けの帰りに道をうかがわせたりしても、先方は心得ていてそれらをはぐらかしてしまった。しかも源氏の心は十分にかれて、一時的な関係にとどめられる気はしなかった。これを不名誉だと思う自尊心に悩みながらしばしば五条通いをした。恋愛問題ではまじめな人も過失をしがちなものであるが、この人だけはこれまで女のことで世間の批難を招くようなことをしなかったのに、夕顔の花に傾倒してしまった心だけは別だった。別れ行く間も昼の間もその人をかたわらに見がたい苦痛を強く感じた。源氏は自身で、気違いじみたことだ、それほどの価値がどこにある恋人かなどと反省もしてみるのである。驚くほど柔らかでおおような性質で、深味のあるような人でもない。若々しい一方の女であるが、処女であったわけでもない。貴婦人ではないようである。どこがそんなに自分を惹きつけるのであろうと不思議でならなかった。わざわざ平生の源氏に用のない狩衣かりぎぬなどを着て変装した源氏は顔なども全然見せない。ずっとけてから、人の寝静まったあとで行ったり、夜のうちに帰ったりするのであるから、女のほうでは昔の三輪みわの神の話のような気がして気味悪く思われないではなかった。しかしどんな人であるかは手の触覚からでもわかるものであるから、若い風流男以外な者に源氏を観察していない。やはり好色な隣の五位ごいが導いて来た人に違いないと惟光これみつを疑っているが、その人はまったく気がつかぬふうで相変わらず女房の所へ手紙を送って来たり、たずねて来たりするので、どうしたことかと女のほうでも普通の恋の物思いとは違った煩悶はんもんをしていた。源氏もこんなに真実を隠し続ければ、自分も女のだれであるかを知りようがない、今の家が仮の住居すまいであることは間違いのないことらしいから、どこかへ移って行ってしまった時に、自分は呆然ぼうぜんとするばかりであろう。行くえを失ってもあきらめがすぐつくものならよいが、それは断然不可能である。世間をはばかって間をける夜などは堪えられない苦痛を覚えるのだと源氏は思って、世間へはだれとも知らせないで二条の院へ迎えよう、それを悪く言われても自分はそうなる前生の因縁だと思うほかはない、自分ながらもこれほど女に心をかれた経験が過去にないことを思うと、どうしても約束事と解釈するのが至当である、こんなふうに源氏は思って、
「あなたもその気におなりなさい。私は気楽な家へあなたをつれて行って夫婦生活がしたい」こんなことを女に言い出した。
「でもまだあなたは私を普通には取り扱っていらっしゃらない方なんですから不安で」
 若々しく夕顔が言う。源氏は微笑された。
「そう、どちらかがきつねなんだろうね。でもだまされていらっしゃればいいじゃない」
 なつかしいふうに源氏が言うと、女はその気になっていく。どんな欠点があるにしても、これほど純な女を愛せずにはいられないではないかと思った時、源氏は初めからその疑いを持っていたが、頭中将とうのちゅうじょう常夏とこなつの女はいよいよこの人らしいという考えが浮かんだ。しかし隠しているのはわけのあることであろうからと思って、しいて聞く気にはなれなかった。感情を害した時などに突然そむいて行ってしまうような性格はなさそうである、自分が途絶えがちになったりした時には、あるいはそんな態度に出るかもしれぬが、自分ながら少し今の情熱が緩和された時にかえって女のよさがわかるのではないかと、それを望んでもできないのだから途絶えの起こってくるわけはない、したがって女の気持ちを不安に思う必要はないのだと知っていた。
 八月の十五夜であった。明るい月光が板屋根の隙間すきまだらけの家の中へさし込んで、狭い家の中の物が源氏の目に珍しく見えた。もう夜明けに近い時刻なのであろう。近所の家々で貧しい男たちが目をさまして高声で話すのが聞こえた。
「ああ寒い。今年ことしこそもう商売のうまくいく自信が持てなくなった。地方廻りもできそうでないんだから心細いものだ。北隣さん、まあお聞きなさい」
 などと言っているのである。哀れなその日その日の仕事のために起き出して、そろそろ労働を始める音なども近い所でするのを女は恥ずかしがっていた。気どった女であれば死ぬほどきまりの悪さを感じる場所に違いない。でも夕顔はおおようにしていた。人の恨めしさも、自分の悲しさも、体面の保たれぬきまり悪さも、できるだけ思ったとは見せまいとするふうで、自分自身は貴族の子らしく、娘らしくて、ひどい近所の会話の内容もわからぬようであるのが、恥じ入られたりするよりも感じがよかった。ごほごほと雷以上のこわい音をさせる唐臼からうすなども、すぐ寝床のそばで鳴るように聞こえた。源氏もやかましいとこれは思った。けれどもこの貴公子も何から起こる音とは知らないのである。大きなたまらぬ音響のする何かだと思っていた。そのほかにもまだ多くの騒がしい雑音が聞こえた。白い麻布を打つきぬたのかすかな音もあちこちにした。空を行くかりの声もした。秋の悲哀がしみじみと感じられる。庭に近い室であったから、横の引き戸を開けて二人で外をながめるのであった。小さい庭にしゃれた姿の竹が立っていて、草の上の露はこんなところのも二条の院の前栽せんざいのに変わらずきらきらと光っている。虫もたくさん鳴いていた。壁の中で鳴くといわれて人間の居場所に最も近く鳴くものになっている蟋蟀こおろぎでさえも源氏は遠くの声だけしか聞いていなかったが、ここではどの虫も耳のそばへとまって鳴くような風変わりな情趣だと源氏が思うのも、夕顔を深く愛する心が何事も悪くは思わせないのであろう。白いあわせに柔らかい淡紫うすむらさきを重ねたはなやかな姿ではない、ほっそりとした人で、どこかきわだって非常によいというところはないが繊細な感じのする美人で、ものを言う様子に弱々しい可憐かれんさが十分にあった。才気らしいものを少しこの人に添えたらと源氏は批評的に見ながらも、もっと深くこの人を知りたい気がして、
「さあ出かけましょう。この近くのある家へ行って、気楽に明日あすまで話しましょう。こんなふうでいつも暗い間に別れていかなければならないのは苦しいから」
 と言うと、
「どうしてそんなに急なことをお言い出しになりますの」
 おおように夕顔は言っていた。変わらぬ恋を死後の世界にまで続けようと源氏の誓うのを見ると何の疑念もはさまずに信じてよろこぶ様子などのうぶさは、一度結婚した経験のある女とは思えないほど可憐であった。源氏はもうだれの思わくもはばかる気がなくなって、右近うこんに随身を呼ばせて、車を庭へ入れることを命じた。夕顔の女房たちも、この通う男が女主人を深く愛していることを知っていたから、だれともわからずにいながら相当に信頼していた。
 ずっと明け方近くなってきた。この家にとりの声は聞こえないで、現世利益りやく御岳教みたけきょうの信心なのか、老人らしい声で、ったりすわったりして、とても忙しく苦しそうにして祈る声が聞かれた。源氏は身にしむように思って、朝露と同じように短い命を持つ人間が、この世に何のよくを持って祈祷きとうなどをするのだろうと聞いているうちに、
南無なむ当来の導師」
 と阿弥陀如来あみだにょらいを呼びかけた。
「そら聞いてごらん。現世利益だけが目的じゃなかった」
 とほめて、

優婆塞うばそくが行なふ道をしるべにて来ん世も深き契りたがふな


 とも言った。玄宗げんそう楊貴妃ようきひの七月七日の長生殿の誓いは実現されない空想であったが、五十六億七千万年後の弥勒菩薩みろくぼさつ出現の世までも変わらぬ誓いを源氏はしたのである。

さきの世の契り知らるる身のうさに行く末かけて頼みがたさよ


 と女は言った。歌をむ才なども豊富であろうとは思われない。月夜に出れば月に誘惑されて行って帰らないことがあるということを思って出かけるのを躊躇ちゅうちょする夕顔に、源氏はいろいろに言って同行を勧めているうちに月もはいってしまって東の空の白む秋のしののめが始まってきた。
 人目を引かぬ間にと思って源氏は出かけるのを急いだ。女のからだを源氏が軽々と抱いて車に乗せ右近が同乗したのであった。五条に近い帝室の後院である某院へ着いた。呼び出した院の預かり役の出て来るまで留めてある車から、忍ぶ草のい茂った門のひさしが見上げられた。たくさんにある大木が暗さを作っているのである。霧も深く降っていて空気の湿しめっぽいのに車のすだれを上げさせてあったから源氏のそでもそのうちべったりとれてしまった。
「私にははじめての経験だが妙に不安なものだ。

いにしへもかくやは人の惑ひけんわがまだしらぬしののめの道


 前にこんなことがありましたか」
 と聞かれて女は恥ずかしそうだった。

「山のの心も知らず行く月はうはの空にて影や消えなん


 心細うございます、私は」
 すごさに女がおびえてもいるように見えるのを、源氏はあの小さい家におおぜい住んでいた人なのだから道理であると思っておかしかった。
 門内へ車を入れさせて、西のたい仕度したくをさせている間、高欄に車の柄を引っかけて源氏らは庭にいた。右近はえんな情趣を味わいながら女主人の過去の恋愛時代のある場面なども思い出されるのであった。預かり役がみずから出てする客人の扱いが丁寧きわまるものであることから、右近にはこの風流男の何者であるかがわかった。物の形がほのぼの見えるころに家へはいった。にわかな仕度ではあったが体裁よく座敷がこしらえてあった。
「だれというほどの人がお供しておらないなどとは、どうもいやはや」
 などといって預かり役は始終出入りする源氏の下家司しもけいしでもあったから、座敷の近くへ来て右近に、
「御家司をどなたかお呼び寄せしたものでございましょうか」
 と取り次がせた。
「わざわざだれにもわからない場所にここを選んだのだから、おまえ以外の者にはすべて秘密にしておいてくれ」
 と源氏は口留めをした。さっそくに調えられたかゆなどが出た。給仕も食器も間に合わせを忍ぶよりほかはない。こんな経験を持たぬ源氏は、一切を切り放して気にかけぬこととして、恋人とはばからず語り合う愉楽に酔おうとした。
 源氏は昼ごろに起きて格子を自身で上げた。非常に荒れていて、人影などは見えずにはるばると遠くまでが見渡される。向こうのほうの木立ちは気味悪く古い大木に皆なっていた。近い植え込みの草や灌木かんぼくなどには美しい姿もない。秋の荒野の景色けしきになっている。池も水草でうずめられたすごいものである。別れたむねのほうに部屋へやなどを持って預かり役は住むらしいが、そことこことはよほど離れている。
「気味悪い家になっている。でも鬼なんかだって私だけはどうともしなかろう」
 と源氏は言った。まだこの時までは顔を隠していたが、この態度を女が恨めしがっているのを知って、何たる錯誤だ、不都合なのは自分である、こんなに愛していながらと気がついた。

「夕露にひもとく花は玉鉾たまぼこのたよりに見えしえにこそありけれ


 あなたの心あてにそれかと思うと言った時の人の顔を近くに見て幻滅が起こりませんか」
 と言う源氏の君を後目しりめに女は見上げて、

光ありと見し夕顔のうは露は黄昏時たそがれどきのそら目なりけり


 と言った。冗談じょうだんまでも言う気になったのが源氏にはうれしかった。打ち解けた瞬間から源氏の美はあたりに放散した。古くさく荒れた家との対照はまして魅惑的だった。
「いつまでも真実のことを打ちあけてくれないのが恨めしくって、私もだれであるかを隠し通したのだが、負けた。もういいでしょう、名を言ってください、人間離れがあまりしすぎます」
 と源氏が言っても、
「家も何もない女ですもの」
 と言ってそこまではまだ打ち解けぬ様子も美しく感ぜられた。
「しかたがない。私が悪いのだから」
 とうらんでみたり、永久の恋の誓いをし合ったりして時を送った。
 惟光これみつが源氏の居所を突きとめてきて、用意してきた菓子などを座敷へ持たせてよこした。これまでしらばくれていた態度を右近うこんに恨まれるのがつらくて、近い所へは顔を見せない。惟光は源氏が人騒がせに居所を不明にして、一日を犠牲にするまで熱心になりうる相手の女は、それに価する者であるらしいと想像をして、当然自己のものになしうるはずの人を主君にゆずった自分は広量なものだと嫉妬しっとに似た心で自嘲じちょうもし、羨望せんぼうもしていた。
 静かな静かな夕方の空をながめていて、奥のほうは暗くて気味が悪いと夕顔が思うふうなので、縁のすだれを上げて夕映ゆうばえの雲をいっしょに見て、女も源氏とただ二人で暮らしえた一日に、まだまったく落ち着かぬ恋の境地とはいえ、過去に知らない満足が得られたらしく、少しずつ打ち解けた様子が可憐かれんであった。じっと源氏のそばへ寄って、この場所がこわくてならぬふうであるのがいかにも若々しい。格子こうしを早くおろしてをつけさせてからも、
「私のほうにはもう何も秘密が残っていないのに、あなたはまだそうでないのだからいけない」
 などと源氏は恨みを言っていた。陛下はきっと今日も自分をお召しになったに違いないが、捜す人たちはどう見当をつけてどこへ行っているだろう、などと想像をしながらも、これほどまでにこの女を溺愛できあいしている自分を源氏は不思議に思った。六条の貴女きじょもどんなに煩悶はんもんをしていることだろう、恨まれるのは苦しいが恨むのは道理であると、恋人のことはこんな時にもまず気にかかった。無邪気に男を信じていっしょにいる女に愛を感じるとともに、あまりにまで高い自尊心にみずからわずらわされている六条の貴女が思われて、少しその点を取り捨てたならと、眼前の人に比べて源氏は思うのであった。

十時過ぎに少し寝入った源氏はまくらの所に美しい女がすわっているのを見た。
「私がどんなにあなたを愛しているかしれないのに、私を愛さないで、こんな平凡な人をつれていらっしって愛撫あいぶなさるのはあまりにひどい。恨めしい方」
 と言って横にいる女に手をかけて起こそうとする。こんな光景を見た。苦しい襲われた気持ちになって、すぐ起きると、その時にが消えた。不気味なので、太刀たちを引き抜いて枕もとに置いて、それから右近を起こした。右近も恐ろしくてならぬというふうで近くへ出て来た。
渡殿わたどのにいる宿直とのいの人を起こして、蝋燭ろうそくをつけて来るように言うがいい」
「どうしてそんな所へまで参れるものでございますか、くろうて」
「子供らしいじゃないか」
 笑って源氏が手をたたくとそれが反響になった。限りない気味悪さである。しかもその音を聞きつけて来る者はだれもない。夕顔は非常にこわがってふるえていて、どうすればいいだろうと思うふうである。汗をずっぷりとかいて、意識のありなしも疑わしい。
「非常に物恐れをなさいます御性質ですから、どんなお気持ちがなさるのでございましょうか」
 と右近も言った。弱々しい人で今日の昼間も部屋へやの中を見まわすことができずに空をばかりながめていたのであるからと思うと、源氏はかわいそうでならなかった。
「私が行って人を起こそう。手をたたくと山彦やまびこがしてうるさくてならない。しばらくの間ここへ寄っていてくれ」
 と言って、右近を寝床のほうへ引き寄せておいて、両側の妻戸の口へ出て、戸を押しあけたのと同時に渡殿についていた灯も消えた。風が少し吹いている。こんな夜に侍者は少なくて、しかもありたけの人は寝てしまっていた。院の預かり役の息子むすこで、平生源氏が手もとで使っていた若い男、それから侍童が一人、例の随身、それだけが宿直とのいをしていたのである。源氏が呼ぶと返辞をして起きて来た。
蝋燭ろうそくをつけて参れ。随身に弓の絃打つるうちをして絶えず声を出して魔性に備えるように命じてくれ。こんな寂しい所で安心をして寝ていていいわけはない。先刻せんこく惟光これみつが来たと言っていたが、どうしたか」
「参っておりましたが、御用事もないから、夜明けにお迎えに参ると申して帰りましてございます」
 こう源氏と問答をしたのは、御所の滝口に勤めている男であったから、専門家的に弓絃ゆづるを鳴らして、
「火あぶなし、火危し」
 と言いながら、父である預かり役の住居すまいのほうへ行った。源氏はこの時刻の御所を思った。殿上てんじょうの宿直役人が姓名を奏上する名対面はもう終わっているだろう、滝口の武士の宿直の奏上があるころであると、こんなことを思ったところをみると、まだそう深更でなかったに違いない。寝室へ帰って、暗がりの中を手で探ると夕顔はもとのままの姿で寝ていて、右近がそのそばでうつ伏せになっていた。
「どうしたのだ。気違いじみたこわがりようだ。こんな荒れた家などというものは、きつねなどが人をおどしてこわがらせるのだよ。私がおればそんなものにおどかされはしないよ」
 と言って、源氏は右近を引き起こした。
「とても気持ちが悪うございますので下を向いておりました。奥様はどんなお気持ちでいらっしゃいますことでしょう」
「そうだ、なぜこんなにばかりして」
 と言って、手で探ると夕顔は息もしていない。動かしてみてもなよなよとして気を失っているふうであったから、若々しい弱い人であったから、何かの物怪もののけにこうされているのであろうと思うと、源氏は歎息たんそくされるばかりであった。蝋燭ろうそくの明りが来た。右近には立って行くだけの力がありそうもないので、ねやに近い几帳きちょうを引き寄せてから、
「もっとこちらへ持って来い」
 と源氏は言った。主君の寝室の中へはいるというまったくそんな不謹慎な行動をしたことがない滝口は座敷の上段になった所へもよう来ない。
「もっと近くへ持って来ないか。どんなことも場所によることだ」
 を近くへ取って見ると、この閨の枕の近くに源氏が夢で見たとおりの容貌ようぼうをした女が見えて、そしてすっと消えてしまった。昔の小説などにはこんなことも書いてあるが、実際にあるとはと思うと源氏は恐ろしくてならないが、恋人はどうなったかという不安が先に立って、自身がどうされるだろうかという恐れはそれほどなくて横へ寝て、
「ちょいと」
 と言って不気味な眠りからさまさせようとするが、夕顔のからだは冷えはてていて、息はまったく絶えているのである。頼りにできる相談相手もない。坊様などはこんな時の力になるものであるがそんな人もむろんここにはいない。右近に対して強がって何かと言った源氏であったが、若いこの人は、恋人の死んだのを見ると分別も何もなくなって、じっと抱いて、
「あなた。生きてください。悲しい目を私に見せないで」
 と言っていたが、恋人のからだはますます冷たくて、すでに人ではなく遺骸いがいであるという感じが強くなっていく。右近はもう恐怖心も消えて夕顔の死を知って非常に泣く。紫宸殿ししんでんに出て来た鬼は貞信公ていしんこう威嚇いかくしたが、その人の威に押されて逃げた例などを思い出して、源氏はしいて強くなろうとした。
「それでもこのまま死んでしまうことはないだろう。夜というものは声を大きく響かせるから、そんなに泣かないで」
 と源氏は右近に注意しながらも、恋人との歓会がたちまちにこうなったことを思うと呆然ぼうぜんとなるばかりであった。滝口を呼んで、
「ここに、急に何かに襲われた人があって、苦しんでいるから、すぐに惟光朝臣これみつあそんの泊まっている家に行って、早く来るように言えとだれかに命じてくれ。兄の阿闍梨あじゃりがそこに来ているのだったら、それもいっしょに来るようにと惟光に言わせるのだ。母親の尼さんなどが聞いて気にかけるから、たいそうには言わせないように。あれは私の忍び歩きなどをやかましく言って止める人だ」
 こんなふうに順序を立ててものを言いながらも、胸は詰まるようで、恋人を死なせることの悲しさがたまらないものに思われるのといっしょに、あたりの不気味さがひしひしと感ぜられるのであった。もう夜中過ぎになっているらしい。風がさっきより強くなってきて、それに鳴る松の枝の音は、それらの大木に深く囲まれた寂しく古い院であることを思わせ、一風変わった鳥がかれ声で鳴き出すのを、ふくろうとはこれであろうかと思われた。考えてみるとどこへも遠く離れて人声もしないこんな寂しい所へなぜ自分は泊まりに来たのであろうと、源氏は後悔の念もしきりに起こる。右近は夢中になって夕顔のそばへ寄り、このままふるえ死にをするのでないかと思われた。それがまた心配で、源氏は一所懸命に右近をつかまえていた。一人は死に、一人はこうした正体もないふうで、自身一人だけが普通の人間なのであると思うと源氏はたまらない気がした。はほのかにまたたいて、中央の室との仕切りの所に立てた屏風びょうぶの上とか、室の中の隅々すみずみとか、暗いところの見えるここへ、後ろからひしひしと足音をさせて何かが寄って来る気がしてならない、惟光が早く来てくれればよいとばかり源氏は思った。彼は泊まり歩く家を幾軒も持った男であったから、使いはあちらこちらと尋ねまわっているうちに夜がぼつぼつ明けてきた。この間の長さは千夜にもあたるように源氏には思われたのである。やっとはるかな所で鳴く鶏の声がしてきたのを聞いて、ほっとした源氏は、こんな危険な目にどうして自分はあうのだろう、自分の心ではあるが恋愛についてはもったいない、思うべからざる人を思った報いに、こんなあとにもさきにもない例となるようなみじめな目にあうのであろう、隠してもあった事実はすぐにうわさになるであろう、陛下の思召おぼしめしをはじめとして人が何と批評することだろう、世間の嘲笑ちょうしょうが自分の上に集まることであろう、とうとうついにこんなことで自分は名誉を傷つけるのだなと源氏は思っていた。
 やっと惟光これみつが出て来た。夜中でも暁でも源氏の意のままに従って歩いた男が、今夜に限ってそばにおらず、呼びにやってもすぐの間に合わず、時間のおくれたことを源氏は憎みながらも寝室へ呼んだ。孤独の悲しみを救う手は惟光にだけあることを源氏は知っている。惟光をそばへ呼んだが、自分が今言わねばならぬことがあまりにも悲しいものであることを思うと、急には言葉が出ない。右近は隣家の惟光が来た気配けはいに、き夫人と源氏との交渉の最初の時から今日までが連続的に思い出されて泣いていた。源氏も今までは自身一人が強い人になって右近を抱きかかえていたのであったが、惟光の来たのにほっとすると同時に、はじめて心の底から大きい悲しみがき上がってきた。非常に泣いたのちに源氏は躊躇ちゅうちょしながら言い出した。
「奇怪なことが起こったのだ。驚くという言葉では現わせないような驚きをさせられた。人のからだにこんな急変があったりする時には、僧家へ物を贈って読経どきょうをしてもらうものだそうだから、それをさせよう、願を立てさせようと思って阿闍梨あじゃりも来てくれと言ってやったのだが、どうした」
昨日きのう叡山えいざんへ帰りましたのでございます。まあ何ということでございましょう、奇怪なことでございます。前から少しはおからだが悪かったのでございますか」
「そんなこともなかった」
 と言って泣く源氏の様子に、惟光も感動させられて、この人までが声を立てて泣き出した。老人はめんどうなものとされているが、こんな場合には、年を取っていて世の中のいろいろな経験を持っている人が頼もしいのである。源氏も右近も惟光も皆若かった。どう処置をしていいのか手が出ないのであったが、やっと惟光が、
「この院の留守役などに真相を知らせることはよくございません。当人だけは信用ができましても、秘密のれやすい家族を持っていましょうから。ともかくもここを出ていらっしゃいませ」
 と言った。
「でもここ以上に人の少ない場所はほかにないじゃないか」
「それはそうでございます。あの五条の家は女房などが悲しがって大騒ぎをするでしょう、多い小家の近所隣へそんな声が聞こえますとたちまち世間へ知れてしまいます、山寺と申すものはこうした死人などを取り扱いれておりましょうから、人目を紛らすのには都合がよいように思われます」
 考えるふうだった惟光は、
「昔知っております女房が尼になって住んでいる家が東山にございますから、そこへお移しいたしましょう。私の父の乳母めのとをしておりまして、今は老人としよりになっている者の家でございます。東山ですから人がたくさん行く所のようではございますが、そこだけは閑静です」
 と言って、夜と朝の入り替わる時刻の明暗の紛れに車を縁側へ寄せさせた。源氏自身が遺骸いがいを車へ載せることは無理らしかったから、茣蓙ござに巻いて惟光これみつが車へ載せた。小柄な人の死骸からは悪感は受けないできわめて美しいものに思われた。残酷に思われるような扱い方を遠慮して、確かにも巻かなんだから、茣蓙の横から髪が少しこぼれていた。それを見た源氏は目がくらむような悲しみを覚えて煙になる最後までも自分がついていたいという気になったのであるが、
「あなた様はさっそく二条の院へお帰りなさいませ。世間の者が起き出しませんうちに」
 と惟光は言って、遺骸には右近を添えて乗せた。自身の馬を源氏に提供して、自身は徒歩で、はかまのくくりを上げたりして出かけたのであった。ずいぶん迷惑な役のようにも思われたが、悲しんでいる源氏を見ては、自分のことなどはどうでもよいという気に惟光はなったのである。
 源氏は無我夢中で二条の院へ着いた。女房たちが、
「どちらからのお帰りなんでしょう。御気分がお悪いようですよ」
 などと言っているのを知っていたが、そのまま寝室へはいって、そして胸をおさえて考えてみると自身が今経験していることは非常な悲しいことであるということがわかった。なぜ自分はあの車に乗って行かなかったのだろう、もし蘇生そせいすることがあったらあの人はどう思うだろう、見捨てて行ってしまったと恨めしく思わないだろうか、こんなことを思うと胸がせき上がってくるようで、頭も痛く、からだには発熱も感ぜられて苦しい。こうして自分も死んでしまうのであろうと思われるのである。八時ごろになっても源氏が起きぬので、女房たちは心配をしだして、朝の食事を寝室の主人へ勧めてみたが無駄むだだった。源氏は苦しくて、そして生命いのちの危険が迫ってくるような心細さを覚えていると、宮中のお使いが来た。みかど昨日きのうもお召しになった源氏を御覧になれなかったことで御心配をあそばされるのであった。左大臣家の子息たちも訪問して来たがそのうちの頭中将とうのちゅうじょうにだけ、
「お立ちになったままでちょっとこちらへ」
 と言わせて、源氏は招いた友と御簾みすを隔てて対した。
「私の乳母めのとの、この五月ごろから大病をしていました者が、尼になったりなどしたものですから、その効験ききめでか一時くなっていましたが、またこのごろ悪くなりまして、生前にもう一度だけ訪問をしてくれなどと言ってきているので、小さい時から世話になった者に、最後に恨めしく思わせるのは残酷だと思って、訪問しましたところがその家の召使の男が前から病気をしていて、私のいるうちにくなったのです。恐縮して私に隠して夜になってからそっと遺骸を外へ運び出したということを私は気がついたのです。御所では神事に関した御用の多い時期ですから、そうしたけがれに触れた者は御遠慮すべきであると思って謹慎をしているのです。それに今朝方けさがたからなんだか風邪かぜにかかったのですか、頭痛がして苦しいものですからこんなふうで失礼します」
 などと源氏は言うのであった。中将は、
「ではそのように奏上しておきましょう。昨夜も音楽のありました時に、御自身でお指図さしずをなさいましてあちこちとあなたをお捜させになったのですが、おいでにならなかったので、御機嫌ごきげんがよろしくありませんでした」
 と言って、帰ろうとしたがまた帰って来て、
「ねえ、どんなけがれにおあいになったのですか。さっきから伺ったのはどうもほんとうとは思われない」
 と、頭中将から言われた源氏ははっとした。
「今お話ししたようにこまかにではなく、ただ思いがけぬ穢れにあいましたと申し上げてください。こんなので今日は失礼します」
 素知らず顔には言っていても、心にはまた愛人の死が浮かんできて、源氏は気分も非常に悪くなった。だれの顔も見るのが物憂ものうかった。お使いの蔵人くろうどべんを呼んで、またこまごまと頭中将に語ったような行触ゆきぶれの事情を帝へ取り次いでもらった。左大臣家のほうへもそんなことで行かれぬという手紙が行ったのである。
 日が暮れてから惟光これみつが来た。行触ゆきぶれの件を発表したので、二条の院への来訪者は皆庭から取り次ぎをもって用事を申し入れて帰って行くので、めんどうな人はだれも源氏の居間にいなかった。惟光を見て源氏は、
「どうだった、だめだったか」
 と言うと同時にそでを顔へ当てて泣いた。惟光も泣く泣く言う、
「もう確かにおかくれになったのでございます。いつまでお置きしてもよくないことでございますから、それにちょうど明日は葬式によい日でしたから、式のことなどを私の尊敬する老僧がありまして、それとよく相談をして頼んでまいりました」
「いっしょに行った女は」
「それがまたあまりに悲しがりまして、生きていられないというふうなので、今朝けさたにへ飛び込むのでないかと心配されました。五条の家へ使いを出すというのですが、よく落ち着いてからにしなければいけないと申して、とにかく止めてまいりました」
 惟光の報告を聞いているうちに、源氏は前よりもいっそう悲しくなった。
「私も病気になったようで、死ぬのじゃないかと思う」
 と言った。
「そんなふうにまでお悲しみになるのでございますか、よろしくございません。皆運命でございます。どうかして秘密のうちに処置をしたいと思いまして、私も自身でどんなこともしているのでございますよ」
「そうだ、運命に違いない。私もそう思うが軽率けいそつな恋愛あさりから、人を死なせてしまったという責任を感じるのだ。君の妹の少将の命婦みょうぶなどにも言うなよ。尼君なんかはまたいつもああいったふうのことをよくないよくないと小言こごとに言うほうだから、聞かれては恥ずかしくてならない」
「山の坊さんたちにもまるで話を変えてしてございます」
 と惟光が言うので源氏は安心したようである。主従がひそひそ話をしているのを見た女房などは、
「どうも不思議ですね、行触ゆきぶれだとお言いになって参内もなさらないし、また何か悲しいことがあるようにあんなふうにして話していらっしゃる」
 に落ちぬらしく言っていた。
「葬儀はあまり簡単な見苦しいものにしないほうがよい」
 と源氏が惟光これみつに言った。
「そうでもございません。これは大層たいそうにいたしてよいことではございません」
 と否定してから、惟光が立って行こうとするのを見ると、急にまた源氏は悲しくなった。
「よくないことだとおまえは思うだろうが、私はもう一度遺骸いがいを見たいのだ。それをしないではいつまでも憂鬱ゆううつが続くように思われるから、馬ででも行こうと思うが」
 主人の望みを、とんでもない軽率なことであると思いながらも惟光は止めることができなかった。
「そんなに思召おぼしめすのならしかたがございません。では早くいらっしゃいまして、夜のけぬうちにお帰りなさいませ」
 と惟光は言った。五条通いの変装のために作らせた狩衣かりぎぬ着更きがえなどして源氏は出かけたのである。病苦が朝よりも加わったこともわかっていて源氏は、軽はずみにそうした所へ出かけて、そこでまたどんな危険が命をおびやかすかもしれない、やめたほうがいいのではないかとも思ったが、やはり死んだ夕顔に引かれる心が強くて、この世での顔を遺骸で見ておかなければ今後の世界でそれは見られないのであるという思いが心細さをおさえて、例の惟光と随身を従えて出た。非常にみちのはかがゆかぬ気がした。十七日の月が出てきて、加茂川の河原を通るころ、前駆の者の持つ松明たいまつの淡い明りに鳥辺野とりべののほうが見えるというこんな不気味な景色けしきにも源氏の恐怖心はもう麻痺まひしてしまっていた。ただ悲しみに胸がき乱されたふうで目的地に着いた。すごい気のする所である。そんな所に住居すまいの板屋があって、横に御堂みどうが続いているのである。仏前の燈明の影がほのかに戸からすいて見えた。部屋へやの中には一人の女の泣き声がして、その室の外と思われる所では、僧の二、三人が話しながら声を多く立てぬ念仏をしていた。近くにある東山の寺々の初夜の勤行ごんぎょうも終わったころで静かだった。清水きよみずの方角にだけがたくさんに見えて多くの参詣さんけい人の気配けはいも聞かれるのである。主人の尼の息子むすこの僧が尊い声で経を読むのが聞こえてきた時に、源氏はからだじゅうの涙がことごとく流れて出る気もした。中へはいって見ると、灯をあちら向きに置いて、遺骸との間に立てた屏風びょうぶのこちらに右近うこんは横になっていた。どんなにわびしい気のすることだろうと源氏は同情して見た。遺骸はまだ恐ろしいという気のしない物であった。美しい顔をしていて、まだ生きていた時の可憐かれんさと少しも変わっていなかった。
「私にもう一度、せめて声だけでも聞かせてください。どんな前生の縁だったかわずかな間の関係であったが、私はあなたに傾倒した。それだのに私をこの世に捨てて置いて、こんな悲しい目をあなたは見せる」
 もう泣き声も惜しまずはばからぬ源氏だった。僧たちもだれとはわからぬながら、死者に断ちがたい愛着を持つらしい男の出現を見て、皆涙をこぼした。源氏は右近に、
「あなたは二条の院へ来なければならない」
 と言ったのであるが、
「長い間、それは小さい時から片時もお離れしませんでお世話になりました御主人ににわかにお別れいたしまして、私は生きて帰ろうと思う所がございません。奥様がどうおなりになったかということを、どうほかの人に話ができましょう。奥様をおくししましたほかに、私はまた皆にどう言われるかということも悲しゅうございます」
 こう言って右近は泣きやまない。
「私も奥様の煙といっしょにあの世へ参りとうございます」
「もっともだがしかし、人世とはこんなものだ。別れというものに悲しくないものはないのだ。どんなことがあっても寿命のある間には死ねないのだよ。気を静めて私を信頼してくれ」
 と言う源氏が、また、
「しかしそういう私も、この悲しみでどうなってしまうかわからない」
 と言うのであるから心細い。
「もう明け方に近いころだと思われます。早くお帰りにならなければいけません」
 惟光これみつがこう促すので、源氏は顧みばかりがされて、胸も悲しみにふさがらせたまま帰途についた。露の多いみちに厚い朝霧が立っていて、このままこの世でない国へ行くような寂しさが味わわれた。某院のねやにいたままのふうで夕顔が寝ていたこと、その夜上に掛けて寝た源氏自身の紅の単衣ひとえにまだ巻かれていたこと、などを思って、全体あの人と自分はどんな前生の因縁があったのであろうと、こんなことを途々みちみち源氏は思った。馬をはかばかしく御して行けるふうでもなかったから、惟光が横に添って行った。加茂川堤に来てとうとう源氏は落馬したのである。失心したふうで、
「家の中でもないこんな所で自分は死ぬ運命なんだろう。二条の院まではとうてい行けない気がする」
 と言った。惟光の頭も混乱状態にならざるをえない。自分がしかとした人間だったら、あんなことを源氏がお言いになっても、軽率にこんな案内はしなかったはずだと思うと悲しかった。川の水で手を洗って清水きよみずの観音を拝みながらも、どんな処置をとるべきだろうと煩悶はんもんした。源氏もしいて自身を励まして、心の中で御仏みほとけを念じ、そして惟光たちの助けも借りて二条の院へ行き着いた。
 毎夜続いて不規則な時間の出入りを女房たちが、
「見苦しいことですね、近ごろは平生よりもよく微行おしのびをなさる中でも昨日きのうはたいへんお加減が悪いふうだったでしょう。そんなでおありになってまたお出かけになったりなさるのですから、困ったことですね」
 こんなふうに歎息たんそくをしていた。
 源氏自身が予言をしたとおりに、それきり床について煩ったのである。重い容体が二、三日続いたあとはまたはなはだしい衰弱が見えた。源氏の病気を聞こし召したみかども非常に御心痛あそばされてあちらでもこちらでも間断なく祈祷きとうが行なわれた。特別な神の祭り、はらい、修法しゅほうなどである。何にもすぐれた源氏のような人はあるいは短命で終わるのではないかといって、一天下の人がこの病気に関心を持つようにさえなった。
 病床にいながら源氏は右近を二条の院へ伴わせて、部屋へやなども近い所へ与えて、手もとで使う女房の一人にした。惟光これみつは源氏の病の重いことに顛倒てんとうするほどの心配をしながら、じっとその気持ちをおさえて、馴染なじみのない女房たちの中へはいった右近のたよりなさそうなのに同情してよく世話をしてやった。源氏の病の少し楽に感ぜられる時などには、右近を呼び出して居間の用などをさせていたから、右近はそのうち二条の院の生活にれてきた。濃い色の喪服を着た右近は、容貌ようぼうなどはよくもないが、見苦しくも思われぬ若い女房の一人と見られた。

「運命があの人に授けた短い夫婦の縁から、その片割れの私ももう長くは生きていないのだろう。長い間たよりにしてきた主人に別れたおまえが、さぞ心細いだろうと思うと、せめて私に命があれば、あの人の代わりの世話をしたいと思ったこともあったが、私もあの人のあとを追うらしいので、おまえには気の毒だね」
 と、ほかの者へは聞かせぬ声で言って、弱々しく泣く源氏を見る右近は、女主人に別れた悲しみは別として、源氏にもしまたそんなことがあれば悲しいことだろうと思った。二条の院の男女はだれも静かな心を失って主人の病を悲しんでいるのである。御所のお使いは雨のあしよりもしげく参入した。帝の御心痛が非常なものであることを聞く源氏は、もったいなくて、そのことによって病から脱しようとみずから励むようになった。左大臣も徹底的に世話をした。大臣自身が二条の院を見舞わない日もないのである。そしていろいろな医療や祈祷きとうをしたせいでか、二十日ほど重態だったあとに余病も起こらないで、源氏の病気は次第に回復していくように見えた。行触ゆきぶれの遠慮の正規の日数もこの日で終わる夜であったから、源氏はいたく思召おぼしめみかどの御心中を察して、御所の宿直所とのいどころにまで出かけた。退出の時は左大臣が自身の車へ乗せてやしきへ伴った。病後の人の謹慎のしかたなども大臣がきびしく監督したのである。この世界でない所へ蘇生そせいした人間のように当分源氏は思った。
 九月の二十日ごろに源氏はまったく回復して、せるには痩せたがかえってえんな趣の添った源氏は、今も思いをよくして、またよく泣いた。その様子に不審を抱く人もあって、物怪もののけいているのであろうとも言っていた。源氏は右近を呼び出して、ひまな静かな日の夕方に話をして、
「今でも私にはわからぬ。なぜだれの娘であるということをどこまでも私に隠したのだろう。たとえどんな身分でも、私があれほどの熱情で思っていたのだから、打ち明けてくれていいわけだと思って恨めしかった」
 とも言った。
「そんなにどこまでも隠そうなどとあそばすわけはございません。そうしたお話をなさいます機会がなかったのじゃございませんか。最初があんなふうでございましたから、現実の関係のように思われないとお言いになって、それでもまじめな方ならいつまでもこのふうで進んで行くものでもないから、自分は一時的な対象にされているにすぎないのだとお言いになっては寂しがっていらっしゃいました」
 右近がこう言う。
「つまらない隠し合いをしたものだ。私の本心ではそんなにまで隠そうとは思っていなかった。ああいった関係は私に経験のないことだったから、ばかに世間がこわかったのだ。御所の御注意もあるし、そのほかいろんな所に遠慮があってね。ちょっとした恋をしても、それを大問題のように扱われるうるさい私が、あの夕顔の花の白かった日の夕方から、むやみに私の心はあの人へかれていくようになって、無理な関係を作るようになったのもしばらくしかない二人の縁だったからだと思われる。しかしまた恨めしくも思うよ。こんなに短い縁よりないのなら、あれほどにも私の心を惹いてくれなければよかったとね。まあ今でもよいから詳しく話してくれ、何も隠す必要はなかろう。七日七日に仏像をかせて寺へ納めても、名を知らないではね。それを表に出さないでも、せめて心の中でだれの菩提ぼだいのためにと思いたいじゃないか」
 と源氏が言った。
「お隠しなど決してしようとは思っておりません。ただ御自分のお口からお言いにならなかったことを、おかくれになってからおしゃべりするのは済まないような気がしただけでございます。御両親はずっと前におくなりになったのでございます。殿様は三位さんみ中将でいらっしゃいました。非常にかわいがっていらっしゃいまして、それにつけても御自身の不遇をもどかしく思召おぼしめしたでしょうが、その上寿命にも恵まれていらっしゃいませんで、お若くておくなりになりましたあとで、ちょっとしたことが初めで頭中将とうのちゅうじょうがまだ少将でいらっしったころに通っておいでになるようになったのでございます。三年間ほどは御愛情があるふうで御関係が続いていましたが、昨年の秋ごろに、あの方の奥様のお父様の右大臣の所からおどすようなことを言ってまいりましたのを、気の弱い方でございましたから、むやみに恐ろしがっておしまいになりまして、西の右京のほうに奥様の乳母めのとが住んでおりました家へ隠れて行っていらっしゃいましたが、その家もかなりひどい家でございましたからお困りになって、郊外へ移ろうとお思いになりましたが、今年は方角が悪いので、方角けにあの五条の小さい家へ行っておいでになりましたことから、あなた様がおいでになるようなことになりまして、あの家があの家でございますからわびしがっておいでになったようでございます。普通の人とはまるで違うほど内気で、物思いをしていると人から見られるだけでも恥ずかしくてならないようにお思いになりまして、どんな苦しいことも寂しいことも心に納めていらしったようでございます」
 右近のこの話で源氏は自身の想像が当たったことで満足ができたとともに、その優しい人がますます恋しく思われた。
「小さい子を一人行方ゆくえ不明にしたと言って中将が憂鬱ゆううつになっていたが、そんな小さい人があったのか」
 と問うてみた。
「さようでございます。一昨年の春お生まれになりました。お嬢様で、とてもおかわいらしい方でございます」
「で、その子はどこにいるの、人には私が引き取ったと知らせないようにして私にその子をくれないか。形見も何もなくて寂しくばかり思われるのだから、それが実現できたらいいね」
 源氏はこう言って、また、
「頭中将にもいずれは話をするが、あの人をああした所で死なせてしまったのが私だから、当分は恨みを言われるのがつらい。私の従兄いとこの中将の子である点からいっても、私の恋人だった人の子である点からいっても、私の養女にして育てていいわけだから、その西の京の乳母にも何かほかのことにして、お嬢さんを私の所へつれて来てくれないか」
 と言った。
「そうなりましたらどんなに結構なことでございましょう。あの西の京でお育ちになってはあまりにお気の毒でございます。私ども若い者ばかりでしたから、行き届いたお世話ができないということであっちへお預けになったのでございます」
 と右近は言っていた。静かな夕方の空の色も身にしむ九月だった。庭の植え込みの草などがうら枯れて、もう虫の声もかすかにしかしなかった。そしてもう少しずつ紅葉もみじの色づいた絵のような景色けしきを右近はながめながら、思いもよらぬ貴族の家の女房になっていることを感じた。五条の夕顔の花の咲きかかった家は思い出すだけでも恥ずかしいのである。竹の中で家鳩いえばとという鳥が調子はずれに鳴くのを聞いて源氏は、あの某院でこの鳥の鳴いた時に夕顔のこわがった顔が今も可憐かれんに思い出されてならない。
「年は幾つだったの、なんだか普通の若い人よりもずっと若いようなふうに見えたのも短命の人だったからだね」
「たしか十九におなりになったのでございましょう。私は奥様のもう一人のほうの乳母の忘れ形見でございましたので、三位さんみ様がかわいがってくださいまして、お嬢様といっしょに育ててくださいましたものでございます。そんなことを思いますと、あの方のおくなりになりましたあとで、平気でよくも生きているものだと恥ずかしくなるのでございます。弱々しいあの方をただ一人のたよりになる御主人と思って右近は参りました」
「弱々しい女が私はいちばん好きだ。自分が賢くないせいか、あまり聡明そうめいで、人の感情に動かされないような女はいやなものだ。どうかすれば人の誘惑にもかかりそうな人でありながら、さすがにつつましくて恋人になった男に全生命を任せているというような人が私は好きで、おとなしいそうした人を自分の思うように教えて成長させていければよいと思う」
 源氏がこう言うと、
「そのお好みには遠いように思われません方の、おかくれになったことが残念で」
 と右近は言いながら泣いていた。空は曇って冷ややかな風が通っていた。
 寂しそうに見えた源氏は、

見し人の煙を雲とながむればゆふべの空もむつまじきかな


 と独言ひとりごとのように言っていても、返しの歌は言い出されないで、右近は、こんな時に二人そろっておいでになったらという思いで胸の詰まる気がした。源氏はうるさかったきぬたの音を思い出してもその夜が恋しくて、「八月九月正長夜まさにながきよ千声万声せんせいばんせい無止時やむときなし」と歌っていた。
 今も伊予介いよのすけの家の小君こぎみは時々源氏の所へ行ったが、以前のように源氏から手紙を託されて来るようなことがなかった。自分の冷淡さに懲りておしまいになったのかと思って、空蝉うつせみは心苦しかったが、源氏の病気をしていることを聞いた時にはさすがになげかれた。それに良人おっとの任国へ伴われる日が近づいてくるのも心細くて、自分を忘れておしまいになったかと試みる気で、

このごろの御様子を承り、お案じ申し上げてはおりますが、それを私がどうしてお知らせすることができましょう。

問はぬをもなどかと問はで程ふるにいかばかりかは思ひ乱るる

苦しかるらん君よりもわれぞ益田ますだのいける甲斐かひなきという歌が思われます。

 こんな手紙を書いた。
 思いがけぬあちらからの手紙を見て源氏は珍しくもうれしくも思った。この人を思う熱情も決してめていたのではないのである。

生きがいがないとはだれが言いたい言葉でしょう。

うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかかる命よ

はかないことです。

 病後のふるえの見える手で乱れ書きをした消息は美しかった。せみ脱殻ぬけがらが忘れずに歌われてあるのを、女は気の毒にも思い、うれしくも思えた。こんなふうに手紙などでは好意を見せながらも、これより深い交渉に進もうという意思は空蝉になかった。理解のある優しい女であったという思い出だけは源氏の心に留めておきたいと願っているのである。もう一人の女は蔵人くろうど少将と結婚したといううわさを源氏は聞いた。それはおかしい、処女でない新妻を少将はどう思うだろうと、その良人おっとに同情もされたし、またあの空蝉の継娘ままむすめはどんな気持ちでいるのだろうと、それも知りたさに小君を使いにして手紙を送った。

死ぬほど煩悶はんもんしている私の心はわかりますか。

ほのかにも軒ばのをぎをむすばずば露のかごとを何にかけまし


 その手紙を枝の長いおぎにつけて、そっと見せるようにとは言ったが、源氏の内心では粗相そそうして少将に見つかった時、妻の以前の情人の自分であることを知ったら、その人の気持ちは慰められるであろうという高ぶった考えもあった。しかし小君は少将の来ていないひまをみて手紙の添った荻の枝を女に見せたのである。恨めしい人ではあるが自分を思い出して情人らしい手紙を送って来た点では憎くも女は思わなかった。悪い歌でも早いのが取柄とりえであろうと書いて小君に返事を渡した。

ほのめかす風につけても下荻したをぎなかばは霜にむすぼほれつつ


 下手へたであるのを洒落しゃれた書き方で紛らしてある字の品の悪いものだった。の前にいた夜の顔も連想れんそうされるのである。碁盤を中にして慎み深く向かい合ったほうの人の姿態にはどんなに悪い顔だちであるにもせよ、それによって男の恋の減じるものでないよさがあった。一方は何の深味もなく、自身の若い容貌ようぼうに誇ったふうだったと源氏は思い出して、やはりそれにも心のかれるのを覚えた。まだ軒端の荻との情事は清算されたものではなさそうである。
 源氏は夕顔の四十九日の法要をそっと叡山えいざん法華堂ほっけどうで行なわせることにした。それはかなり大層なもので、上流の家の法会ほうえとしてあるべきものは皆用意させたのである。寺へ納める故人の服も新調したし寄進のものも大きかった。書写の経巻にも、新しい仏像の装飾にも費用は惜しまれてなかった。惟光これみつの兄の阿闍梨あじゃりは人格者だといわれている僧で、その人が皆引き受けてしたのである。源氏の詩文の師をしている親しい某文章博士もんじょうはかせを呼んで源氏は故人を仏に頼む願文がんもんを書かせた。普通の例と違って故人の名は現わさずに、死んだ愛人を阿弥陀仏あみだぶつにお託しするという意味を、愛のこもった文章で下書きをして源氏は見せた。
「このままで結構でございます。これに筆を入れるところはございません」
 博士はこう言った。激情はおさえているがやはり源氏の目からは涙がこぼれ落ちて堪えがたいように見えた。その博士は、
「何という人なのだろう、そんな方のおくなりになったことなど話も聞かないほどの人だのに、源氏の君があんなに悲しまれるほど愛されていた人というのはよほど運のいい人だ」
 とのちに言った。作らせた故人の衣裳いしょうを源氏は取り寄せて、はかまの腰に、

泣く泣くも今日けふはわが下紐したひもをいづれの世にか解けて見るべき


 と書いた。四十九日の間はなおこの世界にさまよっているという霊魂は、支配者によって未来のどの道へおもむかせられるのであろうと、こんなことをいろいろと想像しながら般若心経はんにゃしんぎょうの章句を唱えることばかりを源氏はしていた。頭中将にうといつも胸騒ぎがして、あの故人が撫子なでしこにたとえたという子供の近ごろの様子などを知らせてやりたく思ったが、恋人を死なせた恨みを聞くのがつらくて打ちいでにくかった。
 あの五条の家では女主人の行くえが知れないのを捜す方法もなかった。右近うこんまでもそれきり便たよりをして来ないことを不思議に思いながら絶えず心配をしていた。確かなことではないが通って来る人は源氏の君ではないかといわれていたことから、惟光になんらかの消息を得ようともしたが、まったく知らぬふうで、続いて今も女房の所へ恋の手紙が送られるのであったから、人々は絶望を感じて、主人を奪われたことを夢のようにばかり思った。あるいは地方官の息子むすこなどの好色男が、頭中将を恐れて、身の上を隠したままで父の任地へでも伴って行ってしまったのではないかとついにはこんな想像をするようになった。この家の持ち主は西の京の乳母めのとの娘だった。乳母の娘は三人で、右近だけが他人であったから便りを聞かせる親切がないのだと恨んで、そして皆夫人を恋しがった。右近のほうでは夫人を頓死とんしさせた責任者のように言われるのをつらくも思っていたし、源氏も今になって故人の情人が自分であった秘密を人に知らせたくないと思うふうであったから、そんなことで小さいお嬢さんの消息も聞けないままになって不本意な月日が両方の間にたっていった。
 源氏はせめて夢にでも夕顔を見たいと、長く願っていたが比叡ひえいで法事をした次の晩、ほのかではあったが、やはりその人のいた場所はそれがしの院で、源氏がまくらもとにすわった姿を見た女もそこに添った夢を見た。このことで、荒廃した家などに住む妖怪あやかしが、美しい源氏に恋をしたがために、愛人を取り殺したのであると不思議が解決されたのである。源氏は自身もずいぶん危険だったことを知って恐ろしかった。
 伊予介いよのすけが十月の初めに四国へ立つことになった。細君をつれて行くことになっていたから、普通の場合よりも多くの餞別せんべつ品が源氏から贈られた。またそのほかにも秘密な贈り物があった。ついでに空蝉うつせみ脱殻ぬけがらと言った夏の薄衣うすものも返してやった。

ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすらそでの朽ちにけるかな


 細々こまごましい手紙の内容は省略する。贈り物の使いは帰ってしまったが、そのあとで空蝉は小君こぎみを使いにして小袿こうちぎの返歌だけをした。

蝉の羽もたち変へてける夏ごろもかへすを見てもは泣かれけり


 源氏は空蝉を思うと、普通の女性のとりえない態度をとり続けた女ともこれで別れてしまうのだとなげかれて、運命の冷たさというようなものが感ぜられた。
 今日きょうから冬の季にはいる日は、いかにもそれらしく、時雨しぐれがこぼれたりして、空の色も身にんだ。終日源氏は物思いをしていて、

過ぎにしも今日別るるも二みちに行くかた知らぬ秋のくれかな


 などと思っていた。秘密な恋をする者の苦しさが源氏にわかったであろうと思われる。
 こうした空蝉とか夕顔とかいうようなはなやかでない女と源氏のした恋の話は、源氏自身が非常に隠していたことがあるからと思って、最初は書かなかったのであるが、帝王の子だからといって、その恋人までが皆完全に近い女性で、いいことばかりが書かれているではないかといって、仮作したもののように言う人があったから、これらを補って書いた。なんだか源氏に済まない気がする。

 

第5章 若紫

源氏は瘧病わらわやみにかかっていた。いろいろとまじないもし、僧の加持かじも受けていたが効験ききめがなくて、この病の特徴で発作的にたびたび起こってくるのをある人が、
「北山のなにがしという寺に非常に上手じょうず修験僧しゅげんそうがおります、去年の夏この病気がはやりました時など、まじないも効果ききめがなく困っていた人がずいぶん救われました。病気をこじらせますとなおりにくくなりますから、早くためしてごらんになったらいいでしょう」
 こんなことを言って勧めたので、源氏はその山から修験者を自邸へ招こうとした。
「老体になっておりまして、岩窟がんくつを一歩出ることもむずかしいのですから」
 僧の返辞へんじはこんなだった。
「それではしかたがない、そっと微行しのびで行ってみよう」
 こう言っていた源氏は、親しい家司けいし四、五人だけを伴って、夜明けに京を立って出かけたのである。郊外のやや遠い山である。これは三月の三十日だった。京の桜はもう散っていたが、途中の花はまだ盛りで、山路を進んで行くにしたがって渓々たにだにをこめたかすみにも都の霞にない美があった。窮屈きゅうくつな境遇の源氏はこうした山歩きの経験がなくて、何事も皆珍しくおもしろく思われた。修験僧の寺は身にしむような清さがあって、高い峰を負った巌窟いわやの中に聖人しょうにんははいっていた。
 源氏は自身のだれであるかを言わず、服装をはじめ思い切って簡単にして来ているのであるが、迎えた僧は言った。
「あ、もったいない、先日お召しになりました方様でいらっしゃいましょう。もう私はこの世界のことは考えないものですから、修験の術も忘れておりますのに、どうしてまあわざわざおいでくだすったのでしょう」
 驚きながらもえみを含んで源氏を見ていた。非常に偉い僧なのである。源氏を形どった物を作って、瘧病わらわやみをそれに移す祈祷きとうをした。加持かじなどをしている時分にはもう日が高く上っていた。
 源氏はその寺を出て少しの散歩を試みた。その辺をながめると、ここは高い所であったから、そこここに構えられた多くの僧坊が見渡されるのである。螺旋らせん状になったみちのついたこの峰のすぐ下に、それもほかの僧坊と同じ小柴垣こしばがきではあるが、目だってきれいにめぐらされていて、よい座敷風の建物と廊とが優美に組み立てられ、庭の作りようなどもきわめてった一構えがあった。
「あれはだれの住んでいる所なのかね」
 と源氏が問うた。
「これが、某僧都そうずがもう二年ほど引きこもっておられる坊でございます」
「そうか、あのりっぱな僧都、あの人の家なんだね。あの人に知れてはきまりが悪いね、こんな体裁で来ていて」
 などと、源氏は言った。美しい侍童などがたくさん庭へ出て来て仏の閼伽棚あかだなに水を盛ったり花を供えたりしているのもよく見えた。
「あすこの家に女がおりますよ。あの僧都がよもや隠し妻を置いてはいらっしゃらないでしょうが、いったい何者でしょう」
 こんなことを従者が言った。がけを少しおりて行ってのぞく人もある。美しい女の子や若い女房やら召使の童女やらが見えると言った。
 源氏は寺へ帰って仏前の勤めをしながら昼になるともう発作ほっさが起こるころであるがと不安だった。
「気をおまぎらしになって、病気のことをお思いにならないのがいちばんよろしゅうございますよ」
 などと人が言うので、後ろのほうの山へ出て今度は京のほうをながめた。ずっと遠くまでかすんでいて、山の近い木立ちなどは淡く煙って見えた。
「絵によく似ている。こんな所に住めば人間のきたない感情などは起こしようがないだろう」
 と源氏が言うと、
「この山などはまだ浅いものでございます。地方の海岸の風景や山の景色けしきをお目にかけましたら、その自然からおになるところがあって、絵がずいぶん御上達なさいますでしょうと思います。富士、それから何々山」
 こんな話をする者があった。また西のほうの国々のすぐれた風景を言って、浦々の名をたくさん並べ立てる者もあったりして、だれも皆病への関心から源氏を放そうと努めているのである。
「近い所では播磨はりま明石あかしの浦がよろしゅうございます。特別に変わったよさはありませんが、ただそこから海のほうをながめた景色はどこよりもよくまとまっております。さきの播磨守入道が大事な娘を住ませてある家はたいしたものでございます。二代ほど前は大臣だった家筋で、もっと出世すべきはずの人なんですが、変わり者で仲間の交際なんかをもきらって近衛このえの中将を捨てて自分から願って出てなった播磨守なんですが、国の者に反抗されたりして、こんな不名誉なことになっては京へ帰れないと言って、その時に入道した人ですが、坊様になったのなら坊様らしく、深い山のほうへでも行って住めばよさそうなものですが、名所の明石の浦などに邸宅を構えております。播磨にはずいぶん坊様に似合った山なんかが多いのですがね、変わり者をてらってそうするかというとそれにも訳はあるのです。若い妻子が寂しがるだろうという思いやりなのです。そんな意味でずいぶん贅沢ぜいたく住居すまいなども作ってございます。先日父の所へまいりました節、どんなふうにしているかも見たいので寄ってみました。京にいますうちは不遇なようでしたが、今の住居などはすばらしいもので、何といっても地方長官をしていますうちに財産ができていたのですから、生涯しょうがいの生活に事を欠かない準備は十分にしておいて、そして一方では仏弟子ぶつでしとして感心に修行も積んでいるようです。あの人だけは入道してから真価が現われた人のように見受けます」
「その娘というのはどんな娘」
「まず無難な人らしゅうございます。あのあとの代々の長官が特に敬意を表して求婚するのですが、入道は決して承知いたしません。自分の一生は不遇だったのだから、娘の未来だけはこうありたいという理想を持っている。自分が死んで実現が困難になり、自分の希望しない結婚でもしなければならなくなった時には、海へ身を投げてしまえと遺言をしているそうです」
 源氏はこの話の播磨の海べの変わり者の入道の娘がおもしろく思えた。
竜宮りゅうぐうの王様のおきさきになるんだね。自尊心の強いったらないね。困り者だ」
 などと冷評する者があって人々は笑っていた。話をした良清よしきよは現在の播磨守の息子むすこで、さきには六位の蔵人くろうどをしていたが、位が一階上がって役から離れた男である。ほかの者は、
「好色な男なのだから、その入道の遺言を破りうる自信を持っているのだろう。それでよく訪問に行ったりするのだよ」
 とも言っていた。
「でもどうかね、どんなに美しい娘だといわれていても、やはり田舎者いなかものらしかろうよ。小さい時からそんな所に育つし、頑固がんこな親に教育されているのだから」
 こんなことも言う。
「しかし母親はりっぱなのだろう。若い女房や童女など、京のよい家にいた人などを何かの縁故からたくさん呼んだりして、たいそうなことを娘のためにしているらしいから、それでただの田舎娘ができ上がったら満足していられないわけだから、私などは娘も相当な価値のある女だろうと思うね」
 だれかが言う。源氏は、
「なぜお后にしなければならないのだろうね。それでなければ自殺させるという凝り固まりでは、ほかから見てもよい気持ちはしないだろうと思う」
 などと言いながらも、好奇心が動かないようでもなさそうである。平凡でないことに興味を持つ性質を知っている家司けいしたちは源氏の心持ちをそう観察していた。
「もう暮れに近うなっておりますが、今日きょうは御病気が起こらないで済むのでございましょう。もう京へお帰りになりましたら」
 と従者は言ったが、寺では聖人が、
「もう一晩静かに私に加持をおさせになってからお帰りになるのがよろしゅうございます」
 と言った。だれも皆この説に賛成した。源氏も旅で寝ることははじめてなのでうれしくて、
「では帰りは明日に延ばそう」
 こう言っていた。山の春の日はことに長くてつれづれでもあったから、夕方になって、この山が淡霞うすがすみに包まれてしまった時刻に、午前にながめた小柴垣こしばがきの所へまで源氏は行って見た。ほかの従者は寺へ帰して惟光これみつだけを供につれて、その山荘をのぞくとこの垣根のすぐ前になっている西向きの座敷に持仏じぶつを置いてお勤めをする尼がいた。すだれを少し上げて、その時に仏前へ花が供えられた。室の中央の柱に近くすわって、脇息きょうそくの上に経巻を置いて、病苦のあるふうでそれを読む尼はただの尼とは見えない。四十ぐらいで、色は非常に白くて上品にせてはいるがほおのあたりはふっくりとして、目つきの美しいのとともに、短く切り捨ててある髪のすそのそろったのが、かえって長い髪よりもえんなものであるという感じを与えた。きれいな中年の女房が二人いて、そのほかにこの座敷を出たりはいったりして遊んでいる女の子供が幾人かあった。その中に十歳とおぐらいに見えて、白の上に淡黄うすきの柔らかい着物を重ねて向こうから走って来た子は、さっきから何人も見た子供とはいっしょに言うことのできない麗質を備えていた。将来はどんな美しい人になるだろうと思われるところがあって、肩のれ髪の裾が扇をひろげたようにたくさんでゆらゆらとしていた。顔は泣いたあとのようで、手でこすって赤くなっている。尼さんの横へ来て立つと、
「どうしたの、童女たちのことでおこっているの」
 こう言って見上げた顔と少し似たところがあるので、この人の子なのであろうと源氏は思った。
すずめの子を犬君いぬきが逃がしてしまいましたの、伏籠ふせごの中に置いて逃げないようにしてあったのに」
 たいへん残念そうである。そばにいた中年の女が、
「またいつもの粗相そそうやさんがそんなことをしてお嬢様にしかられるのですね、困った人ですね。雀はどちらのほうへ参りました。だいぶれてきてかわゆうございましたのに、外へ出ては山の鳥に見つかってどんな目にあわされますか」
 と言いながら立って行った。髪のゆらゆらと動く後ろ姿も感じのよい女である。少納言しょうなごん乳母めのとと他の人が言っているから、この美しい子供の世話役なのであろう。
「あなたはまあいつまでも子供らしくて困った方ね。私の命がもう今日きょう明日あすかと思われるのに、それは何とも思わないで、雀のほうが惜しいのだね。雀をかごに入れておいたりすることは仏様のお喜びにならないことだと私はいつも言っているのに」
 と尼君は言って、また、
「ここへ」
 と言うと美しい子は下へすわった。顔つきが非常にかわいくて、まゆのほのかに伸びたところ、子供らしく自然に髪が横撫よこなでになっている額にも髪の性質にも、すぐれた美がひそんでいると見えた。大人おとなになった時を想像してすばらしい佳人の姿も源氏の君は目に描いてみた。なぜこんなに自分の目がこの子に引き寄せられるのか、それは恋しい藤壺ふじつぼの宮によく似ているからであると気がついた刹那せつなにも、その人への思慕の涙が熱くほおを伝わった。尼君は女の子の髪をなでながら、
かせるのもうるさがるけれどよい髪だね。あなたがこんなふうにあまり子供らしいことで私は心配している。あなたの年になればもうこんなふうでない人もあるのに、くなったお姫さんは十二でお父様に別れたのだけれど、もうその時には悲しみも何もよくわかる人になっていましたよ。私が死んでしまったあとであなたはどうなるのだろう」
 あまりに泣くので隙見すきみをしている源氏までも悲しくなった。子供心にもさすがにじっとしばらく尼君の顔をながめ入って、それからうつむいた。その時に額からこぼれかかった髪がつやつやと美しく見えた。

ひ立たんありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき


 一人の中年の女房が感動したふうで泣きながら、

初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えんとすらん


 と言った。この時に僧都そうずが向こうの座敷のほうから来た。
「この座敷はあまりけひろげ過ぎています。今日に限ってこんなに端のほうにおいでになったのですね。山の上の聖人の所へ源氏の中将が瘧病わらわやみのまじないにおいでになったという話を私は今はじめて聞いたのです。ずいぶん微行でいらっしゃったので私は知らないで、同じ山にいながら今まで伺候もしませんでした」
 と僧都は言った。
「たいへん、こんな所をだれか御一行の人がのぞいたかもしれない」
 尼君のこう言うのが聞こえて御簾みすはおろされた。
「世間で評判の源氏の君のお顔を、こんな機会に見せていただいたらどうですか、人間生活と絶縁している私らのような僧でも、あの方のお顔を拝見すると、世の中のなげかわしいことなどは皆忘れることができて、長生きのできる気のするほどの美貌びぼうですよ。私はこれからまず手紙で御挨拶ごあいさつをすることにしましょう」
 僧都がこの座敷を出て行く気配けはいがするので源氏も山上の寺へ帰った。源氏は思った。自分は可憐な人を発見することができた、だから自分といっしょに来ている若い連中は旅というものをしたがるのである、そこで意外な収穫を得るのだ、たまさかに京を出て来ただけでもこんな思いがけないことがあると、それで源氏はうれしかった。それにしても美しい子である、どんな身分の人なのであろう、あの子を手もとに迎えていがたい人の恋しさが慰められるものならぜひそうしたいと源氏は深く思ったのである。

寺で皆が寝床についていると、僧都の弟子でしが訪問して来て、惟光これみつに逢いたいと申し入れた。狭い場所であったから惟光へ言う事が源氏にもよく聞こえた。
「手前どもの坊の奥の寺へおいでになりましたことを人が申しますのでただ今承知いたしました。すぐに伺うべきでございますが、私がこの山におりますことを御承知のあなた様が素通りをあそばしたのは、何かお気に入らないことがあるかと御遠慮をする心もございます。御宿泊の設けも行き届きませんでも当坊でさせていただきたいものでございます」
 と言うのが使いの伝える僧都の挨拶だった。
「今月の十幾日ごろから私は瘧病わらわやみにかかっておりましたが、たびたびの発作で堪えられなくなりまして、人の勧めどおりに山へ参ってみましたが、もし効験ききめが見えませんでした時には一人の僧の不名誉になることですから、隠れて来ておりました。そちらへも後刻伺うつもりです」
 と源氏は惟光に言わせた。それから間もなく僧都が訪問して来た。尊敬される人格者で、僧ではあるが貴族出のこの人に軽い旅装で逢うことを源氏はきまり悪く思った。二年越しの山籠やまごもりの生活を僧都は語ってから、
「僧の家というものはどうせ皆寂しい貧弱なものですが、ここよりは少しきれいな水の流れなども庭にはできておりますから、お目にかけたいと思うのです」
 僧都は源氏の来宿をうてやまなかった。源氏を知らないあの女の人たちにたいそうな顔の吹聴ふいちょうなどをされていたことを思うと、しりごみもされるのであるが、心をいた少女のことも詳しく知りたいと思って源氏は僧都の坊へ移って行った。主人の言葉どおりに庭の作り一つをいってもここは優美な山荘であった、月はないころであったから、流れのほとりにかがりかせ、燈籠とうろうらせなどしてある。南向きの室を美しく装飾して源氏の寝室ができていた。奥の座敷かられてくる薫香くんこうのにおいと仏前に焚かれる名香の香が入り混じって漂っている山荘に、新しく源氏の追い風が加わったこの夜を女たちも晴れがましく思った。
 僧都は人世の無常さと来世の頼もしさを源氏に説いて聞かせた。源氏は自身の罪の恐ろしさが自覚され、来世で受ける罰の大きさを思うと、そうした常ない人生から遠ざかったこんな生活に自分もはいってしまいたいなどと思いながらも、夕方に見た小さい貴女きじょが心にかかって恋しい源氏であった。
「ここへ来ていらっしゃるのはどなたなんですか、その方たちと自分とが因縁のあるというような夢を私は前に見たのですが、なんだか今日こちらへ伺ってなぞの糸口を得た気がします」
 と源氏が言うと、
「突然な夢のお話ですね。それがだれであるかをお聞きになっても興がおさめになるだけでございましょう。前の按察使あぜち大納言はもうずっと早くくなったのでございますからご存じはありますまい。その夫人が私の姉です。未亡人になってから尼になりまして、それがこのごろ病気なものですから、私が山にこもったきりになっているので心細がってこちらへ来ているのです」
 僧都の答えはこうだった。
「その大納言にお嬢さんがおありになるということでしたが、それはどうなすったのですか。私は好色から伺うのじゃありません、まじめにお尋ね申し上げるのです」
 少女は大納言の遺子であろうと想像して源氏が言うと、
「ただ一人娘がございました。亡くなりましてもう十年余りになりますでしょうか、大納言は宮中へ入れたいように申して、非常に大事にして育てていたのですがそのままで死にますし、未亡人が一人で育てていますうちに、だれがお手引きをしたのか兵部卿ひょうぶきょうの宮が通っていらっしゃるようになりまして、それを宮の御本妻はなかなか権力のある夫人で、やかましくお言いになって、私のめいはそんなことからいろいろ苦労が多くて、物思いばかりをしたあげく亡くなりました。物思いで病気が出るものであることを私は姪を見てよくわかりました」
 などと僧都は語った。それではあの少女は昔の按察使大納言の姫君と兵部卿の宮の間にできた子であるに違いないと源氏は悟ったのである。藤壺の宮の兄君の子であるがためにその人に似ているのであろうと思うといっそう心のかれるのを覚えた。身分のきわめてよいのがうれしい、愛する者を信じようとせずに疑いの多い女でなく、無邪気な子供を、自分が未来の妻として教養を与えていくことは楽しいことであろう、それを直ちに実行したいという心に源氏はなった。
「お気の毒なお話ですね。その方には忘れ形見がなかったのですか」
 なお明確に少女のだれであるかを知ろうとして源氏は言うのである。
「亡くなりますころに生まれました。それも女です。その子供が姉の信仰生活を静かにさせません。姉は年を取ってから一人の孫娘の将来ばかりを心配して暮らしております」
 聞いている話に、夕方見た尼君の涙を源氏は思い合わせた。
「妙なことを言い出すようですが、私にその小さいお嬢さんを、託していただけないかとお話ししてくださいませんか。私は妻について一つの理想がありまして、ただ今結婚はしていますが、普通の夫婦生活なるものは私に重荷に思えまして、まあ独身もののような暮らし方ばかりをしているのです。まだ年がつり合わぬなどと常識的に判断をなすって、失礼な申し出だと思召おぼしめすでしょうか」
 と源氏は言った。
「それは非常に結構なことでございますが、まだまだとても幼稚なものでございますから、仮にもお手もとへなど迎えていただけるものではありません。まあ女というものは良人おっとのよい指導を得て一人前になるものなのですから、あながち早過ぎるお話とも何とも私は申されません。子供の祖母と相談をいたしましてお返辞をするといたしましょう」
 こんなふうにてきぱき言う人が僧形そうぎょういかめしい人であるだけ、若い源氏には恥ずかしくて、望んでいることをなお続けて言うことができなかった。
阿弥陀あみだ様がいらっしゃる堂で用事のある時刻になりました。初夜の勤めがまだしてございません。済ませましてまた」
 こう言って僧都は御堂みどうのほうへ行った。
 病後の源氏は気分もすぐれなかった。雨がすこし降り冷ややかな山風が吹いてそのころから滝の音も強くなったように聞かれた。そしてやや眠そうな読経どきょうの声が絶え絶えに響いてくる、こうした山の夜はどんな人にも物悲しく寂しいものであるが、まして源氏はいろいろな思いに悩んでいて、眠ることはできないのであった。初夜だと言ったが実際はその時刻よりもけていた。奥のほうの室にいる人たちも起きたままでいるのが気配けはいで知れていた。静かにしようと気を配っているらしいが、数珠じゅず脇息きょうそくに触れて鳴る音などがして、女の起居たちい衣摺きぬずれもほのかになつかしい音に耳へ通ってくる。貴族的なよい感じである。
 源氏はすぐ隣の室でもあったからこの座敷の奥に立ててある二つの屏風びょうぶの合わせ目を少し引きあけて、人を呼ぶために扇を鳴らした。先方は意外に思ったらしいが、無視しているように思わせたくないと思って、一人の女が膝行いざり寄って来た。襖子からかみから少し遠いところで、
「不思議なこと、聞き違えかしら」
 と言うのを聞いて、源氏が、
「仏の導いてくださる道は暗いところもまちがいなく行きうるというのですから」
 という声の若々しい品のよさに、奥の女は答えることもできない気はしたが、
「何のお導きでございましょう、こちらでは何もわかっておりませんが」
 と言った。
「突然ものを言いかけて、失敬だとお思いになるのはごもっともですが、

初草の若葉の上を見つるより旅寝のそでも露ぞかわかぬ


 と申し上げてくださいませんか」
「そのようなお言葉を頂戴ちょうだいあそばす方がいらっしゃらないことはご存じのようですが、どなたに」
「そう申し上げるわけがあるのだとお思いになってください」
 源氏がこう言うので、女房は奥へ行ってそう言った。
 まあえんな方らしい御挨拶である、女王にょおうさんがもう少し大人になっているように、お客様は勘違いをしていられるのではないか、それにしても若草にたとえた言葉がどうして源氏の耳にはいったのであろうと思って、尼君は多少不安な気もするのである。しかし返歌のおそくなることだけは見苦しいと思って、

まくら今宵こよひばかりの露けさを深山みやまこけにくらべざらなん


 とてもかわく間などはございませんのに」
 と返辞をさせた。
「こんなお取り次ぎによっての会談は私に経験のないことです。失礼ですが、今夜こちらで御厄介ごやっかいになりましたのを機会にまじめに御相談のしたいことがございます」
 と源氏が言う。
「何をまちがえて聞いていらっしゃるのだろう。源氏の君にものを言うような晴れがましいこと、私には何もお返辞なんかできるものではない」
 尼君はこう言っていた。
「それでも冷淡なお扱いをするとお思いになるでございましょうから」
 と言って、人々は尼君の出るのを勧めた。
「そうだね、若い人こそ困るだろうが私など、まあよい。丁寧に言っていらっしゃるのだから」
 尼君は出て行った。
「出来心的な軽率な相談を持ちかける者だとお思いになるのがかえって当然なような、こんな時に申し上げるのは私のために不利なんですが、誠意をもってお話しいたそうとしておりますことは仏様がご存じでしょう」
 と源氏は言ったが、相当な年配の貴女が静かに前にいることを思うと急に希望の件が持ち出されないのである。
「思いがけぬ所で、お泊まり合わせになりました。あなた様から御相談を承りますのを前生ぜんしょうに根を置いていないこととどうして思えましょう」
 と尼君は言った。
「お母様をおくしになりましたお気の毒な女王さんを、お母様の代わりとして私へお預けくださいませんでしょうか。私も早く母や祖母に別れたものですから、私もじっと落ち着いた気持ちもなく今日に至りました。女王さんも同じような御境遇なんですから、私たちが将来結婚することを今から許して置いていただきたいと、私はこんなことを前から御相談したかったので、今は悪くおとりになるかもしれない時である、りがよろしくないと思いながら申し上げてみます」
「それは非常にうれしいお話でございますが、何か話をまちがえて聞いておいでになるのではないかと思いますと、どうお返辞を申し上げてよいかに迷います。私のような者一人をたよりにしております子供が一人おりますが、まだごく幼稚なもので、どんなに寛大なお心ででも、将来の奥様にお擬しになることは無理でございますから、私のほうで御相談に乗せていただきようもございません」
 と尼君は言うのである。
「私は何もかも存じております。そんな年齢の差などはお考えにならずに、私がどれほどそうなるのを望むかという熱心の度を御覧ください」
 源氏がこんなに言っても、尼君のほうでは女王の幼齢なことを知らないでいるのだと思う先入見があって源氏の希望を問題にしようとはしない。僧都そうずが源氏の部屋へやのほうへ来るらしいのを機会に、
「まあよろしいです。御相談にもう取りかかったのですから、私は実現を期します」
 と言って、源氏は屏風びょうぶをもとのように直して去った。もう明け方になっていた。法華ほっけ三昧ざんまいを行なう堂の尊い懺法せんぽうの声が山おろしの音に混じり、滝がそれらと和する響きを作っているのである。

吹き迷ふ深山みやまおろしに夢さめて涙催す滝の音かな


 これは源氏の作。

「さしぐみに袖らしける山水にすめる心は騒ぎやはする


 もうれ切ったものですよ」
 と僧都は答えた。
 夜明けの空は十二分に霞んで、山の鳥声がどこでくとなしに多く聞こえてきた。都人みやこびとには名のわかりにくい木や草の花が多く咲き多く地に散っていた。こんな深山のにしきの上へ鹿しかが出て来たりするのも珍しいながめで、源氏は病苦からまったく解放されたのである。聖人は動くことも容易でない老体であったが、源氏のために僧都の坊へ来て護身の法を行なったりしていた。嗄々かれがれな所々が消えるような声で経を読んでいるのが身にしみもし、尊くも思われた。経は陀羅尼だらにである。
 京から源氏の迎えの一行が山へ着いて、病気の全快された喜びが述べられ、御所のお使いも来た。僧都は珍客のためによい菓子を種々くさぐさ作らせ、渓間たにまへまでも珍しい料理の材料を求めに人を出して饗応きょうおうに骨を折った。
「まだ今年じゅうは山籠やまごもりのお誓いがしてあって、お帰りの際に京までお送りしたいのができませんから、かえって御訪問が恨めしく思われるかもしれません」
 などと言いながら僧都は源氏に酒をすすめた。
「山の風景に十分愛着を感じているのですが、陛下に御心配をおかけ申すのももったいないことですから、またもう一度、この花の咲いているうちに参りましょう、

宮人に行きて語らん山ざくら風よりさきに来ても見るべく」


 歌の発声も態度もみごとな源氏であった。僧都が、

優曇華うどんげの花まち得たるここちして深山みやま桜に目こそ移らね


 と言うと源氏は微笑しながら、
「長い間にまれに一度咲くという花は御覧になることが困難でしょう。私とは違います」
 と言っていた。巌窟がんくつ聖人しょうにんは酒杯を得て、

奥山の松の戸ぼそをまれけてまだ見ぬ花の顔を見るかな


 と言って泣きながら源氏をながめていた。聖人は源氏をまもる法のこめられてある独鈷どっこを献上した。それを見て僧都は聖徳太子が百済くだらの国からお得になった金剛子こんごうし数珠じゅずに宝玉の飾りのついたのを、その当時のいかにも日本の物らしくない箱に入れたままで薄物の袋に包んだのを五葉の木の枝につけた物と、紺瑠璃こんるりなどの宝石のつぼへ薬を詰めた幾個かをふじや桜の枝につけた物と、山寺の僧都の贈り物らしい物を出した。源氏は巌窟の聖人をはじめとして、上の寺で経を読んだ僧たちへの布施の品々、料理の詰め合わせなどを京へ取りにやってあったので、それらが届いた時、山の仕事をする下級労働者までが皆相当な贈り物を受けたのである。なお僧都の堂で誦経ずきょうをしてもらうための寄進もして、山を源氏の立って行く前に、僧都は姉の所に行って源氏から頼まれた話を取り次ぎしたが、
「今のところでは何ともお返辞の申しようがありません。御縁がもしありましたならもう四、五年して改めておっしゃってくだすったら」
 と尼君は言うだけだった。源氏は前夜聞いたのと同じような返辞を僧都から伝えられて自身の気持ちの理解されないことをなげいた。手紙を僧都の召使の小童に持たせてやった。

夕まぐれほのかに花の色を見て今朝けさは霞の立ちぞわづらふ


 という歌である。返歌は、

まことにや花のほとりは立ちきとかすむる空のけしきをも見ん


 こうだった。貴女きじょらしい品のよい手で飾りけなしに書いてあった。
 ちょうど源氏が車に乗ろうとするころに、左大臣家から、どこへ行くともなく源氏が京を出かけて行ったので、その迎えとして家司けいしの人々や、子息たちなどがおおぜい出て来た。頭中将とうのちゅうじょう左中弁さちゅうべんまたそのほかの公達きんだちもいっしょに来たのである。
「こうした御旅行などにはぜひお供をしようと思っていますのに、お知らせがなくて」
 などと恨んで、
「美しい花の下で遊ぶ時間が許されないですぐにお帰りのお供をするのは惜しくてならないことですね」
 とも言っていた。岩の横の青いこけの上に新しく来た公達は並んで、また酒盛りが始められたのである。前に流れた滝も情趣のある場所だった。頭中将はふところに入れてきた笛を出して吹き澄ましていた。弁は扇拍子をとって、「葛城かつらぎの寺の前なるや、豊浦とよらの寺の西なるや」という歌を歌っていた。この人たちは決して平凡な若い人ではないが、悩ましそうに岩へよりかかっている源氏の美に比べてよい人はだれもなかった。いつも篳篥ひちりきを吹く役にあたる随身がそれを吹き、またわざわざしょうの笛を持ち込んで来た風流好きもあった。僧都が自身できん(七げんの唐風の楽器)を運んで来て、
「これをただちょっとだけでもおきくだすって、それによって山の鳥に音楽の何であるかを知らせてやっていただきたい」
 こう熱望するので、
「私はまだ病気に疲れていますが」
 と言いながらも、源氏が快く少し弾いたのを最後として皆帰って行った。名残なごり惜しく思って山の僧俗は皆涙をこぼした。家の中では年を取った尼君主従がまだ源氏のような人に出逢であったことのない人たちばかりで、その天才的な琴の音をも現実の世のものでないと評し合った。僧都も、
「何の約束事でこんな末世にお生まれになって人としてのうるさい束縛や干渉をお受けにならなければならないかと思ってみると悲しくてならない」
 と源氏の君のことを言って涙をぬぐっていた。兵部卿ひょうぶきょうの宮の姫君は子供心に美しい人であると思って、
「宮様よりも御様子がごりっぱね」
 などとほめていた。
「ではあの方のお子様におなりなさいまし」
 と女房が言うとうなずいて、そうなってもよいと思う顔をしていた。それからは人形遊びをしても絵をかいても源氏の君というのをこしらえて、それにはきれいな着物を着せて大事がった。
 帰京した源氏はすぐに宮中へ上がって、病中の話をいろいろと申し上げた。ずいぶんせてしまったと仰せられてみかどはそれをお気におかけあそばされた。聖人の尊敬すべき祈祷きとう力などについての御下問もあったのである。詳しく申し上げると、
阿闍梨あじゃりにもなっていいだけの資格がありそうだね。名誉を求めないで修行一方で来た人なんだろう。それで一般人に知られなかったのだ」
 と敬意を表しておいでになった。左大臣も御所に来合わせていて、
「私もお迎えに参りたく思ったのですが、御微行おしのびの時にはかえって御迷惑かとも思いまして遠慮をしました。しかしまだ一日二日は静かにお休みになるほうがよろしいでしょう」
 と言って、また、
「ここからのお送りは私がいたしましょう」
 とも言ったので、その家へ行きたい気もなかったが、やむをえず源氏は同道して行くことにした。自分の車へ乗せて大臣自身はからだを小さくして乗って行ったのである。娘のかわいさからこれほどまでに誠意を見せた待遇を自分にしてくれるのだと思うと、大臣の親心なるものに源氏は感動せずにはいられなかった。
 こちらへ退出して来ることを予期した用意が左大臣家にできていた。しばらく行って見なかった源氏の目に美しいこの家がさらに磨き上げられた気もした。源氏の夫人は例のとおりにほかの座敷へはいってしまって出て来ようとしない。大臣がいろいろとなだめてやっと源氏と同席させた。絵にかいた何かの姫君というようにきれいに飾り立てられていて、身動きすることも自由でないようにきちんとした妻であったから、源氏は、山の二日の話をするとすればすぐに同感を表してくれるような人であれば情味が覚えられるであろう、いつまでも他人に対する羞恥しゅうちと同じものを見せて、同棲どうせいの歳月は重なってもこの傾向がますます目だってくるばかりであると思うと苦しくて、
「時々は普通の夫婦らしくしてください。ずいぶん病気で苦しんだのですから、どうだったかというぐらいは問うてくだすっていいのに、あなたは問わない。今はじめてのことではないが私としては恨めしいことですよ」
 と言った。
「問われないのは恨めしいものでしょうか」
 こう言って横に源氏のほうを見た目つきは恥ずかしそうで、そして気高けだかい美が顔に備わっていた。
「たまに言ってくださることがそれだ。情けないじゃありませんか。訪うて行かぬなどという間柄は、私たちのような神聖な夫婦の間柄とは違うのですよ。そんなことといっしょにして言うものじゃありません。時がたてばたつほどあなたは私を露骨に軽蔑けいべつするようになるから、こうすればあなたの心持ちが直るか、そうしたら効果ききめがあるだろうかと私はいろんな試みをしているのですよ。そうすればするほどあなたはよそよそしくなる。まあいい。長い命さえあればよくわかってもらえるでしょう」
 と言って源氏は寝室のほうへはいったが、夫人はそのままもとの座にいた。就寝を促してみても聞かぬ人を置いて、歎息たんそくをしながら源氏は枕についていたというのも、夫人を動かすことにそう骨を折る気にはなれなかったのかもしれない。ただくたびれて眠いというふうを見せながらもいろいろな物思いをしていた。若草と祖母に歌われていた兵部卿の宮の小王女の登場する未来の舞台がしきりに思われる。年の不つりあいから先方の人たちが自分の提議を問題にしようとしなかったのも道理である。先方がそうでは積極的には出られない。しかし何らかの手段で自邸へ入れて、あの愛らしい人を物思いの慰めにながめていたい。兵部卿の宮は上品なえんなお顔ではあるがはなやかな美しさなどはおありにならないのに、どうして叔母おば君にそっくりなように見えたのだろう、宮と藤壺の宮とは同じおきさきからお生まれになったからであろうか、などと考えるだけでもその子と恋人との縁故の深さがうれしくて、ぜひとも自分の希望は実現させないではならないものであると源氏は思った。
 源氏は翌日北山へ手紙を送った。僧都そうずへ書いたものにも女王にょおうの問題をほのめかして置かれたに違いない。尼君のには、

問題にしてくださいませんでしたあなた様に気おくれがいたしまして、思っておりますこともことごとくは言葉に現わせませんでした。こう申しますだけでも並み並みでない執心のほどをおくみ取りくださいましたらうれしいでしょう。

 などと書いてあった。別に小さく結んだ手紙が入れてあって、

おもかげは身をも離れず山ざくら心の限りとめてこしかど


 どんな風が私の忘れることのできない花を吹くかもしれないと思うと気がかりです」
 内容はこうだった。源氏の字を美しく思ったことは別として、老人たちは手紙の包み方などにさえ感心していた。困ってしまう。こんな問題はどうお返事すればいいことかと尼君は当惑していた。

あの時のお話は遠い未来のことでございましたから、ただ今何とも申し上げませんでもと存じておりましたのに、またお手紙で仰せになりましたので恐縮いたしております。まだ手習いの難波津なにわづの歌さえも続けて書けない子供でございますから失礼をお許しくださいませ、それにいたしましても、

あらし吹く尾上をのへのさくら散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ

こちらこそたよりない気がいたします。

 というのが尼君からの返事である。僧都の手紙にしるされたことも同じようであったから源氏は残念に思って二、三日たってから惟光これみつを北山へやろうとした。
少納言しょうなごん乳母めのとという人がいるはずだから、その人にって詳しく私のほうの心持ちを伝えて来てくれ」
 などと源氏は命じた。どんな女性にも関心を持つ方だ、姫君はまだきわめて幼稚であったようだのにと惟光は思って、真正面から見たのではないが、自身がいっしょに隙見すきみをした時のことを思ってみたりもしていた。

今度は五位の男を使いにして手紙をもらったことに僧都は恐縮していた。惟光は少納言に面会を申し込んで逢った。源氏の望んでいることを詳しく伝えて、そのあとで源氏の日常の生活ぶりなどを語った。多弁な惟光は相手を説得する心で上手じょうずにいろいろ話したが、僧都も尼君も少納言もおさない女王への結婚の申し込みはどう解釈すべきであろうとあきれているばかりだった。手紙のほうにもねんごろに申し入れが書かれてあって、

一つずつ離してお書きになる姫君のお字をぜひ私に見せていただきたい。

 ともあった。例の中に封じたほうの手紙には、

浅香山浅くも人を思はぬになど山の井のかけ離るらん


 この歌が書いてある。返事、

めてくやしと聞きし山の井の浅きながらや影を見すべき


 尼君が書いたのである。惟光これみつが聞いて来たのもその程度の返辞であった。
「尼様の御容体が少しおよろしくなりましたら京のおやしきへ帰りますから、そちらから改めてお返事を申し上げることにいたします」
 と言っていたというのである。源氏はたよりない気がしたのであった。
 藤壺の宮が少しお病気におなりになって宮中から自邸へ退出して来ておいでになった。みかどが日々恋しく思召おぼしめす御様子に源氏は同情しながらも、まれにしかないお実家さと住まいの機会をとらえないではまたいつ恋しいお顔が見られるかと夢中になって、それ以来どの恋人の所へも行かず宮中の宿直所とのいどころででも、二条の院ででも、昼間は終日物思いに暮らして、王命婦おうみょうぶに手引きを迫ることのほかは何もしなかった。王命婦がどんな方法をとったのか与えられた無理なわずかな逢瀬おうせの中にいる時も、幸福が現実の幸福とは思えないで夢としか思われないのが、源氏はみずから残念であった。宮も過去のある夜の思いがけぬ過失の罪悪感が一生忘れられないもののように思っておいでになって、せめてこの上の罪は重ねまいと深く思召したのであるのに、またもこうしたことを他動的に繰り返すことになったのを悲しくお思いになって、恨めしいふうでおありになりながら、柔らかな魅力があって、しかも打ち解けておいでにならない最高の貴女の態度が美しく思われる源氏は、やはりだれよりもすぐれた女性である、なぜ一所でも欠点を持っておいでにならないのであろう、それであれば自分の心はこうして死ぬほどにまでかれないで楽であろうと思うと源氏はこの人の存在を自分に知らせた運命さえも恨めしく思われるのである。源氏の恋の万分の一も告げる時間のあるわけはない。永久の夜がしいほどであるのに、逢わない時よりも恨めしい別れの時が至った。

見てもまたふ夜まれなる夢のうちにやがてまぎるるわが身ともがな


 涙にむせ返って言う源氏の様子を見ると、さすがに宮も悲しくて、

世語りに人やつたへんたぐひなくき身をさめぬ夢になしても


 とお言いになった。宮が煩悶はんもんしておいでになるのも道理なことで、恋にくらんだ源氏の目にももったいなく思われた。源氏の上着などは王命婦がかき集めて寝室の外へ持ってきた。源氏は二条の院へ帰って泣き寝に一日を暮らした。手紙を出しても、例のとおり御覧にならぬという王命婦の返事以外には得られないのが非常に恨めしくて、源氏は御所へも出ず二、三日引きこもっていた。これをまた病気のように解釈あそばして帝がお案じになるに違いないと思うともったいなく空恐ろしい気ばかりがされるのであった。
 宮も御自身の運命をおなげきになって煩悶が続き、そのために御病気の経過もよろしくないのである。宮中のお使いが始終来て御所へお帰りになることを促されるのであったが、なお宮は里居さといを続けておいでになった。宮は実際おからだが悩ましくて、しかもその悩ましさの中に生理的な現象らしいものもあるのを、宮御自身だけには思いあたることがないのではなかった。情けなくて、これで自分は子を産むのであろうかと煩悶をしておいでになった。まして夏の暑い間は起き上がることもできずにお寝みになったきりだった。御妊娠が三月であるから女房たちも気がついてきたようである。宿命の恐ろしさを宮はお思いになっても、人は知らぬことであったから、こんなに月が重なるまで御内奏もあそばされなかったと皆驚いてささやき合った。宮の御入浴のお世話などもきまってしていた宮の乳母の娘である弁とか、王命婦とかだけは不思議に思うことはあっても、この二人の間でさえ話し合うべき問題ではなかった。命婦は人間がどう努力しても避けがたい宿命というものの力に驚いていたのである。宮中へは御病気やら物怪もののけやらで気のつくことのおくれたように奏上したはずである。だれも皆そう思っていた。帝はいっそうの熱愛を宮へお寄せになることになって、以前よりもおつかわしになるお使いの度数の多くなったことも、宮にとっては空恐ろしくお思われになることだった。煩悶の合い間というものがなくなった源氏の中将も変わった夢を見て夢解きを呼んで合わさせてみたが、及びもない、思いもかけぬ占いをした。そして、
「しかし順調にそこへお達しになろうとするのにはお慎みにならなければならぬ故障が一つございます」
 と言った。夢を現実にまざまざ続いたことのように言われて、源氏は恐怖を覚えた。
「私の夢ではないのだ。ある人の夢を解いてもらったのだ。今の占いが真実性を帯びるまではだれにも秘密にしておけ」
 とその男に言ったのであるが、源氏はそれ以来、どんなことがおこってくるのかと思っていた。その後に源氏は藤壺の宮の御懐妊を聞いて、そんなことがあの占いの男に言われたことなのではないかと思うと、恋人と自分の間に子が生まれてくるということに若い源氏は昂奮こうふんして、以前にもまして言葉を尽くして逢瀬おうせを望むことになったが、王命婦おうみょうぶも宮の御懐妊になって以来、以前に自身が、はげしい恋に身をほろぼしかねない源氏に同情してとった行為が重大性を帯びていることに気がついて、策をして源氏を宮に近づけようとすることを避けたのである。源氏はたまさかに宮から一行足らずのお返事の得られたこともあるが、それも絶えてしまった。
 初秋の七月になって宮は御所へおはいりになった。最愛の方が懐妊されたのであるから、帝のお志はますます藤壺の宮にそそがれるばかりであった。少しおなかがふっくりとなって悪阻つわりの悩みに顔の少しおせになった宮のお美しさは、前よりも増したのではないかと見えた。以前もそうであったように帝は明け暮れ藤壺にばかり来ておいでになって、もう音楽の遊びをするのにも適した季節にもなっていたから、源氏の中将をも始終そこへお呼び出しになって、琴や笛の役をお命じになった。物思わしさを源氏は極力おさえていたが、時々には忍びがたい様子もうかがわれるのを、宮もお感じになって、さすがにその人にまつわるもののうれわしさをお覚えになった。
 北山へ養生に行っていた按察使あぜち大納言の未亡人は病がくなって京へ帰って来ていた。源氏は惟光これみつなどに京の家をたずねさせて時々手紙などを送っていた。先方の態度は春も今も変わったところがないのである。それも道理に思えることであったし、またこの数月間というものは、過去の幾年間にもまさった恋の煩悶はんもんが源氏にあって、ほかのことは何一つ熱心にしようとは思われないのでもあったりして、より以上積極性を帯びていくようでもなかった。
 秋の末になって、恋する源氏は心細さを人よりも深くしみじみと味わっていた。ある月夜にある女の所を訪ねる気にやっとなった源氏が出かけようとするとさっと時雨しぐれがした。源氏の行く所は六条の京極辺であったから、御所から出て来たのではやや遠い気がする。荒れた家の庭の木立ちが大家たいけらしく深いその土塀どべいの外を通る時に、例の傍去そばさらずの惟光が言った。
「これが前の按察使大納言の家でございます。先日ちょっとこの近くへ来ました時に寄ってみますと、あの尼さんからは、病気に弱ってしまっていまして、何も考えられませんという挨拶あいさつがありました」
「気の毒だね。見舞いに行くのだった。なぜその時にそう言ってくれなかったのだ。ちょっと私が訪問に来たがと言ってやれ」
 源氏がこう言うので惟光は従者の一人をやった。この訪問が目的で来たと最初言わせたので、そのあとでまた惟光がはいって行って、
「主人が自身でお見舞いにおいでになりました」
 と言った。大納言家では驚いた。
「困りましたね。近ごろは以前よりもずっと弱っていらっしゃるから、お逢いにはなれないでしょうが、お断わりするのはもったいないことですから」
 などと女房は言って、南向きの縁座敷をきれいにして源氏を迎えたのである。
「見苦しい所でございますが、せめて御厚志のお礼を申し上げませんではと存じまして、思召おぼしめしでもございませんでしょうが、こんな部屋へやなどにお通しいたしまして」
 という挨拶あいさつを家の者がした。そのとおりで、意外な所へ来ているという気が源氏にはした。
「いつも御訪問をしたく思っているのでしたが、私のお願いをとっぴなものか何かのようにこちらではお扱いになるので、きまりが悪かったのです。それで自然御病気もこんなに進んでいることを知りませんでした」
 と源氏が言った。
「私は病気であることが今では普通なようになっております。しかしもうこの命の終わりに近づきましたおりから、かたじけないお見舞いを受けました喜びを自分で申し上げません失礼をお許しくださいませ。あの話は今後もお忘れになりませんでしたら、もう少し年のゆきました時にお願いいたします。一人ぼっちになりますあの子に残る心が、私の参ります道のさわりになることかと思われます」
 取り次ぎの人に尼君が言いつけている言葉が隣室であったから、その心細そうな声も絶え絶え聞こえてくるのである。
「失礼なことでございます。孫がせめてお礼を申し上げる年になっておればよろしいのでございますのに」
 とも言う。源氏は哀れに思って聞いていた。
「今さらそんな御挨拶ごあいさつはなさらないでください。通り一遍な考えでしたなら、風変わりな酔狂者すいきょうものと誤解されるのも構わずに、こんな御相談は続けません。どんな前生の因縁でしょうか、女王さんをちょっとお見かけいたしました時から、女王さんのことをどうしても忘れられないようなことになりましたのも不思議なほどで、どうしてもこの世界だけのことでない、約束事としか思われません」
 などと源氏は言って、また、
「自分を理解していただけない点で私は苦しんでおります。あの小さい方が何か一言お言いになるのを伺えればと思うのですが」
 と望んだ。
「それは姫君は何もご存じなしに、もうおやすみになっていまして」
 女房がこんなふうに言っている時に、向こうからこの隣室へ来る足音がして、
「お祖母ばあ様、あのお寺にいらっしった源氏の君が来ていらっしゃるのですよ。なぜ御覧にならないの」
 と女王は言った。女房たちは困ってしまった。
「静かにあそばせよ」
 と言っていた。
「でも源氏の君を見たので病気がよくなったと言っていらしたからよ」
 自分の覚えているそのことが役に立つ時だと女王は考えている。源氏はおもしろく思って聞いていたが、女房たちの困りきったふうが気の毒になって、聞かない顔をして、まじめな見舞いの言葉を残して去った。子供らしい子供らしいというのはほんとうだ、けれども自分はよく教えていける気がすると源氏は思ったのであった。
 翌日もまた源氏は尼君へ丁寧に見舞いを書いて送った。例のように小さくしたほうの手紙には、

いはけなきたづの一声聞きしより葦間あしまになづむ船ぞえならぬ

いつまでも一人の人を対象にして考えているのですよ。

 わざわざ子供にも読めるふうに書いた源氏のこの手紙の字もみごとなものであったから、そのまま姫君の習字の手本にしたらいいと女房らは言った。源氏の所へ少納言が返事を書いてよこした。

お見舞いくださいました本人は、今日もあぶないようでございまして、ただ今から皆で山の寺へ移ってまいるところでございます。
かたじけないお見舞いのお礼はこの世界で果たしませんでもまた申し上げる時がございましょう。

 というのである。秋の夕べはまして人の恋しさがつのって、せめてその人に縁故のある少女を得られるなら得たいという望みが濃くなっていくばかりの源氏であった。「消えん空なき」と尼君の歌った晩春の山の夕べに見た面影が思い出されて恋しいとともに、引き取って幻滅を感じるのではないかとあやぶむ心も源氏にはあった。

手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺のべの若草


 このころの源氏の歌である。
 この十月に朱雀すざく院へ行幸があるはずだった。その日の舞楽には貴族の子息たち、高官、殿上役人などの中の優秀な人が舞い人に選ばれていて、親王方、大臣をはじめとして音楽の素養の深い人はそのために新しい稽古けいこを始めていた。それで源氏の君も多忙であった。北山の寺へも久しく見舞わなかったことを思って、ある日わざわざ使いを立てた。山からは僧都そうずの返事だけが来た。

先月の二十日にとうとう姉はくなりまして、これが人生のおきてであるのを承知しながらも悲しんでおります。

 源氏は今さらのように人間の生命のもろさが思われた。尼君が気がかりでならなかったらしい小女王はどうしているだろう。小さいのであるから、祖母をどんなに恋しがってばかりいることであろうと想像しながらも、自身の小さくて母に別れた悲哀も確かに覚えないなりに思われるのであった。源氏からは丁寧な弔慰品が山へ贈られたのである。そんな場合にはいつも少納言が行き届いた返事を書いて来た。
 尼君の葬式のあとのことが済んで、一家は京のやしきへ帰って来ているということであったから、それから少しあとに源氏は自身で訪問した。すごいように荒れた邸に小人数で暮らしているのであったから、小さい人などはおそろしい気がすることであろうと思われた。以前の座敷へ迎えて少納言が泣きながら哀れな若草を語った。源氏も涙のこぼれるのを覚えた。
「宮様のお邸へおつれになることになっておりますが、お母様の御生前にいろんな冷酷なことをなさいました奥さまがいらっしゃるのでございますから、それがいっそずっとお小さいとか、また何でもおわかりになる年ごろになっていらっしゃるとかすればいいのでございますが、中途半端はんぱなお年で、おおぜいお子様のいらっしゃる中で軽い者にお扱われになることになってはと、尼君も始終それを苦労になさいましたが、宮様のお内のことを聞きますと、まったく取り越し苦労でなさそうなんでございますから、あなた様のお気まぐれからおっしゃってくださいますことも、遠い将来にまでにはたとえどうなりますにしましても、お救いの手に違いないと私どもは思われますが、奥様になどとは想像も許されませんようなお子供らしさでございまして、普通のあの年ごろよりももっともっと赤様あかさまなのでございます」
 と少納言が言った。
「そんなことはどうでもいいじゃありませんか、私が繰り返し繰り返しこれまで申し上げてあることをなぜ無視しようとなさるのですか。その幼稚な方を私が好きでたまらないのは、こればかりは前生ぜんしょうの縁に違いないと、それを私が客観的に見ても思われます。許してくだすって、この心持ちを直接女王さんに話させてくださいませんか。

あしわかの浦にみるめはかたくともこは立ちながら帰る波かは


 私をお見くびりになってはいけません」
 源氏がこう言うと、
「それはもうほんとうにもったいなく思っているのでございます。

寄る波の心も知らで和歌の浦に玉藻たまもなびかんほどぞ浮きたる


 このことだけは御信用ができませんけれど」
 物れた少納言の応接のしように、源氏は何を言われても不快には思われなかった。「年を経てなど越えざらん逢坂あふさかの関」という古歌を口ずさんでいる源氏の美音に若い女房たちは酔ったような気持ちになっていた。女王は今夜もまた祖母を恋しがって泣いていた時に、遊び相手の童女が、
直衣のうしを着た方が来ていらっしゃいますよ。宮様が来ていらっしゃるのでしょう」
 と言ったので、起きて来て、
「少納言、直衣着た方どちら、宮様なの」
 こう言いながら乳母めのとのそばへ寄って来た声がかわいかった。これは父宮ではなかったが、やはり深い愛を小女王に持つ源氏であったから、心がときめいた。
「こちらへいらっしゃい」
 と言ったので、父宮でなく源氏の君であることを知った女王は、さすがにうっかりとしたことを言ってしまったと思うふうで、乳母のそばへ寄って、
「さあ行こう。私は眠いのだもの」
 と言う。
「もうあなたは私に御遠慮などしないでもいいんですよ。私のひざの上へおやすみなさい」
 と源氏が言った。
「お話しいたしましたとおりでございましょう。こんな赤様なのでございます」
 乳母に源氏のほうへ押し寄せられて、女王はそのまま無心にすわっていた。源氏が御簾みすの下から手を入れて探ってみると柔らかい着物の上に、ふさふさとかかった端の厚い髪が手に触れて美しさが思いやられるのである。手をとらえると、父宮でもない男性の近づいてきたことが恐ろしくて、
「私、眠いと言っているのに」
 と言って手を引き入れようとするのについて源氏は御簾の中へはいって来た。
「もう私だけがあなたを愛する人なんですよ。私をお憎みになってはいけない」
 源氏はこう言っている。少納言が、
「よろしくございません。たいへんでございます。お話しになりましても何の効果ききめもございませんでしょうのに」
 と困ったように言う。
「いくら何でも私はこの小さい女王さんを情人にしようとはしない。まあ私がどれほど誠実であるかを御覧なさい」
 外にはみぞれが降っていてすごい夜である。
「こんなに小人数でこの寂しいやしきにどうして住めるのですか」
 と言って源氏は泣いていた。捨てて帰って行けない気がするのであった。
「もう戸をおろしておしまいなさい。こわいような夜だから、私が宿直とのいの男になりましょう。女房方は皆女王にょおうさんの室へ来ていらっしゃい」
 と言って、れたことのように女王さんを帳台の中へ抱いてはいった。だれもだれも意外なことにあきれていた。乳母は心配をしながらも普通の闖入者ちんにゅうしゃを扱うようにはできぬ相手に歎息たんそくをしながら控えていた。小女王は恐ろしがってどうするのかとふるえているのではだも毛穴が立っている。かわいく思う源氏はささやかな異性を単衣ひとえに巻きくるんで、それだけを隔てに寄り添っていた。この所作がわれながら是認しがたいものとは思いながらも愛情をこめていろいろと話していた。
「ねえ、いらっしゃいよ、おもしろい絵がたくさんある家で、おひな様遊びなんかのよくできる私のうちへね」
 こんなふうに小さい人の気に入るような話をしてくれる源氏の柔らかい調子に、姫君は恐ろしさから次第に解放されていった。しかし不気味であることは忘れずに、眠り入ることはなくて身じろぎしながら寝ていた。この晩は夜通し風が吹き荒れていた。
「ほんとうにお客様がお泊まりにならなかったらどんなに私たちは心細かったでしょう。同じことなら女王様がほんとうの御結婚のできるお年であればね」
 などと女房たちはささやいていた。心配でならない乳母は帳台の近くに侍していた。風の少し吹きやんだ時はまだ暗かったが、帰る源氏はほんとうの恋人のもとを別れて行く情景に似ていた。
「かわいそうな女王さんとこんなに親しくなってしまった以上、私はしばらくの間もこんな家へ置いておくことは気がかりでたまらない。私の始終住んでいるうちへお移ししよう。こんな寂しい生活をばかりしていらっしゃっては女王さんが神経衰弱におなりになるから」
 と源氏が言った。
「宮様もそんなにおっしゃいますが、あちらへおいでになることも、四十九日が済んでからがよろしかろうと存じております」
「お父様のおやしきではあっても、小さい時から別の所でお育ちになったのだから、私に対するお気持ちと親密さはそう違わないでしょう。今からいっしょにいることが将来のさわりになるようなことは断じてない。私の愛が根底の深いものになるだけだと思う」
 と女王の髪をでながら源氏は言って顧みながら去った。深く霧に曇った空もえんであって、大地には霜が白かった。ほんとうの恋の忍び歩きにも適した朝の風景であると思うと、源氏は少し物足りなかった。近ごろ隠れて通っている人の家が途中にあるのを思い出して、その門をたたかせたが内へは聞こえないらしい。しかたがなくて供の中から声のいい男を選んで歌わせた。

朝ぼらけ霧立つ空の迷ひにも行き過ぎがたきいもが門かな


 二度繰り返させたのである。気のきいたふうをした下仕しもづかえの女中を出して、

立ちとまり霧のまがきの過ぎうくば草の戸ざしにさはりしもせじ


 と言わせた。女はすぐに門へはいってしまった。それきりだれも出て来ないので、帰ってしまうのも冷淡な気がしたが、夜がどんどん明けてきそうで、きまりの悪さに二条の院へ車を進めさせた。
 かわいかった小女王を思い出して、源氏はひとみをしながら又寝またねをした。朝おそくなって起きた源氏は手紙をやろうとしたが、書く文章も普通の恋人扱いにはされないので、筆を休め休め考えて書いた。よい絵なども贈った。
 今日は按察使あぜち大納言家へ兵部卿ひょうぶきょうの宮が来ておいでになった。以前よりもずっと邸が荒れて、広くて古い家に小人数でいる寂しさが宮のお心を動かした。
「こんな所にしばらくでも小さい人がいられるものではない。やはり私の邸のほうへつれて行こう。たいしたむずかしい所ではないのだよ。乳母めのと部屋へやをもらって住んでいればいいし、女王は何人も若い子がいるからいっしょに遊んでいれば非常にいいと思う」
 などとお言いになった。そばへお呼びになった小女王の着物には源氏の衣服のにおいが深くんでいた。
「いい匂いだね。けれど着物は古くなっているね」
 心苦しく思召おぼしめす様子だった。

「今までからも病身な年寄りとばかりいっしょにいるから、時々は邸のほうへよこして、母と子の情合いのできるようにするほうがよいと私は言ったのだけれど、絶対的にお祖母ばあさんはそれをおさせにならなかったから、邸のほうでも反感を起こしていた。そしてついにその人がくなったからといってつれて行くのは済まないような気もする」
 と宮がお言いになる。
「そんなに早くあそばす必要はございませんでしょう。お心細くても当分はこうしていらっしゃいますほうがよろしゅうございましょう。少し物の理解がおできになるお年ごろになりましてからおつれなさいますほうがよろしいかと存じます」
 少納言はこう答えていた。
「夜も昼もお祖母ばあ様が恋しくて泣いてばかりいらっしゃいまして、召し上がり物なども少のうございます」
 ともなげいていた。実際姫君はせてしまったが、上品な美しさがかえって添ったかのように見える。
「なぜそんなにお祖母様のことばかりをあなたはお思いになるの、くなった人はしかたがないんですよ。お父様がおればいいのだよ」
 と宮は言っておいでになった。日が暮れるとお帰りになるのを見て、心細がって姫君が泣くと、宮もお泣きになって、
「なんでもそんなに悲しがってはしかたがない。今日明日にでもお父様の所へ来られるようにしよう」
 などと、いろいろになだめて宮はお帰りになった。母も祖母も失った女の将来の心細さなどを女王は思うのでなく、ただ小さい時から片時の間も離れず付き添っていた祖母が死んだと思うことだけが非常に悲しいのである。子供ながらも悲しみが胸をふさいでいる気がして遊び相手はいても遊ぼうとしなかった。それでも昼間は何かと紛れているのであったが、夕方ごろからめいりこんでしまう。こんなことで小さいおからだがどうなるかと思って、乳母も毎日泣いていた。その日源氏の所からは惟光これみつをよこした。

伺うはずですが宮中からお召しがあるので失礼します。おかわいそうに拝見した女王さんのことが気になってなりません。

 源氏からの挨拶あいさつはこれで惟光が代わりの宿直とのいをするわけである。
「困ってしまう。将来だれかと御結婚をなさらなければならない女王様を、これではもう源氏の君が奥様になすったような形をお取りになるのですもの。宮様がお聞きになったら私たちの責任だと言っておしかりになるでしょう」
「ねえ女王様、お気をおつけになって、源氏の君のことは宮様がいらっしゃいました時にうっかり言っておしまいにならないようになさいませね」
 と少納言が言っても、小女王は、それが何のためにそうしなければならないかがわからないのである。少納言は惟光の所へ来て、身にしむ話をした。
「将来あるいはそうおなりあそばす運命かもしれませんが、ただ今のところはどうしてもこれは不つりあいなお間柄だと私らは存じますのに、御熱心に御縁組のことをおっしゃるのですもの、御酔興か何かと私どもは思うばかりでございます。今日も宮様がおいでになりまして、女の子だからよく気をつけてお守りをせい、うっかり油断をしていてはいけないなどとおっしゃいました時は、私ども何だか平気でいられなく思われました。昨晩のことなんか思い出すものですから」
 などと言いながらも、あまりになげいて見せては姫君の処女であることをこの人に疑わせることになると用心もしていた。惟光もどんな関係なのかわからない気がした。帰って惟光が報告した話から、源氏はいろいろとその家のことが哀れに思いやられてならないのであったが、形式的には良人おっとらしく一泊したあとであるから、続いて通って行かねばならぬが、それはさすがに躊躇ちゅうちょされた。酔興な結婚をしたように世間が批評しそうな点もあるので、心がおけて行けないのである。二条の院へ迎えるのが良策であると源氏は思った。手紙は始終送った。日が暮れると惟光を見舞いに出した。

やむをえぬ用事があって出かけられないのを、私の不誠実さからだとお思いにならぬかと不安です。

 などという手紙が書かれてくる。
「宮様のほうから、にわかに明日迎えに行くと言っておよこしになりましたので、取り込んでおります。長い馴染なじみの古いおやしきを離れますのも心細い気のすることと私どもめいめい申し合っております」
 と言葉数も少なく言って、大納言家の女房たちは今日はゆっくりと話し相手になっていなかった。忙しそうに物を縫ったり、何かを仕度したくしたりする様子がよくわかるので、惟光これみつは帰って行った。源氏は左大臣家へ行っていたが、例の夫人は急に出て来ておうともしなかったのである。面倒めんどうな気がして、源氏は東琴あずまごと和琴わごんに同じ)を手すさびにいて、「常陸ひたちには田をこそ作れ、仇心あだごころかぬとや君が山を越え、野を越え雨夜あまよ来ませる」という田舎いなかめいた歌詞を、優美な声で歌っていた。惟光が来たというので、源氏は居間へ呼んで様子を聞こうとした。惟光によって、女王が兵部卿ひょうぶきょうの宮邸へ移転する前夜であることを源氏は聞いた。源氏は残念な気がした。宮邸へ移ったあとで、そういう幼い人に結婚を申し込むということも物好きに思われることだろう。小さい人を一人盗んで行ったという批難を受けるほうがまだよい。確かに秘密の保ち得られる手段を取って二条の院へつれて来ようと源氏は決心した。
「明日夜明けにあすこへ行ってみよう。ここへ来た車をそのままにして置かせて、随身を一人か二人仕度させておくようにしてくれ」
 という命令を受けて惟光は立った。源氏はそののちもいろいろと思い悩んでいた。人の娘を盗み出したうわさの立てられる不名誉も、もう少しあの人が大人で思い合った仲であればその犠牲も自分は払ってよいわけであるが、これはそうでもないのである。父宮に取りもどされる時の不体裁も考えてみる必要があると思ったが、その機会をはずすことはどうしても惜しいことであると考えて、翌朝は明け切らぬ間に出かけることにした。
 夫人は昨夜の気持ちのままでまだ打ち解けてはいなかった。
「二条の院にぜひしなければならないことのあったのを私は思い出したから出かけます。用を済ませたらまた来ることにしましょう」
 と源氏は不機嫌ふきげんな妻に告げて、寝室をそっと出たので、女房たちも知らなかった。自身の部屋になっているほうで直衣のうしなどは着た。馬に乗せた惟光だけを付き添いにして源氏は大納言家へ来た。門をたたくと何の気なしに下男が門をあけた。車を静かに中へ引き込ませて、源氏の伴った惟光が妻戸をたたいて、しわぶきをすると、少納言が聞きつけて出て来た。
「来ていらっしゃるのです」
 と言うと、
「女王様はやすんでいらっしゃいます。どちらから、どうしてこんなにお早く」
 と少納言が言う。源氏が人の所へ通って行った帰途だと解釈しているのである。
「宮様のほうへいらっしゃるそうですから、その前にちょっと一言お話をしておきたいと思って」
 と源氏が言った。
「どんなことでございましょう。まあどんなに確かなお返辞がおできになりますことやら」
 少納言は笑っていた。源氏が室内へはいって行こうとするので、この人は当惑したらしい。
「不行儀に女房たちがやすんでおりまして」
「まだ女王さんはお目ざめになっていないのでしょうね。私がお起こししましょう。もう朝霧がいっぱい降る時刻だのに、寝ているというのは」
 と言いながら寝室へはいる源氏を少納言は止めることもできなかった。源氏は無心によく眠っていた姫君を抱き上げて目をさまさせた。女王は父宮がお迎えにおいでになったのだと、まだまったくさめない心では思っていた。髪をでて直したりして、
「さあ、いらっしゃい。宮様のお使いになって私が来たのですよ」
 と言う声を聞いた時に姫君は驚いて、恐ろしく思うふうに見えた。
「いやですね。私だって宮様だって同じ人ですよ。鬼などであるものですか」
 源氏の君が姫君をかかえて出て来た。少納言と、惟光これみつと、外の女房とが、
「あ、どうなさいます」
 と同時に言った。
「ここへは始終来られないから、気楽な所へお移ししようと言ったのだけれど、それには同意をなさらないで、ほかへお移りになることになったから、そちらへおいでになってはいろいろ面倒めんどうだから、それでなのだ。だれか一人ついておいでなさい」
 こう源氏の言うのを聞いて少納言はあわててしまった。
「今日では非常に困るかと思います。宮様がお迎えにおいでになりました節、何とも申し上げようがないではございませんか。ある時間がたちましてから、ごいっしょにおなりになる御縁があるものでございましたら自然にそうなることでございましょう。まだあまりに御幼少でいらっしゃいますから。ただ今そんなことは皆の者の責任になることでございますから」
 と言うと、
「じゃいい。今すぐについて来られないのなら、人はあとで来るがよい」
 こんなふうに言って源氏は車を前へ寄せさせた。姫君も怪しくなって泣き出した。少納言は止めようがないので、昨夜縫った女王の着物を手にさげて、自身も着がえをしてから車に乗った。
 二条の院は近かったから、まだ明るくならないうちに着いて、西の対に車を寄せて降りた。源氏は姫君を軽そうに抱いて降ろした。
「夢のような気でここまでは参りましたが、私はどうしたら」
 少納言は下車するのを躊躇ちゅうちょした。
「どうでもいいよ。もう女王さんがこちらへ来てしまったのだから、君だけ帰りたければ送らせよう」
 源氏が強かった。しかたなしに少納言も降りてしまった。このにわかの変動に先刻から胸が鳴り続けているのである。宮が自分をどうお責めになるだろうと思うことも苦労の一つであった。それにしても姫君はどうなっておしまいになる運命なのであろうと思って、ともかくも母や祖母に早くお別れになるような方は紛れもない不幸な方であることがわかると思うと、涙がとめどなく流れそうであったが、しかもこれが姫君の婚家へお移りになる第一日であると思うと、縁起悪く泣くことは遠慮しなくてはならないと努めていた。
 ここは平生あまり使われない御殿であったから帳台ちょうだいなども置かれてなかった。源氏は惟光これみつを呼んで帳台、屏風びょうぶなどをその場所場所にえさせた。これまで上へあげて掛けてあった几帳きちょうれ絹はおろせばいいだけであったし、畳の座なども少し置き直すだけで済んだのである。東の対へ夜着類を取りにやって寝た。姫君は恐ろしがって、自分をどうするのだろうと思うとふるえが出るのであったが、さすがに声を立てて泣くことはしなかった。
「少納言の所で私は寝るのよ」
 子供らしい声で言う。
「もうあなたは乳母めのとなどと寝るものではありませんよ」
 と源氏が教えると、悲しがって泣き寝をしてしまった。乳母は眠ることもできず、ただむやみに泣かれた。
 明けてゆく朝の光を見渡すと、建物や室内の装飾はいうまでもなくりっぱで、庭の敷き砂なども玉を重ねたもののように美しかった。少納言は自身が貧弱に思われてきまりが悪かったが、この御殿には女房がいなかった。あまり親しくない客などを迎えるだけの座敷になっていたから、男の侍だけが縁の外で用を聞くだけだった。そうした人たちは新たに源氏が迎え入れた女性のあるのを聞いて、
「だれだろう、よほどお好きな方なんだろう」
 などとささやいていた。源氏の洗面の水も、朝の食事もこちらへ運ばれた。おそくなってから起きて、源氏は少納言に、
「女房たちがいないでは不自由だろうから、あちらにいた何人かを夕方ごろに迎えにやればいい」
 と言って、それから特に小さい者だけが来るようにと東のたいのほうへ童女を呼びにやった。しばらくして愛らしい姿の子が四人来た。女王は着物にくるまったままでまだ横になっていたのを源氏は無理に起こして、
「私に意地悪をしてはいけませんよ。薄情な男は決してこんなものじゃありませんよ。女は気持ちの柔らかなのがいいのですよ」
 もうこんなふうに教え始めた。姫君の顔は少し遠くから見ていた時よりもずっと美しかった。気に入るような話をしたり、おもしろい絵とか遊び事をする道具とかを東の対へ取りにやるとかして、源氏は女王の機嫌きげんを直させるのに骨を折った。やっと起きて喪服のやや濃いねずみの服の着古して柔らかになったのを着た姫君の顔にみが浮かぶようになると、源氏の顔にも自然笑みが上った。源氏が東の対へ行ったあとで姫君は寝室を出て、木立ちの美しい築山つきやまや池のほうなどを御簾みすの中からのぞくと、ちょうど霜枯れ時の庭の植え込みがいた絵のようによくて、平生見ることの少ない黒の正装をした四位や、赤を着た五位の官人がまじりまじりに出はいりしていた。源氏が言っていたようにほんとうにここはよい家であると女王は思った。屏風にかかれたおもしろい絵などを見てまわって、女王はたよりない今日の心の慰めにしているらしかった。
 源氏は二、三日御所へも出ずにこの人をなつけるのに一所懸命だった。手本帳にじさせるつもりの字や絵をいろいろに書いて見せたりしていた。皆美しかった。「知らねどもむさし野とへばかこたれぬよしやさこそは紫のゆゑ」という歌の紫の紙に書かれたことによくできた一枚を手に持って姫君はながめていた。また少し小さい字で、

ねは見ねど哀れとぞ思ふ武蔵野むさしのの露分けわぶる草のゆかりを


 とも書いてある。
「あなたも書いてごらんなさい」
 と源氏が言うと、
「まだよくは書けませんの」
 見上げながら言う女王の顔が無邪気でかわいかったから、源氏は微笑をして言った。
「まずくても書かないのはよくない。教えてあげますよ」
 からだをすぼめるようにして字をかこうとする形も、筆の持ち方の子供らしいのもただかわいくばかり思われるのを、源氏は自分の心ながら不思議に思われた。
「書きそこねたわ」
 と言って、恥ずかしがって隠すのをしいて読んでみた。

かこつべき故を知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらん


 子供らしい字ではあるが、将来の上達が予想されるような、ふっくりとしたものだった。死んだ尼君の字にも似ていた。現代の手本を習わせたならもっとよくなるだろうと源氏は思った。ひななども屋根のある家などもたくさんに作らせて、若紫の女王と遊ぶことは源氏の物思いを紛らすのに最もよい方法のようだった。
 大納言家に残っていた女房たちは、宮がおいでになった時に御挨拶ごあいさつのしようがなくて困った。当分は世間へ知らせずにおこうと、源氏も言っていたし、少納言もそれと同感なのであるから、秘密にすることをくれぐれも言ってやって、少納言がどこかへ隠したように申し上げさせたのである。宮は御落胆あそばされた。尼君も宮邸へ姫君の移って行くことを非常にきらっていたから、乳母の出すぎた考えから、正面からはこばまずにおいて、そっと勝手に姫君をつれ出してしまったのだとお思いになって、宮は泣く泣くお帰りになったのである。
「もし居所がわかったら知らせてよこすように」
 宮のこのお言葉を女房たちは苦しい気持ちで聞いていたのである。宮は僧都そうずの所へも捜しにおやりになったが、姫君の行くえについては何も得る所がなかった。美しかった小女王の顔をお思い出しになって宮は悲しんでおいでになった。夫人はその母君をねたんでいた心も長い時間に忘れていって、自身の子として育てるのを楽しんでいたことが水泡すいほうに帰したのを残念に思った。
 そのうち二条の院の西の対に女房たちがそろった。若紫のお相手の子供たちは、大納言家から来たのは若い源氏の君、東の対のはきれいな女王といっしょに遊べるのを喜んだ。若紫は源氏が留守るすになったりした夕方などには尼君を恋しがって泣きもしたが、父宮を思い出すふうもなかった。初めから稀々まれまれにしか見なかった父宮であったから、今は第二の父と思っている源氏にばかり馴染なじんでいった。外から源氏の帰って来る時は、自身がだれよりも先に出迎えてかわいいふうにいろいろな話をして、ふところの中に抱かれて少しもきまり悪くも恥ずかしくも思わない。こんな風変わりな交情がここにだけ見られるのである。
 大人の恋人との交渉には微妙な面倒めんどうがあって、こんな障害で恋までもそこねられるのではないかと我ながら不安を感じることがあったり、女のほうはまた年じゅう恨み暮らしに暮らすことになって、ほかの恋がその間に芽ばえてくることにもなる。この相手にはそんな恐れは少しもない。ただ美しい心の慰めであるばかりであった。娘というものも、これほど大きくなれば父親はこんなにも接近して世話ができず、夜も同じ寝室にはいることは許されないわけであるから、こんなおもしろい間柄というものはないと源氏は思っているらしいのである。

 

 

 

第一章  铜壶

且说天皇时代,某朝后宫妃嫔众多,内中有一更衣。出身微寒,却蒙皇上万般恩宠。另几个出身高贵的妃子,刚入宫时,便很是自命不凡,以为定然能蒙皇上加恩;如今,眼见这出身低微的更衣反倒受了恩宠,便十分忌恨,处处对她加以诽谤。与这更衣地位同等的、或者出身比她更低微的更衣,自知无力争宠,无奈中更是万般怨恨。这更衣朝夕侍候皇上,别的妃子看了自然都妒火中烧。也许是众怨积聚太多吧,这更衣心绪郁结,便生起病来,只得常回娘家调养。皇上见了,更是舍她不下,反而更加怜爱,也不顾众口非议,一心只是对这更衣用情。此般宠爱,必将沦为后世话柄。即便朝中的显贵, 对此也大都不以为然,彼此间时常侧目议论道:这等专宠,实在令人吃惊!唐朝就因有了这种事而终于天下大乱。这内宫的事,不久也逐渐传遍全国,民间听了怨声载道,认为这实在是十分可忧的,将来免不了会出杨贵妃引发的那种大祸。更衣处于如此境地,苦恼不堪,内心也甚为忧惧,唯赖皇上深思,尚能在宫中谨慎度日。

这更衣早已谢世的父亲曾居大纲言之位。母亲也出身名门望族,眼见人家女儿双亲俱全,享尽荣华富贵,就指望自己女儿也不落人后;因而每逢参加庆吊等仪式,她总是竭尽心力、百般调度,装得十分体面。只可惜朝中没有重臣庇护,如若发生意外,势必无力自保,心中也就免不了感到凄凉。

或许是前世的因缘吧,这更衣生下了一个容貌非凡、光彩如玉、举世无双的皇子。皇上得知后,急欲见这孩子,忙教人抱进它来一看之下,果是一个清秀异常的小皇子。

大皇子为右大臣的女儿弘徽殿女御所生,母家是尊贵的外戚,顺理成章,他自然就成了人人爱戴的东宫太子。论相貌,他却不及这小皇子清秀俊美。因此皇上对于大皇子,尽管珍爱,但相比之下总显得平常,而对于这小皇子,却视若掌上明珠,宠爱无比。看作上无私予的宝贝。

小皇子的母亲是更衣,她有着不寻常的身份,品格也十分高贵,本不必像普通低级女官一样,在日常生活中侍候皇上。而皇上对她的宠爱非同寻常,以至无法顾及常理,只是一味地要她留在身边,几乎片刻不离。每逢并宴作乐,以及其它佳节盛会,也总是首先宣召这更衣。有时皇上起床迟了,便不让其回宫室里去,整个一天干脆就将这更衣留在身边。这般日夜侍候,按更衣的身份而论,也似乎太轻率了。自小皇子出生后,皇上对这更衣更是十分重视,使得大皇子的母亲弘徽殿女御心生疑忌;如此下去,来日立为太子的,恐怕就是这小皇子了。

弘徽殿女御入宫最早,况且她已生男青女,皇上对她的看重,非一般的妃子可比。因此独有弘徽殿的疑忌,令皇上忧闷,心里也很是不安。

更衣愈受皇恩宠爱,然而贬斥、诽谤她的人也愈多。她身单体弱,宫中又没有外戚从旁相助,因此皇上越加宠爱,她越是忧惧不安。她所住的宫院叫桐壶,从此院去皇上常住的清凉殿,必须经过许多妃嫔的宫室。她在两者间频繁来往,众妃嫔看在眼里,心里极不舒畅,也是自然的。有时来往得太过频繁,这些妃嫔就恶意作弄她,在板桥上或过廊里放些龌龊污秽的东西,使得迎送桐壶更衣的宫女们经过时,衣裙被弄得龌龊不堪;有时她们又相互私约,将桐壶更衣必须经过的走廊两头有意锁闭,使她进退不是,窘迫异常。如此等等,花样百出,桐壶更衣因此痛苦不堪。皇上得知常发生此等事情,对她更是怜惜有加,遂让清凉殿后面后凉殿里的一个更衣另迁别处,腾出房间以供桐壶更衣作值宿时的休息室。那个迁出去的更衣,从此对桐壶更衣怀恨在心,也就更不用言说了。

小皇子三岁时行穿裙仪式排场并不亚于大皇子当年。内藏定和纳殿倾其所有,大加操办,仪式非常隆重,却也招致了世人的种种非议,但待得看到这小皇子容貌出众,举止、仪态超凡脱俗,十足一个盖世无双的五人儿,人们心中对他的妒忌和非议才顿然退去。见识多广的人见了他,都极为吃惊,瞠目注视道:这等神仙似的人儿也会降至世间!

是年夏天,小皇子母亲桐壶更衣觉得身体欠安,便欲告假回娘家休养,无奈皇上不忍, 执意不允。 这更衣近年来怄怄常病,皇上已经习惯了。于是对她说道:不妨暂且往在宫中休养,看看情形再说吧。可这期间,更衣的病已日渐加重,不过五六日,身体已是衰如弱柳。母亲太君心痛不已。向皇上哭诉乞假。皇上见事已至此,方准许其出宫。即使在这等时候,皇上也心存提防,恐其发生意外,令桐壶吃惊受辱。因此,决意让小皇子留在宫中,更衣一人悄悄退出。皇上此时也不便再作挽留,但因碍于身份,不能亲自相送出宫,心中难免又是一阵难言之痛。这更衣原本花容月貌,到这时已是芳容消损,自己心中也是百感交加,却又无力申述,实在只剩得奄奄一息了。皇上见此情景,茫然无措,一面啼泣,一面历叙旧情,重申盟誓。可这更衣已不能言语、两眼无神、四肢瘫软,仅能昏昏沉沉躺着。皇上束手无策,只得匆匆出室,忙命左右备车回去;但终觉舍她不下,不禁又走进这更衣的房中来,又不允其出宫了。他对这更衣说道:你我曾山盟海誓:即便有一天,大限来时,我们俩也应双双同行。你不至于舍我而去吧!这更衣深觉感情浓厚,使断断续续地吟道:

大限来时悲长别,

残灯将尽叹个穷。

早知今日……”说到此时,想要再说下去,无奈身疲力软,已是痛楚难当、气息奄奄了。皇上还执意将她留住宫中,亲自守视病情。只是左右奏道:那边祈祷今日开始,高僧都已请到,已定于今晚启忏……”便催促皇上动身。无可奈何,皇上只得允其出宫回娘家里去。

却说桐壶更在离宫之后,皇上满怀悲痛,难以入睡,只觉长夜漫漫,忧心似焚;派去探病的使者也迟迟未返,不禁长吁短叹。使者到达那更衣家外,只听得里面号啕大哭。家人哭道:夜半过后就去世了!使者垂头丧气而返,如实奏告皇上。皇上闻此噩耗,心如刀割,神智恍恍格愧,只得将自己笼闭一室,枯坐凝思。

小皇子年幼丧母,皇上很想将他留住身边。可丧服中的是子留待御前,无此先例,只得准其出居外家。小皇子年纪尚幼,见众宫女啼啼哀号,父皇也泪流不止,心中只是奇怪。他哪能想到平常父母子女别离,已是悲哀断肠之事,更何况同遭死别生离呢?

悲伤也有个限度,最后只得按照丧礼,举行火葬。太君恋恋不舍,悲泣哀号道:让我与女儿一同化做灰尘吧!她挤上送葬的众诗女的车子,来到爱宕的火葬场,那里庄严的葬礼正在举行。此时的太君,自木必说心情是何等的伤励!她呜咽难言,勉强说道:看着她,只想着平目的音容笑貌,便仿佛她还活着,真切地见到她变成了灰烬,才相信她已非这世间的人了。说罢,哭得几乎从车上跌了下来。众传女忙来搀扶,万般劝解。她们道:早就担心会弄到这般地步的。

不久,宫中的钦差来了。宣读圣旨道:追封铜壶更衣为三位。此番宣旨又引起了一阵号陶。皇上回想这更衣在世时,不曾作女御,总觉得异常抱歉,所以追封,对她晋升一级。不想这追封又引得许多的怨忌。知情达理的人,尚认为这更衣容貌秀丽、优雅可爱、性情温淑、和蔼可亲,的确无可指责。只因往昔皇上宠爱太过,所以遭人妒恨。如今已不幸身亡,皇上身边的女官们记起她品格之高贵、心地之善良,都不胜惋惜。所谓生前城可惜,死后皆可爱。这古歌必是为此情此景而兴的了。

时光流逝,桐壶更衣死后,每次例行法事,皇上总派人前往吊唁。抚慰也总是格外优厚。虽已事过境迁,但皇上悲情依旧,实在难以排遣。他不再宣召别的妃子待寝,只是朝夕以泪洗面、隐愁忍痛。身边的侍臣见此,都忧然叹息、相对垂泪。宫中只有弘徽殿等人,始终不肯容忍桐壶更衣,并说道:作了阴间的鬼,还令人不得安宁,这般宠爱也真是难解啊!皇上虽有大皇子传侧,可是心中仍是惦着小皇子,还时常派遣亲信女官及乳母等到外家探询。

时值深秋。一日黄昏,朔风乍起,使人顿觉寒气透骨。面对这番情景,皇上忽然忆起昔日旧事,倍觉神伤,遂派了韧负和命妇到外家存问小皇子音信。二人即刻登车前往。此时正逢皓月当空,皇上徘徊宫中,仰头望月,追忆往昔情形:每逢月夕花晨,宫中必有丝竹管弦之声。那时桐壶更衣或则弹琴,清脆的音色、沁人肺腑;或则吟诗,婉转悠扬、不同凡响。她的声音笑貌,时隐时现,仿佛就在眼前。然而幻影虽浓,又哪抵得过一瞬的现实呢?

待那韧负和命妇到达外家,车子进门方定,只见庭院寥落,四周一片凄凉。这深楼老宅原本桐壶太君温居之所,为了调养这如玉的桐壶女儿,也曾经略加装修,维持过一时的体面。可是自更衣死后,这寡妇日夜为亡女悲伤饮泣,已无治理庭院之心,所以杂草丛生、花木凋零。今日寒风萧瑟,这庭院便倍显冷落凄凉。只剩了一轮秋月,如银盘般向繁茂的杂草遍洒清辉。

命妇从正殿南面下得车来,太君一见宫中来人,禁不住又悲从中来,哀哀切切,一时不能言语,好半天才哽咽道:妾身命苦,如今落得孤身一人枉活人世。今势呈上的眷爱,风霜之中,驾临寒门,教老身感愧有加!说罢,泪如雨下。命妇答道:前几日典诗来此,回宫复奏皇上,说起这里的情状,伤心惨目,真叫人肛肠欲断。我本愚笨无知之人,今日来此,也感到很是悲戚!她略一踌躇,传旨道:皇上说:更衣之死原只道是做梦,一直神魂颠倒。后来虽稍安定,但仍痛苦不堪。真不知何以解忧啊!因此欲清太君悄悄来宫中一行,不知可否?又每每挂念小星子,可怜他年幼便丧母别父,在悲泣中度日,清早日携其来此。万岁爷说这番话时,声气断续,忍泪吞声,只因恐旁人笑其怯弱吧,教人看了,实在令人难当。因此未及他把话说完, 我便早早退出了。说罢,即呈上皇上手书。太君说道:老身终日以泪洗面,泪流过多,以至两眼昏花,承蒙皇上踢此御函,眼前顿添光明。便拜读圣旨:

本来希望时光的流逝能使心中的悲伤逐渐减少,岂料历

久弥深,越加无法排遣。此真无可奈何之事!皇儿近来如何?

时时想念。不能与太君共同抚养,实是憾事。今请偕此予入

宫,聊为对亡人之遗念。书中另叙别离之情种种,并附诗一首道:

夜风进冷露,深宫泪沾襟。遥遥荒话草,顿然倍孤零。太君未及读完,已是泣不成声。缓缓道:妾身老朽,苟且人世是因命当受苦。如今面对松树,已羞愧难当;何况九重宫门,岂有颜仰望?屡蒙皇恩,百般抚慰,真不知何以表达老身感激之情。但臣妾自身,不便冒昧入宫。只是暗自感到:小皇子虽然年齿尚幼,但不知缘何天资异常聪慧,近来终日想念父皇,急欲进宫。此实在是人间至情,深可为人嘉悯。这事望代为启奏。妾身命薄,居此荒落之地尚可,可是小皇子,实在委屈他了……”

时值小皇子睡中。命妇说道:此番本当拜见小皇子,才好将详情奏复皇上。但念皇上尚在宫中专候回音,恕不便在此久留。便要告辞。太君说道:痛失爱女,心情郁结,苦不堪言,实欲与知己之人叙谈衷曲,以稍展愁怀。公余有暇,请务必常顾寒舍,妾身不胜感念。忆昔日每次相见,皆为良辰美景欢庆之事。而今传书递柬寄托悲愤,实非所愿。全怨妾身薄命,不幸遭此苦厄。亡女初生之时,愚夫妇即寄与厚望,祈愿此女为门庭增光。亡夫弥留之际反复叮嘱妾身:务必实现吾女入宫之愿,切勿因我之亡故而作罢。妾身也曾忧念,家中无有力后援,愚女入宫后必受种种委屈。只因不忍违反其父遗嘱,其后才遣其人宫。承蒙主上宠幸,愚女入待之后,得到万般怜爱,真是无微不至。亡女周旋于众妃之间因此而不敢不忍受种种无理侮辱。怎料得朋辈妒恨,日积月累,痛心之事,难于倾述。终因积忧伤身,以至惨遭大病,命归黄泉。皇上的千般宠爱,如今反成怨恨之根。唉,不说也罢,这不过是我这伤心寡妇胡言乱语吧了。太君一阵心酸,话未说完已是泣不成声。

此时已是夜深,命妇说道:太君所言极是,皇上也是如此想的。他说:我虽真心真意爱她,也不该如此过甚,以致惊人耳目,使这番恩爱不能长久。现在想来,我俩的盟誓,却是一段恶缘!我自信一向未曾作过招人怨恨之事。只为了此人,竟把得许多无端怨恨,如今又落得形单影孤,反倒成了个笑柄。这也是前世作孽吧!他时时申述,眼泪始终未干。絮絮叨叨,难以尽述。

最后命妇又含泪道:夜已至深,今夜之内还须回宫复奏。遂急欲动身。此时,冷月西沉,寒风拂面,夜天如水,使人倍感凄凉;乱草丛中,秋虫鸣声凄婉,催人下泪。此情此景,令命妇不忍离去,遂吟诗一首道:

秋虫纵然伴人泣,长宵已尽泪仍滴。吟罢,尚待登车,只听那太君答诗,命侍女传道:

哭声稠稠似虫鸣,

宫人同悲泣声起。请将此怨恨之词,代为转奏。太君想到,此番犒赏命妇,所用礼物不宜过于富有风趣,遂将更衣遗留的一套衣衫、一些梳妆用具,赠与命妇。这些东西也仿佛专为此用而遗留着的。

伴着小皇子来的众位年轻侍女,人人悲伤,自不待言。她们看惯宫中繁华景色,叹息此地衰落凄凉。她们念及皇上悲痛的情形,甚为同情,便劝说太君,将小皇子早日送人宫去。这太君认为自己乃不法之身,此时偕小皇子入宫,定会生出非议;而自己若不见小皇子,即使时间短暂,也觉心头不安。小皇子入宫一事,因此搁置。

命妇回得官来,见皇上尚未安歇,怜措之情顿生。清凉殿前,此时秋花秋草正十分繁庞。皇上带着四五个女官佯装观赏。那四五个女官都性情温雅,和皇上静悄悄地闲聊消遣。近些时日,皇上心绪稍宁,早晚披阅帐恨歌》画册。这是从前宇多天皇命画工绘制的,内有著名诗人伊势和贯之的和歌及汉诗。皇上日常谈论,也多是此类话题。此时皇上看见命妇回宫,便急忙询问铜壶娘家的情状。命妇便将此行见闻悄悄奏告。皇上细读太君复书,但见书中写道:辱承锦注,诚惶诚恐,愧无置身之地。拜读温谕,悲感并聚,以至心迷目眩。

嘉荫凋残秋风猛,弱草芳尽不胜悲。诗中失言之处,料是悲伤过度,方寸已乱所致,皇上也并不以此见怪。皇上不想别人窥得自己隐情,但哪里掩饰得住?回想更衣初到时两人干种风流、万般恩爱。如今只落得形影相吊,孤独一人,便觉得自己甚为可怜。他道:当初太君不想违背大纳言遗嘱,才遣此女入宫。我本来应该对她厚遇善待,以答谢此番美意,竟迟迟未行。只可惜如今人失琴暗,徒作空言而已!皇上说到此处,觉得甚为含歉。接着又道:所幸,更衣已生下小皇子,待他长大成人,老太君定得享福之时。唉,但愿他能如太君所愿才好。

命妇将太君所赠礼物呈皇上御览。皇上看了,心想道:这如果是临邓道士探得了亡人居处而带回的钢合金锭,那有多好……”但如此空想,也是无用。遂吟诗道:

君若化作鸿都客,香魂应循住处来。

皇上看现《长恨歌》画卷,觉得杨贵妃于画中的容貌虽然悦人,即使是名家手笔,但终觉笔力有限,少了生趣。诗中描绘贵妃的面庞和眉毛如太液芙蓉未央柳,这比喻固然恰当,唐时的装束也很是艳丽优雅。但一想起铜壶更衣的妩媚温柔,就觉得任何花鸟的颜色与声音都逊色了。以前朝夕厮守,共吟在天愿作比翼鸟,在地愿为连理技’”之诗句,还立下盟誓。如今一切都化作了水月梦花。此时正当风啸虫鸣、万物伤秋,无不使人哀思。而弘徽殿女御久不参谒帝居,却在此深夜时分赏玩月色,奏起丝竹管弦来。皇上听了,甚为不快,只觉得声声刺耳。皇上身边的殿上人和女官们,深察皇上心事,听到这奏乐之声,也都极为生厌。这弘徽殿女御原本冷酷之至,全然不顾及皇上心事,因此故作此举。此时月已西坠,皇上即景口占道:

宫墙月暗泪眼昏,造传荒邱有无明?皇上想起桐壶更衣娘家的情状,挑灯凝思,全无睡意。忽听得巡夜的右近卫官唱名,方知此时已是丑时。是上恐枯坐过久,惹人注意,只得进内就寝,仍是辗转难寐。次日起床,又回想从前珠帘锦帐不觉晓的情景,不免又是触景伤情,朝政也懒得理了。早膳勉强举筷,也只是应名罢了;正式御餐,早已废止了。因此侍膳的人,见此情景,个个忧愁叹息。近身持臣,无论男女,人人着急,均叹道:这实在是毫无办法的了!是上和这桐壶更衣,定有前世宿缘。更衣在世之时,皇上一味恩宠,也全然不顾众人的讥诮怨恨。及至死后,又日日愁叹,凡与这更衣有关之事,都一味佝情,甚至疏懒朝政。真是不可思议啊!并引唐玄宗等外国朝廷的例子来低声议论,暗自叹息。

过了些日子,小皇子回宫。这孩子越发长得俊美了,竟不似尘世间人,皇上自然更是怜爱有加。来年春天,册立太子,皇上心中极欲立小皇子为太子,但苦其无显赫的外戚作后援;而废长立幼,又为世人所忌,恐反而对小皇子不利。遂打消了这念头,只好不露声色,仍立了大皇子为太子。于是世人便有评论:对小皇子钟爱如此,终于不立为太子,看来万事毕竟是有分寸啊广大皇子母亲弘徽殿女御至此也觉得宽慰了。

这更衣太君自女儿死后,一直悲伤抑郁,无以自慰。她终日祈祷佛主,愿早八天国,与女儿相聚。不久,果蒙佛力引渡去了西天。皇上为此又颇为悲伤。时小星子年方六岁,已懂得一些人情,哭悼外祖母,真是位借尽哀。祖孙相依多年,亲情难分。弥留之际,口中念念有词,反复念及这小外孙,确是悲戚不已。小皇子自此以后也就长留宫中了。

小皇子七岁开始读书时,其聪明颖悟,已是绝世罕见。皇上见他过分机敏,反倒觉得担心。他道:现在谁还再去怨恨他呢?他没有母亲,就此一点,大家也该好好疼惜他。皇上驾临弘徽殿,也常带他去,还让他人帘玩耍。这小皇子确实长得可爱,面恶或有仇怨的人,一看见他可爱的情态,也禁不住面带喜色。弘徽殿女御也不忍心很他了。除了大星子以外,这弘徽女御还生有两位皇女,相貌都比不上小星子的俊美。女御和更衣们见了小皇子,也都不计前嫌。人们都想:小小年纪竟这般雅致风韵、仪态羞媚,确是十分的可亲可爱;可和他游戏玩耍,还须谨慎对待才是。又兼天资聪慧,规定学习的各种学问,均能触类旁通。就是琴笛之类,也很是精通、拥熟,演奏起来,清纯悦耳的声音响彻云霄,其多才多艺之能,教人难以置信。

却说朝鲜国派使臣来朝见皇上,其中有一个高明的相士。皇上召见这根土,欲令其替小皇子看相。但手多天皇时已有禁令:外国人不得入宫。皇上只好将小皇子扮作朝臣右大井的儿子。这右大并原本是小星子的保护人,他们一起来到款待外宾的鸿肿馆访问相士。相上看罢小皇子的相貌,吃惊不小,又几度测首细看,不胜诧异。他道:从这位公子的相貌来看,有君王之相,应该登至尊之位。但果真如此,又恐国家将有变乱,自己也多忧患。如果作为朝中大臣,辅佐治理天下,则又与其相貌不合。这右大并原本是个富有才艺的博士,当下便和这相上海阔天空地交谈起来,言语也很是投契。两人吟诗作文,互相答谢。相士即日便要告辞返国,他此次得见如此相貌不凡的人物,已深感欣幸;如今离别在即,反生几分悲伤。他作了许多优美诗文抒发此种心情,并赠与小皇子。小皇子也吟颂诗篇,作为答谢。相上读罢小皇子的诗篇,赞不绝口,再次赠送种种珍贵礼品。朝廷也重重赏赐这相土。此事虽然秘而不宣,但世人早已传遍。现太子的外祖父右大臣等得知此事,恐皇上有改立太子之意,于是心中疑忌顿起。

皇上十分贤明,也很能通晓相术,对小皇子的相貌,早就成竹在胸,也就一直不曾封他为亲王。如今听这朝鲜胡士所说和自己见解不谋而合,一方面觉得这相上实甚高明,另一方面又暗下决心:一定不让他做个没有外威作后援的无品亲王,以免他一生坎坷。我还能在位几年,也难料定。倒还不如让他做个臣子,将来辅佐朝廷。为他前程着想,也不失为两全其美之计。从此就教他研习辅佐朝政的种种学问。小皇子明了此道之后,更显得才华横溢了。视其才能,居臣下之位,确实十分可惜。然而封他为亲王,定然招致世人疑忌,对他反而不利。让精通命理的人为此推算,结果相同。于是皇上从此便决意将这小皇子降为巨籍,赐姓源氏。

岁月流逝,但皇上对桐壶更衣的思念却丝毫未停止。有时为消解愁闷,也召见一些颇有声名的佳人,但哪能和桐壶更衣相比?因此更感到如桐壶更在那样的美人真是世间少有。于是从此毫无美色之思,也日渐疏远了女人。一日,一个侍候皇上的典待,提起先帝的第四是女,说她容貌姣好,人人夸艳,其母后也宠爱异常。这典诗曾侍候过先帝,与她母后也很是亲近,时常进出官邪,亲眼见着这四公主长得花月之容;而且现在也时常隐约窥见其姿容。这典诗奏清道:臣妾已入宫侍奉三代人主,未尝见到与桐壶娘娘相似之人。只有这四公主肖似桐壶娘娘,也实在是倾国倾城之貌呵。皇上闻言,想道:莫非世间还有如此巧合之事?一时心动,便传备厚礼,唤四公主进宫。

得到皇上传唤,母后异常着急,想道:这可如何是好?这可如何是好啊?弘徽殿女御乃歹毒妇人,桐壶更衣分明便是被她折磨死的。前车可鉴,真教人心寒!她左右寻思,犹豫不决。终于未将四公主护送入宫。不巧这其间母后突然病亡,落得四公主孤身一人。是上心生怜悯,诚恳地遣人存问,对她家人道:教四公主入宫吧,我把她当作余女看待。四公主的众侍女、保护人,还有作兵部卿亲王的兄长都认真思量道:与其在家孤苦度日,还不如送入宫中,心情也许可以宽慰一些。便送四公主入宫。四公主住在藤壶院,于是称她为藤壶女御。

待皇上召见藤壶女御,觉得她容貌风采秀丽,确实酷似已故桐壶更衣,而且出身高贵、气质不凡,妃嫔们对她又无可贬斥。藤壶女御入宫后,也确实很是称心。已故桐壶更衣出身低微,受人轻视,偏偏却深得皇上恩宠。皇上虽仍然对桐壶更衣情有独钟,但爱情却不知不觉间移注到藤壶女御身上,心情自然也就变得欢慰了。这实是人间常情,真令人感慨啊!

源氏公子时刻不离是上左右,日常侍奉皇上的妃嫔们对他也从不按规矩回避。妃嫔们个个都自以为美貌不逊于她人,而她们也全都妩媚窈窕。然而她们个个都比公子年长,态度也老成规矩;唯这藤壶女御年龄幼小,相貌又十分出众,见了源氏公子常常含羞躲避。公子朝夕出入于宫闭,自然常常窥见藤壶女御美色。母亲桐壶更衣去世时,公子年方三岁,自然不曾记得她的面容。但听那典侍说起母亲,与这位藤壶女御相貌酷似,年幼的公子便心生恋慕,也时时亲近这位继母。两人同是皇上宠爱亲近的人儿,是上便常常对藤壶女御说:不要疏远这孩子。你和他母亲相貌异常肖似,他亲近你,不要认为是无礼,要对他多怜爱才好呢。他母亲音容笑貌和你相象,自然他的音容笑貌也和你相象。你们两人作为母子,也是相称的。源氏公子听到此话,童心暗自高兴。每当春花秋月、良辰美景之时,他便常去亲近藤壶女御,表现出他对藤壶女御的恋慕之情。弘徽殿女御与藤壶女御也不能相容,受此连累,也勾起她对源氏公子的旧恨,对源氏公子也很是不能容纳了。

皇上常常称赞藤壶女御名重天下,把她视作举世罕有的美人。但源氏公子的容貌比她更为光彩动人,因此也就有人称他为光华公子。藤壶女御和源氏公子都很受皇上宠爱,因此人们又称她为昭阳妃子

源氏公子着童子装,十分娇艳可爱,改装真是有些可惜。但宫中惯例,男童十二岁*,都应举行冠礼,改作成人装束。为了办好这仪式,皇_匕亲自安排指挥,日夜操持。除规定的制度之外,又增加了种种排场,使规模更为盛大。昔日皇太子在紫表殿举行冠礼,场面非常隆重;而源氏公子的冠礼,皇上欲使其比那次更为隆盛。仪式的飨宴,历来由内藏素及谷仓院当公务办理X学上深恐他们不能办得周到,因此特别颁旨,务必操办得尽善周全。仪式设在皇上最喜爱的清凉殿东厢,东面是皇上宝座,在宝座前设置受冠者源氏和加冠大臣的座位。

申时源氏公子上殿。他梳成总角的重发,左右分开,在耳旁挽成两个可爱的双害,甚是娇艳可爱。马上就要改作成人装束,实在可惜啊!执行剪发仪式的大藏卿,面对源氏公子一头青丝美发,也实在不忍下手。此记此景,使皇上又怀念起他母亲桐壶更衣来。。心想:要是更衣还在,见此情景不知该作何感想。想到此处,竟一阵心酸,又只得隐忍下去。

加冠之后,源氏公子到休息之处换成人装束,走上殿来拜见父是。众人一见,无不赞叹激动。皇上更是百感交集,昔日已近淡忘的悲哀,而今重又涌卜心头。先前担心源氏公子天真烂漫的可爱风姿因改装而减色,岂知改装之后,越发显得俊美可爱了。

行加冠之礼的左大臣,夫人是位是女,足下一女,名为葵姬。皇太子倾慕这葵姬,想聘娶她,无奈左大臣迁延未许,只因为有心将此女嫁与源氏公子。他曾将此意奏表皇上。皇上心想:这孩子加冠后本来缺少高贵的外戚作后援。左大臣既有此心,我也就成其美事,教葵姬传寝吧。冠礼之前,皇上曾催促左大臣早作准备。正好左大臣意欲早成此事,也就欣然应允了。

仪式完毕,众人退殿到待所。此时传所之内,大张筵席。源氏公子在诸亲王末席落坐。左大臣在席上隐约提起葵姬。公子年事尚幼,腼腆低头,羞而不语。不久内待传旨,皇上召见左大臣。待左大臣入内见驾,御前众命妇便将冠犒赏品赐与他:照例是白色大褂一件、衣衫一套,并赐酒一杯。其时皇上吟诗道:

童发己承亲手束,合欢双带结成无?诗中暗含结亲之意,一听之下左大臣心中很是喜悦,立即和道:

合欢朱丝绍民心,只愿深红永不消。随即走下长阶,来到庭中,拜舞叩谢皇上。皇上则命赏赐左大臣在马家御马一匹、藏人所鹰一头。各公卿王侯也都依次排列阶前,分别拜领赏赐。由源氏公子呈献众人的肴撰点心,或装匣,或装筐,均由右大共受命调制。另外赏赐下僚的屯食,犒赏其他官员的礼品,都装在古式柜里,满放陈列,所有的桌儿也已塞满,礼品的丰富和盛大胜过皇太子加冠之时。

当晚源氏公子即赴左大臣邸宅招亲,盛大的结婚仪式,其场面又为世间少见。左大臣着自己女婿,确实娇小玲珑,俊秀美丽。只是葵姬比新郎年纪稍大,觉得有些不相称,心中也很是尴尬。

左大臣原本受皇上信赖,夫人又是皇上的同胞妹妹,因此在任何方面都已是高贵无比。现在又招得源氏公子为婿,声名也就更加显赫了。皇太子的外祖父在大臣,虽与其同属朝中重臣,将来还可能独揽朝中大权,但如今与左大臣相比,也自愧弗如。左大臣姬妾成群,子女众多。正夫人所生的一位公子,现任藏人少将之职,也和源氏公子一样,秀美异常,是个英俊少年。右大臣虽与左大臣不睦,却十分看重这位藏人少将,竟将自己疼爱的第四位女公子嫁给了他。右大臣对这位女婿的钟爱,也并不亚于左大臣对源氏公子的重视。这真也是世间少有的两对翁婿!

源氏公子常被皇上宣召,形影不离,便很少去妻子家里。他心中一直仰慕藤壶女御盖世无双的美貌。心想:我能和这样一个世间少有的美人结婚,该有多好广这葵姬也是府门千金、左大臣的掌上明珠,娇艳可爱,只可惜与源氏公子性情总是木合。少年人总是很专一,源氏公子对藤壶女御秘密的爱恋,真是无以复加。已加冠成人,便再也不能像孩提时代那般随心所欲地穿帘入幕了。惟有借作乐之时,隔帘吹笛,与帝内琴声相和,借以传达爱慕之情。有时仅只听到藤壶妃子隐约的娇声,也能使自己的恋慕之情得到须许安慰。源氏公子因此一直乐于住在宫中。每每在宫中住了五六日之后,才到左大臣邸宅住两三日,如此与葵姬若即若离。左大臣则念及他年纪尚幼,难免任性,也并不加以留意,仍旧一心地怜爱他。源氏公子身边和葵姬身边的侍女,都是世间少有的绝色美人,又常举行公子心爱的游艺,千方百计讨其欢心。

桐壶更衣以前所住的桐壶院,如今成为了源氏公子在宫中的居所。昔日侍候桐壶更衣的侍女,也未加遣散,转于侍候源氏公子了。桐壶更衣娘家的邸宅,也由修理职、内匠素奉旨大加改造。这里原本有林木假山,风景十分优雅;现在更将池塘扩充,大兴土木,装点得愈加美观了。这便是源氏公子在二条院的私邸。源氏公子常想道:这个居所,如能让我与心爱的人儿居住才好啊!每每想到这些,心中难免有些郁倡。

世人皆言:光华公子,是那个朝鲜相上意欲夸赞源氏公子的美貌而取的名字。

 

第二章  帚木

光华公子源氏,即光源氏,也惟有这个名称是堂皇的;其实他一生屡遭世间讥讽评论,尤其是那些好色行径。虽然他自己深恐流传后世,落个轻浮之名而竭力加以掩饰,却偏偏众口流传。人言也实在可畏啊!

其实源氏公子处世甚为谨慎,也并无值得特别传闻的香艳选事。与传说中好色的交野少将相比,源氏公子也许尚不及皮毛。

源氏公子宫后近卫中将的时候,常在宫中侍候是上,难得回左大臣邪宅居住。以致左大臣家的人怀疑渐生:莫非派氏另有新欢?其实源氏公子本性并非那种见色起意之人。他虽有此种倾好,也只是偶尔发作,才违背本性,而作出不应该有的举动来。

梅雨季节,阴雨连绵不绝。宫中又正值斋戒期间,人们终日躲避室内,以避不祥。源氏公子因此长住宫中。左大臣久盼本归,日久不免有些怨恨。但还是备办种种服饰和珍贵的物品,送入宫中供源氏公子受用。左大臣家诸公子也日日到桐壶院来陪伴玩耍。众公子中,藏人少将乃正夫人所生,现已升任头中将,和源氏公子最为亲近,是源氏公子游戏作乐最亲热的对手。他与派氏公子的情形相似:虽受右大臣重视被招为婿,但十分好色;也很少去这正夫人家,却把自己家里的房间装饰得富丽堂皇,经常在此招待源氏公子。两人同来同去,片刻不离,也常在一起研习学问或游艺。这头中将的能耐竟也不亚于源氏公子。这样,无论到什么地方,两人都相伴而往,自然格外亲见,相处也不拘礼节。每有心事,也无所不谈。

某一日,下了整整一天的雨,到黄昏仍不停歇。雨夜时,中殿上侍候的人不多;铜壶院的静寂更胜于往日。灯移在案,两人正浏览图书,头中将随手从近旁的书橱中取出彩色纸页誊写的情书一束,正欲打开来看,源氏公子阻止道:这里面有些是不可看的,让我挑出些无关紧要的给你看吧。头中将闻言,心中甚为不快,回答道:我想看的正是那些不愿说与外人听的心里话呢。普通的情书,像我们这般的普通人也能收得许多。那些恨男子薄情的词句,才是我们所要看的呢。源氏公子只好与他看了。其实,放在这里的,也都是些很是一般的东西。重要而有隐情的情书,哪里会放在这等显眼的书橱呢?头中将看过之后,说道:各式各样真不少哩!就凝思猜测起来:这是某某写的,那是某某写的。有的猜得很对,有的猜错了路子,便疑惑不决起来。源氏公子心中觉得很是好笑,也并不多作解释,只是一味加以敷衍,把信收藏起来。然后说道:像这样的东西,你那里一定也是很多的。我也正想看些,我情愿把整个书橱打开来与你交换。头中将道:我那些,你哪里看得上眼呢?接着,便发起感想来:

我到现在才知道:世间女人众多,可十全十美、美玉无援的却不可多得。那些表面风雅,信写得美妙,交际亦得体的人也多。可要在各方面都很是优异的女子,却实在难得。自己稍微懂得一点,就一味夸耀而看轻别人,如此令人生厌的女子,却是很多啊。

常常有这样的女子,父母双全,对她又怜爱有加,娇藏在深闺,将来的期望好像也很大;男子从传闻中听说这女子的某种才艺,便倾心爱慕,也是常有的事。此种女子,大多容貌姣好、性情温淑,青春年华,却闲暇无事,模仿别人,专心学习琴棋书画以自娱,结果学得一艺之长。媒人往往避其短处而夸大她的长处。听的人虽有所疑,又不能推断其为说谎。但一旦相信了媒妁之言,和这女子相见,以致相处,其结果也是常常令人失望的啊!

头中将说到这里,故作老成地叹了一口气。源氏公子不能完全赞同他的话,但觉得其中又不乏可取之处,便笑道:她们中真的全无具有半点才艺的女子,有没有呢?头中将闻此,当下又发议论道:

一个女子,真个一无所长,谁也不会受骗去向她求爱。只恐怕世上完全一无是处的与完全无援可指的女子,同样也是少有的吧。出身高贵的女子,众人宠爱,缺点多被隐饰;听到见到的人,自然也都相信是个绝代佳人。而中等人家的女子,她的性情、长处,外人都看得到,优劣是比较容易辨别的。至于下等人家的女子,不会惹人注目,也就不足道了。

听他说得有条有理,源氏公子也动了兴致,便追问道:你说的等级是什么意思呢?上中下三等,尺度是什么呢?假如一个女子,本来出身高贵,不料后来家道中落,以致身世飘零、身份也就变得低微了。而另一女子,生于卑贫之家,其后父亲飞黄腾达,便扩充门第,树立声威,这种人家的女子即成了名媛。世事变迁莫测,又如何判定这两种人的等级呢?正在此提问之间,左马头与藤式部丞两人值宿来了。这左马头也是个好色之人,见闻广博,能言善辩。头中将遂将他拉人座中,和他探讨上中下三等的分别,自然也就有许多不堪入耳之言。

左马头议论道:无论怎样升官发财,门第本不高贵,世人对他们的看法也是不一样的。而从前门第高贵,但是现在家道中落,月资也减少了,加上时过境迁,名声也会衰落的。这种人家的女子心性虽仍清高,但因形势所迫,有时也会做出不体面的事来。像这两种人,各有所长,依我看也都还能归人中等。还有一种人,身为诸国长官,掌管地方大权,等级虽已确定,但其中也有上中下的差别,而在她们里面选拔中等的女子,正是目前的时尚。另一种人,地位比不上公卿,也不及与公卿同列的宰相,只是有四位的爵位。然而在世间的声望并不坏,出身也不贱,自得其乐地过着愉快的日子,这倒也变不错的。这种家庭经济富裕,无花费之忧;教养女儿,更是审慎认真,对孩子的关怀也无微不至。这种环境中长大的女子,其中必有不少才貌双全的美人呢!这样的女子一旦入宫,有幸获得了恩宠,便有旱不尽的荣华,这种情况实在是很多的呢!

源氏公子笑着插道:如此道来,上中下等全以贫富来定标准了。头中将便不满地指责道:这不像是你之言语!

左马头不为所扰,自顾说道:昔日家世高贵,现在声望显赫、条件优越,然而在这样的人家成长起来的女子,大都教养不良,相貌可惜,毫无可取之处。人们定会认为:如此富贵之家的女子,怎会养成此等模样呢?这是不足道的。相反,芳家世高贵、声望隆盛,则教养出来的女儿才貌相全,众人才认为是当然的事。只可惜,最上等的人物,像我这样的人难以接触,现在暂且不去谈论。可世间还有此类事情:荒郊村野之外的蓬门茅舍之中,有时竟埋没着聪慧、秀丽的美人,尽管她们默默无闻、身世可怜,却总能使人倍觉珍奇。这样的美人生长于如此僻境,真个使人料所不及、永生难忘。

也有这样的人家,父亲衰老而肥蠢,兄长的相貌也令人生厌。叹以料想,这人家的女儿必不足道;可哪里知道闺中之女竟也绰约风姿,言行举止亦颇有风韵?虽然只是稍有才艺,也实在出人意外,此番兴味尤其使人感动。这种人与绝色无假的佳人相比,自然远不能及。然而出生于这样的环境,真教人心生留恋啊!

说到此处,他望望藤式部丞。藤式部丞有几个妹妹,传闻容貌声望甚佳。藤式部丞。心想:左马头这番话莫非因我妹妹而发?因有所虑,便默而不语。

此时源氏公子心中大约在想:即使在上品女子中,要觅得一位称心美人,也非易事,世事真是玄妙难解啊!此刻,他身着一件轻柔的白衬衫,外罩一件常礼服,飘带松散,甚是随意。灯影中,姿态跌丽,竟是一位非凡的美人。要配上眼前这个美貌郎君,就是选个上品之中的上品女子,也是不够的。

四人继续谈论世间各色女子的话题。左马头继续道:作为世间一般女子看待,固然无甚欠缺;倘若要选择自己的终身伴侣,世间女子虽多,也难得称心之人。正如同男子辅佐朝廷,具经无纬地之才的人虽多,但要真正称职的人怕也就少见了。贤明的人,仅凭一、二人之力治理天下,也是很难执行的;必须另有僚属,在上位的由居下位的协助,在下位的受居上位的节制,这样才可使得教化户施、政通人和。一家之小,主妇也只有一人。然而严格论来,作主妇必须具备的条件也甚多。一般主妇,往往长于此,则短于彼;优于此,则劣于彼。若明知其有缺陷而勉强迁就选择,这样的事世间也是不会太多的。这不同于那些好色之徒玩弄女性,骗得众多女子来只为选择比较;只因此乃人生大事,要相伴到老,实在该慎重选定,务求其完全如意称心,毋须由丈夫费力帮助矫正欠缺。因此选择伴侣,往往很难决定。

另有一类人,所选定的对象,并不合于理想;只因当初一见倾心,而恋情又实难舍弃,故尔决意成全。此种男子几乎全是心慈忠厚之人;而他所爱的女子,也定然有可取之处。然而纵观世间种种姻缘,多显庸俗平淡,很难见到绝妙美满的。我等低微,并无奢望,尚且难得称心之人;更何况你们心性极高,何种女子才能与你们相配呢?

有些女子,虽相貌平淡,却正当青春年少,人也清纯可爱;若情信言辞温雅、字迹娟秀,收信的男子则为之倾倒,急忙致信,渴望一睹芳容。及至见面了,却隔了帷帘,推闻几声娇音传情。此类女子,精于掩饰自己的缺陷。然而在男子看来,便真是个窈窕淑女,遂一意钟情,热诚求爱,却不知这是个轻薄女子呢!此乃择配的第一难关。

对于主妇,忠实勤快,作个贤内助乃首要之务。如此看来,其人无须过分风雅;闲情逸趣等事,不解亦无大碍,且无伤大体。但若是一味蓬头垢面,过于看重实利,只知家常杂务,又如何呢?男子终日奔波劳累,田间有所见闻,无论国家大事、私人细节,或善事、恶事,总免不了想向人倾述,这些又怎可与外人随便谈及?便希望有一个情投意合的妻子,心灵相应,无话不谈。有时或有满腹可笑可泣之事,或者他人关注的话题,颇想对妻子谈论。然而妻子却呆头木脑,只能对牛弹琴。终究只得心中回味,或自言自语,或独笑独叹。对此,妻子却又瞠目而视,甚至骇然问道:你这又是如何了?。这样的夫妇真是可怜啊!

倘若这样,倒不如有个驯良如童稚的女子,经过丈夫竭力调教,或可养成美好的品性。这样的女子虽然不一定深可信赖,但教养总会有收效。与她相处,一看其可爱乖巧之相,便会感到她所有的欠缺,皆可容忍;可一旦丈夫远离,吩咐其应做之事,以及离别问突然发生之事,不论玩乐还是正事,这女子处理应对总不能自作主张,难以周到妥贴,实为憾事。这种不能令人放心的缺陷,也教人甚为为难。但有一种女子,平时冥顽无知,相貌也无可爱之处,却会显出高明的手段,真让人意料不到。

左马头详论纵谈,却终无定见,不禁慨然叹息。过后又道:如此看来,何必论门第高下,更不必言相貌美丑,只求其性情不要过于乖僻,为人贤淑诚厚、平和温柔,便可作为终身伴侣。此外若具些精彩的才艺和高雅的情趣,这也不失为可喜的意外收获。虽稍有不尽人意之处,也无需强其补充了。只要忠诚可靠,外表的风情趣致后来自会日渐具备的。

世间更有一类女子:平时娇媚羞涩,每遇到恨怨之事,也强忍于心,如若不见,外表装出一脸冷态。到了悲愤填胸而又无法遣去时,便留下相思遗物、不尽凄凉的遗言、哀伤断肠的诗歌,独自逃往荒山僻处或隐身天涯海角。我幼年时听侍女们诵读小说,每每听到此类故事,总是格外悲伤,不禁泪下。但是现在回想起来,却觉得这种人未免太过轻率,也显得矫揉造作了。虽然心中痛苦,但抛开恩爱深重的丈夫,不体谅他的一片真心而逃隐远方,也真叫人迷们难解。以此窥测人心,这正是一失足成千古恨的行径,且是无聊之极的举动啊!或听见旁人盲目赞扬;志气真高呢!感伤之余,便决意削发为尼。出家之初,尚心若静水,远离红尘,对世间俗事无一丝留恋之心。后来相知者来访,见面皆言:唉,可怜啊!没想到你觉有这般决心广丈夫情缘未绝,日日思念,不免流泪。待老妈们见此情状,频频对她说道:老爷真心怜爱着您呢,出家为尼,真是可惜呀。此刻她渐生悔意,伸手摸摸削短的额发,自觉意气沮丧,无限怅们,心中也懊悔不及。虽然万般隐忍,但一旦落泪,往往触景情生,不能自己。结果是凡心大炽,后悔之心日增。这定被佛主斥为秽浊凡胎。出家不彻底,反而误入歧途,还不如从前苟且浊世好呢。有前世因缘较深的,未及削发为尼,即被丈夫找到,相偕同归;然而事后每每回想,均感不快,这竟成了怨恨之由!既已成为夫妻,无论好坏,总须互容互谅,这才不失这前世姻缘。总之此类事情一旦发生,今后夫妇双方,皆难免互相顾忌,。心中定然产生隔阂。

还有一类女子,一见丈夫另有所爱,便心存忌恨,公然与丈夫离居,这也是愚蠢之举吧?男子纵使稍稍移爱他人,但回想当初刚相知相识时的热恋,心中难免仍然眷恋旧情。这样的心情,也许会使夫妇重新言归于好;如今愤然离居,此心则会动摇,以致淡漠,从此便情断难续了。如此看来,无论何事,总应沉稳应对:丈夫做出令人怨尤的事,直向他暗示自己已经知道;即使有可恨之处,亦应在言语中委婉表示而勿伤感情。这样,丈夫对自己的爱情尚可能挽回。男子的负心往往全靠女子的态度来救治。但女子倘若全不在意,任其放纵,即使丈夫因为暂时的自由而感谢妻子的大度,但采取这种态度的女子,亦不免太过于轻率了吧?那时男子会如同未系之舟随波逐流,不思归宿,这才是格外危险的。你说是不是如此?

头中将听得此言,连连点头,紧接着他的话说道:如今有此等事情,男子的俊秀和温柔为女子真心所爱,而男子有不可信赖的隐情,这就为难了。这时候女子自认问心无愧,宽容丈夫的轻薄之举,以为丈夫必然回心转意。可结果未必真是如此。那么也就只能如此:即使丈夫有违背自己的行为,女子除忍气吞声外也别无他法了。话说到此,他联想起自己的妹妹葵姬,便探视源氏公子;但见源氏公子闭目假寐,似不曾听见,心中顿觉扫兴,容颜也显得快快不悦。

这左马头于是作了裁判博士,大发议论。头中将想听到他优劣评判的结果,便热心地怂恿。左马头便又接着说道:

请听我用别的事情作比吧:比如细木工人,靠自己的手艺造出各种器物。若是造来用作临时玩赏的物品,其样式的选择就随心所欲,也没有什么定现。观赏玩耍的人,都牵强附会,认为这是最时尚的匠心独运,便纷纷效仿,感到是富有趣味的。但倘若是重要华贵的精细器物,且用来装饰庄严堂皇之处的,就必然有一定的格式,也就应当造得尽善尽美,物尽其用,这样便非请教高明的巨匠不可了。他们的式样,普通工人毕竟难以达到。

又如宫廷画院里的许多名画家,如要选出他们的水墨画稿来,一一比较鉴别,虽一时难以比较优劣,但终于还是可以判断的。可是画的如果是大家所不曾见过的神仙之境,或大海惊涛骇浪中的怪物,或中国深野荒山中的奇特猛兽,又或是都没见过的凶神鬼怪等,那么这些凭空想像之物,作者尽可全凭想像捏造,只求别出心裁,达到惊心骇目的效果即可,无须酷似实物,而观者也无从加以评说。但如果画的是世间常见的高山流水,眼前的寻常巷陌,或熟悉可亲、活灵活现的景点,或者画的是平淡的远山远景,林木葱茏、峰峦叠椅,近景中还搭配篱落花卉,异常巧妙。这时,名师的笔法显然技高一筹,这也是普通画师所不可及的。

再如写字,并无精深修养,只是挥毫泼墨,大肆渲染,装点得锋芒毕露,神气活现;粗略看来,实在是才气横溢、风韵流硒的宝墨。相反,具有真才实学的书法家,着墨不多,锋芒也并不显露;但若将两者并列于一道,让人反复比较揣摩,则孰优孰劣也是可以洞若观火的。

雕虫小技,尚且如此,更何况鉴定人心。依愚所见,凡逢场作戏的卖弄风情,故作的温柔施施,都不足信赖。此刻我想讲讲自己的往事,虽是情爱之谈,也请各位奉屈一听。

他说着此话,移坐向前,挨得近些。此时源氏公子也睁开眼睛,不再假寐了。头中将两手撑住面颊,正对着左马头,神情专注,甚感兴趣。这情景颇似法师登坛宣讲教义,教人看了觉得滑稽。但在此时,谈的人尽吐肺腑之情,已无隐讳之意。左马头于是讲道:

早些时,我的职位很是低微,遇着一个我所钟情的女子。此女相貌并不特别美丽。年少重色,当时我并无娶此人为终身伴侣之意。我一面与她交往,一面又颇觉不能如意,于是移情别处,问柳寻花,这女子便生出了嫉恨。我心中不悦,想:你气量宽大些才好呢,如此小鸡肚肠,实在令人讨厌!但有时又想:俄身份这般低微,渺乎小哉,这女子并不因此看轻我,也真是难为了她!所以我的行为检点起来,不再放浪形骸。

她的能耐也真是不错:哪怕是不擅长之事,只要为了我,她都会颇为劳苦地去学,去做。某些技能,尽管木是她的拿手好戏,仍很下功夫,不甘落于人后。凡事都尽心竭力地照料我,也毫不违背我的心愿。她人虽好胜,但时时顺从我,态度也就日渐温柔了。她惟恐自己貌不出众,而失去我的欢心,便勉力修饰;却又恐旁人看见,伤了郎君体面,便处心积虑、时时退避。总之,无不刻意修饰自己。慢慢看惯了,觉得她的心地也真不坏啊!惟有嫉妒一事,叫人不堪忍耐。

我当时想:这个人如此柔顺,总是小心翼翼,害怕失去我的欢心。我如果对她惩戒一番,威吓一番,她的嫉妒之腐也许会改掉吧。实际上找的确已是忍无可忍。于是又想:我若向她提出断绝交往,如果她真心钟情于我,则一定会幡然悔改,戒掉她的恶癣吧。我于是装得冷酷无情,不再理会她。她照例很生气,也十分怨恨。我对她道:你如此固执,就算前世有缘,也只得恩断情绝,永不再见了。今朝与我诀别之后,尽请吃你的无名之醋去吧。但我俩若想长久相守,那么我便是有些不是之处,你也该忍耐宽容,不要加以计较。只要你改去你的嫉妒之心,我便真心爱你。日后我若高升、晋爵,你便是第一夫人,异于凡俗之人了。我如此这般自以为高明,因而得意忘形。岂知这女子微微一笑,对我说道:你现在身微名贱,一事无成,要耐心等待你的发迹,我一点也不觉得痛苦;但若要我忍受你的薄幸轻慢,等待你改悔,则日月悠长,渺茫无期,而这正是我所最感痛苦的!与其如此,不如现在我们就诀别吧!她的语气毫不让步。我也愤怒起来,厉声说了许多愤激之言。这女子并不屈服,猛地拉过我的手,用力一咬,竟咬伤一指。我大声叫痛,威吓她道:我的身体受此残害,从此不能参与交际,前程被你白白断送了,面对世人我还有何脸面,只有入寺为僧了!今天就和你永别吧。我屈着受伤的手指走出门去,临行吟道:

屈指一年合欢日,

难耐只因妒心深?今后你也毋须怨恨我了。那女子听了,悲泣吟道:

数尽胸间无情恨,

应是与君分手时。虽然如此赠答,其实大家并不愿就此诀别,只是此后一段时间,我不再与她通信,暂且四处游荡。

此后,时值临时祭预演音乐那日深夜,忽然雨雪纷飞,花径风寒。众人从宫中退出,各自回家。我左思右想,除了那女子的住处,已无家可归。借宿宫中,又太嫌乏味;到另外一个装腔作势的女子那里去台夜,又难以得到温暖。于是忆起这个女子,不知道她那事后有何感想,便决意前去一探。于是,我弹弹衣袖上的雪珠,信步前往。行至门口,又犹豫起来,不好意思迈进门去。后来一想,雪夜造访,千般愁怨皆可解除了吧?便毅然直入。里间灯火微明,一些软厚的日常衣服,烘在大熏笼上;帷屏撩起,似乎今宵正在专候我的到来。我心中渐宽,自鸣得意起来。可她本人并不在,家中谁有几个侍女。她们告诉我:叫小姐今晚在她父亲的住所宿夜。原来自那以后,她并不曾吟过香艳诗歌,也未写过言情书信,只是终回笼闭一室,默默无语。我觉得沮丧,心中想道:难道她是有意叫我疏远她,才那样心生嫉妒的吗?然而又无确凿证据,自己也许是心情不快而产生的猜疑之举吧?环视四周,替我精心预备的衣物,染色和缝纫都较以前更加讲究,式样也较以前更为称心。可见诀别之后,她依旧钟情于我。现在虽不在家,却并非定然已与我绝交。此日晚我始终没能见到她。事后我多次向她表明心迹,她也并不对我疏远,有时即使躲避,却并非让我难以找到。她温和地对待我,从不使我难堪。有一次,她对我道:你如果还像从前一样浮薄,确实使我无法忍受。但如果你已彻底改过,安份守己,我便和你相处。我想:话虽如此,她定然不肯与我断绝交往,我何不再惩治一下。我对改过的事避而不答,且用盛气凌人之态予以回报。不料这女子伤心绝望,终于郁郁地死去了。我深感这种恶毒的游戏,是千万不可作的!

现在想来,她真是一个可以依赖的贤妻。无论是琐碎的事或重大的事,同她商量,她总有高明见解。讲到洗染,她的精细并不逊于装点秋林的女神立田姬;对于缝纫,她的巧手也不低于银河岸边的织女姬。在这些方面她也真可谓全才啊!

说到此处,他哽咽难言,陷入对往事深深的追忆之中,心中也甚为伤感。头中将附和道:

她的缝纫技术,姑且不论,你和她最好能像牛郎织女那样永结良缘。你那个本领不亚于立田姬的人,实在不可多得啊!如同变幻无常的春花秋叶,倘若色彩与季节不合,调和渲染又不得法,便无法让人欣赏,只会白白地枯死。更何况才艺兼具的女子,在这世间实在很难求得啊!他以此话来怂恿,使得左马头接着往下讲:

且说我还有一个相好的女子。这女子人品甚佳,心地也极为诚实,相貌也极富情趣。作诗、写字、弹琴,样样俱会,手很巧,口齿也伶俐,这一切很容易看出来。我虽经常宿在那嫉妒女子家里,有时偶尔也偷偷到这女子家过夜,觉得很是留恋。那嫉妒女子死后,我一时竟不知所措。连悲哀痛惜,也觉枉然,便时常与这女子亲近。时日一久,此人浮华轻薄处便显露无遗,教人看不惯,我觉得她难以使人信赖,遂逐渐疏远她。这期间她也似乎另有所爱。

十月的一个夜晚,月明风清,我从官中退出来时,有一个殿上的人招呼我,要搭我的车子同行。此时我正想到大纳言家去宿夜,这贵族说:今晚有一个女子在等候我,倘是不去,心里又觉得很是难受。我便和他同车出发。正好我那个女子的家在我们所要经过的路上。车子到了她家门口,我从土墙缺口处往庭中一望,一池碧水,映着月影,波光翩湘,清幽可爱。过门不久,岂不辜负这大好月色?谁知这贵族也正好在这儿下车,我只好不露声色,偷偷跟着下车。他大约正是与这女子有约,得意扬扬地走进去,在门旁廊沿上坐下来。暂时赏玩月色。庭中残菊经霜,颜色斑剥,夜风习习,红叶散乱,颇有诗情画意。这贵族从怀中取出一支短笛,放在唇边吹奏起来,笛声在夜空宛转回荡, 格外凄清。接着又随口唱起催马乐来:树影尽垂爱,池水亦清澄……’与此回应,室内竞发出美妙的和琴声,也许是先就把弦音调好了吧?和着歌声,珠落玉盘般弹出,演艺确实不凡!这曲调在女子手上流淌而出,隔帘听来,如闻仙乐,与笼罩在月光下委婉的景色十分相应。这贵族大为感动,走到帘前,说了些令人不悦的话:庭中满地皆是红叶,全无来人足迹啊!遂折了一枝菊花,吟颂道:

菊艳香困琴声起,

郎君情深方肯留。多有打扰。接着又道:百听不厌之人来了,请你尽情地献技吧。女的被他如此调清,便拿腔唱道:笛声吹得西风吼,此般狂夫不要留!两人就这么传着情话。那女子哪里知道我正听得气愤呢,接着又弹起筝来。她用南目调奏出流行乐曲,尽管指法灵巧,我听着却实在刺耳。

我有时遇见一些宫女,十分俏皮、轻狂,也并不管她们如此而和她们谈笑取乐。偶尔交往,亦自有其趣味。但我与这个女子,虽然只是偶尔见过一次面,要把她作为意中恋人,到底很不可靠。因为这女子过分风流轻浮,令人不能安心。我便以这日晚上的事件为理由,和她断绝了来往。

我那时虽少不省事,经历这两件事情之后,也能明白过于轻狂的女子,不可信赖。何况岁月推移,年事日增,当然更加明白此中道理了。诸位正值青春年少,一定恣情放纵,贪恋香艳梅施之情,喜欢风流雅韵之事,洒脱木拘。然而诸位可知,草上露一碰即落,竹上霜一触即消,此种风情难于长久。或许再过七年,诸君定能领会这番道理。鄙人如此功谏,也许愚昧,却全出自真心。小心谨防那种轻狂浮薄的女子,可能做出丑事,法污你高贵的声誉!他这样告诫众人。

头中将照例附和称是。源氏公子笑而不语,大概觉得:此话也说得不错。后来他说道:这些报琐之谈,不足为外人道哉!随即笑了起来。头中将说道:现在让我来道点痴人言语吧。于是说开了去:

我曾经和一女子有秘密来往。当初未有任何长远之计,但是和她混得极熟之后,竟觉此人啊娜俊美,分外可爱。虽然在一起相聚不多,心中已当她是个值得珍爱的意中人。日子久了,那女子也表示出想与我相依为伴的意思来。我心中当下寻思:她想依靠我,一定会埋怨我冷落了她吧?便心生愧疚。却不料这女子毫无怨尤,即使我疏远于她,久不相访,一去之后她仍把我当作情意中人,十分亲明体贴、殷勤相待。我一时心动,也就对她表示出希望长相厮守的意思。这女子父母双亡,孤苦伶仃,无所依靠,一副小鸟依人的感伤模样,真令人觉得可怜可悯。我见这女子稳重可靠,觉得放心,有段时日,许久没去访晤。不料这期间,我家里正夫人醋意发作,寻了个机会,把些恶言秽语带去羞辱她。我后来才知道发生了这等意外烦恼之事,心中常常记挂,却并没有写信与她,也久不探访。我的行为深深地伤害了她。她意气消沉、神情沮丧,终日形单影子。我和她之间已有一小孩。她苦思却不见我去访晤,遂折了一枝抚子花教人送与我。头中将说到此处,一时情动,眼角竟流下泪来。

源氏公子忙问道:信中怎么说呢?

头中将说:没有什么特别的,只这一首诗:

荒山孤残壁,年年寂寞春。愿君惜抚子,得沐雨露恩。我得了信,很是放心不下,当下便去访晤。她面带愁容,却照例殷勤接待了我。多口不见,她已面目推悻,芳容不整。家中庭院萧条冷落,加上此时正当霜露交加之时,倍觉凄惨不堪。她的话语如同秋虫悲鸣,极易令人想起古昔哀情小说中的情景。我便回诗一首道:

迷乱群花开,芳姿烂漫来。

最美常夏花,独怜无技争。且不提比作抚子花的孩子,却想起古歌夫妇之床不积尘之句,便心生感激之情,也只得用常复花来比拟她,给她安慰。这女子便吟道:

惟此拂尘袖,人怜泪不干。

秋来西风紧,常夏早凋残。她浅吟低唱,并无真心痛恨之色。尽管已经泪流满面,却仍旧竭力掩饰,羞于表露其内心的痛苦。我知她恨我薄情,又不愿让人觉出她心中的伤痛。她坚定的样子,又让我愧意稍宁了。后来又一段时期未曾去见她,哪知这期间她已经隐踪匿迹,不知去向了!

现在我想,如果这女子还在世间,一定穷愁潦倒了吧!倘若她以前知道我是爱她的,向我倾诉心中怨恨,表示些许缠绵诽恻,也不会落到如此离家飘泊的地步啊!我也不会对她长久不理,我会把她视为妻子,倍加爱怜。那孩子很可爱,我也设法四处寻找,但至今沓无音信。其实,这和刚才左马头所说的不可信赖的女子,同出一辙。这女子表面不露声色,暗地里却恨我薄情,我还蒙在鼓里,只觉此人可怜,稳重可靠,并一味徒劳的思念。此种险恶女子,现在我已将她渐渐忘怀,而她恐怕还惦记我,于夜深人静之时,常抚胸悲叹吧?这又是一个不能白头到老、相互信赖的女子。如此看来,前面说的那个爱嫉妒的女子,想想她尽心尽力服侍我,也觉难于忘怀,但倘和她朝夕相处,则又觉得喀苏可厌,不值得相守。而那个善于弹琴、聪明伶俐的才女,其轻狂浮薄也是不容饶恕的。刚才我说的那个女子,虽然稳重可靠、小鸟依人,她的不露声色,也很令人怀疑。究竟如何是好,终是不能决断的。人世之事,难道都是这样难尽人意?像我们如此这般一个个列出来,互相比较,也难确定孰优孰劣。美玉无暇的佳丽,哪里找得到呢?那么只有向吉祥天女求爱,可惜佛法气味又太浓,叫人胆颤心凉,毕竟是亲近不得的啊!说得大家都笑起来。

头中将扭头看看藤式部丞,见他未曾开口,说道:你一定暗藏了好听的话儿,讲点给大家听听吧。式部丞答道:哦地位低微,不足为道,有什么话儿可讲给你们听呢?头中将不依此话,连声催促:快讲,快讲!式部丞说:那么教我讲些什么呢?他想了一想,缓缓说道:

我还是个书生的时候,遇着了那种有贤才的女子。正如刚才左马头讲的那人一样,国家大事、个人生活,样样通晓,为人处世也甚为高明。谈论才学,实可叫那些装腔作势、半瓶于醋的博士也无地自容。谈起话来,总使得对方不得开口。我怎么认识她的呢?那时我到一位文章博产家里去,向他请教汉诗汉文。这位博士有好几个女儿,我瞅得个机会,向其中一个女儿求爱。她父母知道了,当下乐意置办酒席,作为庆贺。那位文章博士兴致勃勃,在席间高吟听我歌两途。我同这个女子其实感情并不十分相投,但碍其父母情面,也就和她相处了。这女子对我照料得非常周到,枕上私语,也都是些眼前求学上进、将来为官作宰之事。有关人生大事的知识,她都教我。所写书文,一手汉字,一个假名都不用,行文洋洋洒洒,措辞堂堂皇皇。我和她亲近,就成了自然的事了,把她当作不可多得的老师,学得了一些知识,也会写一些歪诗拙文。她是一个称职的老师,令人难以忘记,却不能让人将她视为一个情爱十足而又极可依靠的妻子。像我这样不学无术又极度虚荣的人,一旦举止不端,在她面前现出丑来,是很可耻的。当然,你等资公子,是用不着这等泼辣机巧之女子的。此人不宜为妻,我自然明白,但姻缘既已修成,也只好迁就。总而言之,男子是多么的无聊啊!说到这里,式部丞打住话头,头中将催他快讲下去,说:这倒是一个很有意思的女子哩!式部丞明知这是捧场之言,心中却甚是高兴,仍然得意扬扬地往下讲去:

此后一段时间,我久未到她家去。适逢一天我顺便又去访问,到她家一看,觉得有了变化:从前我是在内室与她畅谈,而今设了帷屏,教我在外面对晤。我心中不悦,估计她是恼我久不相访,便顿觉可恶起来。于是想:既然如此,何不乘此机会一刀两断呢?可是差矣,这个贤女不仅毫无酵意,反而极通情达理,不恨不恼。闻她屏内高声说道:妾身近染风寒,已服用极热的草药身有难闻恶臭,不便与君接近。虽然帷屏相隔,但若有我能做的杂事,尽请君吩咐。口气温和至诚。我颇为沮丧,无话可答,只说了一声知道了,便欲急急退出。这女子大概觉得此次相会过于简短了吧,又高声道:改天妾身的恶臭消尽之后,请君务必再来。一听之下,我心中当即十分为难:不回答呢,对她不起;暂时逗留一会呢,那恶臭飘过来,浓浓的味儿,实在难当。我匆匆地念了两句诗:

塘子朝飞良夜永,何必约我改天来?你这借口有些出我意外。一语未了,随即奔逃。这女子派人追上来,答我两句诗道:君若本是常来客,此夕承恩未必羞。不愧是个才女,答诗这么快。式部丞的这番高谈阔论,引得众人都甚感稀奇。源氏公子对他说道:你是撒谎吧!大家便笑起来,嫌他杜撰。有的质问:哪有这等女子跟了你? 还不如乖乖地和鬼作伴呢。 真有些作呕!有的怪他:太不像话!有的责备他:还是讲些动听的事儿吧!式部丞说:再动听的就没有了。说着便往外溜。

左马头便接着道:大凡下品的人,抓住一点皮毛,便在人前处处夸耀,时时展示,真是无聊。一个女子潜心钻研三史五经,所钻学问越深,情趣反而越少。我并非说女人不应该有全面的知识。我姑且认为:不用特地钻研学问,只要是略有才学的人,耳闻目睹,也自然会学得许多知识。譬如有的女子,汉字写得十分流利娟秀。于是乎,给朋友写信便竭力表现此种才能,一定要写上一半以上的汉字。其实何须如此?这叫人看了会想:讨厌啊!倘若没有这个毛病才好呢!写的人自己也许不觉得,但在别人读来信届骛牙,颇感矫揉造作。这在上流社会中也不乏其人哩!

再说,有的人写了两句歪诗,便自称诗人而言必称诗。所作的诗一开头就源引有趣的典故。不论对方有无兴趣,都装模作样地念与人听。这纯粹是无聊之举。况且受了赠诗而不唱和,便显得没有礼貌。于是不会写诗的人便感为难了。尤其是在节日盛会,例如五月端阳节,人人急于入朝参贺,懒得思索便一味地拉了更蒲的根为题,尽作些无聊的诗歌;而在九月重阳节的宴席上,人人凝神构思,反复推敲,想方设法要使自己的汉诗艰深。匆忙轻率地取菊花的露珠来做眼泪,作诗赠人,再要人唱和,这实在也是不足取的。这些诗如果不急于在那日发表,留待过后慢慢来看,倒是不无情趣的。只因不合时宜,不顾读者的反应,便贸然向人发表,反而被人看轻了。人世间事,若不审时度势,一味去装模作样,卖弄才学,也免不了会自找诸多烦恼。烦恼皆因强出头啊!无论何事,即使心中明白,还是装作不知的好;即便想讲话,还是话到嘴边留三分的好。

这时的源氏公子,心中已无闲聊的雅兴,只管怀念着一个人。他想:这个人倒没有一点不足之处,也没有一点过分之处,真是十全十美。想着,爱慕之情油然而生,心中万般感慨起来。

这雨夜品评的结果,终于没有定论。一些散漫无章的杂谈,却一直延续到天明。

好容易天放晴了。源氏公子如此久居宫中,也怕岳父左大臣心生不悦,便稍作打点回到左大臣府上,到那葵姬房中一看。器物摆陈得井然有序;见着葵姬,气质高雅妇淑,仪态端庄,难得半点瑕疵。当下寻想:这莫非就是左马头所赞的忠实可靠的贤妻?然而又觉得过于严肃庄重,有拒人之感,实乃美中不足。便与几个姿色出众的年轻侍女,如中纳言君、中务君等调笑取乐。正值天热,源氏公子衣宽带缓,仪态潇洒不拘,众侍女心中都艳羡不已。左大臣来时,他看见源氏公子随意不拘的样子,觉得不便入内, 就隔着屏障坐下来,欲与公子闲聊一番。公子道:天气如此热……”说罢,眉头紧整,侍女们皆咯咯发笑。公子便道:静一些!把手臂靠在矮几上,煞是悠闲自得。

傍晚时分,忽得侍女们报道:今晚中神光道,从禁中到此间,方向不利。源氏公子说:这方向正在我那二条院,宫中也惯常回避这方向,我该去哪儿呢?真是恼人介说罢,便欲躺下睡卧。侍女们齐声说:这可使不得广这时却有人来报:待臣中有一个亲随,是纪伊的国守,家住在中川达上,最近开辟池塘,引入河水,屋里极凉爽呢。公子说:这样甚好。我正心中烦闷,懒得多走,最好是牛车能到之处……”其实,要回避中神,是夜可去的地方尚多,许多情人家皆可去。只恐葵姬生疑:你久不来此,一来便是个回避中神的日子。马上转赴地处,这倒确实有些对她不起。便与纪伊守说知,要到他家去避凶。纪伊守当下从命;但他有些担心,退下来对身旁的人道:我父亲伊藤介家里最近举行斋戒,女眷都寄居在我家,屋里狭窄嘈杂,怕是会委屈公子呢。源氏公子听到此话,却道:人多的地方最好呢,在没有女人的屋子里宿夜,心里倒觉有些虚,哪怕帷屏后面也好啊大家都笑道:那么,这地方便是再好不过了。随即派人去通知纪伊守家里先行准备。源氏公子私下动身,连左大臣那里也没有告辞,只带了几个亲近的随从。

纪伊守心中着急:说来就来,太匆促了!但事已至此,也只得收拾了正殿东面的房间,铺陈相应的设备用物,供公子暂住停留。这里的池塘景色秀丽,别有农家风味,周围绕了一圈柴垣,各色各样的庭院花木葱翠青绿。池中吹来习习凉风,处处虫声悠扬宛转,流萤乱飞,好一派良宵盛景!随从们在廊下泉水旁席地而坐,相与饮酒说笑。可怜主人纪伊守来往奔走,张罗肴撰。源氏公子四下环顾,又忆起前日的雨夜品评来,心想道:这左马头所谓中等之家,非此种人家莫属了。他以前曾听人说起,这纪伊守的后母作姑娘时素以矜持自重著称,因此极想一见,探得究竟,当下便凝神倾听。西面房间果然传来人声,细细碎碎的脚步声伴着娇嫩的语气,甚为悦耳动听。大概因这边有客之故,那谈笑声甚是细微。

纪伊守嫌她们不恭敬,怕被客人看见耻笑,便叫关上西面房间的格子窗。俄顷室内掌灯,纸隔窗上便映着女人们的倩影来。源氏公子欲看室内情形,但纸隔扇都糊得很牢实,无计可施,只得走上前去耸耳偷听。但听得屋内窃窃私语,声音集中在靠近这边的正屋。再听时,她们正在谈论他。一人道:好一位端庄威严的公子!可惜早早娶定了一位不甚称心的夫人。但听说他另有心爱的情人,常常偷偷往来。公子听了这话,不禁心事满怀。他想:在这种场合,她们若再胡言乱语,漏出我和藤壶妃子之事,这可如何是好呢?

所幸她们并没有再谈下去。源氏公子便快快离去。他曾经听得她们评论起他送式部卿家的女儿牵牛花时所附的那些诗,不太合于事实。他揣测道:这些女人在谈话时无所顾忌,添油加醋,胡乱诵诗,简直木成体统。恐怕与之面晤也无甚兴味吧!

纪伊守来后,加了灯笼,剔亮了灯烛,便摆出各式点心来。源氏公子此时用催马乐,搭讪着逗乐道:你家翠幕张可置办好了么?倘侍候得不周,你这主人的面子倒就没了呢!纪伊守笑回道:真是肴撰何所有?此事费商量了。样子似甚紧张。源氏公子便在一旁歇下,其随从者也都睡了。

这纪伊守家里,倒有好几个可爱的孩子。有几个源氏公子觉得面熟的,在殿上作诗童;另有几个是伊豫介的儿子。内中还有一个仪态特别优雅,年方十二三的男孩。源氏公子便问:这孩子是谁家的广纪伊守忙答道:此乃已故卫门督的幼子,唤作小君。父亲在世时十分得宠。只可惜父亲早逝,便随他姐姐来到此处。人倒聪明老实,想当殿上传童,只因无人提拔吧。源氏公子说:很可怜的。那么他的姐姐便是你后母了?纪伊守回答正是。源氏公子于是说道:你竟有这么个后母,木太相称呢。皇上也是知道的,他曾经问起:卫门督曾有密奏,想把他女儿送入宫中。现在这个人究竟怎么样了?没想到终于嫁与了你父亲。这真是前世姻缘!说时放作老成。纪伊守忙道:她嫁过来,也是意外之事。男女姻缘难测,女人的命运,尤其可怜啊!源氏公子说:听说伊豫介甚是宠爱她,视若主人,可有此事片纪伊守说道:这不用说?简直把她当作幕后未来的主人呢。我们全家人见他如此好色,都不以为然,觉得这也过份了。源氏公子笑道:你父亲虽年事已高,可正风流潇洒。他不曾将这女子让与你这般风华正盛的时髦小子,当然是有原因的。又闲谈中,源氏公子问道:这女子现居何处?纪伊守答道:原本想把她们都迁居至后面小屋。但因时间仓粹,想必她还未迁走吧。那些随从的人喝醉了酒,都在廊上睡死了去。

源氏公子怎睡得着?这独眠空夜实在是无味啊!他索性爬起来四下张望,寻思道:这靠北的纸隔扇那边灯影绰绰,娇误点点,分明有女人住着。刚才说起的那个女子也许就在这里面吧。可悯的人儿啊!他心驰神往,一时兴起,干脆走到纸隔扇旁,侧耳偷听。似听得略略沙音:喂,你在哪里?是刚才那小君在问。随即一个女声应道:我在这里呢。我以为和客人隔得太近,颇难为情的,其实隔得不算近。语调随意不拘,似躺在床上语之。这两人声音稍同,分明听得出这是姐弟俩。细声细气的孩子说道:客人睡在厢房里呢。皆言源氏公子甚为漂亮,今日一睹,果是如此。那姐姐回答道:倘是白天,我也来偷看一下。声音轻淡不经,带着睡意,仿佛躺在被窝里的梦语。源氏公子见她竟未追问打探他的详情,加之那漠不关心的吃语,心中甚感不快。那弟弟又道:我睡的这边暗得很哩。听得他挑灯的声音。纸隔扇斜对面传来那女人的声音说道:中将哪里去了?我这里离得人远,有些害怕呢。在门外睡觉的侍女们回答道:她到后面洗澡,即刻便到。

俄顷,众人皆不动声色。源氏公子小心地欲将纸隔扇上的钩子打开,方才觉得那面并未上钩。他悄悄拉开纸隔扇,帐屏立在入口处,里面灯光暗淡,依稀看见室中零乱地置放着诸如柜子之类的器具。他便穿过这些器具,来到这女子的服床边。但见她身量乖小,独自而眠,模样可怜可爱。他当下竟有些不好意思,但还是将她盖着的衣服拉开了。这空蝉只当那个侍女中将回来了呢,尚未在意,却听得这源氏公子说:刚才你叫中将,我正是近卫中将,想来你会解我一片爱慕之意……”空蝉吓了一跳,以为是在梦中,不由得叫一声,惊慌起来,一时六神无主。她惊羞之极,便用衣袖遮着脸,竟不知道言何为好。源氏公子对她说道:我唐突求见,你自然会以为我是一时冲动的浮薄浪子。却不料我私心倾慕,已历多年;常苦无机会与你共叙衷曲。幸得今宵有缘,万望体谅我之诚心,赐我爱恋!说得温顺婉转,即便魔鬼听了也得感化,更何况源氏公子又恍若下凡的神仙般光彩照人。那空蝉神魂恍格,想喊,却喊不出,顿感心慌意乱。想到这乃非礼之事,更是惊恐万状;喘着气绝望说道:你认错了人吧?见她那楚楚可怜的神情,真是可爱。源氏公子答道:情之所钟,自然认识,并不曾错认,请万勿推辞。我决非轻薄少年,只是想与你谈谈心事。空蝉身材小巧,公子便横抱起,往纸隔扇走去。不巧,适逢刚才所唤的那个叫中将的待女走进屋来。源氏公子黑暗中叫道:喂,喂!这中将惊诧之极,摸黑走来,顿觉香气扑鼻,便心知是源氏公子了。当下心中大惊,不知如何是好。她思道:若换得别人,我便叫喊起来,将人夺回来,但因此也将弄得人尽皆知,终是不好的,何况这是源氏公子呢。这到底该怎么办呢?她心中犹豫不定,只好跟着走来。源氏公子却无事一般,径自往自己房间里去了。并隔着纸隔扇对中将说:天亮时来迎接她吧!

空蝉听得这话,心中便想:中将会将我怎样?这么一想,竟出了一身冷汗,便觉这比死还难受,心中无限懊恼。源氏公子见她那动情的可怜相,便以情话来安慰,想以此来博得她的欢心。却未料到空蝉越发痛苦:我宁可这是作梦。你这样作践我,视我为下贱之人,教我怎能爱恋你?我乃有夫之妇,身分已定,又怎能这样?她对于源氏公子的无理强求深感痛恨。这使得公子无言以对,只得改口道:我年纪尚轻,不懂得什么叫做身分。你当我是世间的浮薄少年,我倍感伤心。你也知道,我何曾有过无端强求的野蛮行为?此日之事,我自己也觉得不可思议,有幸与你邂逅相逢,大概前世因缘所定。你对我这般冷淡,也是难怪的。他说了许多冠冕堂皇的话,可惜毫无结果。空蝉越发不愿亲近他了。心想:我不顺从他,大概他会将我视为粗蠢女子。那我索性就装成一个不解风月之情的愚妇,让他厌恶去吧!空蝉的性情原本柔中蓄刚,就好似一枝细竹,看似欲折似摧,而终于难折。此时她心中异常屈辱,只顾吞声饮泣,样子极为可怜。源氏公子虽然心中稍有不安,但要放弃,又觉可惜。他看见空蝉无意回心,于是愤激地问:你为什么如此讨厌我呢?请你细细思量:无意相逢,必是前生宿缘。你佯装不解风情,真使我痛苦不堪。空蝉悲切地说:如果我这不幸之身未嫁之时和你相逢,且结得露水姻缘,可能会引以自豪,有望永远承宠,聊以自慰。但如今我已嫁人,与你结了这无由似梦的露水姻缘,真叫我意乱心迷,难以言喻。现在事情到了此种境况,万望勿将此事让外人知晓!她神色忧心忡忡,叫人无法拒绝她那恳切的言辞。源氏公子不停地说着安慰的话,郑重地向她保证。

随从们都从晨鸡报晓声中醒来,穿衣,议论道:昨夜睡得真香。尽快把车子装起来吧。纪伊守紧接着出来了,他道:出门避凶的又不是女眷,何必急急回宫?源氏公子此时正在室内,想到:此种机会,实难再得。今后难得借口,作此相访。通信传书,也十分困难!想到此,异常痛惜。侍女中将从内室出来,看见源氏公子还无意放还女主人, 焦急万分。 公子虽已许她回去,却又留住她道:今后你我如何互通音信呢?昨夜的因缘,你那前所未有的痛苦情状,以及我那恋慕之心,日后便成了回忆的源泉。真是稀世绝有的事呢。说罢,泪如雨下。此时的源氏公子,真是艳丽动人。晨鸡报晓的声音接连传来,源氏公子心乱如麻,匆匆吟道:

怨君冷酷优心痛,缘何晨鸡太早鸣?源氏公子如此爱恋空蝉,而她却并不欢欣。她想起双方境况,心中不免惭愧,觉得自己远远配不上源氏公子,脑中又浮现出砂夫伊豫介讨厌的身影:他是否梦见了我昨夜之事?想起来竟不胜惊恐,吟道:

身忧未已鸿先唱,啼声已无泪未干。源氏公子将空蝉送过纸隔扇时,天已蒙蒙亮,内外已是人声鼎沸。送了空蝉,拉上纸隔扇。回到室内,他心情异常寂寞失落,只觉得这层纸隔扇,真如同蓬山万重!

源氏公子身穿便服,闲踱来到南面栏杆边,随意眺望庭中景色。西进房间里的妇女们一见,纷纷将格子廖打开了,争睹源氏公子的迷人风彩。因廊下屏风遮挡,使得她们只能从屏风上端隐约窥得公子的姿容。其中有几个风情轻狂的女子,当下倾倒、交口赞叹,简直是身心迷醉。此时,从下弦残月中发出的淡淡微光轮廓倒也分明,这晨景也别有一番风趣。这同一景致,有人认为优艳,有人觉得凄凉,皆出于观者心情。源氏公子心有隐情,看了这景色便觉凄凉,无比痛心。他想:此次一别,日后连鸿雁传书的机会也难寻得了!终于恋恋不舍地离别此地。

源氏公子回到府上,无心就寝。他想道:再度相逢甚是为难。但不知此女子现在是否牵挂于找?想到此,顿觉心中懊丧;再忙起那日的雨夜品评,觉得这个人虽不甚高贵,却也风韵娴雅,无可指责,该是属于中品一流吧。左马头果然广见博闻,所道之言,皆有所证。

源氏公子住在左大臣府上,一时间,常常思念那空蝉,惟恐断绝了音信而遗薄情之名,为此甚是苦痛不安。于是唤来纪伊守,对他道:卫门督的孩子小君,我觉格外可爱,欲叫他来,荐给皇上作殿上侍童。纪伊守忙道:承蒙关照,深表感激,我即把此意转告他姐姐。源氏公子听到这姐姐二字,心中又是一动。问纪伊守:这姐姐有没有替你生出个弟弟来?”“没有。她嫁与我父亲不过两年,门卫督原来希望她入宫,她违背了父亲遗言,心下懊悔,对现状也不甚满意。”“倒是很可怜的。外间皆言她是个美人儿,才貌俱全,想来也定当如此吧!纪伊守答道:相貌并不寻常。只是我有意疏远于她。照世间常规,是不便亲近后母的。

五六天后,纪伊守便将这孩子带来了。源氏公子认真端详了一番,的确是一个相貌清秀的上等孩子,便十分宠爱他,召他进入帘内。这孩子也觉十分荣幸。源氏公子详细探问他姐姐的情况。对一些无关紧要的事,小君都一回答了;有的事却时时羞涩不语,源氏公子也不便多问,只说了许多话,欲使这孩子明白他是熟悉他姐姐的。小君心中颇觉意外,暗暗地想:不想两人之间倒有这等关系!但童心幼稚,也无力深究。一天,源氏公子便叫他传了一封信与她姐姐。空蝉吃惊之余,禁不住泪珠涟涟。由于害怕引起弟弟怀疑,无端地生出技节,心中难免犹豫。可又迫不及待想看此信,便捧起信,遮住了脸,阅读起来。长长的信后,又附得一首诗道:

旧梦重温待何日,睡眼常开已是令。我夜夜难以入睡呢。这信写得情深意切,文辞也格外秀美,直看得空蝉泪眼模糊,只恨生不逢时,平添这等伤心之事。悲伤之余,便躺下睡了。

紧接着第二日,源氏公子便召唤小君前去。小君临走时,便向姐姐要回信。空蝉道你就对他言:这里没有他的读信之人。小君笑道:明明没有弄错,怎么要对他如此说呢?空蝉心中烦躁,想道:可见他已对这孩子说了!顿感无限痛苦,骂道:小孩子家不应该说这种话!你不要再去了!小君说:他召唤我,怎么能不去呢?便仍旧独自去了。

纪伊守亦非安份守己之辈,早垂涎这后母的姿色,常想接近,因此时时巴结这小君,常常陪他一同来去,对她大献殷勤。却说源氏公子把小君唤进去,怨恨地说:昨天叫我好等!可见你并未把我放在心上。小君脸又红了。只得将实情一道来。公子道:你这人不可靠。不然怎会将这事情弄成这样*于是叫他再送一封信去,并对他说:你这孩子有所不知:在伊豫介这个老头子之前,你姐姐早与我亲近了。嫁了那个硬朗的老头子,是嫌我文弱不可依靠,这实在是小看于我!如今我将你现为儿子,待你也定然不会薄的。小君听得此言,心中想道:如此看来!姐姐对他如此冷淡,也未免太狠心了。源氏公子时刻将他带在身边,或常常带他进宫去,命令官中裁缝制作新装,着意打扮他,也真同儿子一般看待。此后源氏公子虽然还是常常要他送些信去。空蝉转念想道:他毕竟是个小孩,倘若消息传了出去,这轻薄的恶名,我可何以担待呢。公子的信虽令她感动,但一想起自己的身分,无论何等恩宠,也万万受不得的,故不曾写过一封情意切切的回信。但那天晚上邂逅相逢的那个人,其神情风采,的确英爽俊秀,非同一般,仍使她常常思慕。她想:我的身分既定,即使向他表示殷勤,又有何用呢?源氏公子却总想起她那实可怜爱的模样,那日晚上那忧伤悲痛的神情,真令人不胜怜悯。源氏公子每想到此处皆无法自慰。倘若偷偷轻率地造访,纪伊守家耳目众多,自己的谈行妄为极易暴露,对心爱的人儿也很是不利。因此犹豫不决。

源氏公子照例又在宫中住宿了许多日,始终不曾觅得机会。一次,他选定一个中川方面避凶的禁忌日,在从宫中回哪途中,装着似乎忆起什么的样子,中途转向纪伊守家去了。纪伊守不胜荣幸,只道他家池塘美景煞是迷人,吸引公子再度光临。先前源氏公子已将此事告知小君,与他筹画,小君自然一起同行。空蝉也预先得此消息。她想:源氏公子煞费苦心方得以到来,可见对我的爱恋决非浅薄。但若不顾身分,竭诚接待他,则又不妥当。那晚的痛苦早如梦一般地过去,何必重温呢?她心慌意乱,羞于在此等候光临。思虑再三,在小君被源氏公子叫走时,她终于得了主意,对待女们说:我今天身体欠安,想教人捶捶肩背,这里和源氏公子的房间太近了,不甚方便,因此想住远一点的地方。便移至廊下侍女中将所居的房间里。

源氏公子满腹心事,便吩咐随从者早些就寝。又派了小君到空蝉处约见,但小君四下寻她不得。又找了许多地方,才在廊下的房间里见到。他觉得姐姐如此行为实在有些过份,又很是无奈,便哭丧着脸说:人家会说我太不会办事了!姐姐骂道:你办的是什么事?小孩子作这种差使,实在是可恶无聊的!又断然说道:你去转告于他,就说我今晚身体欠安,要众侍女陪在身边,也好服侍我。你这样跑来跑去的,难免教人生疑!心下却又思量:若我先前身分未定,藏身于父母家的深闺里,偶遇公子来访,那才是十足的风流呢!但是现在……我无情拒绝,不知公子会将我当成是何等无趣之人?想到这里,心里甚为难过。但转念一想,终于下得决心来:命已至此,又无可挽回,就让我做个不识风趣的愚妇吧!

源氏公子也正在焦急:叫。君将事情办得怎样了?这孩子让他担心,但仍怀着莫大希望,横着身子静候佳音。却木料待小君回来,带来的却是这么一个坏消息。源氏公子如遭霜打,甚觉这女子寡情绝义,世间真是少有,于是唐颓懊丧,长叹道:我真是羞耻啊!一时竟默然无言。后来又连连长叹数声,陷入沉思,凄凄吟道:

唯知帚木迷人状,

空为园原失路人"。小君将诗传与空蝉。空蝉此时也是辗转难眠,便以诗应答道:

原上伏屋虽奇身,虚幻也应帚木形。小君因见公子伤心苦此,自己也睡不踏实,便往来奔走传言。空蝉惟恐旁人见疑,甚是忧心忡忡。

随从人等酣睡之后, 源氏公子觉得百无聊赖, 心中回肠百转,胡思乱想道:此等无情女子,实是可恶。但我对她恋情依旧难消,以至情火中烧。而且她愈是寡情难近,愈是引我牵肠。这样想着,又念此人冷艳无常,难以接近,心想也可就此罢休吧。却辗转反侧,终归不能断念,便对小君道:你就带了我去见他吧。小君答道:那里房门紧闭,侍女众多,怕是去不得呢。言毕心中也很是不忍,倒觉得公子十分可怜。源氏公子无计可施,只得作罢道:那就算了吧。唉!只要你不曾嫌我。便命小君在身旁侍睡。这小君受宠若惊,傍了这高贵美貌的公子,异常兴奋喜悦。源氏公子失望灰心之余,倒觉得那姐姐不及这弟弟可爱了。

 

第三章  空蝉

却说在纪伊守家的源氏公子,这一夜前思后想,辗转难眠,说道:遭人如此羞辱,此生还从未有过。人世之痛苦,这时方有体会,教我还有何面目见人!小君默默无言,蜷缩于公子身旁,陪了满脸泪水。源氏公子觉得这孩子倒可爱。他想:昨天晚上我暗中摸索空蝉,见身材小巧,头发也不十分长,感觉正和这个君相似,非常可爱。我对她无理强求,追逐搜索,未免有些过分,但她的冷酷也实在令人害怕!如此胡思乱想,挨到天明。也不似往日对小君细加吩咐,便乘了曙色匆匆离去。留下这小君又是伤心,又是无聊。

空蝉见没了公子这边的消息,非常过意不去。她想:怕是吃足了苦头,存了戒心?又想:如果就此决断,委实可悲。可任其纠缠不绝,却又令人难堪。思前想后,还是适可而止的好。虽是如此想来,心中仍是不安,常常陷入沉思,不能返转。源氏公子呢,虽痛恨空蝉无情无义,但终是不能断绝此念,心中日益烦闷焦躁。他常对小君道:我觉得此人太无情了,也极为可恨,真正难以理喻。我欲将她忘记,然而总不能成功,真是痛苦之极!你替我想个办法,让我和她再叙一次。小君觉得此事渺茫,但蒙公子信赖而以此相托,也只得勉为其难了。

小君这孩子颇有心计,不露声色,常在暗中寻觅良机。恰巧纪伊守上任去了,家中只剩女眷,甚是清闲。一日傍晚,夜色朦胧,路上行人模糊难辨,小君自己赶了车子来,清源氏公子前往。原氏公子心头急迫,也顾不上这孩子是否可靠,匆忙换上一身微服,趁纪伊守家尚未关门之际急急赶去。小君甚是机巧,专拣人丁出入较少的一个门驱车进去,便清源氏公子下车。值宿人等看见驾车的是个小孩,并不在意,也未依例迎接,在一边乐得安闲。源氏公子在东面的边门稍候,小君将南面角上的一个房间的格子门打开,两人便一起走进室内。众侍女一见,异常惊恐,说道:如此,会让外面的人看见的!小君说:大热天的,何故关上格子门?侍女答道:西厢小姐今天一直在此,还在下棋呢?源氏公子心想:这倒有趣,我生想看看二人下棋呢。便悄悄从边句口绕了过去,钻进帘子和格子门之间的狭缝。 正巧小君刚才打开的那扇格子门还未关上,可从缝隙处窥探z西边格子门旁边设有屏风,屏风的一端刚好折叠着,大概天热的原因吧.遮阳帷屏的垂布也高高十起,正好使源氏公子对室内情景,看个了妞。

室内灯光辉映,柔和恬淡一脸氏公子从缝隙中搜寻言:靠正屋的中柱旁,面部前西的,打横嫌者销秀美身影,一定就是我的心上人吧。便将视线停在此人身上。但见地内容一件深紫色的花钢社,上面的罩衣模糊难辨;面孔俊俏,身材纤秀.神情恬淡雅致。但略显羞赧,躲躲闪闪,即使与她相对也未必能够着用。她纤细的两手,不时藏人衣袖。朝东坐的这一人,正面向着格子门;所以全部看得清唱。她穿着一件白色薄绢衫,一件紫红色的礼服,随意披着。腰间的红裙带分外显眼,裙带以上,胸脯裸露。肤色洁白可爱,体态丰满修长。望会齐整,额发分明。口角眼梢流露出无限娇媚,姿态极为艳丽,一副落拓不拘的样子。发虽不甚长,却黝黑浓密,垂肩的部分光润可爱。通体一看,竟找不出什么欠缺来,活脱一个可爱的美人儿呢。源氏公子颇感兴趣地欣赏着,想情:怪不得她父亲把她当作宝贝,确实是很少见的哩!又想道:若能再稍稍稳重些更好。

这女子看来尚有才气,一局将近尾声,填空眼时,一面敏捷投子,一面口齿伶俐地说着话。空蝉则显得十分沉静,忽然对她说道:请等一会儿!这是双活呢。那里的劫……”轩端获马上说:呀,这一局我输了!让我将这个角上数数看!便屈指计算着:十,二十,三十,四十……”口手并用,机敏迅速,不胜其烦。源氏公子因此觉得此人品味稍差些。空蝉则不同:常常以袖掩口,使人不易将其容貌看得真切。然而他细看去,侧影倒能见。她的眼睛略略浮肿,鼻梁线也不很挺,外观平平,并无特别娇艳之处。细论起来,这容貌也是并不能算美的,但是姿态却十分端庄。与艳丽的轩端获相比,情趣高雅、脱俗,让人心醉魂迷。轩端获娇妍妩媚,是个惹人喜爱的人儿。而她任情德笑,打趣撒娇起来,艳丽之相更加逗人。源氏公子虽觉此人有些轻狂,然而多情重色的他,又不忍就此抹杀了她。源氏公子所见许多女子,全都冷静严肃,一本正经,连容貌也不肯给人正面一看。而女子放浪、不拘形迹的样子,他还从未见过。今天自己在这个轩端获不曾留意之时,看到了真相,心中倒觉得有些不该。但又不愿离去,想尽情一饱眼福。可觉得小君似乎走过来了,只得随了他,悄悄地退出。

源氏公子退到边门口,便站在走廊里等空蝉。小君心中不安,觉得太委屈了他,说道:今夜来了一个特别客人,我不便走近姐姐那里去。源氏公子顿感绝望,说道:如此说来,今夜又只得无功而返了,这不是教人太难堪么?小君忙道:还不至于此,烦请相等,待客人走后,我立刻设法。源氏公子想:如此看来,他倒蛮有把握。这孩子年龄虽小,可见乖识巧,颇懂人情世故,尚且稳健可靠呢。

一盘棋罢, 只闻衣服的窈车作响之声, 看来是兴尽散场了。一位侍女叫道:小少爷去哪儿了?我把这格子门关上了吧。接着便是关门的声音。又过了一会,源氏公子急不可耐,对小君说:都已睡静了。你过去看看,想想办法,尽力替我办成此事吧!小君寻思道:姐姐脾气极为倔犟,我无法说服她。不如待人少时将公子直接领进她房里去。源氏公子说:纪伊守的妹妹不是也在这里么?我想看一看呢。小君面有难色:这怎么行?格子门里面遮着厚厚的帷屏呢。源氏公子不再坚持,心中只想:话是不错,可我早已窥见了呢。不禁觉得好笑,又想:我还是不告诉他吧,不然怕对不起那个女子了。嘴上只是反复地说:等到夜深,让人好生心焦。

这回小君来敲边门,一个小诗文未开了门,他随了进去,但见众传女都睡熟了。他就说:这纸隔扇日通风,凉爽,我就在这儿睡吧。他将席子摊开,躺下了。侍女们都睡在东厢房里,刚才开门的小诗文也进去睡了。小君佯装睡着。过了一会儿,他便爬起来,拿屏风挡住了灯光,将公子悄悄带到这黑暗中。源氏公子有了前次遭遇,暗想:这回如何?不要再碰钉子啊!心中竟然十分胆怯。但在小君带领下,还是撩起了帷屏上的垂布,闪进正房里去了。公子走动时衣服所发出的声,在这夜深人静中,清晰可闻。

空蝉只道源氏公子近来已经将她忘记,心中固然高兴,然而那晚梦一般的情景,始终萦绕在她的心头,使她不得安寝。白天神思恍惚,夜间悲伤愁叹,今夜也不例外。那个轩端获睡在她身边,兴致勃勃讲了许客话后,心中无甚牵挂,便倒下酣睡过去了。这空蝉正郁郁难眠,忽然感到有股浓烈的香气扑鼻而来,似乎有人走近,顿觉有些奇怪,便抬起头来察看。从那挂着衣服的帷屏的陨缝里,分明看到有个人从幽暗的灯光中走来。事情太突然,她在惊恐中不知如何是好。最后终于迅速起身,被上一件生绢衣衫,悄悄地溜出房间去了。

这源氏公子走进室内,看见只有一个人睡着,当下满心欢喜。地形较低的隔壁厢房,睡着两个侍女。源氏公子便将盖在这人身上的衣服揭开,挨近身去,虽觉得这人身躯较大,也并不介意。这个人睡得很熟,细看,神情姿态和自己意中人明显木同,才知道认错了人,吃惊之余,不免心生气恼。他想:这女子若知道我是认错了人,会笑我太傻,而且势必生疑。但若丢开了她。出去找寻我的意中人,她要是坚决地回避我,又会遭到拒绝,落得受她奚落。因此想道:睡于此处的人,何况黄昏时分灯光之下曾经窥见过,那么事已至此,就算是上天赐予,将就了吧。

这轩端获好半天才醒来。她见了身边的这一人,感觉有些意料外,吃了一惊,茫然不知所措。但她来不及细想,既不轻易迎合、表示亲呢,也不立即拒绝、严辞痛斥。虽是情窦初开而不知世故的处女,但一贯生性爱好风流,也并无羞耻或狼狈之色。这源氏公子原想隐瞒自己姓名。但又一想,如果这女子事后一寻思,明白真相,自己倒关系不大,但那无情的意中人空蝉,一定会畏惧流言,因此忧伤悲痛,倒是对她不起的。于是不再隐瞒,只是捏造了缘由,花言巧语地告诉她说:我曾两次以避凶为借口前来宿夜,都只为寻找机会,向你求欢。此言荒谬之极,若是深通事理之人,便不难凿穿这谎言。这轩端获虽然不失聪明伶俐,毕竟年纪尚幼,不懂得世事人心险恶。源氏公子觉得这女子并无可增之处,但也不怎么牵扯人心,逼人心动。那个冷酷无情的空蝉仍在他心中。他想:说不定她现在正藏在暗处,掩口讥笑我愚蠢呢。这样固执的人真是世间少有的。越是如此,他越是想念空蝉。但是现在这个轩端获,正值芳龄,风骚放浪,无所讳忌,也颇能逗人喜爱。他于是装作多情,对她轻许诺言,说道:有道是洞房花烛风光好,不及私通兴味浓,请你相信这句话,我只是顾虑外间谣传,平时不便随意行动。而你家父兄等恐怕也不容许你此种行为,那么今后将必多痛苦,但请你不要忘记我,我们另觅重逢佳期吧!说得情真意切,若有其事。轩端获毫不怀疑对方,天真地说道:是啊,叫人知道了,怪难为情的,我不能写信给你吗?源氏公子道:此事不可叫外人知晓,但若叫这里的殿上侍童小君送信,是不妨的。你只须装得无事一般。说罢起身欲去,但看见一件单衫,猜想乃空蝉之物,便拿着它溜出了房间。

睡在附近的小君,因心中有事,自然不曾熟睡,见源氏公子出来,立刻醒了,公子便催他起身。小君将门打开,忽听一个老侍女高声问道:那边是谁呀?小君极讨厌她,不耐烦答道:是我。老侍女说:三更半夜的,小少爷要到哪里去?她似放。已不下,跟着走出来。小君简直憎恨之极,恶声答道:哪儿也不去,就在这里随便走走。暗中连忙推源氏公子出去。是时天色半明,晓月当空犹自明朗,清辉遍洒各处。那老侍女忽然看见月色中的另一个人影,又问道:还有一位是谁?是民部姑娘吧。身材好高大呀!无人回答她。这叫民部的侍女,个头甚高,常被人拿来取笑。她以为是民部陪了小君出去,追着谋煤不休道:一晃眼,小少爷竟长这么高了。说着,自己也走出门来。源氏公子窘迫异常,又不便叫这老侍女进屋去,便只得在过廊门口阴暗处站住。老侍女向他这边走来。自顾诉苦:今天该你值班,是么?我前天肚子痛得厉害,下去休息了;可昨天又说人手少,要我来伺候,我肚子好痛啊!回头见吧。便往屋里走去。源氏公子虚惊一场,好容易脱身而去。他心中渐渐后悔,想道:这般行事,毕竟是轻率而危险的。从此便不敢大意了。

二人上车,回到本邮二条院。谈论昨夜之事,公子称赞小君颇有心计,又怪空蝉狠心,一时心中气愤难平。小君默默无话,也觉难过。公子又道:她如此看轻我,连我自己也讨厌我这个身体了。即使有意避开我,不肯和我见面,写一封信来,话语亲切委婉些,总可以吧?把我看得连伊豫介那个老头子也不如了!态度愤愤不平。但还是拿了那件草衫,宝贝似的,放在自己的衣服下,方才就寝。他叫小君睡在身旁,满腹怨言,最后硬着心肠道:你这个人虽然可爱,但你是她的兄弟,只怕我不能永久照顾你呢?小君~听此话,自然十分伤心。公子躺了一会,终不能成眠,干脆起身,教小君取笔砚来,在一张怀纸上奋笔疾书,直抒胸臆,似无意赠人:

一袭蝉衣香犹在,睹物思人甚可怜。但写好之后,又叫小君揣上,要他明天给空蝉送去。忽然又想到那个轩端获来,不知她现在想些什么,便觉得有些可怜。但思虑再三,还是决定不写信给她的好。那件染着心上人体香的单衫,他便珍藏在身边,不时取出来观赏。

第二日,小君回到纪伊守家里。空蝉正等他哩,一见面,便劈头痛骂道:你昨夜干得好事!虽侥幸被我逃脱,这样也难避人耳目,如此荒唐,真是可恶之极!像你这种无知小儿,公子怎会看中你呢?小君面有愧色。但在他看来,公子和姐姐两人都很痛苦,也只得将那张即席抒发感怀的怀纸,取出来送上。空蝉此时余怒未消,但还是接过信来,读了一遍,想道:我那件单衫早已穿旧了,实在是很难看的。便觉得有些难为情,当下心烦意乱,胡思乱想起来。

却说那轩端获昨夜遇此意外之事,兴奋之余,羞答答回到自己房中。这件事无人知晓,又找不到可以谈论之人,只落得独自沉思,浮想联翩。她心情激动,盼望小君替她拿信来,却又屡屡失望。但心里并不怨恨源氏公子的非礼行为,生性爱好风流的她,如此徒劳无益地思前想后,未免觉得有些寂寞无聊。至于那个空蝉呢,虽说她有些绝情,心如古井之水,木波不兴,但也深知源氏公子对她的爱决非~时的好色之举。由此想到,如果是当年自己未嫁之时,又会是怎样一番情景呢?但如今事已到此,也无可追悔了。想到此处,心中痛苦不堪,就在那张怀纸上题诗道:露凝蝉衣重,深闺无人知。恨衫常浸湿,愁思应告谁?

 

第四章  夕颜

话说是年夏天,源氏公子常偷偷到六条去幽会。有一次经过五条,中途歇息,想起住在五条的大式乳母。这乳母曾患得一场大病,为祈愿早日康复,便削发为尼了。源氏公子决定顺便前往探望她。走近那里,见通车的大门关着,便令人去叫乳母的儿子淮光大夫出来开门。此时源氏公子坐在车上,乘机打量街上情景,这虽是条大街,但颇脏乱。只有隔壁的一户人家,新装着板垣,板垣用丝柏薄板条编成,上面高高地开着吊窗,共有四五架。窗内帘子洁白清爽,令人耳目一新。从帘影间往里看去,室内似乎有许多女人走动,美丽的额发飘动着,正向这边窥探。不知道这是何等人家。源氏公子好生奇怪。

源氏公子悠闲自在地欣赏着。因为是微服出行,他的车马很简陋,也未叫人在前面吆喝开道。心想不曾有人认得他,便不甚在意。他坐在车中看那人家,薄板编成的门正敞开着,室内并不宽深,极为简陋。源氏公子觉得有些可怜,便想起了古人人生处处即为家的诗句。然而又想:玉楼金屋,不也一样么?正如这板垣旁边长着的基草,株株翠绿可爱;绿草中白花朵朵,白得其乐迎风招展。源氏公子不禁吟道:花不知名分外娇!但听得随从禀告:这白花,名叫夕颜。这种颇似人名的花,惯常在这般肮脏的墙根盛开。看这一带的小屋,确实尽皆破烂,参差简陋,不堪入目。在此屋墙根旁便有许多自顾开放。源氏公子叹道:这可怜的薄命花,给我摘一朵来吧!随从便循了开着的门进去,随便摘了一朵。正在此时,里面一扇雅致的拉门开了。一个穿着黄色生绢长裙的女童走了出来,向随从招手。她拿着一把白纸扇,香气袭人,对随从道:请将它放在这白扇上献去吧。这花柔弱娇嫩,木可用手拿的。就将扇交与他。这时正好淮光大夫出来开大门,随从便将放着花的扇子交给他,要他献给源氏公子。淮光惶恐不安地说道:怪我糊涂,竟一时记不起钥匙所放之处。到此刻才来开门,真是太失礼厂;让公子屈尊,在这等脏乱的街上等候,实在……”于是连忙叫人把乍子赶进门去。源氏公子下得车来,步入室内。

是时淮光的哥哥阿图梨、妹夫三河守和妹妹皆在。见源氏公子光临,都觉得万分荣幸,急急惶恐致谢。做了尼姑的乳母也起身相迎,对公子道:妾身老矣,死不足惜。然耿耿于怀的是削发之后无缘会见公子,实为憾事。因此老而不死。而今幸蒙佛力加身,去疲延年,得以拜见公子光临,此生心愿足矣。日后便可放怀静修,等待佛主召唤了。说罢,落下泪来。源氏公子一见,忙道:前日听得妈妈身体欠安,我心中一直念叨。如今又闻削发为尼,遁入空门,更是惊诧悲叹。但愿妈妈身安体泰,青松不老,得见我升官晋爵,然后无牵无挂地往生九品净土。若对世间尚有牵挂,便难成善业,不利于修行。说罢,已是泪流满面。

大凡乳母,惯常偏爱自己喂养的孩子。即使这孩子有诸多不足,也尽可容忍,反而视为十全十美之人。何况此等高贵美貌的源氏公子,乳母自然更加觉得脸上光彩。自己曾经朝夕尽力侍候他,看他长大成人。这种高贵的福气,定是前世修来的,因此眼泪流个不住。乳母的子女们看见母亲做了尼姑还啼啼哭哭,这般没完没了,怕源氏公子看了难受,于是互递眼色,嘟嘴表示不满。源氏公子体会乳母此时的心情,钟情地说道:小时疼爱我的母亲和外祖母,早谢人世。后来抚养我的人虽多,但我最亲近的,就只有妈妈你了,长大成人之后,因为身份所限,不能随心所欲,故而未能常来看望你。 如此久不相见, 便觉百般思念,心中很是不安。古人云:但愿人间无死别,真是这样啊!他如此安慰道。情真意切,不觉眼眶湿润,泪水和衣香飘洒洋溢。先前尚抱怨母亲的子女们,一见这般情景,也都感动得落下泪来。心想:做此人的乳母,的确大不一般,倒真是前世修来的哩!

源氏公子当下清僧众再作法事,祈求佛主保佑。临别,又叫淮光点起纸烛,取出夕颜花的人家送他的白扇,仔细端详。但闻芬芳扑鼻,似带着主人的衣香,直令人爱不释手。扇面上的两句题诗也极为潇洒活泼:

政颜凝露容光艳,定是伊人驻马来。似信手拈来,但又不失优雅。源氏公子心中暗暗称奇,顿觉兴味盎然,忍不住对淮光说道:这西邻是哪一家,你打听过么?淮光心想:我这生子的老毛病又犯了。又不便说破,只是若无其事地回答道:我到这里住了五六天,因家有病人,需尽心看护,不曾有心思探听邻家之事。公子心中不悦,说道:你以为我心存非分之想么?我只不过想问问这扇子之事。你去找一个知情的人,打听打听。淮光遵命。问了那家的看门人,回来向公子报道:这房子的主人是扬名介,听仆役说,他们的主人到乡下去了。他妻子年轻好动,姐妹们都是富人,便常常来此走动。更详尽的,我这作仆役的就不知晓了。源氏公子暗自揣摩道:如此说来,这扇子定是宫人的,这首诗大概也是其熟练的得意之作吧!又想:这些并非高贵人家的女子,素昧平生,却这般赋诗相赠,可见其心思也甚为可爱,我倒不能就此错失良机了。生性多情的公子,已是情心萌动,遂在一张怀纸上即兴题诗,笔迹却不似往日:

暮色苍茫若蓬山,夕颜相隔安能望?写罢,便教刚才摘花的那个随从送去。却道那人家的女子,并不曾见过源氏公子,只是看他侧影便推想容貌出众,所以题诗于扇赠他,期望得到回复,却迟迟不见回音。正觉兴味索然,忽见公子派人送诗而至,立时喜悦不已。读罢,众人便商量如何作答,然众口不一,难以定夺。随从等不耐烦,空手而归。

源氏公子一行人将火把遮暗,悄悄地离开了乳母家。路过邻家时,见吊窗已经关上。从窗缝漏出来的灯光,照在街面上,十分幽暗惨淡。来到六条的邸宅,顿觉另是一番景象:满眼奇花秀木,齐整耐看;住处优雅娴静。那六条妃子的品貌,更非寻常女子所能及的。以致公子一到此地,竟将那墙根夕颜之事忘了个一干二净。第二日,待日上三竿,方迟迟动身。走在晨光中的公子,沐着朝阳,姿容异常动人,实不愧世人之美誉。归途中经过那夕颜花的窗前,往昔多次路过,熟视无睹的事物,而今却因扇上题诗,格外牵扯公子的心思。他寻思道:这里面住的人,到底如何呢?此后每次探望六条,往返经过此地,必然留意这户人家。

几日后,淮光大夫前来参见。先说道:四处求医,老母病体始终未见痊愈。如今方能抽身前来, 甚是失礼。如此客套之后,便来到公子身边,悄悄报道:前日仆受命之后,遂找得一个知情的人,详细探问。谁想那人并不十分熟悉,只说五月间一女子秘密到此,其身分,连家里的人也保密呢。我自己也不时从壁缝中窥探,但见侍女模样的几个年轻人,穿着罩裙来来往往,便知这屋子里有要侍候的主人。昨日下午,趁夕阳返照,屋内光线明亮之机,我又窥探邻家,便见一个坐着写信的女子,相貌好生漂亮!她陷入沉思,似有心事。旁边的丫环也在偷偷哭泣,都清晰可见呢。源氏公子听得淮光陈述,微微一笑,心想再详细点就好了。淮光此时想:主子正值青春年少,且容姿俊美,高贵无比,乃天下众多女子所期盼的意中人。倘无色情风流雅趣之事。也未免美中不足吧!世间凡夫俗子、微不足道之人,见了这等美人尚且木舍呢。于是又告诉公子道:我想或许能再探得些消息。便揭了心思寻了个机会,向里面送了一封信去。立刻便有人写了一封信给我,文笔秀美熟练,非一般女子所书。恐这里面具有不寻常的年少佳人呢。源氏公子说:你就再去求爱吧,不知道个底细,总是叫人不甚安心。心想这夕颜花之家,大概就是前田雨夜品评中所谓下等的下等,左马头所谓不足道的那一类吧。然而其中或许大有珠玉可措,给人以意外惊喜呢。他觉得这倒是件颇有趣味的事。

却道冷淡至极的空蝉,竟不似人世间有情之人。源氏公子每每念及,心中就怅恨不已:就算我那夜有所冒犯。若她的态度温顺柔美,尚可由此决绝;但她那么冷淡强硬,倘若就此退步,怎能心甘。直教他始终无法忘记那空蝉。其实源氏公子先前并不在乎这种平凡女子,只是那次雨夜品评之后,便产生了想见识世间各色女子的念头,也就更加广泛留意了。可一想到那个轩端获还在天真地等待着他,就觉得可怜。倘此事被那无情的空蝉知晓了,定会遭到耻笑吧。于是心中不安,倒想先弄清了空蝉的心思再说。正巧,那伊像介有事从任职地到京城来了。此人出身高贵,虽然乘了海船,旅途饱受风霜,脸色黝黑憔悴,让人看了不甚舒畅。但眉宇间仍不失清秀,仪容俊美,卓然不俗。他先匆匆来参见源氏公子,向他谈起伊豫园的种种趣事。源氏公子本欲了解当地情况,比如浴槽究竟有多少等琐事。却因心中有事,终究无心多问。他面对伊豫介,浮想联翩,心中不免自责:面对如此忠厚的长者,胸中却怀着些卑鄙念头,真是羞愧!这种恋情实是不该厂再想到那天左马头的慨叹,正是据此而发,便越发觉得对不起这个伊豫守了。仿佛这无情的空蝉也有了可谅解之处。

伊豫守告诉源氏公子。此番晋京,是为操办女儿轩端获的婚事,然后将携妻共赴任职地去。源氏公子听得这般,心中万分着急。待伊豫守离去,便与小君商量道:我想再和你姐姐会面一次,你能设法否广小君想:即使姐姐有此心思,偷偷幽会恐也不易。况且她认为这姻缘与自己不相称,恐丑闻流传,早就断了念头。而空蝉呢,倒觉得源氏公子就此和她决断,将她遗忘,多少有些索然悲哀。所以每逢写回信时,她总是尽量措词婉转,词句也尽量附庸风雅,甚至配以美妙的文字,以使源氏公子仍觉可爱,尚可留恋。这样,也委实使得源氏公子一方面恨她冷酷无情,一方面又愈发忘不了她。至于那风流女子轩端获,虽然嫁了丈夫,身分已定。但谁知她的态度,仍是钟情于他的,因此尚可放心。以致源氏公子听到她结婚的消息,也并不十分在意。

是年秋天,源氏公子日思夜虑,心烦意乱。连左大臣味宅也久不光顾,弄得葵姬更是怨恨。而六条妃子呢,开始时并不接受公子的求爱,却终于被公子说动了心,两人开始频频幽会。却不料公子随即态度胜变,对她疏远起来。令六条妃子好不伤感!她想:以前他是一往情深的,如今为何如此呢?这妃子倒也深谋远虑、洞察事理, 她想起两人年龄悬殊,太不相称o,深恐世人谣传。如今两人为此疏远,更觉痛心难当。源氏公子不来的日子,一人孤装独寝之际,便忍不住左思右想,时时悲愤叹息,难以入眠。

早晨,朝雾迷漫。源氏公子被侍女早早催促起身,睡眼惺传,长吁短叹地走出六条邸宅。侍女中将打开一架格子窗,又撩起帷屏,以便女主人目送公子。六条妃子抬起头来看着门外的源氏公于,只见他正观赏着庭院中色彩缤纷的花草,徘徊不忍离去。姿态神情优美伤感,妙不可言。公子走到廊下,中将陪着他出来。这中将穿件时兴罗裙,颜色为淡紫面兰里子映衬,腰身瘦小,体态轻盈。源氏公子频频回顾,便叫她在庭畔的栏杆边小坐,仔细欣赏她美妙娇俏的丰姿和柔顺垂肩的美发。心旗飘动,好一个绝代佳人。趁势口占道:

花色虽褪终难弃,欲折朝颜因受难!吟罢,捏住了中将的手,一往情深地望着她。中将吟诗也小有名气,便答道:

朝雾未尽催驾发。莫非名花留心谁?她心灵机巧,此诗巧妙地将公子的诗意附于主人了。适逢一个面目清爽的男童,媚态可掬,仿佛是为这场面特设似的,正穿行于朝雾中,分花拂柳,任凭露珠遍湿裙据,寻了一朵朝颜,奉献给源氏公子。这情景恍若画中。村野农夫等不善情趣之人,尚且选择在美丽的花木荫下休想。因此,那些间或得以一睹源氏公子风采的人,无不一见倾心,思量自己的身份。若家有姿色可观的爱女或妹妹,定要送与公子做侍女,也顾不得卑贱的身份了。那侍女中将,今日有幸,蒙公子亲回赠诗。加之公子绝世俊秀之姿,稍稍解得风情的女子,都不会将此视为寻常。她正盼望着公子朝夕光临,与她尽情畅谈呢。此事暂且木提。

话说谁光大夫自从奉源氏公子之命窥探邻家情状,便尽心竭力,颇有收获,因此特来报告公子。他说道:邻家的女主人是何等样人,竟不可知。其行踪十分隐秘,断不让人知道来历。倒是听说其寂寞无聊,才迁居到这向南开吊窗的陋屋里来的。若是大街上车轮滚动,那些年轻侍女们就出外打探。有时一主妇模样的女子,也悄悄伙了侍女们出来。远远望去,其容颜俊俏,非同一般。那天,大街上响起开路喝道声,一辆车疾驶而来,一女童窥见了,连忙进屋道:右近大姐!快来瞧瞧,中将大人经过这里呢!只见一个身份稍高的侍女出来,对女童直摆手:叫小点声!又说:你怎知是中将大人呢?让我瞧瞧。便欲窥看。她急急忙忙地往外赶,不料衣据被桥板桥绊住,跌了一跤,险些翻下桥去。她懊丧地骂道:该死的葛城神仙o架的桥多糟!于是兴味索然。车子里的头中将身着便服,带了几个随从。那侍女便指着道,这是某某,那是某某。而那些正是头中将的随从和待童的名字。源氏公子问道:果真是头中将么?当下寻思:这女子莫不是那晚头中将所言及的常复,那个令他依恋不舍的美人儿?淮光见公子对此颇感兴趣,又乘机报告道:老实说:我为此在这人家熟悉了一个侍女,如今已是十分亲昵,对这家的情况亦全然知晓了。其中一个模样、语气与侍女一般的年轻女子,竟是女主人呢。我在她家串进串出,装着一无所知。那些女子也都守口如瓶,但仍有几个年幼的女童,在称呼她时,不免露些马迹。每遇此,她们便巧妙地搪塞过去,真似这里无主人一般,实在可笑户说着自己也忍不住笑起来。源氏公子觉得此事新鲜,说道:俄个时机去探望乳母,趁此我也窥探一番。心想:前次暂住六条,细究那户人家家中排场,并不奢华,也许就是左马头所鄙弃的下等女子吧。可这样的女子中,说不定有意外的可心人儿呢。淮光向来对主子言听计从,自身又好色恋情,自然不愿放过一切机会。于是绞尽脑汁,往来游说,最终成全了主子,与这主人幽会。其间细节,权且不表。

对这女子的来历,源氏公子终不能得知,便将自己的身份也隐瞒起来。他穿着粗陋,徒步而来,不似乎日那样乘车骑马,以掩人耳目。淮光心想:主子今儿是有些反常了。只得让公子乘自己的马,自己跟在后面,不免感到懊恼,便嘟喀道:我也是多情的人,却这么寒酸,叫意中人见了岂不难堪!源氏公子小心谨慎,只带两人随往,一个是那天替他搞夕颜花的随从,另一个则是从未露面的童子。仍恐女家知晓瑞底,连大部停母家也不敢贸然造访了。

那女人不能知道源氏公子身份,也好生奇怪,百思不晓。每逢使者送回信时,便派人跟踪。天亮,公子出门回宫时,也派了人探视他的去向,推测他的住处。无奈公于机警,终不能探得底实。尽管如此,她仍是毫无就此舍弃之意,仍是忍不住前去幽会。有时也感到未免过于轻率,一番悔痛后,仍无法控制自己的感情。男女之事,即使如何谨严自守,也难免没有意乱情迷之时。源氏公子虽然处处小心,谨慎行事。但此次却感到极为惊诧:早晨刚与这女子分手,便思念木已;而至晚上会面之前,已是心急如焚了。同时又自我安慰,许是一时新鲜罢。他想:此女浪漫活泼有余而沉着稳重不足,又非纯真处女,出身亦甚低微。何以如此令我牵肠挂肚呢?思之再三,也觉木可理喻。便越发小心谨慎:一身粗陋的便服,连面孔也遮了起来,令人看不清楚。夜深人静之时,再偷偷地潜入这人家,情形如同旧小说中的狐狸精。虽然在黑暗中也能觉察他优越的品貌,但夕颜。动中愈加疑惑,常常恐惧悲叹。她想:这人究竟何样?想必是邻家那个好色之徒引来的吧。她开始怀疑淮光。但淮光却佯装糊涂,一副若无其事的样子。把个夕颜弄得莫名其妙,暗自愁思烦闷。

这边源氏公子也颇烦恼:这女子不轻易显露,装着信任于我,使我放松警惕。有朝一日乘势逃离,教我如何找寻?何况哪一天迁别这暂住之地,也末尝不可能。倘是无法找到,就此情断,春梦一场,倒也妥善。但源氏公子左思右想,断然不肯就此罢休。有时为避人耳目,便忍下思念。一人孤装独寝之夜,免不了提心吊胆,忧虑悲愁。仿佛这女子夜间便会逃走。于是定下决心:此事尚须一不做,二不休,将她迎回二条院吧。就是泄漏出去,也已成定事,奈何不得了。从不曾如此牵挂,怕真是前世定下的姻缘。如此一想,他便对夕颜道:我想带你去一处舒服的地方,我们可以从容交往。夕颜道:话是如此,你古怪的行径,令我有些胆怯呢。语调天真烂漫,无甚掩饰。源氏公子倒也认为在理,便笑着远她道:我们两个总有一个是狐狸精的。权当我是狐狸精,这就迷惑你吧。甚是亲见!夕额便放心地依了他。源氏公子终觉如此不甚合于情理,但念及这女子的诚心与百般柔顺,便又生出传香惜玉的感情来。他常常怀疑她即是头中将所说的常夏,也竭力回忆那夜头中将的描述。他觉得这女子隐瞒自己的身份,自有其理由,所以不予穷究。他推想她的心态,却并无逃隐之意。如果慢怠了她,也就不可知,但如今则可以安心了。于是转而一想:假如我稍稍看重其它女子,她会如何?这也许很有趣哩。

八月十五夜,清风轻拂,明月高挂。月光透过板房缝隙,一道一道投射房中。源氏公子不曾见惯这等景象,觉得充满奇情异趣。天快亮时,邻家的人相继起身了。隔着板壁,几个庸碌的男子高声大气地谈话。一人叹息道:这样冷的天气,今年生意恐不大好呢。这鬼地方,到处不成个样,真让人担心的。喂,北邻大哥,我激…”这些贫民为了衣食,早早便起身荣作,嘈杂之声扰耳,夕颜觉得有些难堪。若她贪慕虚荣,住在这种地方,定会觉得陷入泥坑而苦不堪言。好在她宽宏大量,纵有痛苦与悲哀,或受人耻笑,也并不介意。如此达观而超然,以致外界的嘈杂混乱,并不能影响她的心绪。再则,既已身处此境,羞债、厌恶也是无用,倒不如木露声色,随遇而安。外面春米的声音似乎就在耳旁,比雷霆还响,大地也为之震动。源氏公子从未听过这等烦躁之声。另有一些杂乱的声音,时轻时重,从四面传来。间杂一两声寒雁的鸣叫,哀愁凄凉,扰人清梦,教人忍无可忍。

源氏公子住在靠边的一个房间。早上起身之后,他亲自开门,和夕额一同出去观赏景色。这庭院狭僻,几竿淡竹萧疏仁立;花木上的露珠与晓月相映,晶莹透亮,与宫中无别;秋虫的咽鸣声散漫各处。源氏公子记得在宽广的宫中,连壁间的蟋蟀声听来都遥远。如今这些虫声如在耳边,他便觉得有些难受。只因对夕颜格外恩爱,这些不快都暂且消减了。夕颜此时身着白色夹衫,外罩柔软的淡紫色外衣,装束娇艳却不华丽,体态轻盈秀美。表面看去,似乎并无出众之处,但言语间总让人万分怜爱,实在是个可心的人儿!若是再刚强些就最好不过了。源氏公子想无牵无挂地畅谈,便对她说道:我们现在到附近一个能够开怀畅谈到明天的地方去吧!老呆在这里,苦闷得很!夕颜平静地说着:这样末免太匆促了吧!源氏公子便与她立下山盟海誓,订了来世之约,夕颜才真心真意,坦诚相待,态度天真如小女孩。当下源氏公子也顾不得人言可畏了,立即吩咐侍女右近叫随从将车子赶进门来。别的侍女虽感不安,但知这源氏公子与主人的爱情异乎寻常,也就信赖他,由他将女主人带走。

天色微明,晨鸡尚未啼叫,万籁俱寂。只几个山僧之类老人的诵经声清晰可闻。想必这些老人是在为朝山进香预先修行吧。源氏公子想象着他们不停地跪拜起伏的辛苦模样,很是可怜。心中道:人世无常,如朝露一般。为何贪婪地为自己祈求不止呢户正在想时,忽听得一片南无当来导师弥勒菩萨之声,随即便是跪拜的响声。公子大受感动,对夕颜说道:你听!他们不仅为此生,还为来世修行呢!于是口占道:君应效此优婆塞。莫忘来生誓愿深。誓愿同生在五十六亿七千万年之后弥勒菩萨出世之时,这盟约今夕颜觉得万分语重心长!便答道:

此身未积前生福,何以期束后世缘?听来令人不甚惬意。是时晓月即将西坠,夕额不愿贸然乘车去莫名之地,一时犹豫不决。源氏公子不停地劝慰怂恿,催促起程。此时月亮隐入云中,天已渐亮,景物膜俄。源氏公子按例在天未大亮前匆忙上道,情急之下,便轻轻地将夕额抱上年。命右近相伴,驱车出门。

不多时,车子来到了离夕颜家不远的一所宅院门前,停下来。叫守院人开门。趁这间隙,公子环顾四周,只见路荒草野,古木参天,阴森森甚是吓人。云雾绕绕,弥漫车帘,浸润了衣袂。源氏公子对夕颜说道:从未经历此种景象,真寒人心肺哩!正是:

披星戴月事,而今初相问。古来游冶客,能解此情无?你见过此景么?夕颜羞答答地吟道:

此山隐落月,山名未可知。碧落当已尽,顿然芳姿隐。我害怕呢。源氏公子推想这景象如此阴森可怖,许是因为自己常居皇室,如今这么一改变,倒似十分有趣。车子停在西厢前,解下牛,将车辕搁在栏杆上。源氏公子等人便坐在车中,等候打扫房间。侍女右近对此大为惊异,暗自回忆女主人与头中将私通时的情形。从守院人四处奔忙、殷勤服侍的态度,依稀可见源氏公子的身份。右近已有所悟了。

天色渐明,远山近树依稀可见。院宅已打扫清爽。源氏公子这才下得车来,步入室内。这守院人是公子亲信的家臣,曾经在左大臣邻上做事。此刻他走近公子道:当差的人都已离去,恐不方便。我去招呼几个熟手来吧?源氏公子说道:我是故意选了这僻静的地方,万不可让外人知道。这守院人便慌忙去备办早粥,因人手不够,终显得张皇无策。而源氏公子呢,第一次在这破落荒凉处旅居,倒颇觉新鲜。所以除了滔滔不绝地和夕颜谈情说爱,便无所事事。

二人稍作歇息,接近中午,方才起身。源氏公子随手将格子廖打开。只见庭院树木丛生,寂寥无人,一派凄凉。院中的些许花草,也已衰弱无力;池中水草,枯萎零落。满眼都是萧条的哀秋。那边的篱屋里,仿佛住着人,然而距此甚远。源氏公子对夕颜说:此地人烟绝竭,很是荒凉。若是有鬼,也无法奈何于我吧。其时他仍掩着脸,夕颜看了,有些不悦。源氏公子暗想:亲昵若此,还这般遮遮掩掩,真是不合情理。便吟诗道:

露中夕颜抑首笑,当初邂逅皆应缘。那日题写在扇面上赠我的诗,有夕颜凝露容光艳的句子。如今我露了真面目,你当如何广夕颜斜斜地瞟了他一眼,低声吟道:

艳艳容光当漫道,惟恐黄昏看不清。一首意趣平平的诗,但源氏公子听了却别有趣味。此时他与夕颜推心置腹,互述衷肠,将那绝世的优美风采淋漓尽致地展现了出来。原本就荒凉的野景,仿佛因此更为失色了。他对夕颜说道:你一向隐瞒着身份,颇令我生气,故而也不将实情告知与你。如今我做得榜样,开诚布公,你总该告诉我了吧!一味如此,很让人烦闷呢。夕颜答道:怎才能向你道清呢?我这个无家可归的流浪儿,一副娇艳模样。源氏公子说道:这便无可奈何了!也不可怪你,是我先对你隐瞒的。两人凄凄怨怨。情真意切地度过了这美妙的一日。

淮光寻得此地,给公子送了些果物来。但又怕右近取笑,便不敢贸然走进去。但见公子为这女子竟藏身这种地方,真是忍受不住。淮光进而猜想这女子一定美貌非凡,便不免有些懊悔。心想:本来应该属我,现在让与公子,我的气量也够大了。

薄着时分,源氏公子百无聊赖,眺望着远方。夕颜嫌室内光线太暗,感到惧怕,就来到廊上,卷起带子,躺在公子身边。两人脸对脸,四目注视。夕阳将他们的脸照得红亮亮的。此时的夕颜,在这莫名的情景中,竟忘却了一切忧思,表露出无限的柔情媚态。因周围景况令她胆怯,便终日依附公于,宛如小鸟依人,也实在是楚楚可伶。源氏公子于是提早关上格子f’J,唤人点了灯。他怨恨地说道:我们既为伴侣,理应真心相待,你却仍有所虑,真使我伤心。猛然间他又想起:父皇一定在找寻我了吧。使者们找得到才怪呢!既面又想道:我爱这女子到如此地步,甚是稀奇。长久没去探望六条妃子,她该不会恨我吧?但又不能怨她啊!恋人之中,六条妃子总是第一个令他怀念的。但眼前这女子美好可爱,令人垂怜,便冲淡了六条妃子的影子。公子开始在心中将两人评品,对六条妃子的思念也就有些削减。

将夜半时,源氏公子才源脱人睡,恍懈间见一美丽女子坐于枕旁,幽怨地说道:当初为你少年英俊,便真心爱恋,哪知你心中无我,却陪了这个下贱的女人。这般无情无义,直把人气死也!说罢,便动手来拉身旁的夕颜。源氏公子心知着了梦魔。强睁开眼,见四周漆黑一片,只觉阴气逼人。忙取出佩刀放在身旁,叫醒右近。这右近也很胆小,循依到公子身边来。公子说道:林去唤醒过廊里的值宿人点纸烛来。右近心中害怕,说道:四周一片漆黑,叫我怎么敢出去呢?公子强笑道:你真似个小孩子。说着拍起手来。四壁相继发出空空的回声,反而更加吓人,却没有一个值宿人听见。只这夕颜浑身战栗,早没了言语,确实是痛苦不堪。一身冷汗后,已是奄奄一息了。右近心痛道:小姐素来胆小,沾点小事就已魂飞魄散,别提现在有多难受呢广源氏公子想:的确这样。这个人白日里望着天空也会发呆,真可怜啊!于是对右近说道:你且护住小姐,我自去叫人吧。待右近走到夕颜身边,源氏公子始从西面的边门走出去。打开过廊的门一看,灯火也皆熄灭。外面夜风习习,寂寂无声。值宿的三人,都睡着了。其中有守院人的儿子,源氏公子经常使唤他。一个是值殿男童,另一个便是那个随从。守院人的儿子听得喊叫, 应声起坐。公子说道:拿纸烛来。叫随从赶快鸣弦,不要停止o。此地人迹稀少,阴森可怖,怎可如此放心大睡?听说谁光来过,此刻在何处?年轻人答道:他来过的。只因未有公子吩咐便回去了。说是明日清晨来迎接公子。这守院人的儿子是宫中禁卫武士,善于鸣弦。他一面拉弓,一面叫喊火烛小心,四下里巡视。

听得这熟悉的鸡弦声,源氏公子不禁想像宫中:此刻巡夜人可能已经唱过名了。禁卫武士鸣弦,正当此时呢。如此想来,此夜尚早,便回到房间,暗中打量。夕颜依然躺在床上,右近俯伏在她身旁。源氏公子说道:为何这般胆小!荒郊僻野,狐狸精之类的东西固然可怕,但有我在,也不至如此惊慌的!便使劲把右近拉到身边。太吓人了,心里直抖,才储伏在地的。不知小姐现在可好些了?右近说道,惊魂未定似的。公子道:哎,怎的?暗中摸了摸夕颜,已经没有了气。摇摇身子,更觉四肢软弱无力,神志不清。源氏公子想:赖妖怪迷住,她也太稚气了。然而,虽是心急如焚,又实在想不出办法来。那个禁卫武士把纸烛送来了。右近早已吓得瘫软如泥。源氏公子便把旁边的帷屏拉了过来,把夕颜的身体遮住,对武士说道:把纸烛给我拿来!然而武士恪守规矩,不敢近前,只在门槛边站住。源氏公子说道:拿过来些!真是呆子啊!烛光中,似觉刚才那个梦中美女,就坐在夕颜身旁,但顷刻间便又无影无踪。

源氏公子想:以前只在小说中见过这样的情景,如今却亲眼目睹,好生吓人。不知夕颜究竟情况如何?脑子里乱哄哄的,不知所措。想了一想,就在夕颜身旁躺下,轻声呼唤。哪知夕额已经浑身冰冷,香消玉殒了!源氏公子顿觉精疲力竭,孤苦无助,不知如何是好。要是有一个能除妖降魔的法师,该多好啊!然而法师又何处可寻呢?自己虽然年轻气盛,毕竟阅历浅薄,眼看着夕颜仙去,却无计可施,叫人怎不心痛?于是只一味地将她抱在怀里,呼大抢地:可爱的人儿,你活过来吧!怎忍心抛下我?然而夕额的身体已经冰冷,终是与死人无别了。右近早已晕倒,此时突然睁开双眼,放声大哭。源氏公子想起了从前某大臣在南殿驱鬼的故事,情绪就好了些。对右近说道:现在像是断气了,但不会就这样死去。夜里哭声会惊动他人,你要克制才是。然而这件事来得太突然,他也不知如何是好。

最后叫来那个武士,说道:出怪事了,有人被鬼迷住。你赶快派人去找淮光大夫,叫他快来。再悄悄告诉他:如他哥哥阿阁梨也在,便一同来。不要让他母亲知道,以免她干涉。他尽力掩饰着悲痛吩咐完武士,其实早已无法自持了。人亡犹可哀,惨境更难熬。

夜半风急,松涛阵阵,不时还夹带一两声怪鸟的惨啸,可能是猫头鹰吧。源氏公子在这寂静无声的夜色里思前想后:我竟鬼使神差到这等荒僻之地来投宿!但悔之晚矣。右近已经神志不清,哆瞟着紧紧偎在源氏公子身旁,如同死去一般。源氏公子麻木地把右近紧紧抱住,想:难道她也不行了?这时屋里只源氏公于一人还像个活人,但他束手无策。灯光摇曳惨淡,映照着正屋边的屏风和各个角落,仿佛背后传来客奉的脚步声。源氏公子想:淮光啊,你早些来吧!但这淮光漂泊不定,使者四处找寻,直至东方欲晓。这段时间在源氏公子看来简直度日如年。终于听得一声鸡叫,源氏公子如释重负:我前世到底作了什么孽,要经受这生死攸关的磨难?莫非是我在色情上犯了大罪,逆了天理而遭报应?要使人不知,除非己莫为。此事如果传扬开去,宫中且不说;世人知晓,必鄙之下流了。想不到我现在倒声名狼藉!

淮光大夫终于来了。此人平常均侍候在侧,惟独今宵不来,而且无从寻找。源氏公子有些厌恶。可是见了面,又没有勇气发泄,竟一时缄默无言。右近看是淮光来了,便知他是最初的怂惠者,忍不住哭了起来。淮光未来,源氏公子还能硬撑着,所以抱着右近。现在淮光来了,他透了一口气,哪里还忍得住,便也放声大哭起来。好不容易止住泪,对准光说道:此番怪事,是不能用言语表述的。听说诵经可以驱逐恶魔,使人复生。我想立即就办,阿阁梨也一起来,行吗?淮光答道:阿阁梨昨天已经回比睿山去了……此事真是奇怪。小姐近来贵体无恙?源氏公子哭道:很好。他哭得凄婉哀怨,淮光也受了感染,呜呜地哭了起来。

大凡年富历丰、见识深厚的人,遇事都能临危不乱。源氏公子和淮光大夫都年轻识浅,此时早已六神无主。倒是淮光略有主张,他道:首先,要保密。宅院里的人知道了这事,是不妥的。守院人倒是可靠,可他的家眷就不可靠了。其次,我们要赶紧离开此地。源氏公子道:还有什么地方的人比这儿少呢?淮光说道:说得也是。如果回到小姐屋里,那些侍女定然也会悲泣不止。人多杂乱,定有人问,便免不了会传扬开去。最好到山中找个寺院,那里常常有人举行殡葬,趁人不备我们可以悄然进去了。他想了片刻,又道:从前我认识一个侍女,后削发为尼,迁居东山那边去了。她是我父亲的奶娘,现在年事已衰,仍居故处。东山人来人往,惟她处安静。此时天已渐明,淮光便吩咐备车。

源氏公子经一夜折磨,已无力抱起夕颤了。淮光便将她用褥子里好,抱到车上。她身材小巧玲珑,所以尸体并不令人讨厌,反使人怜惜。那褥子短而窄,包不得全身,黑发飘散在外。源氏公子觉得惨木忍睹,悲痛欲绝。他坚持要陪同前往,想亲眼看着那一缕红尘升人天际。淮光大大阻拦道:公子千万留步,趁眼下行人稀少,赶紧回二条院吧!于是叫右近上车伴着遗体,又将马让给源氏公子,然后撩起衣衫,瞒珊地跟在车子后头,出了院子。公子的悲伤之情几近极点,令淮光顾不得自身,驱车直往东山而去。源氏公子则若梦中一般,昏昏然到了二条院。Th条院里议论纷纷:公子到底从哪里回来?竟这般沮丧。源氏公子径直走进寝台的帐幕里,以手抚胸,越发胸中梗塞:我怎不塔那车一同前往呢?她若未死,醒过来,知道我弃她而去,定恨我是无情无义之徒。他一直叨念着,心烦意乱,胸中郁闷,连话也说不出来了。甚至觉得头晕脑胀,体内燥热,痛苦不堪。他想:真是活受罪啊,不如死了倒好!直至日上三竿之时,仍无心思起身。侍女们也不知公于是为了何事。劝用早膳,木呆呆,不举筷,哭丧着脸,长吁短叹。此刻皇上派使者来了。原来呈上昨天早上就派使者找寻公子下落,没能找到,坐卧不安。所以今天特地派左大臣的公子们前来询问。 源氏公子便只让头中将一人来此隔帘立谈”o公子在帘内说道:我的乳母于五月重病在身,削发为尼。幸得佛主保佑,方才痊愈。哪知近来又旧病复发,异常衰弱,盼望我前往探视,以求再见一面。这是我幼时疼爱我的人,在此弥留之际,如若木去,如何忍心,所以前去探视。不料她家早有一个患病的仆人,病势危重,已病死在家,还本送出。他们顾及我胆小,隐瞒了此事,直到天黑,趁夜幕笼罩,才把尸体送出去。此事过后我才知晓。现在快到斋月,宫中正在忙于准备佛事。找乃不洁之身,不便贸然进宫。今晨又伤风受寒,体热头疼难忍。隔帘致辞,实属无礼之举。头中将答道:事已如此,我立即将此佑禀奏皇上。昨夜皇上顿生管弦之兴,故而派人四处寻找公子。因不见下落,圣心颇感不悦。说罢便告辞,一会又回来了,问道:哪死人究竟怎样?刚才您所说的,似不可信吧!源氏公子心中有鬼,支吾其词道:所言俱为实情,望将我偶尔身蒙不洁之事奏闻是上。有所怠慢,还望海涵。他装着若无其事,其实心中已伤痕累累,心情很是烦躁,不想与人交谈,只传唤藏人并入内,叫他将身蒙不洁之情由如实禀奏。另外备一封信送交左大臣府邪。信中说明因有此故,暂时不能参谒。

傍晚,淮光由东山归来面见公子。由于公子已对人宣称自己身蒙不洁,来客只得隔帘相见一F便即封退出, 教室内并无他人。 公子即召淮光进入帝内, 问道:如何?果真没办法了么说着,便以袖拭泪。淮光也涕泪说道:实在是毫无办法厂。寺中停尸过久,很是不妥。而明日却正是宜于殡葬之期。我在那儿有一个相识的高僧,已将有关葬仪的事情托付他了。源氏公子问道:同去的右近如何?淮光答道:她好像也不想活了。只一味嚷道:让我跟小姐同去吧!真是死去活来。甚至要坠岩自尽,还说要将这事告诉五条院的人。我对她百般劝慰,对她道:你暂且镇静,待把事情安排得周详些再议。才终于没有引出事来。源氏公子一闻此言,其为悲伤,叹道:我也极为痛楚!不知如何处置方为上策!淮光劝道:事已至此,伤心何用!一切皆为前世注定的。这件事定然不会走漏风声,后事均由我一手办理,请公子放动便是。公子道:说得也是。我想世事均为前世所定吧。可是,我因胡行妄为,伤害了他人的性命,负此恶名,真是痛心疾首!你千万不可将此事告诉你的妹妹少将命妇;更不可让你家那位老尼姑察知。她平素常劝谏我不可轻浮造次,倘若被她知道了,我定然羞惭难当!他嘱咐淮光要守口如瓶。淮光说道:科人自不待言,就是执行葬仪的法师,我也对他隐瞒了实情。公子感到此人确实可靠,心里方有了几分踏实。侍女们见得此情此景,都莫名其妙。她们窃窃私语:真奇怪,到底什么事呢:说是身蒙不洁,宫中也不参谒,为何又在此处叽叽咕咕,哀声叹气?至于葬仪法事,源氏公子嘱托淮光道:切不可怠慢草率。淮光说道:怎会怠慢草率呢!不过也木宜过于铺张。说着便欲告辞。但公子一时悲从中来,对淮光说道:我如果不能如愿再见遗骸一面,总是不得心安的。让我骑马前去吧。淮光转念一想,此事实在不妥,但无可奈何。答道:公子有此心愿,也是情理中事。但请趁早出门,天明之前必须回来。源氏公子便换上新近微行常穿的那套便服,正要出门。此刻源氏公子心事重重,苦不堪言,想到夜涉山路,荒险重重,不免心中回肠百转,举棋不定。然而又别无他法遣此悲哀。他想:此时不见遗骸,那得到何年何月才能相见呢?便一意私念,带了淮光和那个随从,出门登程。

行至贺茂川畔.十七之夜的月亮已高悬于空,前驱所持火把更显得黯然无光,遥望鸟边野0那景致很是凄凉。 然而源氏公子今夜心有所怀,故全然无惧。一路浮想联翩,好不容易才到达东山。空山沉寂,有板屋一间,近傍一座佛堂。那老尼姑于此修行,好不凄凉!屋内有佛,佛前灯光闪烁。惟听得一女子正暗自抽泣。室外另有几位法师,时而交谈,时而低声念佛。各寺院初夜诵经已毕,四周一片沉寂。尚有清水寺方面还灯火辉煌,参拜者熙来攘往。有一得道高僧,乃老尼之子,正用悲声虔诵经文。源氏公子闻之,不觉涕泪纵横。入得室来,但见右近背着灯火,隔屏面对夕颜遗骸,俯伏在地。源氏公子何尝不知其内心苦楚!夕颜遗骸较之生前无异,且略显可爱,并不叫人惧怕。源氏公子遂握其手说道:容我再听听你的声音吧!你我前生结下了何等宿缘,以至今世相聚日短,我对你乃一片真心,如今你却匆匆撒手西去,落得我形影相吊,苦不堪言,你果真就那么忍心广他声泪俱下,肛肠寸断。众僧等皆不知此为何人,俱感动得泪流满面。源氏公子哭罢,对右近说道:今便与我回二条院去吧。右近说道:我自幼侍奉小姐,形影不离,时有多年。如今匆匆诀别,别人问及小姐下落,叫我如何作答?且不知何处肯收容我呢?我的悲苦,自不待言,若外人议论起来,怪罪于我,我又如何辩解?说罢,大哭不已。一会儿又说道:还是让我同小姐一道继续作伴吧广源氏公子说道:这乃前生命定,怪不得你。你且宽心,听我一言。他一面宽慰右近,一面哀叹道:如此看来,我哪有心思活下去!话语凄凉,叫人心酸!此时淮光催促道:天快亮了。望公子早回!公了留恋不舍,一步一回头,终是强忍悲痛而去。

夜露载道,朝雾膝股,不辨东西,难识归途。源氏公子一边行走,一边回想室内夕颜遗骸,其仪姿如同生前,那件红衣,本为公子亲赠,现已同往,愈发觉得这宿缘是如此奇特!他无力骑马,东倒西歪,全凭淮光于旁扶持,好言相劝,仍步履艰难。回至贺茂川堤上,竟滑下马来。心情甚是恶劣,叹道:上天也欲让我回家不得,莫非我也要死于此地?淮光无计可施,心中甚是难堪,想道:我当初若有主见,即使他命令我,我也决不会带他来,但现在悔之晚矣。便只得用贺茂川水洗净双手,向观音合掌祈求保佑,此外别无良策。源氏公子尚有自知,终于强为撑着,于心祝佛求助神求佛,借淮光之力,才回至二条院。

二条院里众人见其天明方归,皆感诧异,相互议论道:真叫人难以置信。瞧公子近来越发古怪了,常偷偷出门。尤是昨日,那神色真让人担心啊!何必要成日东游西荡呢?言罢惟有叹息。原氏公子一回家中,便觉实在难耐,只得躺下,就此也病魔缠身,若木堪言。两三天后,身体信加羸弱。皇上亦闻知此事,担心不已,便于各处寺院进行祈祷祛病:凡阴阳道所有平安忏,恶魔拔楔,密教的念咒祈祷,均皆举行。世间人纷纷谣传说:源氏公子美貌无双,这等妖冶男子,大约是不足长留于世的吧。

源氏公子尽管为病痛所缠,却仍难忘那个右近。遂召至二条院,赐一厢房,让其侍奉公子。淮光因公子有病,早已六神无主,然谁有强装作态,一心照料这无依无靠之女子,以安顿其事。源氏公子病情略见好转,便召唤右近,由其服侍。这右近不久即与众朋辈亲近有加,随后便成了二条院中人。她身着深黑色丧服。容貌虽不甚俊美,然而实在亦无仅可击。源氏公子对她说道:身逢这番短暂姻缘,实乃今生不幸,恐性命不久亦将离于人世。你新近失却了相依相伴之人,定然伤怀。本欲慰藉,倘我仍活于世,定要倍加疼爱,惟恐我随她而去,就定会遗憾终身了。哀声细气把话说完,就呜咽不语了。右近见状,只好尽力排除自身的忧伤,尽心照看公子,生怕有所不测。

二条院殿内众人亦深为公子病体担心,终日惴惴不安。宫中不断有使臣往来于二条院探视病情。源氏公子闻知父皇如此用心良苦,亦觉有些过意不去,只得强作精神以表谢意。左大臣也关怀备至,每日必来二条院问病。或许是各方护理得法,公子重病二十余天后,竞日渐好转,且无不良后果令人虑忌。身蒙不洁满三十天时,已能起床走动。禁忌亦已解除,深知父皇急于相见,便于是日人宫拜望,又赶赴宫中值宿处淑景舍休息片刻。回哪时左大臣亲自用车子相送,病后的种种禁忌,更是千叶万嘱。源氏公子如梦方醒,有如获新生之感。至九月二十日,病体痊愈,面容虽瘦,风姿却不减于病前。且时常沉于想像之中,偶尔亦有伤心落泪之时。见者甚为惊奇,皆道:莫非真有鬼魂附身?

一日黄昏,恬淡幽静。源氏公子召右近于身旁,倾述道:我至今难以明白:为何她借故隐其身世呢?即便真如所言,无家可归,四处浪迹,然我一片真心倾慕于她,却难得其体谅,始终这般隔膜,怎不叫人伤怀?右近答道:她为何要隐瞒到底?有朝一日,她自会将真名实姓直言相告。只因你俩不期而遇,一见钟情,她疑是坠身梦中了。她以为:您所以隐名,是因你身份高贵,又是重名誉的人。您并非真心爱她。仅逢场作戏而已。她很苦恼,故不敢告知于你。源氏公子说道:相互隐瞒,本无意义。但我的隐瞒,实属无奈,这种苟且行为,深为世人不齿,以往从未敢涉足。况且父皇训诫在先,自己尚有重重顾忌。平日凡我所言,及我所作之事,皆会被人刻意渲染,大肆传扬,故徽淮有小心谨慎,不敢肆无忌惮。岂料那日黄昏,仅为一朵夕颜花,便对那人一见钟情,难舍难分。了结了这等姻缘,回想起来,这恍如好梦易醒之兆,真是可悲!反过来想,又觉甚为可恨:既姻缘易逝,这般恩爱又是何苦?现已时过境迁,隐瞒实是不必要,就详尽告之于我吧。七七之内,将叫人描绘佛像送寺中供养,以祝福死者。倘姓名亦不知道,到寺中诵经之时,心中为谁回向o呢?右近说道:实难相告啊!小姐既已隐瞒至今,如今人既已去,即便告知又有何用,且总觉有些不安。小姐自幼父母双亡。其父身居三位中将之职,视女儿着掌上明珠。只因出身微寒,无力让女儿出头,故很郁寡欢而亡。其后小姐偶遇头中将,当时他尚为少将。二人一见钟情,相见恨晚,三年以来,如胶似漆。直至去年秋天,右大臣家使人前来发难。我家小姐自小胆怯,受此番折腾,甚为棋惮,使移至西京奶娘处小住,实为躲避灾难。那里当然苦寒艰辛,久居不易又想迁到山中居住。只因今年此方不吉。为避凶灾,只得于五条那所陋室暂住,木想又巧逢公子,小姐曾因此而哀叹。小姐生性与众不同,谨慎小心,寡言心事,羞见生人。而于您面前,她倒能镇定自若。源氏公子想:原来如此,看来头中将所言,乃实有其事,只那常复不知尚在何处。他更生恻隐之心了。便问道:头中将曾慨叹,言其小孩下落木明,果真有个小孩?有近答道:没错,是前年春天生的。是一女孩,极为可爱。源氏公子说道:可知这孩子如今寄养何处?你不必外传,暗中领来交给我吧。那人死得干净,真是可怜。如今方知还有这个遗孤,我。动尚有个安慰。既而又说道:本欲将此事告知头中将,却恐其生怨而自讨没趣, 还是不告知为好。不管怎样,这孩子由我抚养,亦合情合理o。你找些缘由去说动她的乳母,叫她一同前来吧。右近说道:倘能如此,定报大恩。让她生活于西京,原本就屈从了她。只因别无他人可托付,便只好寄养于那里了。

其时着雷沉沉,一碧万顷。院内秋草,园黄欲萎。四面虫声卿卿,如泣如诉。红叶满院,娇艳悦目。真乃画中一般。右近环视此境,甚感意外。忆起夕颜于五条所居陋屋,不免有些感伤。林中鸽声嘈杂,不绝于耳。源氏公子听了,回想那天和夕颜于某院泊宿时,夕颜闻此鸟声,脸呈惧色,也实在是可怜。他问右近:她究竟多大?这个人与众不同,弱木禁风,故而寿短。右近答道:年方十九吧。自我母亲——小姐的乳母。撇我而去,小姐之父中将大人见我可怜,遂让我服侍小姐,自此形影不离,一起长大。如今小姐命赴黄泉,我岂敢苟存于世呢?悔不该当初与她过分亲近,倒叫我此刻痛苦不堪。这位柔弱的小姐,就是多年来和我难舍难分的主人。源氏公子说道:柔弱,是女子的可爱之处。自以为是,目中无人,才让人嫌弃呢。我生性优柔,故而对柔弱之人颇有好感。此等女子虽易受男子欺骗,然生性谨慎,善解人意,且推己及人,所以可爱。倘能尽心调教,正是最可爱的品性啊。右近说道:公子若爱慕此种品性的女子,小姐自是恰当人选,只可惜过于薄命吧。说罢掩面失声痛哭。

天色晦暗,晚风侵衣,源氏公子忧愁满怀,仰天孤吟:

闲云若是尸次化,遥遥幕天亦可亲。右近不能作答,心中暗想:小姐此时倘若尚在公子身边……”想至此处,哀思不禁倡郁于胸。源氏公子又忆起那地方,刺耳的砧声,亦变得甚为亲近,便信口吟道:

八月九日正长夜,千声万声无了时诗句。然后宽衣解带,愁肠郁结而寝。

且说伊豫介家小君,前往拜谒源氏。但公子已非往昔那般时常让其托带情书了,故空蝉又多了份心思,认为公子是在怨恨自己薄情)要与其决断,正在心中烦闷。这时又听得公子染病,心中便转而十分忧虑了。又因即日将随夫离京赴任于伊豫国,心中更觉孤寂难耐,遂想试试公子,便传书道:近闻贵体欠适,心窃牵挂,但难于启齿。

吾绝吾信君不回,光阴莅落谁不悲?古诗道:此身生意尽,信哉斯言。源氏公子忽得空蝉书信,爱不释手。他于空蝉的旧情哪能忘怀?便回复道:慨叹此身生意尽者,当为何人?浮世如今如蝉蜕,忽接来书命又存。在世间实为奇迹!一夜之间,病体痊愈。虽手指颤抖,然信手挥毫,字迹也隽秀如初。空蝉见公子至今恋恋不忘那蝉壳便自觉有些负心,然亦实在有趣。生性这般顽皮,常做些意外之举,却羞于直接见面。她并非有意做出矜持冷淡之态,惟觉仅有如此,尚能让公子知其不比愚妇。仅此足矣。

再说另有人名轩端获,已入嫁藏人少将。源氏公子知此消息,便想:真是不出所料。少将倘若看出破绽,不知后果如何。他揣度少将之心,觉得手心有愧。又突发奇想:不知轩端获近况如何?于是差小君送信一封。信中附言道:思君忆君,几乎欲死。君知我此心否?附诗句云:

一度春风吹泡影,而今何由诉别情?他将此信系在一很长的获花枝梢上,有意让人瞧见。口头虽嘱咐小君暗中送去,心下却想:若小君大意一些,被藏人少将遇上,定知我为轩端获旧日情人,或许也会宽恕她吧。本来此种骄矜心态,最为可恶!小君趁少将不在,才将信转附。轩端获看后,虽怨他无情,然蒙其未忘旧情,又不由感慨。便以时间仓促为由,草草书写两句,交与小君:

获上佳音皆美意,寸心半喜半是忧。笔法实是不雅,格调也仅一般,偏借故挥毫文饰。源氏公子想起那晚下棋时分,烛光映照出的面容来。他想:其时与之对奕的那个女子,实在有一种让人无法道出的感受。那风度:不拘小节,口齿伶俐。想至此,亦觉此人并不可恶。竟一时忘了先前所尝苦头,于心中又萌生出一种念头。

却说夕颜死后,七七四十九日法事,于比睿山法华堂秘密举行。场面自是十分讲究:从僧众装束至布施、供养等种种调度,俱有条不紊。所用经卷尤其考究,佛堂装饰甚为华丽,念佛诵经均万般虔诚。得道高僧系淮光之兄阿阁梨,法事由其主持,庄严隆重。祭文由源氏起草,平日最为亲近之师——文章博士书写,其中有意隐去死者姓名,仅言今有可爱之人,染病归西,伏愿阿弥陀佛,慈悲引渡……”甚是情意绵绵,婉转凄侧。博士见后道:如此美文,不必再改了。源氏公子虽尽力克制,亦情不自禁,泪如泉涌。博士面对此情此景,颇为关心:究系何人,引得公子如此心伤?且未曾听说有人不幸啊!公子这般悲伤,定与此人有颇深宿缘!源氏公子暗中备有为死者焚化的服装,这时叫人拿出裙袂,亲手系结于裙带上,吟道:

裙带由我含泪结,何时解带叙欢情?想到死者于来世:此四十九日内,亡灵游七于中阴@里,日后将投生于六道中哪一世界广诵经念佛,甚是虔诚,表情一派肃然。公子再见到头中将时,胸中痛楚不觉中复又涌动。欲告知他抚子如今活得很好,又恐遭然难。左思右想,终未开口。

再说五条夕额的居所内,众侍女见女主人出走未归,行迹不明。均忧心冲忡,却无处可寻。右近亦杳无音讯,真乃咄咄怪事,惟有叹息。她们虽难确认,论模样,那男子定是源氏公子无疑。求问淮光,当然佯装不知,支吾搪塞,依然同此家侍女眉目传情,暗中幽约。众人皆扑朔迷离,暗中猜疑:许是某国守之子,本为好色之徒,怕头中将纠察,放带离至其任处去了。居所主人,乃西京奶娘之女。此乳母本有三个女儿。右近即为另一已逝乳母之后。这三个女儿素来视右近为外人,而彼此间存有芥蒂,故不来禀报女主人详情。惟有思念女主人,以泪洗面。右近甚为虚惧,若将此事告知,定会引出麻烦。且于源氏公子,更是守口如瓶,所以对寻找遗孤一事,只得搁置起来。只要宫中一直无人知晓,自己尚可苟且度日。源氏公子只能把与夕颜相见的愿望寄之于梦。至七七法事结束前一晚,好梦真的如期而至。于那晚泊宿的某院室内,光景依旧:夕颜枕边坐一美女,容貌亲见一般。醒来便想:这定有妖孽作祟,于此荒寂屋内,将我迷住,这是另有所谋吧?回想梦中情景,不觉冷汗淋漓。

却说伊豫介于十月初,便要离京赶赴任地。此次携带家眷而别,故源氏公子盛宴话别,情景很是隆重。还私下为空蝉备办了称心赠品:梳扇等数不胜数,皆精巧别致,即便祭路神所用纸钱亦匠心独具。并将那件单衫物归原主,且附诗一首:

环露痴心仍重逢,岂料啼多袖已朽。又备书信一封,以尽叙衷肠。繁文得语,暂且不表。源氏公子使臣已去,空蝉特让小君送至单衫的答诗:

蝉翼单衫缘何弃,寒冬来时哭声哀。源氏公子读毕想道:我虽这般思念,然此人心高气傲,有别于常人;现终于舍我而去。此日正值立冬,上天有眼,竟降下一阵雨来,山野更显静寂。源氏公子终日沉溺于遐思之中,不觉吟道:

秋去冬来凄心苦,泪眼茫茫生死别。一时之间,仿佛深有感悟:此种不甚光彩之恋情,毕竟使人痛楚!

 

第五章  紫儿

却说源氏公子因患疟疾,四处找人念咒,画符,诵经,祈祷,均不见好,却仍旧发作。便有人提议道:有一高明的修道增,住北山某寺。去夏疟疾流行,别人念咒都无效验,推此人神骏,医好无数病人。此病若拖延下去,特酿大难,万清早日一试。 源氏公子听得此言,便派使者到北山去唤请那位高僧。高僧推辞道:贫僧年事已高,举步艰难,恕难从命。使者归来如实禀报。源氏公子无可奈何。只得带了四五个亲随,在天色微明时微服前往北山。

高僧所在之寺隐于北山深处,虽时值三月下旬,京中花事已渐近尾声,山中樱花却开得正艳。入山渐深,但见春云绕树,随风飘移,甚是可爱。源氏公子生长在皇院深宫,不曾看过如此景色,又因身份高贵,难得远足出游,所以倍觉心旷神情。寺院所在之地,地势险峻异常:寺后山峰直插云天,周围巨岩环抱。那老和尚便居此仙境之中。源氏公子走进寺内,并不曾报得姓名。老和尚一见,此人虽衣着简朴,仍搞不住其高贵风采,便吃了一惊,说道:这定是昨日召唤贫僧的那位公子了。有劳大驾,实不敢当!贫僧早已脱离尘世,符咒祈祷之事,渐已遗忘,怎敢屈尊亲临?说时,打量公子,满面笑容。这位圣憎道行极高,他画了道符,请公子吞饮,又诵经祈祷,为公子消灾。此时红日初升,霞光四射,源氏公子便步出寺外,眺望四周景色。此处地势高峻,山中诸寺,尽收眼底。沿坡道曲折往下,有一所屋宇,也同这里一般围着茅垣,然而甚为整洁,内有齐整的房屋和边廊,庭中树木森森,颇有生趣。源氏公子问道:何人居住在此?随从答道:是那位僧都,公子认识的,在此处已两年了。公子叹道:原来是有涵养的高僧仙居之处,看来,我此番微行,恐不成体统呢!大概他已经知道我到此罢。此时,见宇中走出几个童男童女,个个眉清目秀,有的汲净水,有的采花,皆了然分明。随从人在下窃窃闲谈:看,那里有女人呢。谱都不该会养女人吧。那么,究竟是些什么人呢?有的下去窥探,回来报道:里面有漂亮的年轻女人和女童。

赏玩之后,源氏公子回到寺内,诵了一会经。近正午时,便开始担心疟疾是否发作。随从说道:公子不如到外去散散心,倒可忘掉那病根也未可知。他便依言出得寺来,登上后山,向京城方向眺望。但见云霞满天,四处弥漫;万木葱茏,时隐时现。他赞道:真像画儿一般。住在里面的人,定如神仙般无忧无虑。随从中有人言道:这风景还算木上最好的。如果公子再走远些,到那高山大海边去,一定更是开心,那光景才胜似图画呢。譬如东部的富士山,某某岳……”也有人将西部的某浦、某矾的风景活灵活现地描绘出来。这些人说东道西,好让公子释怀,终于忘了疟疾。

有一名叫良清的随从,告诉公子道:京城附近播磨国地方有个明石浦,风景极好。那地方无深幽之趣,却临大海。眺望海面,别是一番气象,真是海阔天空啊!此地的前任国守有一座远近闻名的邸宅,宏壮之极。还有个女儿,如花似玉,非常可爱。这个人出身高贵,按理仕途应当顺利。但他脾气古怪,落落寡欢,难以与众人相合。弃了好端端的近卫中将不作,却到这里来当国守。谁知又得不到播磨国人的拥护,还颇瞧不起他。他悲伤之极,叹道:上下不是,活在这尘世还有何意义!就此削发为僧了。这人也真是奇怪,既然遁入空门,那就应该迁居深山,他却选择海岸居住。这播磨一地,宜于静修的山乡比比皆是啊!大概顾虑深山之中人迹稀少,景象萧条,年轻的妻女常住不惯;抑或因为那所如意称。心的邸宅吧,所以他不肯入山。前些时回乡省亲,我曾经去过他家。尽管京城失意,郡人也瞧不起他,却有广阔的土地和壮丽的宅院。此皆靠了国守的职权而备办起来的。这种人晚年无须操心,尽可富足安乐。而他当了法师后,反倒热心起来,为后世修福,做得不少好事呢!

公子追问道:那女儿如何?良清说道:容貌与人品皆属上乘。每一任国守都特别看中她,向她父亲求婚。可这法师一概不准,并立下遗言,道:我今生一事无成,只待来世了。只此一女儿,但愿她将来能出人头地。倘若我身先死,她又发迹无缘,倒不如投身入海,与我共期来世。”’源氏公子听得这话颇觉好笑,随从者也笑道:这个女儿真是个宝贝啊,要她当海龙王的王后哩!真乃心比海深!这随从良清,即现任播磨守的儿子,今年已从六位藏人晋爵为五位。朋辈议论道:这良清不怀好意,他想娶这女子作美,不时去那家窥探。不是要破坏和尚的遗言吗?一人说道:脾,说得如此玄乎,恐怕不过是个村野姑娘吧!自幼生长于穷乡僻壤,父母又如此古板,能好到哪去?良清说道:此言差矣!这姑娘母亲极有来历,交游甚广,遍访京城富贵之家,在来许多年轻侍女和女童,专选那些容貌姣好者,充当女儿的礼仪老师,排场可不小呢!有人插言道:但或她双亲死了,变成孤儿,怕摆不起排场了吧。源氏公子也来了兴致,玩笑道:为什么非要到海底去呢?那里只长着水藻,怕不好看呢。随从们对公子的心思十分清楚,他们想:我们这位公子元以慰藉,偏好离奇之事,虽是一位村野女子,恐怕他也记在心里了。

游罢后山,公子一行返回寺里。是时天色渐晚,随从人提醒公子回京。那老僧即劝阻道:最好今夜在此地耽搁一晚,静静诵经祈祷,以去贵体妖魔,明日回去不迟。随从等人皆以为然。不料此话也正中源氏公于下怀,他感到这种夜宿深山的机会难得,便欣然同意。

春日天黑迟。源氏公于无所事事,便乘着暮色,信步走到坡下,米到白日所见的那所屋宇的茅坦旁边。他遣散身边随从,只留惟光陪于身边。向室内看去,只见西间里供着佛像,室中立着一根柱子,帘子半卷。一个尼姑正在佛前供花。供花完毕,她靠柱子坐下,将佛经放在一张矮几上,静心低头念起经来。这尼姑年龄约四十上下,体态轻盈,皮肤白皙,身体虽瘦,但面庞饱满,眉目清秀,看起来仪态高贵,非同一般。虽留着短发,似比长发更为得体,别有一番风韵。源氏公子看了颇觉新奇。尼姑身边还有两个中年诗文,亦生得清秀异常,几个女孩戏要着跑进跑出。其中有一十岁左右女孩,衬衣雪白,配件核棠色外衣,模样甚是可爱。源氏公子想道:这女孩与众不同,长大以后,定是个绝代住人。她头发斜披肩上,飘曳不止。脸色鲜活红艳,大概是刚哭过吧,她走到尼姑面前站定。尼姑抬起头来看她,问道:又怎么了? 和她们吵架了么?两人的面貌有些相似。源氏公子便想:二人可是母女广这女孩诉道:犬君把小麻雀放走了,我好好关于熏笼里的麻雀,让犬君放走。有个侍女在旁说道:这个毛手毛脚的犬君,真该追骂呷,尽闯些祸来。那小麻雀近来养得越发可爱了,现在不知在哪儿,真可惜啊!若乌鸦见着可就糟了。说着便走了出去。她的头发又密又长,几乎飘动起来。听有人叫她少纳言乳母,猜想她便是这女孩的保姆了。尼姑道:你这孩子,尽拿些无聊的事烦我,真不懂事!我身子日衰,性命朝不保夕,你却只知道玩麻雀。生物皆有灵性,你这般玩弄,实是罪过,我不是常常对你说的么?便吩咐那女孩到自己身边坐下。女孩的相貌十分乖巧,一股清秀之气流露眉间,粉额白嫩,短发俊美。源氏公子想道:此女成人之后,不知何等艳丽悦人!眼睛凝视着她。不久又想:却道此女子何等勾我心魄,原来她似我那意中人呢!一想到藤壶妃子,公子不免滴下泪来。

只见那尼姑伸手给小女孩梳头,说道:长得一头好头发,却不知梳理!你这孩子,这般大了,还让我操心。全不似你那死去的母亲,十二岁时已十分懂事了。若我死后,你该如何是好?说罢,叹息不已。源氏公子看这光景,亦觉不忍。这女孩似有所知,抬起头来,眼泪汪汪地注视着尼姑。又驯服地垂下眼睛,埋头默坐。额上绝给头发,柔滑可爱。尼姑吟诗道:

悲怜细草生难保,绿霞将尽未忍消。旁边的一个待女忍不住掩泪答道:

嫩草青青犹未长,珍珠毅露岂能消?

正巧此时增都走了进来,对那女人说:你在这儿,外边都瞧得见。为何不放下帘子来呢?我才听得:山上老和尚那里,源氏中将祈病来了。他此次微行,十分隐秘呢。我居于此处,该去向他请安的。尼姑说道:这如何是好?这般模样,怕已被他们瞧见了!便赶忙将帘子放下。只听得僧都说道:光源氏公子,风采照人,天下闻名。你可愿拜见一番?似我这般和尚,虽已看破红尘,但遇见此人,也觉神志清爽,去病延年哩。我与他送个信去。源氏公子怕被他撞见,赶忙返回。他心中想道:今天真是奇遇。有这等美人,难怪世间人外出寻花问柳,四下寻觅呢!我难得出京游玩,如今也碰得这般美事。不禁兴趣盎然。接着想道:那个女孩实在使人心动,却不知是何家女子。我很想要她朝夕相伴,陪于身边,免去我与那人的相思之苦。

回到山L寺里, 源氏公子匆匆躺下。僧都的徒弟随后而至,叫出惟光,向他传达僧都口信。相隔不远,公子只听那徒弟道:贫僧在此修行,乃公子素知。大驾到此,贫增刚刚闻知,本应即刻前来请安。但念公子秘密微行,怕不足与外人道,因此未敢贸然相扰。请泊宿山下寺中,以受供奉。源氏公子求之不得,命惟光回他道:十余日前,因忽患疟疾,久治不愈,便受人指点,来此求治。此寺高僧,德高望重,与众不同。但或治病不验,传扬开去,便对他不起,故而微服前来。我即刻前来拜访责处。徒弟去通信不久僧都便至。此僧都,人品甚高,万人敬仰。源氏公子自觉衣着简陋,与他相见,不甚自然。僧都见状,佯装不知,将入山修行情况,与公子一道来。随后相邀道:敝处乃一普通草庵,有一水池,或可聊供赏阅。说得言词恳切。源氏公子想起他在尼姑面前的夸奖,此时便没了信心。但又想起那可爱的女孩,便随即答应去访。

这儿草木与山上确实并无不同,然而布置独具匠心,巧妙别致,雅趣十足。这晚没有月亮,庭中池塘四周燃着黄火,吊灯也点亮了。朝南一室,陈设也极为雅致整洁,佛前名香弥漫,沁人心脾,却不知出自何处。源氏公子的衣香更是别具风味,吸引内室妇女。谱都讲述起人世无常,来世因果报应之类佛说,源氏公子便想到自己的种种罪过,感到内心满是卑鄙无聊,一生一世恐会愁苦不休。至于来世,更不知将得何种沉痛报应!一想到此,心中不胜惶恐,也欲入山修行了。不料那女孩可爱的面貌,总挥之不去,不时浮现出来。便说道:我曾在梦中问你:寺中住的什么人?不想今日应验了。

谱都有些诧异,不禁笑道:公子这梦有些奇怪呢。蒙公子下问,我便如实相告,只怕你听了扫兴。也许公子不认识那个按察大纳言吧。他已去世多年,他夫人即是我妹妹。大纳言故世之后,妹妹便出家为尼。近来因患疾病,前来投靠于我,在此修行。公子又试探着问道:随便问一下:听说这按察大纳言有位女儿,现在何处呢?僧都答道:大纳言去世大约也有十来年了吧。生前总想叫这女儿入宫,故而呕心沥血,悉心教养。可惜世事难料,大纳吉早亡,这女儿便由那尼姑母亲抚养成人。这期间,也不知是何人牵线,使这女儿和那位兵部卿亲王私通了。此事传到兵部卿的正夫人耳里。这贵夫人哪能容她,百般恐吓,使这女儿不得安居,终于郁郁而死。真是忧能伤人啊!

源氏公子猜想这寺中女孩为那女子所生。便想道:难怪如此相像。由此观之,这女孩有兵部卿亲王的血缘,是我那意中人的侄女呢。心里与这女孩又多了一分亲近。想道:此女孩血统高贵,品貌端庄秀美,幼年元靖,与人容易相处,我或可随意调教她吧!他想证实一下,又问:那么这位木幸的女儿可生有儿女?僧都答道:死前生了一个女孩,现在靠外婆扶养。这老尼姑年老多病,照料外孙女不免吃力,也只得叹务呢。源氏公子心中暗喜,便开口道:我有一事贸然相求:劳烦你同老师姑作主,将这女孩交与我抚养,可否?我虽已有妻室,终因人生旨趣有别,便与她不合,经常分居而卧。也许你们会按世俗常理,以为年龄太不相称,不甚妥当吧?

谱都闻之, 脸色一沉,冷冷答道:公子美意,实在令人感激S恐怕这孩子毕竟年龄太小,不请世事,为公子作戏耍伴侣也还差得远呢。女孩子总须受人照顾,方能成人。但贫增已早脱凡尘,此事不便独自作主,恕我与其外祖母商榷后,再作决定。源氏公子听得此话有些尴尬,便暂不提此事。僧都即想退下,说道:此刻正安设佛堂,须做功德。待初夜诵经结束之后,当即前来奉陪公子。说罢,便起身去了。

源氏公子遭此冷落,正在烦恼之时,一阵小雨飘然而至。山风吹拂,寒气逼人。远处瀑布在风中哀鸣,其间夹杂着起起落落的诵经声,声音混浊凄凉。此情此景,愚冥之人尚且懂得悲伤愁叹,何况多情善感的源氏公子。他辗转反侧,毫无睡意。夜深之时,还不见增都前来。内屋里的妇女也在诵经,念珠碰撞矮见之声,隐约可闻,不时还有衣衫察车之音。源氏公子等待不及,便悄悄起身走到这房间门前,将外面围屏轻轻推开,拍拍扇子,向里面招呼。里面的人分明未曾料到,又不好佯装不理。其间一待女膝行到门口,又退回两步,惊诧道:难呀?我没听错吧?源氏公子说:有佛菩萨指引,岂能走错?这声音温柔优雅,高贵元比。那侍女当下觉得相形见细,不敢言语了。半天才问道:情问公子想面晤何人,承蒙开导。源氏公子道:今日唐突冒昧之极,怪不得你惊诧。你当明白:

细草芳委自窥后,

游子落泪青衫湿。烦请通报入内。侍女心下疑惑,回道:此处并无公子受诗之人,与谁通报呢?公子便说:我呈此诗,自有其理,务请通报罢了!待女无话可说,只得入内通报那老尼姑。老尼姑吓得想道:这源氏公子也太风流多情了!该不会是我家那小孩子吧。可是那细草之句又作何解呢?她顾虑重重,心烦意乱。却不愿就此失礼,便吟道:

游人夜泣湿青衫,山人孤身销权寒?我等有流不尽的泪呢。

侍女将诗句转给源氏公子。公子心中焦急,说道:近在咫尺,却要间接传言通话,我颇感不惯。值此良机,乞盼郑重面晤,具体申诉。愿此待命,不胜惶恐之至。侍女便将此回报。老尼姑说:此事叫老尼好生为难,想必公子有所误解。如何答复这位贵公子呢?傅女们说:若不会面,反被他怪罪,让他进来吧。老尼姑道:此言极是。若是年轻,当有所嫌。老身有何不便?既然他如此郑重,就不用回避了。便走了出来。源氏公子抢先说道:小生贸然造访,甚是轻率。乞望恕罪!但念小生心地赤诚,并无恶意。我佛在上,定蒙鉴察。他见这老尼姑面貌肃然,气度高雅,心中大失坦然。不免畏缩起来,要说的言语,只是闷在胸中,开不得口。老尼姑答道:公子大驾光临,意外之至,实乃三生有幸。承蒙不吝赐教,我等受益匪浅!源氏公子直接说道:闻尊处有一小孩,自小丧母。小生愿代为抚育,不知能否蒙得惠许?小生不幸幼失慈母,孤苦伶仃,难以言述。因我俩同病相怜,正合大生良伴。今日得见尊颜,实机缘难得。因此冒昧剖诚。老尼姑答道:公子如此展等,有此念头,老身感激不尽。惟恐传闻失实,令公子失望。虽有一无母之儿,与老村一起艰辛度日。但她年纪尚幼,不晓世事。公子气度宽宏,对此亦绝难容忍。因此难以奉命。故有此言。源氏公子说道:所育种种,小生皆已详悉,师姑不必多虚。小生惜恋小姐,用心切切,务求察鉴。老尼姑原以为公子尚不知情,二人年龄甚不相称,遂沉默不语。而公子呢,见老尼姑并不为之所动,而增都又将到来。只得告退,说道:小生即已陈明心事,以后再议吧。便回到室内。

天将破晓之时,佛堂里传出法华仔法的朗诵声,夹杂着瀑布和山风的吼叫声,这深山寺宇一派肃穆之色。僧都一到,源氏公子便赋诗道:

山风浩荡惊梦人,瀑布声声催泪流。

这僧都是何等雅致之人,随即答诗道:

君闻风水频垂泪,我老山林不动想来是久闻不惊吧疗此时天色微明,东边霞光冉冉,缩丽动人。林中山鸟争鸣,野禽乱叫。本名的草木花卉,漫山遍野,五彩斑澜,美若锦缎。其间有康鹿游曳,或行或立。源氏公子观得如此奇景,心中大悦,烦恼也随即烟消云散。山上寺里那老增年迈体衰,行动不便,但也不辞辛劳,下山来为公子作护身祈祷。他念陀罗尼经文的嘶哑声音,从稀疏的齿缝里漏出,听起来却甚为微妙而庄严。

公子准备下山返京了,宫中也派来使者迎接公子。临行之前,僧都搜集许多果物,罗致种种珍品,皆俗世所无,为公子饯行。他说道:贫增因曾立誓言,年内不出此山,因此恕不能远送。此次公子来去匆忙,反倒让人生出不少遗憾。便举杯敬酒。公子答谢道:留连山水之间,我也不舍离去。无奈父是挂念,不便久留。山樱未谢时,定当复来拜访。即吟诗道:

住山美景告官人,樱花开时邀重来。公子气度优雅,声音清朗无比,见者皆神往。 这僧都答诗:只盼伏昙花,平常樱花何足赏。源氏公子对憎都笑道:这优昙花三千年才开一次,难得一见吧。同时赏酒与山上的老增。这老憎感激不尽,几乎流下泪来,为公子吟道:松底岩页个方启,平生初次识英姿。最后老僧为答谢,赠献公子金刚待一具,为护身之用。僧都则按自己的身份,奉赠公子一串金刚子数珠,装在一只中国式盒子里,外面套着给有五叶松枝的楼空花纹袋。此乃百济之物,为圣德太子所赐。另又奉赠药品种种,均装在红青色的琉璃瓶中,瓶上用藤花枝和樱花枝作为饰物,十分受看。

源氏公子派人从京中取来诸种珍贵物品,上至老增,下至诵经法师,各有赏赐。连人夫童仆也不例外。僧都趁正在诵经礼佛,众人准备回驾之时,人得内室,将源氏公子昨夜所托之事具告老尼姑。老尼姑说道:如果公子真有心于她,过四五年再说不迟。眼下不易草率。公子得僧都回复,心中不悦,作诗一首送与老尼姑道:

花貌隐约因是夜,游云今朝不忍归。老尼姑答诗道:

心怜花客语真否?应识游云变幻无?随意挥洒,趣味却高雅之至。

源氏公子正欲起驾回京,左大臣家诸公子及众人赶到。他们吵嚷道:公子未与我等言明行踪,原来隐行于此!其中头中将及左中共等人,与公子平素异常亲近,此时喷怪公子道:独自寻了这等好去处,也木相约共赏,未免太无情吧广源氏公子道:此间花色甚美,不妨就此稍稍小想,也不负这良辰美景。众人便在巨石下面的青苔地上,席地而坐,一起举杯畅饮。一旁山泉仅归,瀑布声声,别有一番情趣。头中将兴致勃发,从怀中取出笛来,吹出一支曲调,笛声清幽悦耳,与这情景甚为相合。左中并以扇击书,唱道:闻道葛城寺,位在丰浦境……

正是催马乐之歌。此两位贵公子,自是卓尔超群,不同凡响。而源氏公子病体初愈,略显清瘦,倦依岩石之旁,丰姿秀美异常,引得众目凝滞,嗟叹不已。随后又有一个吹率第的随从,一个吹整的少年,大家尽情欢乐。僧都抱来一张七弦琴,恳请公子道:公子妙手,若弹奏一曲,定当声震林宇,山鸟惊飞。源氏公子心情钦乱,推辞不过,也只弹奏一曲,随后与众人一同下山。

送别众人,山中僧众及童孺,均慨叹惋惜,庆幸今日开得眼界。老尼姑等人,议论纷纷,相与赞叹道:真是神仙下凡!连见多识广的僧都也叹道:如此天仙般人,而生于这污浊的尘世,反而令人于心不忍啊!说罢不由生出悲伤,举袖拭泪。那女孩虽小,也羡慕不已。她说道:这个人比爸爸好看呢!众侍女便逗她道:既如此,姑娘做他的女儿吧!她听得此言,党面露喜色,甚为向往。以后,每摆弄玩具或画画,心中总要假定一个源氏公子,替他穿衣打扮,爱护不已。

源氏公子返京之后,便入宫参见父皇。皇上向公子详细探问老僧祈祷,治病,以及效验诸事。公子如实禀复。是上感叹道:此人修行功夫如此之深,堪与阿阁梨相比,而满朝文武竟无一人闻知。又见公子消瘦了许多,甚是担心。此时左大臣人见。见源氏公子在侧,便说道:闻听公子乃微服出行,恐有不便,末前来迎接。请与我回哪好好将息_两回吧厂源氏公子虽不情愿,却也不便推辞,只得随同前往。左大臣百般体贴这爱婿,将车前自己的座位让与他,自己却坐于车后。源氏公子心中甚觉不安。

左大臣家已早作准备,迎接源氏公子到来。但见玉楼金屋,装饰一新;诸般用品,井然有序。公子久不至此,不觉耳目一新。却照例不见葵姬出来迎接。左大臣多香规劝,半天才缓缓而出。然而见了公子,也只正襟危坐,泥塑木雕一般,冷格异常。公子想道:此番山中见闻,胸中观感,多想有人听我畅叙,共同分享。可这人一味冷若冰霜,不愿开诚解怀。长此以往,会更生隔膜,叫人好不烦恼!便对她说道:我希望偶尔也见一见夫妇亲近和睦之状,可至今未能如愿。向来如此,原不为怪,只是我近日患病,痛苦木堪。你尚且如此冷落于我,使我心中不免怨恨。葵姬这才开口答道:你也知晓被人冷落的痛苦么?说时秋波暗递,高贵的颜面上满是娇羞和无限怨恨。公子说:你难开金日,可一开口说话就叫人难以理解。被人冷落是痛苦的,乃情人之语,你我正式夫妻,怎说此话?你一向对我冷淡,我一直等你有所转变,百般讨好你。可到头来你对我仍这般厌恶。唉,看来只有等到我死的那回了。说罢,不欲再与她交谈,便步入寝室。过了一会儿,葵姬才进去。公子已无谈兴,长叹一声,宽衣就寝。他佯装睡着,脑中却浮想联翩。

他心中寻思:那女孩虽若细草一般,长大后定是个绝色佳人。可老尼姑以为年龄悬殊,实在叫我难以开口。找得设法将她接到此处,朝夕看待她,以慰我心。这女孩不似她父亲兵部卿亲王,生得艳丽无比。使人一望便想到藤壶妃子。这大概是同一母后血统所致吧?想到此处,更觉依恋不舍,费尽。动力思虑起来。

第二日,公子叫人带信给北山老尼姑与增都,一再提及此事。他在信中言道:前日请求,未蒙准允,不胜惶恐。未能详诉衷情,心甚遗憾,故今朝专函说明。小生之心,上天可鉴。若蒙体察,荣幸之至。另一纸条,折叠成结,上面写道:

山樱倩影动梦魂,此花更系无限情。但恐夜风将此花吹散。包封小巧,手笔秀美,香艳绔丽无比,见之目眩。老尼姑与增都收到此信,甚感为难,不知如何作答。思虑再三,谨回信道:前日公子所谈之事,我等皆现为一时戏言。如今公子特地传书,令人感激不已。然外孙女年轻幼稚,连《难波津之歌沪都还写不规范,实难奉命。何况:

山风厉吹花易散,片刻寄情何足凭。也无不叫人担忧。源氏公子见信后,心中不悦,整日郁郁寡欢。如此过得二三日,公子又吩咐惟光去北山,与那少纳言乳母详谈。惟光忆起那晚见到那女孩模样,。心想主人对女子用尽心思,连稚拙无知的小孩,也不愿放过,颇觉好笑。他先去见那谱都,奉上公子书信。谱都心中自是感激,便安排惟光与少钢言乳母见面。惟光将公子意图与自己所目睹的大致情状,一详告这乳母。他巧言善辩,说得头头是道。少纳言乳母却想:如此黄毛稚于,源氏公子何以情有所钟呢?实在是奇怪啊。源氏公子于信中说道:我甚至想看看她那稚拙的习字。言词十分恳切。照例另附一纸,折叠成结,上面写道:千尺情海尽相思,却恨万重蓬山隔。老尼姑答诗道:

来日须悔我深知, 今朝三辞不足惜。惟光只得返回,具实禀告公子道:老尼姑言明病愈迁京之后,再谋此事。源氏公子心中不免惆怅不已。

此时藤壶妃子不幸身患小恙,暂回三条院娘家调养。皇上为此忧愁叹息。源氏公子见了,心中也觉不安。但又忍耐不住,一心想乘此时机,与藤壶妃子幽会,以致整日精神恍愧,疏懒了各处恋人。到了晚上,则去找那王命妇想法。王命妇也竭忠尽智,不辱使命,竟将两人拉拢来了。相会之时,两人如在梦境,心中不胜凄凉!藤壶妃子心有余悸,想起从前那伤心事,本已决意誓不再犯,岂料如今又遭此际遇!他细一想,更是黯然神伤,愁闷满怀!但此人历来温柔敦厚,腼腆多情。尽管暗里饮恨,外表却尽力克制,雍容不失高贵之相。源氏公子怪道:此人何以如此完美无缺呢?一时竟有些难以忍受。无亲相逢时短,岂能畅叙?惟愿天长地久,双栖双宿于此黑夜。仅春宵苦短,黎明在即。又只得依依惜别。真乃相见时难别亦难!公子吟道:

相逢已是分别时,只愿梦身皆融入。吟时声泪俱下,妃子不禁为之动容,便答诗道:

身入长梦纵难醒,但忧声名太狼藉。其忧心冲冲之态,见之生传。公子不忍多言。其时王命妇送来衣服,催公子动身。

源氏公子总是独自饮酒浇愁,忧思落泪。叫王命妇送过去的书信,急得不到回答。此虽为常事,但也是每每徒增不快。如此两三日,终日茫然若失,足不出户,也不去宫中朝觐,将自己关闭私邪中。只是想起父室或许有所担心,心中不免又是烦恼。这边三条院的藤壶妃子,也整日悲叹自己命苦,病情便日益加重。但她无意回宫,是上多次派人来催促,她也一天天拖延下去。她觉得此次病状大不同于往常:怕是怀孕了。如此一想,心中更觉烦闷,于是乱了方寸,不知如何是好。

藤壶妃子怀孕已有三月。夏天来时,已渐渐不能起床,身体变化明显。外人不知底细,都异常奇怪:有喜三个月了,为何还不上奏皇上?侍女们也议论纷纷。藤壶妃子有苦难言,犹觉心痛。只有妃子乳母的女儿井君,经常服侍妃子入浴,知道她身上的一切变化,也能推知内情;牵线的王命妇自然也明白。但此事不同寻常,她们也不敢向外人谈及。王命妇想不到会有如此结果,倒觉得这定是前世修定的宿缘,命运难测!此事终于奏闻皇上,借口有妖魔侵扰,长久未得怀孕征兆,故而至今奏闻。外人自然置信无疑,问讯的使者络绎不绝。皇上知道妃子怀孕,对她更加怜爱。藤壶妃子却更是惶恐木安,终日沉溺于愁思之中。

这源氏中将,自从上次惜别伤离后,终日神志恍格。这一夜不想做得一个离奇古怪之梦,心中纳闷,便叫来占梦人释解。那占梦人说道:此梦富贵,御天子之尊,龙子将临人世。但福线中含有凶兆,切不可大意。此占语出乎源氏公子意外,使他大为惊恐。便对占梦人说道:此梦非我所为,乃别人所托问占。未得奏验,切不可随便张扬!他心中却想:究竟会发生什么怪事?便一直心绪不宁。直待闻知藤壶妃子怀孕,方才悟道:原来是这事!便更加恩念妃子,要王命妇再次引见。但王命妇一想往事,心怀恐惧,不愿再造罪意。况且此后行事更为不便,因此终未成行。源氏公子以前尚且偶尔可得妃子音讯,此时已是完全断绝了。

这年七月,藤壶妃子回宫。久别重逢,皇上喜出望外,对她的恩宠元以复加。此时藤壶妃子的腹部稍稍膨大,面容稍瘦,不时呕吐。皇上却更觉一种莫名的可爱,照旧朝夕住在藤壶妃子宫中。早秋已至,管弦丝竹之乐渐兴,源氏公子也不时被宣召到御前表演技艺。他虽强忍心事,但思恋之情,却在琴笛声中时时外露。藤壶妃子听出他的心声,好生怜惜,也牵扯起了心中阵阵情思。

却说那老尼姑在北山增寺里住得一段时间后,自觉病情稍愈,便下山返京了。公子派人打探,得知她的住处,即不时去信问候。老尼姑自然总是复信谢绝。源氏公子因藤壶妃子之事,近几月来一直心烦意乱,忧愁叹息,因而无暇顾及他事。时值秋,公子闲寂无聊,某一月白风清之夜,心情稍好,公子便出门寻访情人。此次访问的是离宫最远的六条。途中遇天阵阵雨,见路边一阴森邸宅,古树参天,荒凉冷落。一直跟随公子的推光指点道:这础宅便是已故按察大纳言的。几日前我因事路过,顺便进去看看,听得那少纳言乳母说起:老尼姑身体衰弱,将不久于人世了。源氏公子忙道:唉!我该去看一下,你何不早说呢?现在就去慰问她吧。惟光便派一随从过去通报,并吩咐他:言明公子是专程来访此地。随从便上前,叫守门的侍女传话:源氏公子专程前来拜访师姑。侍女闻言,惊慌失措:啊,这如何是好?师姑病情沉重,不便见客呀!但她又想:就这样叫他回返,怕是不好。便将一间朝南的厢房打扫干净,请公子进去稍坐。

侍女歉意道:此处简陋之极,蒙公子大驾垂临,仓泞不及准备,屈尊在此稍坐,乞恕简慢!源氏公子心中不安,便说道:本想常来问候,只因屡蒙见拒,不敢贸然前来相扰。师姑玉体欠安,我未能及时探视,抱歉之至。老尼姑得知公子前来造访,叫侍女传言道:老身一直病痛缠身,不久将永离人世。蒙公子屈尊慰问,又不能起身相迎,实在无礼。公子所瞩之事,若终有此心,待她稍长晓事,定当命其前来侍奉。若让这伶仃弱女无依无靠,老身死难瞑目啊!公子如此盛情,实不敢当。这孩子若大些就好了。房间离此甚近。源氏公子听得她继继续续叮嘱之声,颇为感动,便说:若非前世宿缘,对此女情有独钟,倾心相慕,我岂肯在人前作此少年热狂之态,让人笑话?又接着说道:今日特地来访,一来慰问师姑,二来看望小姐。倘若就此辞去,未免扫兴。可否与小姐一见?侍女颇觉为难:姑娘幼稚无知,何况正酣睡之中呢。

忽然邻室传来脚步声,随即听得小孩叫道:那个源氏公子又来了,外婆快起来见他/诗女们便很尴尬,连忙阻止道:小声些,外婆病重呢!哪知紫儿却道:咦?外婆说了:见得源氏公子,病便好起来。我是来告诉她的呀!说时洋洋得意。源氏公子听了觉得有趣,但恐众侍女难堪,便装作没听见。心想:果然一点也不晓事。以后要好好调教她。说过几句客套的安慰话后,便起身告辞。

此后第二日,源氏公子再写一封安慰信送去。言词十分恳切。照例在一张打成结的小纸上写道:

自闻雏鹤清音唤,苇里行舟进退难。我但思一人。他有意习仿孩子笔迹,以致妙趣横生。侍女们一见,说道:姑娘正好还没习字帖呢。少纳言乳母代为复信道:承蒙慰问,不胜感激。师姑病情日重,安危难测,已复迁居山寺。眷顾之恩,只求来世再报!源氏公子看了回信,连声叹息。此时正值暮秋,源氏公子近来因不得见藤壶妃子,心神不宁,烦乱如麻。因紫儿与藤壶妃子的模样如出一辙,他转而热切地谋求这小姑娘来。他回忆起那晚老尼姑吟旅露将尽末忍消的情形,倍加怜爱紫儿。想到自己如此强求,心中又感不安。便独吟道:

野草紫草根相通,摘来看视待何时,

皇上将于十月里行幸朱雀院离宫。所预计舞乐中的舞人,除了殿上善舞者,均选用侯门子弟、公卿。一时朝中亲王及大臣等人,纷纷忙于演练,准备到时一试身手。源氏公子也不例外。一日,他偶然想起迁居北山的老尼姑,日久不曾传书,便遣使前去看望。使者未见此人,只带回僧都书信一封,信中言道:舍妹不幸已于上月二十日归西。 生离死别,此乃人世之常理,无可逆料,但亦不免令人悲痛1”源氏公于见得此信,徒悲叹人生无常。念起那小女孩,如今失去外婆,孤苦伶仃,定然在终日恋念已故的亲人吧。又隐约忆起儿时母亲桐壶更衣离他而去的情形,因此便十分同情紫儿,派人前往隆重吊唁那尼姑。少纳言乳母代为答谢。三旬忌期已过,紫儿从北山回到京础。几天后的一个黄昏,源氏公子择了闲暇亲自前往探望。见邪内人影稀稀,荒落沉寂,犹令他生畏,何况那小女孩!少纳吉乳母仍将公子带至朝南那间厢房,向公子哭诉姑娘凄苦无依情状,令公子不忍年听。少纳言乳母说道:外婆去后,本当将姑娘送到兵部卿大人她父亲那里去。可是已故的老太太临死为此事忧愁叹息,担心兵部卿的正妻心狠无情,她妈妈生前已遭其害。如今这孩子虽对自己的身份略有知晓,却又不全请人情世故,正是上下不得之时。若再将她送去那里,夹于众多孩童中,岂不受欺负?现在想来,此事足虑。如蒙公子不弃,以前曾一时提及,我等也顾不得今后变心与否了。只是我家姑娘娇憨成性,不似平常孩童,令人放心不下。源氏公子答道:我三番五次诚心相求,岂是一时兴起之愚?你何必多虑。小姐天真烂漫,甚觉怜爱。我深感此乃前世已定之缘。

纤纤弱柳难拜舞,春风已过再难回!如此归去,岂不扫兴之至?少纳言乳母说道:辜负盛情,不安之至。便答吟道:

春风容颜未辨消,便是低头狂拜舞。乃过分之请也广这乳母才思敏捷,应对如流,使源氏公子稍感心清畅快。兴之所至,便朗声吟起古歌:焦急心如焚,无人问苦衷。经年盼待久,犹不许相逢。众侍女听之动容。

此时紫儿正在床上伤心哭泣,思念已故的外祖母。忽听伴她玩耍的女童对她说道:外面有个穿官袍的人,怕是你爸爸呢。紫儿立即不哭了,起身走向外面,边走边问道:少纳言妈妈!那个人在哪里?是爸爸来了么?声音稚嫩可爱。源氏公子亲切对她说:不是爸爸,是我呢。也不是外人了。来,到这边来!紫儿屏内听出了源氏公子的声音, 知道叫错了, 显得不好意思,拉着乳母的手,说:走呀,我要睡了。源氏公子说:过来,就在我膝上睡吧!少纳言乳母责怪说:您看,真不懂事。便将这小姑娘往公子身边推。紫儿却不上前,只是屏内呆呆坐着。源氏公子走上前,将手伸入屏内,抚弄她的头发。那头发长长的披在衣服上,既浓又软,妙不可言。接着又握住她的小手。紫儿见此人并不相熟,却如此亲近她,便畏缩不安,忙对乳母说:我想睡觉了!将身子退向里面。源氏公子趁机跟她钻进帷屏里面,对她说:我会爱护你的,不要厌我。少纳言乳母一套发窘,责怪不已:太不像样了!无论对她怎样说,她都不听。源氏公子说道:她这般年幼,我能对她怎样?我只要表白我对她一片绝世仅有的真心。

此时天上雪粒飞舞,风越发急了,夜晚更觉凄凉。源氏公子说道:这荒野寂寥之地,人迹罕至,怎叫人安寝!说时,不禁泪流,终不忍心离去,便对侍女们说:今夜天气可怕,关上窗户,让我来陪伴姑娘。大家都到这里来值夜吧户便旁若无人般抱了这小姑娘,向寝台的帐幕里去了。众侍女见状,一时目瞪口呆,感到十分不解!那个少纳言乳母,更是觉得不妙。她异常紧张,又不便声张,只得眼睁睁地看着,隐声叹息。这小姑娘于公子怀中吓得发抖,木知所措。她仅穿一件夹衫,柔嫩的肌肤阵阵发冷。源氏公子此时的感觉异乎寻常。他紧紧地抱住她,轻轻在她耳边说道:到我那里去吧。那里有不少好看的画,还有许多玩偶,很有趣呢!他声音柔和,神态亲切,尽说些孩子们爱听的话。小紫儿渐渐平静下来,不再害怕;但又总觉得局促不安,不能完全入睡。

狂风彻夜不止。侍女们谈论道:倘若公子走了,我们不知会吓成怎样!只是公子这样对待小姐,也不大好啊!少钢言乳母更是忧心不已,一直紧紧地坐陪在她身旁。天快亮时,风渐渐停息了。源氏公子要急着回去,心中恋恋不舍,似乎与情人幽会一般。他对那乳母说道:姑娘非常可怜,眼下尤需得人爱怜。不如将她迁居到我二条院邸内,以使我朝夕陪伴她。此地岂能长久居住?你们也太不替姑娘着想了!乳母答道:兵部卿大人也说要来接她去。此事且过了老太太七七四十九日后再说吧。公子说:兵部卿一直与她分离,虽为父亲,却同外人一样生疏。我今后尽心爱护她,一定胜过她父亲的。说罢,他摸摸紫儿的头发,起身告辞,边走边回头望。

此时晨间景色幽奇,朝雾弥漫,遍地白霜,莽莽无际。源氏公子触景寻思:如此胜景,未曾幽会,总觉美中不足。忆起此途中有一隐密情妇,经过门前时,便在那里停车下去敲门。然而没有人来开门。无奈之下,心生一计,叫一个嗓子好些儿的随从在门外唱起诗歌来:

香闯朝寒浓雾起,过门岂有不入人?唱过两遍之后,门开了,走出一个侍女,回答道:

朝寒更在雾中行,蓬门未锁只为君。她口齿伶俐,吟毕便进去了,此后再无动静。就此无功而返,公子觉得不免乏味。偏又天色微明,怕与人看见,只好望门兴叹,匆匆回二条院了。

在二条院私邸,公子躺在床上,回味起昨夜那令人留恋的女孩,可爱之至,不禁会心微笑。日高时醒来,决定给紫儿写信。此信非同寻常,公子小心谨慎,费尽心思,好半天才写成,最后再赠上几幅美丽的图圆。

此目源氏公子去后,兵部卿亲王正好也来到六条邸宅,看望紫儿。他见这深宅大院,年久失修,破败甚于往年。且屋多人少,一片阴森,慨然叹道:如此地方,小孩怎呆得下去?还是与我回去吧!那边乳母有专门房间,姑娘有许多游戏伙伴,不会感到寂寞。诸事皆甚方便。他将紫儿唤到身边,闻得源氏公子沾在紫儿身上的浓浓香气,说道:好香啊!只是这衣服太旧了。觉得孩子可怜,便对乳母说道:她这几年与患病的老太太住在一起,吃得不少苦头。我常劝老太太将她送到我那边,以便照顾她。然而老太太厌恶我家,终不愿意。如此一来,反倒使我家那人心生不快。如今送去倒不甚体面了。这少纳言乳母回答说:请大人不必担心。此地虽是寂寞,却也不至久居。待姑娘年事稍长,略晓人情世故,再作此议,甚为妥帖。接着叹气道:此间姑娘总思念老太太,不思饮食,瘦得不少呢。紫儿瘦弱如此,却益显清秀艳丽。兵部卿便传措她道:你何必如此呢?如今外祖母已去,不能死而复生,悲伤又有何用?你不用担心,还有我呢。天色渐暮,兵部卿准备返回了。紫儿啼啼哭哭,牵衣顿足不舍;弄得做父亲的也不禁泪流两行,再三地安慰她:想开些!我不久便来接你!转身离去。

父亲去后,紫儿更觉孤苦无依,常以泪洗面。她尚不懂得自己的身世,只是一味想念已故的外婆。多年来片刻不离,如今再不能见到,岂能不伤心?这孩子也懂得失亲忧愁;连日常游戏也木作了。白昼尚可略微散心,忘却忧愁,一到晚上,便悲哭声声,叫人闻之心酸。少纳言乳母不知如何是好,也降了她哭,默想这日子如何过得下去!

源氏公子这边也时时牵念着紫儿,派惟光前来问候。公子命惟光传道:本当亲自前来慰问,只因父皇宣召入宫,难得如愿。但时时想起凄凉伶河之状,不免推心疼痛。又命惟光带几个人前来值宿。少纳言乳母心中不安,说道:这可不行!虽然他们那晚只是形式而已,可是一开始就睡在一起,也太不成话了。倘若此事被兵部卿大人闻知,定将责备我们看护不周呢!孩子啊,当心别在爸爸面前提到源氏公子!但这紫几年幼,竟一点不懂其中要害,真是急人!少纳言乳母便向惟光讲述紫儿的悲苦身世,说道:倘若真有情缘,再过些时日,定让公子如愿,只是目前实在过早。公子这般恋她,到底用心何在,实在难以捉摸,叫人好生烦恼!今天兵部卿大人又来过了,叫我好好照顾姑娘,千万小心仔细。如此一来,对公子的奇怪行为,我更觉为难。话一出口,又觉得有些过分。若引起推光疑心,以为公子和姑娘之间已有事实关系,这可不好。便不再作哀叹之相。这惟光莫名其妙,不知公子和这小姑娘之间到底是何种关系。

次日,推光回到二条院,将那边情况禀复公子。公子默然无语,心想:时常亲去问候,若外人得知,会说我轻率,到底不大好。倒是接她来最为妥当。此后他便常常去信慰问。

一日傍晚,惟光又传去公子书信。信中说道:本想今夜亲自来访,因有要事,未能成行,不会怪我疏远吧?少纳言乳母此刻心烦意乱,肿准光说道:兵部卿大人突然派人传信来:明日便要将姑娘接去。此时我心中纷乱。住惯了这破屋,便要离去,到底有些不舍,侍女们也都不忍呢。她草草应付着,没有。心思好好招待他们。惟光见她们整理衣服物件,一片忙乱,也不便久留,便匆匆回去报信。此时,源氏公子正在左大臣家,葵姬照例未立即出来见他。源氏公子姑且弹弹和琴,以慰心中不快。吟唱风俗歌曲我在常陆勤耕田,胸无杂念心自专,你却疑我有外遇,超山过岭雨夜来时,声情俱下,优美而飘荡。此时惟光急匆匆走来,将情况一告知。源氏公子听了,心里甚是焦急。他想着:若迁居兵部卿家后,我就得专程前往求婚,再将她迎接至此。但这未免太轻薄显目。不告知兵部卿,便将这小姑娘接来,不过说我盗取小孩罢了。既如此,叫那乳母保密,在兵部卿迁居之前将她接来!当下吩咐推光:天亮之前,我要亲自去那边。车中装备与赴此地时相同,随身只带一二人。惟光奉命匆匆而去。

惟光去后,源氏公子心中却不安宁:如此可否妥当?若被外人知晓,定要骂我轻率。若女子年事稍长,外人倒会推断男女同心,乃世间常情,不足为怪。可是情况并不如此,如何是好?况且万一被她父亲发现,脸面上会过不去,且作何解释?一时心乱如麻,忧心似焚。但想到此乃最后机会,否则会遗恨无穷,便决心付诸行动。此时葵姬照例沉默寡言,任公子满腹心事,不与他说话。源氏公子急欲离去。便对她说道:有一件要紧的事要办,今天非回二条院不可,我去去就来。便悄悄走了出来,连侍女们都不曾察觉。他走到自己房间里,换上便服,但叫惟光一人骑马跟随,径直向六条去了。

到了六条院那邸宅,一仆人不知底细,前来开门。车子很快进了院子。惟光下得车来,上前敲房间的门,又咳嗽几声。少纳言乳母听出他的声音,便起身开门。惟光对她说道:源氏公子来了。乳母说:姑娘正在睡呢!半夜三更到此,是顺路来访吧?源氏公子说道:小姑娘明朝就要启程,趁现在还未离去,我对她说句话。少纳吉乳母笑道:有什么要紧话呢?想必她会乐意回答你的!源氏公子便往内室走去,少纳言乳母慌了,忙道:姑娘身边还睡着几个老婆子呢!公子只管走进去,口中说道:姑娘还没睡醒么?我来叫醒她。朝雾景致奇好,可别辜负了良辰美景。侍女们惊慌失措,喊不出声来。

这紫儿睡得正香,源氏公子将她抱起。她揉了揉眼,从梦中醒来,心想:父亲接我来了。源氏公子摸摸她的头发,说道:紫儿,爸爸派我来接你了,走吧。紫儿此时一见抱着自己的是外人,立时慌了,恐怖之极。源氏公子对她道:不要怕!我也与你爸爸一样呀!便抱了她出来。惟光和少纳言乳母等人皆神色大变:这是干什么呀?公子答道:我因故不便常来探望她,因此想将她接到一个安乐可靠的地方去。不料此番用意屡遭拒绝。如若她迁居到父亲那边去,今后就更不便去那里探望了,故今有此举。快来一个人与她同去吧。少纳言乳母狼狈不堪,欲加阻拦:今日的确不便。她父亲就要来接她,到时叫我如何交待?公子稍等,老天有眼,你们缘份若深,日后自有机会。现在如此唐突,叫我们作下人的为难。公子不耐烦,说道:算了,侍者之事以后再说吧。忙叫人将车子赶到廊下来。侍女们都被吓坏了,惊叫道:可如何是好?紫儿也忍不住哭了起来。少纳言乳母见事已至此,只得带上昨夜替姑娘缝好的衫子,自己匆忙换件衣服,随紫儿去了。

不多时,车子便到得二条院西殿前。此时天尚未破晓。源氏公子将紫儿轻轻抱下车来。少纳言乳母说道:我似在梦中呢。怎会如此?便不欲下车。公子对她道:姑娘已经来了,你若要回去,随你罢了。少纳言乳母毫无办法,只得下车。此事仿佛突从天降,她惊惧之极,心中忐忑不安,想道:字情到这般地步,如何与紫儿的父亲交待?姑娘前途怎样呢?只可惜命苦,早早没了外婆与亲娘!想到此,乳母泪流如注,但想起今日初来乍到,讳忌哭泣,便强力忍住。

此西殿平日少用,故屋内陈设简陋。源氏公子吩咐惟光叫人取来帐幕与屏风,布置一番。将帐屏的垂布放下,铺好席位,应用家具一并安置妥当,又命将东殿的被褥取来。就寝之时,紫儿四肢发抖,心中恐惧,不知源氏公子意欲何为。总算忍住, 不曾哭出声来, 只是一个劲道:我要跟少纳言妈妈睡。公子便开导道:姑娘不小了, 今后不该跟乳母睡了。这孩子伤心地啼哭着睡了。少纳言乳母又哪里睡得着,只顾茫然落泪。天色微明之时,她环视四周,便觉目眩神移。但见宫殿的构造与装饰富丽堂皇,庭中的铺石像宝玉一般光亮剔透。而自己服饰简陋,未免有些自惭形秽。西殿原供接待不大亲近的客人住宿之用,因此只有几个男仆在帝外伺候。他们见昨夜有女客来临,便纷纷议论:此为何等样人?一定受主人特别宠爱吧。

源氏公子起身时已日上三竿。盥洗用具与早膳也于此时送来。他吩咐道:此处没有侍女,甚为不便。今晚叫几个适合的来此伺候。又叫人到东殿去唤了四个年幼可爱的女童来与紫儿作伴。

此时紫儿裹了源氏公子的衣衫, 睡得正酣, 却被公子叫醒。只听公子说道:我非轻薄少年,真心关怀于你,你怎能对我心生厌恶?女孩子要心地柔顺才是。紫儿的容貌,近看更觉清丽。源氏公子劝导她,亲切与她交谈。又叫人从东殿给她拿来许多好看的图画和玩具,作出种种游戏给她看。紫儿心中渐渐高兴,从床上起来。她身着家常的深灰色丧服,娇憨可爱,不时无邪发笑。源氏公子看见,也不觉笑了。源氏公子到东殿去时,紫儿走到帘前,隔帘观赏庭中的花水池塘。但见草木花卉,经霜色变,如在画中。从前不曾见得的四位、五位的官员穿着紫袍、红施于花木之间往来不绝。还有室内屏风上好看的图画,趣味盎然,忘却了一切忧愁。

此后两三日,源氏公子不入宫去,只一心与紫儿玩耍,因此很快熟悉起来。他写字、画画与她看,以此作为她的习字帖与画帖。他写画尽皆精美,其中一张写得一曲古歌:不识武藏野,闻名亦可爱。只因生紫草,常把我心牵。写于紫色纸上,笔致异常秀美。紫儿将它拿在手里,只见一旁尚有几行小字:

既慕武藏野, 何须不堪行。 我心传紫草,稚子亦可亲。源氏公子说道:你也写一张试试看。紫儿笑着,仰望公子道:我怕写不好呢!神情娇羞可爱。公子一见,不由笑道:写不好便不写吗?有我教你呢。她便转向一旁去写了。握笔与运笔的姿势,孩子气十足,但叫公子无比怜爱。不一会,只听得紫儿说:写差了!羞羞的欲将纸藏起来。源氏公子急忙抢过。但见上面写着一首诗:

既慕武藏野,何须怜紫草?原由未分明,疑问终难了。虽显稚嫩,可笔致圆润饱满,足见可堪造就,与已故外祖母的笔迹绝似。源氏公子见了,心想若她临现世风的字帖,必定长进神速。同时又特地为她制造玩偶住的诸多屋子,与她一道玩耍。此种游戏方式,他甚感有趣。

却说留在六条的诗女们,在源氏公子带走紫儿后,皆忧心忡忡,担心兵部卿前来问及。源氏公子与少纳言乳母临走之时,曾叮嘱她们暂不与人说起。因此兵部卿问起此事时,她们都守口如瓶。兵部卿暗自思忖道:去世的老太太当初便不情愿送她到我处。可能少纳言乳母体念老太太心愿,因此带她出逃了。她不好言明姑娘不便去我处,便干了这越分之事。他无计可施,只得洒泪而去。走时叮嘱众侍女道:一旦有得姑娘下落,即来报告。侍女们自然感到十分为难。

这兵部卿再到北山的增都那里去探问,也一无所获。可爱女儿下落不明,他心中不免挂念悲伤。正夫人虽是嫉恨紫儿的母亲,但如今此心早已冰释,也想将紫儿领来,亲自教养,如今却也颇觉遗憾。

二条院西殿,如今侍女日渐增多。众人见这一对漂亮的主人便甚感喜悦,经常游戏,过得无忧无虑。寂寞之夜,源氏公子不在家时,紫儿想起了外婆,不免啼泣。自幼离开父亲,并不亲近依恋,所以此时并不思念。现在她只是一味亲近这个源氏公于,如同后父,终日扭缠他。每当公子外出归来,她总是赶快出迎,欢呼雀跃,毫无顾忌地投入他怀抱,爱恋非同一般。

 

 

 

  




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